2016年5月7日(土)

『プリンセスコネクト!』Webノベル第2話を公開 「前代未聞の大ピンチ!」

文:電撃オンライン

 ※本記事は、Webノベル『プリンセスコネクト! ~プリンセスナイト争奪戦~』の第2話です。第1話を読まれていない方は、下記の記事を先にお読みください。

⇒『プリンセスコネクト! ~プリンセスナイト争奪戦~』第1話を読む

⇒『プリンセスコネクト! ~プリンセスナイト争奪戦~』登場人物はこちら

『プリンセスコネクト!』

『プリンセスコネクト! ~プリンセスナイト争奪戦~』
著:太田僚 監修:サイバーエージェント/Cygames

第2話 「前代未聞の大ピンチ!」

『お待たせですわ! それではナオさん争奪戦を開催致しましょう!』
 スポットに照らされたステージ上、秋乃あきのさんが不本意なタイトルを口にした。

 うん、これだから金持ちというのは怖い。ゲームのイベント告知を発端ほったんとしたいざこざが、あれよあれよという間に、市営ホールを借りきっての、大々的なイベントになってしまっている。

 観客席を見渡せば、なぜか満員の人。人。人。中には、うちの学校の制服も見受けられる。みんな、せっかくの休日をこんなことに使って後悔しないのだろうか?
「ふふっ、たのしくなってきましたわね」
「秋乃さんはそうでしょうね」
「あなたは愉しくありませんの?」

 子供みたいにはしゃぐ秋乃さんに、僕は苦笑いで応える。振り回される方の気持ちなんて、どこ吹く風だ。会場に到着した途端、黒服に取り囲まれ、こうして椅子いすにくくり付けられて楽しめるわけがない。

 しかも、この金ピカの『賞品』ってワッペン――
「それ、可愛いデザインにしてもらいましたの。お気に召しまして?」
「究極ダサい……と思います」

「あら、よくお似合いですのに」
 秋乃さんは意味ありげに微笑ほほえむと、堂々とステージの中央へと歩み出ていった。そしてマイクを手に、大きく手を振り上げる。
『さて、ではルール説明に入らせていただきますわ』

 その言葉を待っていたかのように、ステージ脇から、テーブルと穴のあいた箱が運び込まれた。
「くじ……か?」

『ええ、公平を期するために、伝統的な手段を採用いたしましたの』
 箱に手をのせ、秋乃さんが続ける。
『参加者には、このくじを引いてもらい、一回戦、二回戦のどちらに参加するかを決めていただきますわ。勝負の内容は、あなたにくじを引いてもらいます』
 秋乃さんが僕を指差した。

『そして決定した勝負を行い、観客からの投票で勝者二名を選出する』
「で、一回戦、二回戦の勝者で決勝戦……かな」
『その通りですわ!』
 秋乃さんは満足そうにうなずいた。

『それでは次、参加者の紹介に参りましょう! 参加者は、私を除いた8名――』
 瞬間、体育館は暗転し――強力なスポットライトがステージに浴びせられた。

明朗快活めいろうかいかつ、ショートカットの天使! 聖都せいと学園高校、春咲はるさきひより!』
 両手をあげ、大きな歓声に応えるひより。

『知的でクール、今日も明日もしかられたい女性No.1! 王林道おうりんどう高校、士条怜しじょうれい!』
 そっけない顔で、髪をかきあげる怜。しかし、湧き上がる声援はかなりのものだった。特に女性から……だ。

『控えめな性格の正統派美少女――椿ヶ丘つばきがおか高校、草野優衣くさのゆい!』
 スポットライトが当てられる――が、当の本人は両手で顔をおおい、背中を向けていた。まぁ、この紹介じゃ無理もないだろう。

『あなたのハートをくすぐるぞ! 椿ヶ丘第一小学校の元気っ子、穂高ほだかみそぎ!』
 大きくジャンプするみそぎ。そして、さまになったガッツポーズ。印象通り、こういった大舞台は得意らしい。

『潤んだ瞳で世界を魅了! 幼女オブ幼女! あかねミミ!」
 唐突に当てられたスポットに驚き、半べそをかくミミちゃん。投げかけられるのは、野太い声での声援だった。というか、段々脚色がエスカレートしている気がする。

品行方正ひんこうほうせい頭脳明晰ずのうめいせき独立自尊どくりつじそん! 三拍子そろったピーマン嫌い! 氷川鏡華ひかわきょうか
 これまた酷い紹介だった。スポットを浴びた鏡華ちゃんは、頬を赤くしてうつむいてしまう。もう、やめてあげてとしか言えない。

『面白そうなことは、いつも私に秘密! ひどいですわ! 桜庭さくらば学院高校、佐々木咲恋ささきされん!』
 完全にただの愚痴ぐちだった。しかし、咲恋さんは片手をあげ、余裕の笑みで声援に応えはじめた。この程度のこと、慣れっこだと言わんばかりに。さすがは長い付き合い、というところか。

『咲恋さん情報なら、この子に聞けば口を滑らす! おっちょこちょいメイド、天野あまのすずめ!』
 照射されるライト。しかしその下に当人はいない。よく見ると、ステージに上がる階段の途中で転んでいた。もうフォローすらできない失態だ。

『それではみなさん、くじを引いていただけるかしら』
 すずめがステージに上がるのを待って、秋乃さんが指示を出す。
 各々はそれに従い、順々に箱からくじを引いていった。

『それでは、第一回戦をはじめましょう!』
 高らかに宣言をした秋乃さんが、僕の隣に立ち、右手の拘束を解きはじめた。競技の内容を決めろということらしい。僕は促されるまま、寄せられた箱からくじを取り出した。

『なんと書いてありますの?』
 マイクを向けられ、僕は引いた紙をみんなの方に向けた。
「料理対決、だそうです」
 すると、舞台脇から黒子の姿をしたスタッフが現れ、ステージを料理番組のように装飾しはじめた。

 次々と運び込まれる、コンロやシンクのついた調理台。さらには、てんこ盛りになった食材の山。完成までは、あっという間のできごとだった。

『引いたくじに、一回戦と書いてある方は、ステージに残って下さいな』
 頃合いと判断したのか、秋乃さんが指示を出す。それに従って残ったのは――草野、すずめちゃん、ミミちゃん、鏡華ちゃんだった。

「あの、それで料理対決って……」
 草野が恐る恐る手を上げる。
『制限時間は30分。ここにある食材を使って、得意の料理を一品作ってもらいますわ』
 秋乃さんは手のひらでステージ中央を指し示した。

『もちろん、作っている様子は事細ことこまかに、モニターでお伝えしますの』
 言葉通り、ステージ後方の巨大モニターには、各机が映し出されていた。本当に手が込んでいる。あまりのスケールに、僕は感動を通り越してあきれてしまった。

 と、その時だった。草野がさりげなく声をかけてきた。
「ナオクン……」
「草野、いけそうか?」
「あの……うん、いつも家で作ってるから、多分……」

「頼むぞ」
「うん、やれるだけやってみる」
 緊張のせいか、少し紅潮こうちょうしながらも、草野は心強い言葉をくれた。

『準備が整ったようですわね』
 ステージ脇に移動させられた僕の隣で、秋乃さんが解説をはじめた。目の前には、横一列に並んだ調理台に陣取る女の子たちがいる。それぞれが緊張の面持ちをしている。

『勝負の残りの時間は、モニターに表示されますので――』
「でも、料理勝負って本当に公平? もう少し考えた方がよかったんじゃない?」
 僕は解説を遮って問いかけた。目に映るのは、色とりどりの食材に目を輝かせるミミちゃんだ。しかし、秋乃さんに動じる様子はない。

『それでしたら心配いりませんわ。この勝負、料理の良し悪しだけで決まるわけではありませんの』
「え……っ?」
『ふふっ、それでは始めましょう。準備はよろしいでしょうか?』
 不敵な笑みを浮かべ、秋乃さんは大きく手を上げて声を張り上げた。

『料理勝負開始ですわっ!』

 その瞬間、草野とすずめちゃんが食材テーブルに駆け寄る。少し遅れてミミちゃんと、鏡華ちゃん。各々、それぞれに食材を厳選しはじめ――
「鏡華ちゃん、これなぁに?」
 ミミちゃんが緑色の果実をつついていた。

「グァバです。南国でよく食べられているフルーツです」
「そうなんだ!」
 厳選の方向がズレている。見たことのない果実に、ミミちゃんは目をキラキラさせていた。

「完全に差が出てると思うけど……」
『本当にそうでしょうか?』
 秋乃さんは愉しげに微笑むと、背後のモニターに目をやった。

『御覧なさいな。今のところ僅差きんさのようですわよ』
 モニターには参加者の名前――そして、支持率と書かれた項目があった。

『観客の皆様のお手元には、参加者の名前が書かれたボタンが設置されていて、それを押すと支持率が上がりますの』
「し、支持率!?」
『先ほども言いました通り、この勝負は料理の良し悪しではありませんの。もちろん現段階の投票もあくまで過程、制限時間内でしたら変更が可能なのです』

「つまり――」
『ええ、小学生のお二人は、可愛いと評価されたのでしょうね』
 観客の主観……たしかに公平かもしれない。料理や行動、言葉でもアピールできるってことだからな。

『それより、よそ見なんてしてていいんですの? 調理は着々と進んでいますわよ』
「えっ?」
 モニターに映し出されていたのは、ピンクのエプロンをつけた草野の勇姿だった。

 ジャガイモ、ニンジンの皮を手早くむき、さくさくと切り分けている。しかも、既に鍋を火にかけている手際のよさ。あまりの見事さに、客席から大きな歓声が降り注いだ。とはいえ、独壇場というわけではなかった。

 画面がすずめちゃんに切り替わると、こちらも手際よく準備を――というか、鍋をひっくり返した。
「きゃ~っ!」
 その瞬間、すずめちゃんの支持率が急激に伸びた。ドジ、というのは、見ている方にはいい調味料ということらしい。

「はう、はう……」
 涙目で鍋をひろって、再び洗って火にかけるすずめちゃん。みんなが応援したくなる気持ちもよく分かる。

『あれは……ポトフですわね』
 秋乃さんの解説が入る。
「それって……フランス料理の? 野菜とソーセージや肉を煮込むとか……」

『咲恋さんのために、よく作っているとお聞きしてますわ』
「得意料理ってこと?」
『きっと、あなたに美味しいものを食べてもらいたいのですよ』
 秋乃さんがそう言うと、こちらの視線に気付いたすずめちゃんが、恥ずかしそうに目を伏せた。その瞬間――

 背後のモニターが赤く点滅をはじめ、僕は椅子の上で跳ね上がった。
「ほぉお~~~ぉおおっ!! な、な……っ!」
 時間にして、わずか数秒。体の中をビリビリとしたものが駆け巡った。

「な、なんだ……っ!?」
『あなたへのブーイングが一定数に達すると、低周波が流れる仕組みですわ! こんなこともあろうかと、オマケのスイッチをつけておきましたの!』
「な、なんでそんな余計なものを……」

『その方が盛り上がるでしょう?』
「そ、それは――」
 秋乃さんの言う通りだった。僕に向けられた歓声と拍手が、それを裏付けていた。

『ふふっ、受ければ受けるほど健康になれますの』
「お。お気遣いどうも……」
 もうなにを言っても無駄だ。

 僕はため息を一つ、気を取り直して草野の方へ目を向ける――と、その草野はミミちゃんにジャガイモのむきかたを教えていた。丁寧で優しい所作しょさ、女の子らしい一面だ。教えをうけるミミちゃんも、子供用のプラ包丁で一生懸命だった。

『ご自分の下ごしらえは終わったようですね。ミミさんのカレーを手伝っているのでしょう』
 秋乃さんのフォローに、僕は素直に感心した。

「……って、カレー? あと15分もないのに!?」
『大事なのは気持ちですわ』
「ま、まぁね」

『それより、あれはなんですの?』
 秋乃さんが示す方に目を向けると、鏡華ちゃんが白っぽいものを握っていた。
『ああ、おにぎり……ですわね』

 それはない、と僕は確信する。こんなに早くご飯が炊けるはずがない。机においてあるのは、ボウルと強力粉――
「み、見ない方がいいな」
 猛烈な嫌な予感に、僕は癒しを求めて草野へと視線を戻した。

 くつくつと音を立てる鍋から、小皿に汁をとり、そっと目を閉じて口をつける草野。
「おっ、肉じゃがかな」
『これは美味しそうですわね』
 家で作っているという言葉通り、本当に美味しそうだった。モニターに鍋が映し出されると、その支持率もぎゅんぎゅんと上がりはじめた。

 残り時間はあとわずか――草野の目が開き、強く頷く。そして……
「「できたぁ~っ」」
 同時に声をあげたのは、鏡華ちゃんとミミちゃんだった。

うそだろ!?」
 僕も大声をあげてしまった。あんな状態から数分で、なにが完成したのか。僕は二人の調理台の上を見ることができなかった。

「わっ、わっ、私もできまし……わきゃっ!」
 つまづき、危うく転びそうになりながら、すずめちゃんが手を上げる。そして――

「こ、こちらもできました!」
 草野が続いて手を上げた。

 その瞬間、モニターのカウントダウンがゼロになり、秋乃さんが大きく手を振った。
『調理終了っ! それでは実食にうつりますわ』
 すると、ゆっくりと照明が消えはじめ、辺りは闇に包まれていった。

「えっと、これは……」
『参加者の方々には、作ったものを食べさせてもらいます』
 秋乃さんが言う――と、ガシャンという音ともに僕にスポットライトが当てられた。続いて、草野にも強いスポットが当たる。

『さぁ、食べさせてあげて下さいな』
 どうやら心の準備の時間はないらしい。草野はあたふたしながらも、お皿に肉じゃがをよそうと、僕の方へと近づいてきた。

「あの、ナオクン……どれから食べる?」
「じゃあ、じゃがいもから……」
「う、うん」

 草野はエプロン姿のままスプーンで湯気の出ているじゃがいもをすくい、『ふぅふう』しはじめた。この気遣いが草野らしい。もっとも、それによりブーイングスイッチが押され、モニターの赤い点滅が激しさを増していく。つまり、低周波スタートだ。

「う、う……おっ」
「ナオクン!?」
「だい……大丈夫っ」
 きついといっても数秒。ちらほらと聞こえる罵声ばせいの中で、僕は無理矢理に笑顔を作った。

「それより、食べさせてくれるか?」
「えっ!? あ、うん……」
 草野は静かに頷き、頬を赤らめながらも僕にスプーンを差し出した。

「えっと……あ、あ~ん、して」
 言われるがまま、僕は素直に口を開ける。若干の照れくささはあった。でも、時間をかければまたブーイングが始まるかもしれない。それに――僕は、草野の頑張りにも応えてあげたかった。

「んむっ」
 少し熱い、けど……美味い。ホクホクのじゃがいもと、甘辛い汁の相性が抜群だった。正直、つながれた手首がもどかしい。これさえなければ、お皿を受け取って遠慮なく食べたいくらいだった。

「ど、どうかな?」
 不安そうな色を浮かべる草野に、僕は強く頷き言ってあげた。
「美味しいよ! 最高に」
 草野の緊張交じりの表情が緩み、ほころんでいく。

「もう一口、いいかな?」
「う、うん……」
 今度はお肉だった。ふんわりと息を吹きかけてくれる草野。その仕草に、その雰囲気に、支持率が急上昇していく、が――

『はい、じゃあ次いきますわよ』
 秋乃さんの無慈悲な一言。
「え? まだお肉を……」

『次がつまってますの』
 そう口にした秋乃さんの視線を追うと、スポットに照らされたすずめちゃんが、お皿を持ってもじもじとしていた。

『それではすずめさん、お願いします』
「は、はいっ」
 転ばないよう注意しているのか、慎重に僕の元へと歩み寄るすずめちゃん。

「そ、それでは私のポトフを……」
「うん、お願いするよ」
 少し優しい声で言ってあげると、すずめちゃんの強張っていた表情が和らいだ気がした。お箸でたまねぎを崩そうと、一生懸命――

『ちょっとすずめさん』
 割り込んできたのは、やはり秋乃さんだった。
「は、はい?」

『地味すぎます。もっと憧れの先輩に対するような情熱を! 食べてください~っ、という勢いが必要だと思いますの!』
「い、い、勢いですか! 憧れの先輩に対する……」
 僕と目があったすずめちゃんの頬が、真っ赤に染まっていく。

『ガーンといく!』
「は、はいっ」
 すずめちゃんはその言葉に頷くと、箸をたまねぎの塊に突き刺した。

「や、やめ……っ」
 僕の制止は耳に入っていない。
「ナオさんっ、これ食べてくださ~~いっ」
 すずめちゃんは高熱を発するたまねぎを、僕の口にねじりこんだ。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!!」

 声にならない声。熱い、ではなく痛い。繋がれた手足をばたつかせ、椅子に座ったまま魚のようにばたつくと、すずめちゃんの支持率が急上昇した。積年の恨みをはらしたかのような歓声だ。

 観客が本当に待ち望んでいたのは、料理でも可愛さでもなく、この瞬間だったらしい。いい気味だ、という声が聞こえ――

『いい気味です!』
 どう聞いても秋乃さんだった。
『まったく、他の女性にデレデレするなんて――』

「あ、あの……」
『あら、聞こえてましたの?』
「声、マイクに乗ってますから、つぶやくならもう少し……」
 無防備にもほどがある。

『そ、そうですわね。と、ところでお味はいかがでした?』
「あれで味が分かると思うんですか!」
「美味しくなかった……でしょうか?」
 上目遣いですずめちゃんが尋ねる。

「そ、そんなことないよ! すごくおいしかった――」
 ネタとして……ね。ただ、普通に食べていても、僕はそう答えたはずだ。
「よかった……咲恋さまには、自信を持って作りなさいって言われてたから」

「よかったら、また今度作ってくれるかな?」
「は、はいっ、喜んで!」
 両手を合わせたすずめちゃんの表情がパァッと明るくはじけた。

『では、次に参りましょう』
 秋乃さんの仕切りで、スポットがゆっくりと動きはじめる。当てられたのはミミちゃんだった。

「えっとぉ……」
 少しまぶしそうにしながらも、ミミちゃんが恐る恐る前に出る。その手には――

「ミミね、おにいちゃんの好きなカレー作ったのぉ」
 一口ひとくち大にカットされた生のジャガイモの上に、カレールウのブロックが乗っていた。ミミちゃんの家では、これをカレーというらしい。残念ながら、僕の記憶にあるカレーとは似ても似つかなかった。

「おいしいよ!」
「そ、そっか……」
 味見してないでしょ、とは口が裂けても言えない。僕は引きつった笑いを浮かべながら、口を開けるしかなかった。

「はい、おに~いちゃんっ」
 手づかみでよこされるじゃがいもを、思い切って一口――
「ん? んん?」

 その時、僕の頭にある記憶がよみがえった。それは何年か前、社会の授業で先生が言った言葉だ。
『実は戦争において、一番重宝ちょうほうされたのはカレー粉なんですよ。意外かもしれませんが、まぶせばどんなくさみも消えて、どんなもので美味しく食べられるそうで』

「な、なるほど……っ」
 感動にも似た気持ちがこみ上げる。

「おにいちゃん、どう?」
「うん、美味しいよ!」

 不安そうなミミちゃんに、僕は笑顔でそう言ってあげた。生ジャガイモの硬さはともかく、味だけは完全にカレーだ。僕は偉大なカレー粉に、無言の賛辞を送った。
 まさかミミちゃんを傷つけることなく、どうにかやりすごすことができるとは思ってもみなかったのだ。

「やった、やったぁ~っ!」
 無邪気に喜ぶミミちゃんに、秋乃さんがマイクを向けた。
『ミミ、頑張ったよぉ!』
 大歓声の中、ミミちゃんはうれしそうに手を振った。

『さて、それでは最後ですわ』
 秋乃さんの視線が、鏡華ちゃんに向けられる。同時に、僕の背筋に冷たいものが走った。鏡華ちゃんが手にしたお皿にのっていたのは――半分が黒く、もう半分は白い球体だったのだ。

「えっと、それって……」
「こ、これですか!? その、詳しくは言えないのですが――」
 詳しく言えない食べ物って……新しいぞ。

「その、ちょっと前までは、餃子ぎょうざを目指していたこともあったんですが……か、彼がですね!」
「彼って誰……」
「ま、前は強力粉と呼ばれていた彼です!」
 鏡華ちゃんが丸い塊を見つめて言った。

「か、彼はその……餃子になりかったのですが、つきつけられた現実に自分を見失ってしまったんですっ!」
 うん、自分を見失ってるのは鏡華ちゃんだ。
「そう、彼は苦悩して、次はお好み焼きになろうと誓ったんです。でも、そうなるには彼は固すぎました」

「そ、それで?」
 嫌な予感はするが、とりあえず続きを促してみた。
「そんな時でした。私を通じて、彼はタコと出会いました」
「あ、やっぱりもういいよ――」
 大方の予測はついた。僕は隣で困惑している秋乃さんに、料理の名前を教えてあげた。

『こ、これは、たこ焼きというれっきとした食べ物だそうですわ!』
 どうやら知らなかったらしい。さすがは大令嬢だ。というか、これをたこ焼きと呼んでいいのかは分からない。僕としては、ただただ食べたくないという思いで一杯だった。それが許されないと知っていても、だ。

『それでは試食実況にうつりましょう』
 やっぱりだ。秋乃さんは容赦なかった。当然というべきか、鏡華ちゃんはそれに従って、僕の傍らへと歩み寄る。

「残念なナオさんには、この残念な料理がお似合いです」
 酷い物言いだった。

「ほら、ナオさん……あ~ん、して下さい」
「あ、あああ……ん」
 口を開けたくない。正直、歯医者にドリルを向けられるより怖い。そう思った時だった。
「まったく、言われればなんでもするのですか?」
 鏡華ちゃんが呆れた声で言った。

「こんなもの食べたら、お腹を壊すことくらい分かるでしょう」
「で、でも……」
「『でも』じゃありませんよ」
 鏡華ちゃんはピシャリといって、茶黒い塊を僕の頭に乗せた。

「……それ、ゴミ箱に捨てておいて下さい」
 その瞬間、モニターの支持率が一気に跳ね上がった。料理を作らずして勝つ、という究極の手段だった。

『なるほど、これは面白い勝負になりましたわね』
 秋乃さんが感心したように言うと、モニターの表示が支持率から、リアルタイム映像に切り替わる。

『それでは最終投票に参ります! みなさん準備はよろしいかしら?』
「最終投票……」
『一番気に入った人に改めて投票するのです』
「そういえば言ってたっけ……」

『では、参加者の皆さんはステージの中央に! そして観客の皆様はお手元のボタンを押していただけますか?』
 秋乃さんの言葉に、草野・すずめちゃん・ミミちゃん・鏡華ちゃんが並ぶ。その表情は硬く、誰もが固唾かたずんでいた。

 ホールに響き始めるドラムロール。緊張の一瞬が訪れた。
『それでは発表いたしますわ!』
 秋乃さんは片手を大きく上げ、モニターを手のひらで指し示した。

『一回戦、勝者は――草野優衣さん、茜ミミさん!』

 その瞬間、大砲の音とともに、紙吹雪が会場に噴出された。キラキラと光を反射する紙吹雪の向こうで、草野とミミちゃんにスポットが当たる。その背後には、モニターに煌々こうこうと表示される支持率があった。

 草野優衣  29%
 天野すずめ 23%
 茜ミミ   25%
 氷川鏡華  23%

「接戦……」
 ぽつりとこぼす。たしかに魅力ある個性の争いと思えば、激戦になるのは必至だ。ただ、その中で草野が勝ってくれたことは、僕にとってありがたいことだった。

 ほっと一息をつくと、そんな僕に草野が頬を染めて微笑んでくれた。それにしっかりと頷いて応える僕。

 と、秋乃さんがくるりとこちらを向いて言った。
『そうそう、それともう一つ発表がありますの』
「へ?」

『一回戦で押されたブーイングボタンの回数は、なんと1万8,303回ですわ』
「い、いちまんはっせん……」
 どれだけたたかれてるんだ、僕――

 というか、それを僕に教える意味があったのか? ゆっくりと消灯していくライトの中、僕は拘束されたまま深いため息を吐いた。

 数十分ぶりの自由だった。やっとのことで拘束を解いてもらえた僕は、無機質なホールの廊下で、赤くなった手首をさすっていた。
「まったく、なんて日だ」
 昨日から続く不運の連鎖に、ため息しか出ない。

 僕はとりあえず目に付いた椅子に座り、ひと時のやすらぎを満喫しはじめた。
「……疲れた」
 熱気のこもった会場とは違い、ひんやりとした空気が肌に心地いい。

「あ、ナオクン……」
「草野か」
 エプロン姿のまま、草野が会場から姿を現した。

「隣、座っても……いいかな?」
「う、うん」
 慣れない人前で、頑張ってくれた草野。気の利いたことを言うべきなのは分かっていた。

 俺のためにありがとう? 美味しかったよ?
 いくつかの言葉が頭をよぎるが、そのどれもが照れくさく思えて、上手く言葉にできなかった。

「えっと……その、まだ言ってなかったな」
「えっ?」
 草野の姿が、僕の目に留まる。

「エプロン、よく似合ってる」
「そっ、そう?」
 草野が少し上ずった調子で恥ずかしそうに顔を伏せた。

「ほ、ほら、会場だとそんな余裕もなくて……」
 と言って、『あーん』をされたときのことを思い出し、僕は言葉をとめた。

「とりあえず……一回戦突破おめでとう」
「うん、ありがとう……」
 精一杯の言葉に、草野は小さく答えてくれた。

「二人ともっ、お疲れ様~っ!」
 ややあって、会場から出てきたのは、ひよりと怜だった。

「ね、ね、肉じゃが美味しかった?」
 興味津々きょうみしんしんに聞いてくるひよりに、僕はしっかりと頷く。
「なんというか、純粋な料理対決ってわけじゃなかったけどね。苦手な人でも、苦手なりの戦い方ができるようにって、秋乃さんの配慮なんだろうけど……」

「それは有利に思える種目でも、油断できないってことの裏返しだよ」
 冷静な物言いで怜が分析する。
「そっか、そうだね」
 納得の声をあげたのはひよりだった。自分なりに、二回戦のことを考えてのことだろう。

「二人とも、頑張ってね」
 草野の応援に、ひよりと怜は顔を見合わせ、そして微笑んだ。

「まっかせといて、あたしと怜さんでワンツーフィニッシュしてくる」
「そう上手くいくとは限らないよ」
「分かってるって! 油断はしない!」
 ひよりは笑顔でピースサインを作った。

 僕も「頼んだよ」と一言。
「大丈夫、みんなで勝ち残ってみせるから!」
「……しかし、勝負は勝負だからね。ひより、私は手加減なんてしないよ」
「そうこなくっちゃ! あたし、全力の怜さんにだって勝ってみせる」
 なんとも頼りになる二人だった。

⇒『プリンセスコネクト! ~プリンセスナイト争奪戦~』第3話を読む

キャラクター紹介

坂井直人(主人公)
 ひょんなことから『アストルム』に無理やりログインさせられた高校生。少女たちの能力を増大させる“プリンセスナイト”の素質を持つ。

春咲ひより 草野優衣
『プリンセスコネクト!』 『プリンセスコネクト!』
▲直人が初めてパーティを組んだ女の子で、ギルドメンバーの1人。いつも元気はつらつで、どんな状況でも困っている人を助ける優しい心の持ち主。 ▲直人と同じギルドのメンバーであり、中学時代からの同級生。優しくて控えめな性格で、学校では優等生として慕われている。
士条怜 茜ミミ
『プリンセスコネクト!』 『プリンセスコネクト!』
▲常に冷静沈着なギルドメンバーの1人。礼儀や規則に厳格だったり、頑固な一面も持つ。人との触れ合いに不慣れなで、男性に対しては潔癖なところも。 ▲ふわふわした口調が特徴的な、小学生の女の子。すぐ迷子になったり、知り合いとはぐれたりする。直人にとっては歳の離れた妹のような存在。
穂高みそぎ 氷川鏡華
『プリンセスコネクト!』 『プリンセスコネクト!』
▲元気をあり余らせるイタズラ盛りの少女。好奇心の赴くままに行動するため、よく周囲を困らせるが、人懐っこい性格でどこか憎まれない。 ▲小学生らしからぬ堅い口調で話し、性格もマジメなしっかり者。ニンジンとピーマンが嫌いだったり、少し意地っ張りだったりと、年相応な一面も。
佐々木咲恋 天野すずめ
『プリンセスコネクト!』 『プリンセスコネクト!』
▲現在は大豪邸で暮らすお嬢様だが、幼いころに貧しい生活を送っていたため、お金にはシビア。正義感が強く曲がったことが嫌い。 ▲佐々木咲恋の家でメイドとして働く女の子。いわゆるドジっ娘で、よく転んだりお皿を割ったりしている。趣味は“ぞうきんがけ”。
藤堂秋乃 フィオ
『プリンセスコネクト!』 『プリンセスコネクト!』
▲世界中にグループ会社を持つ藤堂家の令嬢。プライドが高さと庶民感覚のなさから、突拍子のない言動でたびたび周囲を驚かせる。 ▲“アストルム”の世界でプレイヤーをサポートする妖精。ナビゲーターのわりに自由奔放。

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太田僚 プロフィール

 人気恋愛シミュレーションゲームなどを手掛ける作家/シナリオライター。2014年にTVアニメ化されたPCゲーム『失われた未来を求めて』をはじめ、数多くのゲームでシナリオとディレクションを担当。ライトノベルの著作も行っている。

■経歴作品
PCゲーム『失われた未来を求めて』(シナリオ)
TVアニメ『失われた未来を求めて』(シナリオ監修)
小説『別れる理由を述べなさい!』(著作)
小説『断界の失喚士』(著作) ……他多数

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