【ガンスリンガー ストラトス EXエピソード 2話後編】たまたま近くにいる確率
緊急呼び出しと同時に、音もなくエアカーが二人の前に滑り込んだ。
風澄徹は、平凡を自認している。
必死に勉学してアルクトゥルス学園に入学はしたが、エリートには、ほど遠い。
平凡に卒業し、安定した暮らしを得るつもりだった。
なので、高級エアカーに乗り込む時は、未だに少し躊躇する。
鏡華のほうは、乗り慣れているようで、さっさと乗り込んでいる。
音もなく発進するエアカーの向かう先は、ひときわ巨大な白亜の建物である。
生き物のように複雑に連結する建物の中に、二本の巨大な塔がそびえ立っている。
近づくほどに偉容を増す、その建物は、表向きには「物理研究施設」となっている。
エアカーごと進入し、複雑な通路を抜けて地下施設に到着する。
実のところ地上部分は、この地下施設を隠すためのカモフラージュにすぎない。
この地下施設にこそ、世界を救う鍵……時空転移装置があるのだ。
たとえ話をしよう。
ここに一人の若者がいるとする。若さ故の可能性に満ちた若者だ。
体を鍛えてスポーツで名を馳せるかもしれない。
学問の道で大成するかもしれない。
大企業の重役になるかもしれない。
あるいは家庭に入って妻や夫を支えるかもしれない。
どれになってもいい。どれになることもできる。
──だが、その全てになることはできない。
スポーツ選手となった時は学者ではなく、学者となった時は重役ではない。
全部いっぺんにやる道もあるが、それはやはり、どれか一つを選んだのとは異なる道だ。
一つの可能性を選ぶことは、ほかの全ての可能性を捨てることなのだ。
──世界にとっても同じことがいえる。
風澄徹は、そう理解している。
今、地球には二つの可能性がある。百年前の過去──2015年から枝分かれした二つの可能性だ。
一つは、今、風澄徹がいる現在。
日本が多国籍企業に分割統治されている世界。
もう一つは……自分ではない、風澄徹がいる世界。
滅びた日本が復興せず、フロンティアSと呼ばれる野蛮な荒野となった世界だ。
二つの世界の片方が選ばれる時、もう片方の世界は消滅する。
こちらの世界が存続するためには、向こうの世界を消滅させるしかない。
それが、風澄徹の任務である。
ひんやりとした地下施設の空気。なんとなく鏡華の顔を見る。
世界を救うための戦い。
そんな巨大な戦いに、自分たちが関わっていることに、徹はいつも違和感を覚える。
確率の問題だとはわかっている。
もう一つの世界と戦うためには時空を越える必要がある。
そして時空を越えるには、きわめて希な適正が必要なのだ。
適格者と呼ばれるものの数は未だ少なく、訓練を積んだ兵士もいれば、徹や鏡華のような学生、さらには子供まで存在する。
「どうしたの、徹?」
のぞきこみ鏡華に、徹は微笑みを返す。
「僕ら、どうして戦ってるのかなって思ってね」
「そりゃ戦うわよ。徹がいなくなったら困るもん」
ぐっと拳を握る鏡華。頼もしい。
「徹は違うの?」
「そうだね。鏡華の言う通りだ」
徹は、うなずく。
どんな理由だろうと、この世界を失うわけにはいかない。
時空を越えるのはパラシュート降下のようなものだ。どこに出現するかは、ばらばらだ。
どこに落ちるかは運次第。それによって勝敗が分かれることもある。
今回、徹が出現したのは、ビルのすぐ上空だった。高所をとれるのは悪くない。
体を丸めて屋上に着地。
二十一世紀のビルの屋上は、徹の知ってる建造物に比べ、薄汚れ、ざらついている。
この時代の言葉で、コンクリートと呼ばれるマテリアルが、轟音と共に弾け飛ぶ。
跳んで躱すが、ふくらはぎに鋭い痛み。
徹は振り返らずに走り、肩越しに応射。
振り返らずとも誰かはわかった。向こう側の風澄徹。
……参っちゃうな。
徹は、小さくつぶやく。
彼我の技量は、ほぼ同じ。であるが故に、足の傷は大きなハンディとなる。
機動力の差を埋めるには、どうするか?
徹は、二丁拳銃を収納し、虚空から、すらりと長銃を引き抜く。
アサルトライフルの発射スイッチを切り替え、グレネードランチャーを屋上の床に発射。
地面を崩落させる。
向こうの徹の唇が微笑む。
──そうくることは知っていた。
床の崩落より早く、宙に舞った徹が、頭上から拳銃を連射。
体をひねって躱すが、二発、三発と命中。
瓦礫と共に、下の階に叩きつけられ、徹は血を吐いた。
コツコツと静かに足音が近づく。どこまでも慎重な男だ。
足は、ほとんど感覚がない。右手は、かろうじて動くが、狙いをつけるのは難しい。血が流れすぎている。
こうなると後は祈るしかない。
「徹ぅぅぅぅ!」
そして祈りは、叶えられる。
ガラス窓を突き破って現れた鏡華が徹の前に立ちはだかり、敵の徹へと乱射。
すべては確率の問題だ。たまたま今回は、鏡華が徹たちの近くに出現した。言ってみれば、それだけのことだ。
それだけのことだが、嬉しくないといえば嘘になる。
獲物を狩る目つきで、向こうの徹を見つめる鏡華。
傷を負いながら、一歩も引かずに応戦する鏡華。
そんな鏡華を、徹は美しいと思い、同時に悲しく思う。
彼女の勇気は、彼女の芯の強さは、こんなことのためにあるものではないと思うから。
この戦いを、できるだけ早く終わらせる。
風澄徹は、改めて、そう決心した。
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データ
- ▼ガンスリンガー ストラトス EXエピソード
- ■文:海法紀光
- ■イラスト:彼岸ロージ
- ■協力:スクウェア・エニックス