2016年6月16日(木)
『人喰いの大鷲トリコ』は上田文人氏にとってのゲーム制作の最適解。E3 2016で発売直前の心境を語る
米国・ロサンゼルスにて、現地時間6月14日~16日に開催されているコンピュータゲームの祭典“E3 2016(Electronic Entertainment Expo 2016)”。
その会場で、10月25日発売とアナウンスされたPS4用ソフト『人喰いの大鷲トリコ(トリコ)』のゲームデザイナー・上田文人氏に、インタビューを実施することができました。
▲上田文人氏。 |
本作を長く待ち望んでいたファン必見の内容になっていますので、ぜひご一読ください!
●動画:『人喰いの大鷲トリコ』E3 2016 ストーリートレーラー
『トリコ』の世界観やレベルデザインは、制限の中での最適解
――“E3 2016 PlayStation Press Conference”で10月25日発売と発表されましたが、本作の発売が近づいてきたことについて、どういった感想をお持ちですか。
ようやく発表することができましたという気持ちです。ホッとしているのが半分、あとは発売日に向けて時間も限られているので、大きなトラブルがないといいな、と願っています。
自分はもちろん、制作スタッフも体に気をつけて、粛々と作っていくだけかな、と考えているところです。
――開発も佳境を迎えているかと思いますが、率直に今のお気持ちを聞かせていただけますか?
先ほど述べたとおり、半分はホッとしているのですが、あとの半分は開発期間が非常に長かったということもあり、少し寂しい気持ちです。
ずっと『トリコ』と向き合ってきましたし、開発しているのが当たり前と思えるくらいに長い期間でしたので、それがもうすぐ手を離れていく事を考えると、寂しい気持ちになります。
新しいことをやりたいという思いもありますが、トリコが手を離れていく寂しさというのは、開発しているみんなが感じているのではないかと。
もちろん、不安もあります。『ICO』も『ワンダと巨像(ワンダ)』も『トリコ』もそうなのですが、発端は、自分がゲームプレイヤーとして“こういうゲームが遊びたいんだ”ということから始まっているんです。
『トリコ』ももちろんそういった気持ちで開発していますので、喜んでくださるお客さんがたくさんいるといいなと、祈りながら作っています。
――現在の開発状況をお聞かせください。
レベルデザインは確定しています。あとは実際にプレイしてもらいながら、バランスを見つつ調整していますね。グラフィック、動きのブラッシュアップを行っている段階です。
――『トリコ』を開発するうえで、上田さんのなかで制作当初から“ここだけはブレない”といったポイントなどはありましたか?
ゲームの内容に関しては、制作当初からほとんど変わっていないんです。ビジュアルスタイルもPS3のころからほとんど変えていません。
もちろんPS4の恩恵を受けたことにより、解像度やCGの細かいシェーダーに関してはよりよくなっています。ですがゲームの内容やビジュアルスタイルについては、もともと目指していたものをそのまま、その通りに作っています。
“ブレない”という意味ではすべて、当初から目指していたものが、そのままの形で実現できています。
――実際にプレイした感想としては、じっくりと時間をかけ、丁寧に作られた作品であるという印象を受けました。
『ICO』も『ワンダ』もそうですが、どちらも制作期間が長くかかったということで、「次こそは短い期間で作ろう」という思いはあったんです。ですので『トリコ』は、2年半くらいで世に出す予定でした。
過去作の開発期間の長期化は、技術的課題が大きかったのです。『ICO』では“手をつなぐ”、『ワンダ』では変形コリジョンと、それらに非常に時間がかかったので、次回作ではそういった技術的な障害をなるべく減らし、もっと映像・演出だったり、ゲームのチューニングに時間をさきたかったのです。
「今まで培ったメカニズムやテクニックをうまく使って集大成的な作品を作れないかな、しかも短期間で」というのが、『トリコ』制作当初の予定でした。結果としてはトラブルなどもあり、長くかかってしまったのですが……。
――『ICO』『ワンダ』『トリコ』と、三部作的なイメージを持っているユーザーも多そうですね。
何をもって三部作とするかは難しいですね。『ICO』と『ワンダ』はつながりがあるような印象を受けるかと思うのですが、当初『ワンダ』は「『ICO』とはまったく違うゲームを作りたい」というところからスタートしているんです。
その時のハードのスペックだったり、リソースコストだったり、たくさんある制限を踏まえた上で最適解を出した結果、あのような形に落ち着きました。
『トリコ』も同様で、『ICO』や『ワンダ』とはまた違ったゲーム、というところからスタートしています。技術やメカニックは同じでも、まったく新しいものを作りたい、という思いからスタートしてますが、自然にこのようなスタイルに落ち着きました。
――三作品の雰囲気が統一されているように感じるのは、上田さんの作家性による部分が大きいのでしょうか。
作家性というよりは、最適解をめざした結果なのかな、と思います。たとえば、遺跡のような世界や霧がかかった雰囲気は、レベルデザインを構築するうえで、ビジュアルよりもゲームプレイヤーが迷わないよう、プレイしやすいようにと設計しているんです。
「こちらから光が差し込んでいたら、プレイヤーをそちらに誘導できる」という場合、そこに窓が必要になりますよね。そう考えた時「窓が置きやすい世界観って何だろう?」となると、遺跡にいきつくわけです。
“階段やハシゴがこの位置にあっても不自然じゃない”、“普段生活している現実の世界とはかけ離れているけれど、ちゃんとリアリティを感じられる”、そのちょうどいいバランスとして、このような世界観を形づくっているのだと、自分では考えています。
――ちなみに、上田さんとして『トリコ』をプレイするうえで「ここだけは体験してほしい!」と思うのはどの部分ですか?
ここだけ、というのではなく、あますところなく『トリコ』のすべてを体験してほしいと願っています。
体験し終わった後にトリコの肌触りというか、息遣いだったり体温のようなものがプレイヤーのなかに残ってくれたらうれしいですね。
それというのはイコール、トリコの存在だと思うんです。トリコという動物が生きていた、存在していたと感じていただけたら何よりです。
――実際、冒頭の30分をプレイしただけでもトリコの肌触りを感じられた瞬間がありました。
冒頭の展開ですと、トリコをつかめたりはするのですが、まだお互いが安全な状況にありますよね。ゲームを進めていくと、高いところや不安定な場所に行くこともあるので、ギュッとしがみついたりだとか、よりトリコの存在が重要になってきます。
そのあたりを体験していただければ、もっともっと触感を得られるのかなと思います。
――トリコと接していて驚きだったのが、尻尾から光線のようなものを出す場面でした。これまでの作品の世界観から考えると、異質な印象を受けましたね。
海外のメディア様からも似たような感想をいただくのですが、自分としてはそのような意識はないんですよね。意外性という形で受け取ってもらえればと思います。
ただあの力については、ゲームを進めていくことで、はっきりとした答えは示しませんが、なんとなく“なぜそうなっているのか”をお伝えできると思います。
――冒頭ではトリコが湖に飛び込むことで水かさが増し、先へ進めるようになる部分もありましたが、このように地形や自然に影響を与える場面も出てくるのでしょうか?
そうですね。今回は水だけでしたが、もちろん他のステージにも、いろいろと用意しています。
――トリコを上手く誘導して、自然に影響を与えることも重要になってくるということですね。
トリコだけでなく、身体の小さい少年だけしか進めないステージもありますので、少年単独で障害をクリアしないといけない場面もいくつか登場します。
意識したのは、そうした局面を、あえて“あまりバランスよくならないようにした”ということです。たとえば1→2→3、1→2→3のような順番で規則的に登場するのではないということですね。
規則性を作ってしまうと展開が読めてしまい、意外性がなくなってしまいます。ですので変にバランスをとるのではなく、あえて不規則なバランスにする事で意外性を感じてもらえたらな、という設計になっています。
――バランスを崩して作るというのは、なかなかに大変そうですね。
今回プレイしていただいた試遊版の最後に、ひらけた風景が見えるのですが、その風景は単なる遠景ではなく、今後行けるようになる場所なんです。
その場所から見えているトリコと少年、といった具合に、場所の関係も整合性をとったうえで作られているので、そのなかで意外性を持たせつつレベルの配分をしていく、というのは難しいというか、大変だったところですね。
――公開された映像では黒い大鷲が登場しましたね。トリコは唯一の存在なのではと思っていたので、驚きました。
まだ映像以上のことは言えませんが、大鷲はトリコだけではない、というのはあの映像からわかっていただけたかと思います。
色についてですが、ライティングの関係などもありますので、まったく違うというわけではなかったりもします。
――最初に出会った時はトリコのツノが折れているように見えました。ただ映像では、ツノが生えているように見えたのですが……。
それもプレイしていくことで、それがどういう意味を持っているかがわかるかと思います。
――体験時、オープニングの生物図鑑が映し出される場面でラストにトリコが出てくるのを見て、生物の頂点のような位置づけなのかなと思ったりもしたのですが。
最後に出てくることについては、特に意図はありません。実際にいてもおかしくないよね、という演出で、昔から読まれている実在する図鑑に登場させてみました。
トリコだけ徐々に重ねることで、本当にいたかもしれない動物のように伝わればいいなと。
――主人公の少年についてですが、表情やセリフが『ICO』や『ワンダ』以上にくっきりと表現されていますね。
字幕でしゃべっている部分はこれまで同様に造語なのですが、表情についてはPS3からPS4になって解像度があがったので、よりしっかり作るべきかなと。
ただ、主人公の少年はあくまでプレイヤーの分身ですので、メインとなるのはトリコです。よって、少年の感情表現は最小限におさえています。
――プレイ時間がすべてではないと思うのですが、ゲームのボリュームはどれくらいを想定されているのでしょう。
現在はモニターテストを実施し、迷うところがないか、不親切なところはないかといった部分をチェックしながらボリュームを計算しています。ですが、こういったタイプのゲームですので、プレイヤーがどのくらい迷うか次第なので、ボリュームがどのくらいに落ち着くかは正確にわかりません。
ただ、『ICO』や『ワンダ』相当のボリュームを目指しています。
――そういえば、プレイしていて偶然謎が解ける、といった場面があったんです。そういった偶然性も意図されているのですか?
偶然が起こるゲームになってほしいということで、トリコが自発的に動いたり、物理エンジンを使っていたりします。
そういった偶然性が起きればいいなと思って設計していますので、そのようなことが起こったというのは、こちらとしてはうれしいですね。
――冒頭の30分だけでも、プレイする人によって解き方が違うというのには驚きました。
モニターテストでもいろいろな遊び方をされているんですよね。すごく悩まれる方がいれば、サクサクと謎を解く方もいる。そのあたりについては、どの程度のレベルに落ち着かせるかをこれから決めていくところです。
――トリコにつかまっている時なのですが、『ワンダ』の時よりも柔らかさというか、生物らしさを感じました。
つかまったところが少し下にずれたりだとか、少年の重量を考慮してリアクションが起きるというのは力を入れて表現したところですね。少し高いところから飛び降りたりする際は、そのリアクションが周囲にも波及するようになっています。
それからトリコは警戒度によって、耳がたったり寝ていたり、毛が逆立ったりと、違いを見せてくれます。
――話は変わるのですが、上田さんはVRについてはどういった印象をお持ちですか?
VRには興味がありますね。『ICO』も『ワンダ』も『トリコ』もそうなんですが、僕が表現したいものというのは、テレビの向こうにあるリアリティを感じる世界なんです。
そこにいるキャラクターや世界を魅力的に見せたい、というのがビデオゲームを作っているモチベーション。その究極系はVRだとずっと思っていました。もともと目指していたのは、仮想空間の臨場感や体験だったので、チャレンジしたいとは思ってはいます。
――“E3 2016”に出展されたVRで、気になったタイトルなどはありましたか?
まだ情報をすべて追えているわけではないのですが、『バイオハザード7』は遊んでみたいですね。
――VRで挑戦されてみたいジャンルなどはありますか?
実はジャンルから考えることがないんです。臨場感や不自然でない世界を追求していった結果、それがシューティングになるかもしれないし、ホラーになるかもしれない。あるいはまったく違うものになるかもしれません。
――ジャンルありきではないということですね。
そうですね。その時の表現力のなかで最適なものを選択していますので、ジャンル、時代背景、世界観からはスタートしていません。
――ブースに等身大のトリコのプロジェクションが設置されていますが、VRならああいったものも実現できますね。
そうですね。あのプロジェクショントリコは、実はつねにアップデートしています。本編のAIも日々改良されているのですが、そのタイミングでプロジェクションの方も更新されているんです。
お互いに成長しているといった形ですね。タルをトリコの近くに持っていくとタルがふるえるのですが、そういったものがもしかすると、VRにマッチするのではと思います。
タルを介してトリコの存在が伝わるのではないかと。ただ、『トリコ』はVR対応はしていません(笑)。
――発売が本当に楽しみです! 最後に長年『トリコ』を待ち望んでいたユーザーさんに向けて、メッセージをお願いします。
『トリコ』の開発期間がここまで長かったのは想定外でしたが、その間、僕だけでなく開発スタッフのモチベーションが維持できたのは『ICO』、『ワンダ』のHD版が出て、それへの皆さんのリアクションがポジティブだったからです。
それに『トリコ』はそんなにたくさん情報が出てきたタイトルではなかったと思うのですが、それでも忘れずに皆さんが期待してくださった。それが強いモチベーションになったので、応援していただけてありがたいなと強く実感しています。楽しみにお待ちください。
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