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2017年5月13日(土)

【電撃PS】SIE・山本正美氏のコラム『ナナメ上の雲』を全文掲載。テーマは“ミチとキチ”

文:電撃PlayStation

 電撃PSで連載している山本正美氏のコラム『ナナメ上の雲』。ゲームプロデューサーならではの視点で綴られる日常を毎号掲載しています。

『ナナメ上の雲』

 この記事では、電撃PS Vol.637(2017年4月27日発売号)のコラムを全文掲載!

第106回:ミチとキチ

 少し前の話ですが、“文庫X”という本が話題になりました。本のタイトル、作者、出版社など、本を買う際に決め手となる情報を、“手作りのカバーで隠して売る”ということを、とある書店の店員さんが仕掛けたのです。購入前の読者に与えられた情報は、本の値段と、手作りカバーに綴られた店員さんのその本に対する熱い思いのみ。手書きのコメントが表紙と裏表紙に書き連ねられた異様な文庫本を書店で見かけたことのある方も多いのではないでしょうか。

 そんなミステリアスな存在感が奏功し、文庫はノンフィクションジャンルとしては異例のヒットとなったそうです。最近、“未知マーケティング”という言葉をよく耳にします。先ほどの文庫Xでいえば、従来であれば購入前に消費者に対して“既知”とさせるべきはずの情報をあえて隠し、逆に魅力として訴求力に変換するプロモーション手段、ということになるでしょうか。この手法が、今やあらゆるジャンルで活用され始めているようです。

 一例として、まずはレンタルビデオのTSUTAYA。こちらもタイトルや監督、出演者の情報がプリントされた本来のジャケットの代わりに、なんとなく内容を伝えるキャッチコピーのみ記載した“NOTジャケ借”というコーナーを作ったところ、これがお客さんの評判が上々とのことで、実施店舗を大幅に増やしたそうです。1番人気のキャッチコピーは、“全員フルボッコの最強パパ”だそうですが、これ、何の映画でしょうねえ? 確実にシルベスター・スタローンか、アーノルド・シュワルツェネッガーが登場しそう。などと思ってしまうところがまさに術中。コピーの正体を確かめる楽しさもあるし、人気となるのも頷けます。基本的にはリサーチ会社が調べた数値的に人気の作品ばかりがラインナップされているそうなので、外れは少ないのでしょうね(その分、観たことがある映画にあたる可能性も高いとは思いますが)。

 他にも、航空会社のJALが、実際に参加するまで目的地を明かさない“ミステリーツアー”なる商品を発売したところ、こちらも大盛況とのこと。旅行って、“ここに行こう”という気持ちありきで始まるものだと思いますが、逆に“どこに行くかわからない”ことが旅行慣れした人にとってもこれまでにない魅力として受け止められているようで、ビジネスとしての成功にも繋がっているようです。

 これら未知マーケティングが流行する背景に何があるかを考えたとき、当然のことながら、スマートフォンの普及と無縁ではないだろうなと思います。スマホがあればなんでも調べられる今のご時世、基本的には“既知”のことだらけなんですよね。体験する前からその体験についての情報を調べて知っているので、大概のことって新鮮味が薄れている。だからこそ、たとえ“既知”のことであってもいったん“未知”の状態を作ってあげることで、鮮度を再構成できるわけです。うまいこと考えたなあ。

 あ、ふと思いましたが、“ガチャ”なんてのも未知マーケティングの一種なのかもしれませんね。PlayStation VRの人気なども、どれだけ情報を集めても実際に体験してみないとその魅力は味わえない、という意味では、これも未知マーケティングのひとつとして考えられるのかも。いやー面白い。 

 ちょっと話はずれますが、この“未知”と“既知”という考え方については、マーケティング手法として、ということではなく、制作手法として、実は昔から気にはなっていました。たとえば、車の走行テクニックのひとつに“ドリフト”という走法がありますよね。コーナーを曲がる際、後輪を滑らせて車をコーナーの出口に向かせるあの技術です。でもあれって、どんなものかはなんとなく知っていても、実際に体験したことのある人ってレーサーか走り屋くらいで、ほとんどの人が実体験はしたことがないと思うのですよね。つまり、その意味でドリフトという行為は、多くの人にとって“既知/未体験”なわけです。

 しかしですよ、『リッジレーサー』や『マリオカート』によって、ゲームという枠組みの中においては、疑似的にドリフトを体験した人は何千万人もいます。つまり、“既知/未体験”だったドリフトという行為が、ゲームを通して“既知/体験”に変換できた、ということなわけです。これ、たぶんゲームにしか成し遂げられない境地だと思うんですよね。ドリフトもそうですが、サッカー、野球、ゴルフ、テニスなどなど、知ってはいるけどプロのようなプレイ感覚は味わったことがないという意味で、スポーツって“既知/未体験”なことが多い。でもスポーツゲームは、それを“既知/体験”にしてしまうのです。

 “未知マーケティング”は、“既知”を“未知”の状態に戻すことで、これまでにない価値を生み出そうとしています。この考え方は、売り方という以外にも、作り方としてゲームにも応用効くかもなあ。というか、そもそもゲームって、“未知/未体験”だったからここまで浸透したのかも!

ソニー・インタラクティブエンタテインメント JAPANスタジオ
エグゼクティブプロデューサー

山本正美
『ナナメ上の雲』

 ソニー・インタラクティブエンタテインメント JAPANスタジオ 部長兼シニア・プロデューサー。PS CAMP!で『勇なま。』『TOKYO JUNGLE』、外部制作部長として『ソウル・サクリファイス』『Bloodborne』などを手掛ける。現在、『V!勇者のくせになまいきだR』を絶賛制作中。公式生放送『Jスタとあそぼう!』にも出演中。

 Twitterアカウント:山本正美(@camp_masami)

 山本氏のコラムが読める電撃PlayStationは、毎月第2・第4木曜日に発売です。Kindleをはじめとする電子書籍ストアでも配信中ですので、興味を持った方はぜひお試しください!

データ

▼『電撃PlayStaton Vol.638』
■プロデュース:アスキー・メディアワークス
■発行:株式会社KADOKAWA
■発売日:2017年5月11日
■定価:638円+税
 
■『電撃PlayStation Vol.638』の購入はこちら
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