2018年1月30日(火)
iOS/Android/PC用RPG『チェインクロニクル3(以下、チェンクロ3)』特集連載企画のラストを飾る、『チェンクロ』名言集をお届けします。
2017年末に『チェンクロ3』の主人公“帰還篇”が配信され、メインストーリーは6章に突入。電撃オンラインでは、“帰還篇”配信を記念して『チェンクロ3』の特集をお送りしてきました。
特集連載の最終回は、『チェンクロ』に登場するキャラクターたちの名言を紹介。ユーザーの皆さんから投稿していただいたものの中から、人気の高かったものを10個選び、コメントとともに掲載します!
パーシェルが1部の頃からお気に入りのアルカナで、疲れている時でも頑張っていこうと思えるいい言葉だと思った。(クレインさん)
くじけそうなフィーナに立ち止まらず振り返らず前へ進むことの大切さ、そして傍にいる仲間の大切さを再認識させ、一見冷たくぶっきらぼうながら背中を押す場面で、初めて読んだときはなんていいことを言うおじさまなんだと思いました。自身にも盗賊団の仲間や参戦している義勇軍の仲間がいるからこそ言える台詞だろうし、経験から成る重みが違うと感じました。カッコイイ。本当にいいところを掻っ攫って行く人です。ずるい。(真雄さん)
今の地位に飽き足らず、さらなる強者を求めて自分の道を邁進する姿勢は、先に進み続けるために必要なことと思う。(エンさん)
まだ僕が『チェンクロ』のことをよく知らない時、『チェンクロ』の世界の騎士がどのような立場でどのような集団なのかわかっていない時、何よりもアレスというひとりの素晴らしい騎士の魅力を知らない時にこの言葉を聞いて鳥肌が立ちました。アレスがどのような存在であるのか、騎士とは人とは何なのかを教えてくれたかのような……そんな一言でした。今でも僕の『チェンクロ』の原点であり、アレスの“騎士道”と“大正義”を象徴している言葉だと思っています。(やほー君さん)
ヨシツグの生き方が凝縮されたセリフだと思うからです。強者に会って御前試合三回戦後とどめを刺してくれと頼むほど冷静さを失っているところが、彼の心からの願いであることを暗に示していると思います。キャラクタークエストの印象でまるでネタのように吐血をするから忘れがちですが、本当に残された命は少ないんだなと思い出されました。(夕霧さん)
トウカがハルアキに対し「自分に殺されるために生かされてきた」と言った直後のフィーナの台詞。あのお淑やかなフィーナがトウカを殴ったというのも衝撃的だったが、さらに衝撃だったのがこのシンプルなフィーナなりの生への考え方でした。九領外伝は第1部終了後の物語のため、すでに黒の王との戦いを終え、父親を亡くした後だったからこそ、フィーナの無念を繰り返したくないという想いだったのかもしれないと思うと、より響く言葉であると感じました。(アプリコットさん)
最近、メインとチェインストーリーを読み直した時に、この言葉に思わず泣きそうになりました。義勇軍の他のメンバーではなく、ピリカが言うのが最高です! 名言というより名シーンかもしれません。(るさ@さん)
薄命の大陸のプレイ時、彼らの10年の生の在り方にすごく考えさせられることがあった。ある者は運命を受け入れ、またある者は運命に抗い、それでも彼らは“死”を受け入れ、“生きていた”。それはとても尊いものだと強く感じた。セレステは“死”を知らない少女だった。アイザックは、“死”に何よりその“生”に敬意を払う人間のようにこの台詞から感じた。この台詞は私にとって、セレステの成長、アイザックという人間の在り方、薄命の民の一生を感じさせるものであったから。(ミツキさん)
無知なことは人より自分は劣ると感じさせる理由のひとつに挙げられやすく、人より上に立とうとするとき蔑みのひとつとして扱われがちになる。閉鎖的な世界で生きてきたアマツが、外の世界に引きずり出されたときいかに自分が井の中の蛙であったかを叩きつけられ、蔑まれても仕方ないと思っていたときに、知らぬ恥ではなく知れる喜びであると教えられ卑屈の脱却につながった。シュザの首を取ろうとした5年前の青臭さが消え、落ち着きのある男になったミシマの口から出た言葉だからこそアマツにも響いたのだと思いました。(はまち大将さん)
プレイヤーからすれば未知の敵、しかしそれまで敵におびえるようなことがなかったドゥルダナが恐怖を見せたことで、敵の強大さが伝わってきて、プレイしている私も恐怖感がありました。そんな中でドゥルダナの発したこのセリフは、ドゥルダナの勇敢さを感じるとともに、プレイしている私にも勇気をもらえる言葉でした。(ザハさん)
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