2018年6月18日(月)

『FGO』塩川洋介氏とアナログゲームデザイナー・カナイセイジ氏の対談を掲載

文:梅津爆発

 FGO PROJECTクリエイティブプロデューサーの塩川洋介さんと、『ラブレター』など数々の人気ゲームを生み出したカナイセイジさんによる対談を掲載します。

塩川洋介氏&カナイセイジ氏対談
▲カナイセイジさん(左)と塩川洋介さん(右)。対談は、ディライトワークス内のボードゲームカフェで行われました。

 2018年8月に『Fate/Grand Order Duel -collection figure-(以下、FGO Duel)』第1弾の発売を控え、3月には社内にボードゲームカフェを設置するなど、アナログゲーム制作に力を入れている塩川洋介さん。

 そして全世界累計販売数150万個を突破した傑作カードゲーム『ラブレター』などを手掛けたアナログゲームデザイナー・カナイセイジさん。両氏による、ゲーム制作やアナログゲームについての対談を、電撃オンライン独占でお届けします。

塩川洋介氏&カナイセイジ氏対談
▲カナイさんが手掛けたゲームの一部。

カナイさんの『文絵のために』に感銘を受けた塩川さん

――今回の対談は、塩川さんがカナイさんの制作した2人用協力カードゲーム『文絵のために』に感銘を受けたということでセッティングさせていただきました。まずは『文絵のために』のどのような部分に感銘を受けたのか教えてください。

塩川さん:私はこれまでデジタルゲーム一辺倒で、数え切れないくらい遊んでいました。だからデジタルゲームに関しては、よほどのことがない限り驚きや新しい発見をしなくなってしまって。それで去年からアナログゲームで本格的に遊び始めたのですが、その中でも『文絵のために』を遊んだ時はとても感銘を受けたんです。ゲームのシステムとストーリーが融合したストーリーテリングが見事でした。

 デジタルゲームと比較して、アナログゲームの自由度はすごいと思っていました。ルールからコンポーネント(内容物)まで決まった形がないから自由に作れる。そんなアナログゲームの中でも『文絵のために』はさらに規格外でした。デジタルゲームだと、かなりいろいろな手法がやり尽くされている感があるので、そこまで革新的なシステムのゲームというのはなかなか作れないのですが、革新的なシステムに挑戦していてなおかつストーリーテリングとして完璧だったので、作り手としてもう参りました……と。

カナイさん:いやいや恐縮です(笑)。

塩川さん:これと同じ体験ができるゲームを、デジタルもしくはアナログで作れと言われたら、はたして自分には作れるだろうか……と思ってしまいます。

■『文絵のために』とは?

 カナイセイジさんが2017年にワンドロー社から出した2人用協力カードゲーム。悲劇の運命に立ち向かう武雄と文絵の物語を、2人のプレイヤーが追体験します。初回プレイ時はゲームの進め方も、人間関係もよくわからない状態からスタートしますが、何度もタイムリープを繰り返すことで悲劇の運命を回避する方法を探り、真のエンディングを目指します。

塩川洋介氏&カナイセイジ氏対談

『文絵のために』ストーリー紹介PV

カナイさん:『文絵のために』は、お察しだとは思うのですが、2人の高校生が主人公の某大ヒット映画から着想を得ました。ゲームデザイナーたちが集まった時に「あの映画をゲームにするならどう表現する?」という話題で盛り上がって、自分なら「互いに自分の手札がわからない状態でカードを出していく」形にするかなと考えました。というのも、元となったストーリーが「互いに入れ替わってよくわからない状況から始まる」という感じでしたから。

 最初にテストした時は、元のストーリーを忠実に追う形だったのですが、それだと進め方やエンディングが1通りしかないため、ゲームとしてはちょっと物足りないなと。ただゲームとしてはおもしろい部分もあったので、実際に作ることになった段階で元ネタを取っ払い、さらにおもしろくするにはどうすればいいかを考えました。それで途中でゲームオーバーになるバッドエンドを含めてマルチエンディングにするなど、ノベルゲーム的な要素を取り入れてストーリー性を重視することにしました。

 ストーリー性を重視するために考えたのはカードの効果をストーリーに落とし込むことです。“腕時計”というカードがあるのですが、これは物語的にはヒロインが主人公に渡したいけど渡せないもので、ゲーム的にもそのままでは渡せないようになっています。何らかのプロセスを踏むことで渡せるようになり、それがゲーム的にも重要な意味を持つようにしました。これは一例ですが、そのようにゲーム的に行うことと、物語上の役割をできるだけ近いものにすることで、ゲームと物語のシンクロ度を高めています。

塩川さん:実際に遊んでいるので今のお話がよくわかるというか、カナイさんの狙い通りに素晴らしいゲーム体験ができました。アナログゲームも少し遊べば「これは●●系のゲームだな」と大体わかるのですが、『文絵のために』は今まで遊んだことがないタイプのゲームで、かなり戸惑いました。

 でも戸惑いながらも遊び続けていると「もしかしてこの順番でカードを使えば……」みたいに攻略法を思いついて。自分自身の成長と、ストーリーの謎が解けていく部分がリンクして、さらにそれがゲームシステムに落とし込まれているという。それらのバランス加減が絶妙で「どうしたらこんなゲームができるのだろう?」と考えちゃいましたね。

カナイさん:そこまで言われてしまうと逆に恐縮してしまうのですが、ここまで上手くいったのは偶然な部分も大きいです。

――お2人は今日が初対面なのでしょうか?

塩川さん:ちゃんとお話するのは初めてですね。イベントで出展されていたカナイさんのゲームを買いに行ったことはあるのですが、その時はただの客として買い物をしただけでした。

カナイさん:浅草のアナログゲームイベントですね。

塩川さん:そうです。その時に『文絵のために』のテスト版が売っていて、それがカードじゃなくて普通の紙だったんですよ。私はアナログゲーム歴が浅いので「何で紙の状態で売っているのだろう?」と理解ができなくて、逆にそれで興味を持ちました。

カナイさん:いやお恥ずかしい(笑)。あの時は他に新作がなくて、春に出して好評だった『文絵のために』のテスト版を、カードのデータを印刷したコピー用紙の状態で300円で売っていました。購入した方が自分でハサミで切って、スリーブに入れて遊んでいただく、プリントアンドプレイ形式ですね。

 私のほうは『Fate/Grand Order(フェイト/グランドオーダー)』を楽しませていただいています。やはりクリエイターの1人として、これだけヒットしているゲームは勉強のためにも遊んでおかなければいけないなと。それで見事にハマりまして。遊んでいて特に感銘を受けたのが、レアリティに関係なくシナリオ上で各サーヴァントが活躍しているところです。味方も敵も個性を生かした活躍をしていて。散り際も最高ですし、すべてのサーヴァントが作り手から愛されているのが伝わってきました。特に7章のシナリオは素晴らしかったです!

塩川さん:ありがとうございます。サーヴァントは基本的に全員が主人公なんです。それぞれの物語があります。カナイさんがおっしゃったように、低レアリティのサーヴァントがシナリオ上で活躍する意外性が印象に残ることも多いですね。

 また例えば日本の武将でサーヴァントを作る際、普通は日本人なら誰もが知っている有名な人物を先に作ると思うのですが、『FGO』ではあえて源頼光を作る。何故そうなったのかというと、「当たり障りのないことをしても人の心には引っかからない」という考えを私たちとTYPE-MOONさんが持っているからです。「何であのサーヴァントが星5じゃないの?」とか「このサーヴァントがいるのにあのサーヴァントはいないの?」という突っ込み所が引っかかりとなって、そこから興味を持っていただけることがあります。

カナイさん:そのような意図があったんですね。そしてシナリオだけでなく、ゲームバランスも絶妙ですよね。6章は本当に苦労して、円卓の騎士たちの恐ろしさを実感しました。最後の1人だけでギリギリ勝てた時は「うぉー!」って声が出ちゃいましたから(笑)。あれはどのように調整しているんですか?

塩川さん:まず「課金しなくてもクリアできるバランスにする」というのが、ゲーム全体の基本的な考え方です。そのためサーヴァントにはそれぞれ異なる役割を持たせて強さのインフレを極力進めないようにしています。

 とはいえ、ストーリーが先に進むほど難易度は上がるので、定期的にサーヴァントを育成するためのキャンペーンなどを行っています。それと『FGO』で重要だと思うのがランダム性ですね。ゲームシステム上、あらゆるところにランダム性があって、それの振れ幅によってドラマが起こる。

カナイさん:あぁ、なるほど。確かにサーヴァントを召喚するところからドラマがありますよね。

塩川さん:ほかにも、バトルで同じサーヴァントのバスターが運よく3枚そろったから勝てたとか。逆にいきなり敵からクリティカルを連続で受けて1人倒されてピンチになるとか。同じ編成で戦っても、コマンドカードやスキル、ダメージなどランダム性が数多く仕込まれているので、ドラマが起きやすいと思います。その仕組みを設計した担当はTCG(トレーディングカードゲーム)などを参考にしたようです。

カナイさん:根底ではアナログゲームもスマホゲームもつながっているんですね。

塩川さん:そう思います。

―― 一方で理詰めでクリアできる部分もありますよね。

塩川さん:はい。敵の編成に対して有利なサーヴァントをそろえて、適切なタイミングでスキルや宝具を使うことで運が悪くてもクリアできる場合があります。ランダム性と理詰めのバランスによって、何度遊んでも楽しめるバトルになっていると思います。

塩川洋介氏&カナイセイジ氏対談

カナイさんが語るアナログゲームの現状

カナイさん:アナログゲームも「繰り返し遊んで楽しいか?」というのは重要なポイントで。1回遊んで最適な攻略法がわかっちゃったら、もう遊ばないですよね。攻略法をなぞるだけの作業になってしまいますから。自分の作るゲームがそうならないよう、常に気を配っています。

塩川さん:デジタルゲームだと、そういうゲーム制作のノウハウを教えてくれる専門学校や書籍などもありますが、アナログゲームの場合はどうやって勉強するんでしょうか?

カナイさん:人によりけりですね。塩川さんは先ほど「デジタルゲームは数え切れないくらい遊んだ」とおっしゃいましたが、私も様々なアナログゲームを遊んで自分の引き出しを増やし続けています。そうすることでゲーム制作で悩んだ時に「そういえばあのゲームでは、マンネリ化を防ぐためにああいうテクニックを使っていたな」みたいなことが思い浮かびやすくなるんです。そういう既存のアイデアを参考にすることで、新たなアイデアが生まれやすくなる場合がありますね。

 また日本のアナログゲーム人口が増加している影響もあり、アナログゲーム制作に関する本もいくつか出ています。最近だと、アナログゲーム大国のドイツで長年活動を続けているトム・ヴェルネックさんの著作『ボードゲーム デザイナー ガイドブック』が日本語訳されて出版されました。

 ただ、デジタルゲームと比べるとまだまだ市場規模が小さいので、ノウハウが蓄積されていない部分もあると思います。国内なら1万本売れたら大ヒットな世界ですから。

塩川さん:カナイさん自身も、最近のアナログゲーム人口の広がりは実感しますか?

カナイさん:数年前と今だと全然違いますね。例えばボードゲームカフェがとても増えましたし、ゲームマーケットの出展者数と来場者数も右肩上がりです。その分、1年間に作られる新作の数もとても多くなっているので、その中から遊んでもらえるゲームを作るのはなかなか大変だと思います。

塩川さん:供給過剰気味ですか。

カナイさん:そういう部分もあると思います。ゲームってデジタルアナログ関係なく、余暇時間の取り合いと言われているじゃないですか。今は余暇時間内の“アナログゲーム時間”の取り合いになっているという意見が多いですね。デジタルゲームは1人用なら比較的いつでも遊べますが、複数人で遊ぶことが多いアナログゲームは、人が集まっている時しか遊べないので。

 しかも国内だけでなく海外からも、個人では到底作れないようなリッチでおもしろいアナログゲームがどんどん入ってきてますから。例えば“フィギュア100体入りで4万円”のような豪華なアナログゲームがクラウドファンディングでお金を集めて作られるケースも増えていて。実際それに多くの人がお金を出していたりします。そういうものがライバルですから、やはり大変ですね。

塩川さん:家庭用ゲームもスマホゲームもどんどん進化していて、それに伴って開発費が高騰しているので、予算を用意できる会社じゃないと開発を始めることすら難しい場合が多いです。低予算だと、グラフィックのクオリティや、キャラクター数の少なさなど、比較しやすい部分で明らかに(予算をかけたゲームより)見劣りしてしまうようになってきていますから。

 一方でアナログゲームに関しては、まだ予算の差がそこまで大きく影響はしないんじゃないかと思っているのですがいかがですか? 例えば60枚のカードを作るためのコストが、数年前と比べて数倍に膨れ上がったりはしていないのではないかと。

カナイさん:ゲームマーケットでは、昔はミシン目の入った名刺用のカードに、自宅のプリンターでイラストや文字を印刷したものを販売するのが割と普通だったのですが、今それをやったら明らかに見劣りしてしまいます。それはここ数年で、同人ゲームでも印刷会社に作ってもらうことが標準的になったからです。だから家庭用ゲームやスマホゲームほどではありませんが、こちらも昔と比べて予算面でのハードルは高くなっています。

塩川さん:アナログゲーム開発に必要なコストもどんどん上がっているんですね。それと『FGO』のような長く遊ぶタイプのスマホゲームは、何かのきっかけで遊び始めて思い入れができると、長く遊び続けてもらえることが多いのですが、たくさんあるスマホのゲームを並行して遊ぶのは大変なので、後発であればあるほど参入のハードルが高くなるという構造になってきています。ちょっと気になる新作ゲームがあったとしても「既に3本も遊んでいるから、これ以上増やせないな」と考えられるのが普通だと言われています。アナログゲームの場合はその点どうでしょうか?

カナイさん:私は15年近くアナログゲームを作っているのですが、おかげさまで「カナイの作品ならやってみようかな」と思っていただけることも多くて。そういう意味では私も、先に出した者の優位性に頼っている部分がありますね。逆にこれからアナログゲームを出そうとする方は、自分のゲームが埋もれないよう、どのように宣伝するのかも考えないといけませんから大変だと思います。

 年に数本、大ヒットするゲームがあるのですが、そこに入れないとあまり注目されないというのが現状の私のイメージです。例えば昨年だと『ハコオンナ』と『桜降る代に決闘を』は凄かったですね。

――カナイさんが最近気になったアナログゲームはなんですか?

カナイさん:ゲーマーの方に今オススメするなら『テラフォーミング・マーズ』ですね。

塩川さん:結構重量級なゲームですよね。

カナイさん:火星を居住可能な惑星にするため、複数の企業が競走するというテーマで、2時間くらいのゲームです。先ほど「繰り返し遊んで楽しいゲームにする」という話をしましたが、この作品は力技でそれを実現しています。ボードゲームなのですが、ゲームに使う200枚以上のカードすべてが異なる効果を持っていて、それらがどんな組み合わせで自分に配られるかによって、戦略が大きく変化するんです。

 それに加えて、自分が担当する企業がランダムで2枚配られ、どちらかを選ぶのですが、そこで選んだ企業によっても得意なことが変わるため、何度遊んでも同じ展開にはならず、プレイヤーを飽きさせないゲームになっています。実際、世界規模で売れていて、多くのファンがいるゲームです。このように、大ヒットするゲームが出てくる余地がある点では、まだ金脈は残っている業界かもしれません。

塩川さん:まだ半年ですが、今年のゲームだといかがですか?

カナイさん:今年の作品はそれほど私も遊べていないのですが、今年遊んだという意味では『Gloomhaven』が凄かったですね。発売は去年で、まだ日本語版もないゲームなのですが。まず、重さが1箱で15キロくらいあって、値段も日本円に直すと2万円くらいします(笑)。

塩川さん:インパクトありますね(笑)。何が入っているんですか?

カナイさん:カード1,700枚にミニチュア数十体に、マップやらトークンやら色々ですね。簡単に言うと、デジタルゲームの『アントールドレジェンド』のようなハック&スラッシュを、丸ごとアナログに落とし込んだゲームです。

塩川さん:何となくわかりました。これも力技な匂いがしますね(笑)。

カナイさん:シナリオが100本も収録されてますからね(笑)。複数のプレイヤーと一緒に継続して遊ぶ協力ゲームで、モンスターと戦ったり、経験値を稼いでレベルアップしたり、宝箱から装備を手に入れたりしながら、シナリオのクリアを目指します。キャラクターの成長具合やアイテムの所持状態などを引き継いで次のシナリオに進むのですが、時には引退によって自分の操作キャラクターが代替わりするなんてことも。……って、私ばかりしゃべってすみません(笑)。

塩川さん:楽しいので、大丈夫です(笑)。

カナイさん:ではもう少し。バトルシステムも優れていて、キャラクターのクラスに応じたカードを使って戦います。カードの上には強力なメジャーアクション、下には移動などのマイナーアクションが記載され、中央には行動の優先順位を決めるイニシアチブ値が表記されています。自分のターンでは2枚のカードを出して、片方のメジャーアクションと、もう片方のマイナーアクションを使うことで行動するのですが、この組み合わせを考えるのが楽しいんです。例えば強力なメジャーアクションの“大斬り”はイニシアチブ値が低いのですが、これと“素早く動く”というイニシアチブ値の高いマイナーアクションを組み合わせることで、敵より先に動いて強力な攻撃を行うことができます。

塩川さん:本当に『ディアブロ』とか、そういうタイプのゲームをアナログにしたって感じですね。自由度の高さを力技で実現しているというか。

カナイさん:最近のアメリカから出てくるアナログゲームには、そういう傾向のものが多いですね。

塩川洋介氏&カナイセイジ氏対談

2人がゲームを作る際に心掛けていることとは?

――『FGO』も、メインストーリーからイベント、サーヴァント毎の幕間の物語など、シナリオが膨大ですが、制作する上で心掛けていることはありますか?

塩川さん:シナリオを制作されているのはTYPE-MOONさんやライターさんなのですが、ゲームの運営上必要なことは密に打ち合わせをしています。例えばイベントシナリオを書いていただくのに、先ほどご紹介した意外性を作るために「あえてこのサーヴァントの●●バージョンを出しましょう」とか「このイベントではあのサーヴァントを主軸にしましょう」みたいな打ち合わせをしますね。

 ただもちろん、奇をてらい過ぎてもよくないですし、王道過ぎてもおもしろみがないので、「ちょっとズレているけど、納得できる」くらいにしていくのが毎回の課題です。そこまでテーマが決まってから、各ライターさんがシナリオを制作しています。シナリオに関しては事前にネタバレしないようにしているので、(ユーザーさん視点では)ゲームを実際にプレイしないといいか悪いかがわからないじゃないですか。でもこちらとしてはシナリオに興味を持ってもらい、実際にプレイしてもらいたいので、告知できるプロローグ部分や登場サーヴァントの部分でインパクトを出したいという狙いがあります。だから王道ではなく、意外性のあるシナリオが多めですね。

カナイさん:しかももう3年目ですから、同じことはできなくなるという制約もありますよね。

塩川さん:そうですね。だんだん苦しくなりますね(笑)。『FGO』はもうすぐ3周年なのですが、サービス開始当初はプレイヤーの大部分が『Fate』ファンの方でした。しかし今年の1月に行ったユーザーアンケートの結果でもっとも母数が多かったのは、この1年の間に始めた方たちです。もちろんその中には、一度辞めて復帰した方も含まれますが、新しいユーザーさんが多いのは間違いありません。『FGO』で初めて『Fate』を知った方々も楽しめるように開発や運営を心掛けています。

――カナイさんは、アナログゲームにまだ触れたことがない新規の方を意識してゲームを作ったりしますか?

カナイさん:私が自分で作るゲームに関しては、割と好きなように作りたい物を作っていますね。個人制作の利点でもありますし。それが皆さんに楽しんでいただけたら最高ですね。企業さんからの依頼で作るゲームに関しては、要望を踏まえた上で作っています。

塩川さん:デジタルゲームだと、体験版や基本プレイ無料という仕組みがあるので、遊び始めてもらうハードルはそこまで高くないと思うのですが、アナログゲームだと遊んでもらうことが一苦労ですよね。仮にゲーム自体が身近にあったとしても、ルールを読まないと遊べないですし。

カナイさん:そう思います。遊んでもらうためのキッカケとして大事なのが知名度ですね。ヒットしたゲームは目に触れる機会が多いので、多くの人がルールを知っています。だからゲーム会などで遊べる機会も多く、そこからファンが増えてゲームがさらに売れるという好循環になりやすいです。「カナイのゲームだから遊んでみるか」と思っていただけるのも、知名度のおかげですね。ありがたい話ではありますが、ちょっとずるいかなという気持ちもあります。

塩川さん:カナイさんには実績があるので信頼されているのだと思います。話は変わりますが、私の業務は、「『FGO』のアナログゲームを作ろう」「『FGO』でリアル脱出ゲームをやろう」みたいな、存在しなかったプロジェクトを作り出す、0を1にすることが多いんです。カナイさんは0を1にするためにはどんなことが大事だと考えていますか?

カナイさん:最近は依頼を受けてゲームを作ることもあるので「このテーマでこういうゲームを作ってください」と、渡されたゲームの種を育てるケースも多いのですが、自分で作る場合は漫画や映画、ソーシャルゲームなど様々なコンテンツから影響を受けてゲームを作りたいと思うところから始まります。そこから風呂に入っている時など、日常生活の中でとにかく考え続けて頭の中で種を育てるのですが、30%くらいまで育てた段階で「これは今までにない斬新さがある」もしくは「ゲームとしてバランスよくまとまっている」と判断できたら、それは0が1になる可能性があるなと。そういうものはアイデアを書き留めて、実際に作り出すタイミングを計ります。

塩川さん:日常的にゲームのことを考えているんですね。

カナイさん:そうですね。何かをやっている時でも、常にバックグラウンドでゲームを考えるプログラムが走ってるみたいな。そしてどこかのタイミングで歯車が噛み合うので、その瞬間を待っているというか。若かった頃は10%とかもっと早い段階でテスト版を作り始めたりもしましたが、年齢と経験を重ねることで頭の中で取捨選択できるようになったというか、取捨選択してしまうようになったというか。

塩川さん:私も近いかもしれません。ゲームを作るのが好きなので、それを考える部分は脳内に常設されているんですよ。休憩しようと思ったことも特にないですし。カナイさんが判断基準にしている30%というのが私の場合、“それを伝える、勝つためのひと言”が思い浮かぶかどうかですね。そのひと言で勝てると思ったら実際に動き出しますが、逆にそれが見つからない限りは、30%以上できても100%にはならないだろうなと。社内の人や関係者の心を動かせるひと言がないと、結局はユーザーさんの心も動かせないと思っています。

カナイさん:私のような個人制作と、塩川さんのような大勢での制作による違いかもしれませんね。

塩川さん:デジタルゲームは集団作業で、何百人が関わることもあります。そこで大事になるのが、「私たちは何をやっているのか?」「どこに向かっているのか?」などをスタッフたちにわかりやすく伝えるためのビジョンなんです。ビジョンには色々なものを籠めなくてはいけません。みんなが目指したいと思えるくらいの高さは必要ですが、それが実現不可能なほど高すぎると「そんなのムリじゃん」と引かれてしまいます。なおかつ「自分たちがなぜ今それをやるべきか」という点での納得感も必要です。そういう、身内を動かすためのビジョンを端的に伝えるためのひと言を大事にしています。

カナイさん:それだけの責任を背負って、スマホアプリの最前線で戦い続けているのは凄いなと素直に思います。個人制作の場合は自分さえ鼓舞できればいいですからね。怠けたくなることもありますが(笑)。

塩川さん:カナイさんのように、1人で作ることにも憧れはありますね。集団作業の場合、個々人の作家性をマネジメントするのも必要なスキルで、それも楽しいのですけどね。

カナイさん:アナログゲームは1人でも作れるものですからね。ルールからアートワーク、マニュアル作成などすべてを自分の思うように作ることができます。その分作業も大変ですが。

塩川さん:逆に大人数でゲームを作ることに興味はありますか?

カナイさん:興味はあります。元々はデジタルゲームのプランナーを志望していましたから。ゲーム会社に就職はできませんでしたが。

塩川さん:そうだったんですね。

カナイさん:だからデジタルアナログ関係なく、たくさんのゲームで遊びましたね。それらが糧になって今の自分があるのだと思います。

――お2人はゲーム制作をする上で、どのようにモチベーションを維持しているのでしょうか?

カナイさん:最近はSNSでの意見が容赦ないので、落ち込んだこともいっぱいあります。でも、私はあまり怒りが持続しなくなってきたので、案外評価を受ける立場でもなんとかなっているのかもしれません。若い頃はブログや掲示板で自分の作品への否定的な意見を見て怒りを溜め込むこともありましたが、活動を長年続けていると「まあそういうこともあるよね」とあまり気にしなくなります。それはこれまで続けてきた経験によるものだと思いますね。

塩川さん:私もカナイさんと同じですね。過去を振り返っているより、これからどうするかを考えるほうが好きです。自分自身でどうにかできるのは、未来のことだけですから。

カナイさん:素晴らしく前向きな考え方で素敵です。人生の時間は限られているので、走り続けるしかないですよね。

塩川さん:本当にそうですね。それによってモチベーションも維持できるのだと思います。

――それぞれの業界で最前線で活躍しているお2人に、この業界が今後どのように進んでいくかの予想を伺いたいのですが。

塩川さん:少し話しましたが、スマホも家庭用ゲーム機もスペックは必ず上がっていきます。それらに対応したゲームを開発するとなると開発費も当然高騰するので、予算のあるところが勝ちやすいというのが現状です。今後その傾向に拍車がかかることは間違いないと思いますが、そうなるほど“オンリーワンでいること”が重要になると思っています。

 王道のゲームだと開発予算の勝負になりがちなのですが、軸をずらしたオンリーワンのゲームなら、その戦いに巻き込まれにくい。「●●が楽しいのはこのゲームだけ」みたいな理由をしっかり作れれば、そのゲームよりクオリティの高いゲームが出てきてもユーザーが離れにくいと思っています。そのため『文絵のために』のような、ほかにはないオンリーワンのゲームで遊ぶことは刺激になります。

 ディライトワークスではゲーム開発をする際、オンリーワンのものを目指して作っていますし、私たちのような大企業ではない立場ですと、オンリーワンを見つけられるところだけが生き残るのではないかと考えています。ちなみに『FGO Duel』も、既存のアナログゲームからは軸をずらしているので、オンリーワンのゲームに仕上がっていると思います。

カナイさん:すべて私の個人的な考えですが、アナログゲームでもクラウドファンディングを活用した、予算たっぷりのゴージャスなゲームが次々と作られています。それによってさらに市場規模が拡大したら、バンダイさんやタカラトミーさんのような大手が参入するかもしれません。元々『ドンジャラ』や『人生ゲーム』などのアナログゲームを取り扱っていますから。

 ただ、それらと比べると私たちが作っているようなアナログゲームはまだ新しいジャンルで、今のところ市場規模もそれほど大きくはありません。だから現在はアークライトさんやホビージャパンさんといった、アナログゲームを専門的に扱っている企業が中心となっています。今後の広がり次第ですが、急激に日本のアナログゲームの市場規模が拡大するようなことがなければ、まだしばらくはこれまで通りに専門企業と私のような個人でのゲーム制作が主流な状況が続くのではないでしょうか。

『FGO Duel』を作ることになった理由とは?

――『FGO』はストーリーとシステムが見事にリンクしていると思うのですが、そのためにどんなことを心掛けているのでしょうか?

塩川さん:『FGO』の場合、やはり元々『Fate』シリーズの世界観があり、奈須きのこさんのストーリーラインがあり、そして魅力的なサーヴァントたちがいます。それらを最大限に生かすため、ゲームシステムはもちろんですが、運営面でも「どうすれば最高のストーリーを、最高の形で体験してもらえるか?」を常に考えています。相乗効果を生み出すことを意識し続けていますね。

カナイさん:それらは塩川さんが1人で統括しているのですか?

塩川さん:アイデアはチーム全員で出し合いますし、TYPE-MOONさんから「こういうことできますか?」と打診がある時はそれが実現できるか検討して、できない場合はどうするかを協議します。今は別の者が開発を統括しているのですが、その前は私がゲーム開発側を統括していて、『Fate』という世界観はTYPE-MOONさん側が統括するという役割分担で。毎週のように顔を合わせてミーティングを行い、両者の意見や考えを調整しています。

カナイさん:多くの人が関わって、よりよいものを作っているんですね。

塩川さん:そうですね。あと、双方がいい意味で相手の都合を考え過ぎない部分がありますね。私は運営側としての意見を結構ハッキリとTYPE-MOONさん側に言いますし、一方でTYPE-MOONさん側も「次のストーリーはこんな形で表現したい」と、いろいろなことをおっしゃるんですよ。互いに変に遠慮せず、両者の意見をしっかりぶつけ合い、ベストな妥協点を見つけることでいいものができると思います。最初から相手の事情を考え過ぎてしまうと、無難なアイデアしか生まれませんから。

カナイさん:私は結構遠慮するタイプなので、耳が痛いですね(苦笑)。人気作品を題材にしたゲームを権利者様からの依頼で作ることがあるのですが、どこまでやっていいのかはいつも悩みます。例えば『ソードアート・オンライン ボードゲーム ソード・オブ・フェローズ』を作った時は、「『SAO』のファンだけど、ボードゲームはやったことがない」という方たちでも遊べるように心掛けたのですが、簡単すぎると今度はアナログゲームファンからそっぽを向かれてしまうので、その調整には苦労しました。

塩川洋介氏&カナイセイジ氏対談

塩川さん:ちょうど『FGO Duel』を作っていて、同じようなことを考えていたのでよくわかります。『FGO』の派生ゲームとして興味を持ってくださる『FGO』ファンの方と、アナログゲームファンの方、どちらにも満足してもらえるように試行錯誤しました。『FGO Duel』の場合はさらに「フィギュアとして欲しい」という方もいるので、フィギュア自体のクオリティにもかなり気を使っています。そもそも何故『FGO Duel』を作ることになったかというと、『FGO』にとどまらず、ゲーム業界全体を少しでも盛り上げたいという思いもあるからなんです。

カナイさん:ゲームと名の付くものすべてという感じですか?

塩川さん:そうです。『Fate/Grand Order VR feat.マシュ・キリエライト』や『Fate/Grand Order Arcade』、FGO×リアル脱出ゲーム『謎特異点Ⅰ ベーカー街からの脱出』などを作る時にも同じ思いがありました。ここ数年で盛り上がっているアナログゲームの世界に対して、『FGO Duel』という予想外のゲームを投入することで、アナログゲームファンがさらに増えれくれたらと思っています。だからフィギュアのオマケでちょっとしたゲームを付けるのではなく、アナログゲームとしてちゃんとした物を作ろうと取り組んでいます。

 フィギュアを入り口に入ってくる方や『FGO』ファンだから購入してくださる方が、「遊べるなら1回くらい友だちと試してみるか」なんてキッカケからアナログゲームファンになるのが理想ですし、逆にアナログゲームファンの方にも『FGO Duel』をキッカケに『FGO』を始めてもらえたら嬉しいです。そのようにユーザーさんが循環することを目指して制作しています。

カナイさん:アナログゲーム業界の人間として、とてもありがたいです。盛り上がっているとは言っても、デジタルゲームと比べたらまだまだ規模は小さいですからね。

塩川さん:「『FGO』がなんで急にアナログゲームを作ってるんだ?」みたいな話題性も含めて、一石を投じられるとおもしろいと考えています。最近いろいろなところで言っているのですが、もしTwitterがなかったら『FGO』は今とは全然違うものになっていたかもしれないなと。ユーザーさんたちの間で話題を広げていただくかも含めて『FGO』ですから。『FGO Duel』も、1度遊んだら感想や戦略の話を誰かと語り合いたくなると思います。

塩川洋介氏&カナイセイジ氏対談

カナイさん:いやー、今から非常に楽しみです。これだけクオリティの高いフィギュアを使って遊ぶというだけでテンション上がりますからね。ファンなら絶対遊びたくなりますよ。

塩川さん:ゲーム内容的にはもっと小さいフィギュアにすることもできたのですが、『FGO』のバトルキャラをフィギュアにするのがコンセプトだったので、これくらいの頭身を維持しないと表情などがわかりにくかったんですよ。

カナイさん:やはり続々とサーヴァントを追加していくんですよね?

塩川さん:今は第2弾のラインナップまで発表させていただいてます。トレーディングカードゲームのように、どんどん増えていくことが前提のシステムで作っているので、先を見据えて各サーヴァントの強さのバランスを調整している段階ですね。スマホ向けの『FGO』と同じようにサーヴァント毎に異なる役割を持たせることで、強さのインフレを極力進めないように心掛けています。また『FGO』での特徴をできるだけ再現することにもこだわりました。

カナイさん:マーリンがずっと王の話をしたり?

塩川さん:そうかもしれませんね(笑)。

カナイさん:『FGO Duel』のルールは塩川さんが考えられたんですか?

塩川さん:ルールの原案や、『FGO』らしさを出すにはどうすればいいかなどは私自身で考えています。細かな仕様やデータの詳細については、アナログゲーム開発が得意なクリエイターの方にお任せしています。

カナイさん:満足できる仕上がりですか。

塩川さん:そうですね。これはちゃんと『FGO』になっていますし、ちゃんとボードゲームにもなっています。想定プレイ時間は1戦15分くらいなので、かなり遊びやすく作れたかなと思います。私が本格的にアナログゲームを始めたのは去年からですが、短期集中でたくさん遊んで勉強しました。

――最後に、お2人のようにゲームを作りたいと思っている若者に向けて、メッセージをお願いします。

塩川さん:えぇ、難しいですね。……運っていうと身も蓋もないですかね。

カナイさん:そうきましたか! 実は少し前に『あやつり人形』や『インカの黄金』などで有名なゲームデザイナーのブルーノ・フェイドゥッティさんとトークショーをしたのですが、「いいゲームを作るにはどうすればいいですか?」と聞いたら「運だね」と返ってきて。同席していたゲームデザイナーも全員頷いていて、皆さん同じことを考えているなぁと(笑)。

塩川さん:なるほど(笑)。でもいつ運が来てもいいように、常に準備はしておくように心掛けています。例えばたくさんのゲームで遊んでおもしろさとは何かを勉強したり、カナイさんのようにずっとゲームのことを考えていたり。幸運が舞い降りた時に芽吹くことができるよう、自分の土壌を普段からしっかり作っておくことが大事かもしれません。勉強することに関しては運に関係なくいつでもできますからね。だからいっぱいゲームで遊んで勉強してもらいたいですね。

カナイさん:おっしゃる通りですね。自分の引き出しが多いか少ないかでかなり差がつくと思います。

塩川さん:では次はカナイさんからゲームデザイナーになる方法を教えてください。どうすれば私でもアナログゲームのゲームデザイナーになれますか?

カナイさん:塩川さんに教えるのはおこがましいですが、「とにかく手を動かして形にしましょう」とよく言いますね。アイデアが頭の中にあるだけの状態は、あまり意味がないので。実際に形にしないと人に伝わらないですし、自分でもいずれ忘れてしまいますから。私も中学生の頃には無数のストーリーやキャラクターを考えていましたが、それらは形に残していなかったためほとんど消えてしまったわけで、今考えると非常にもったいないなと。きっと今の感性では作り出せないストーリーやキャラクターがいっぱいあったと思いますから。

 アナログゲームが供給過剰気味みたいな話もしましたが、だとしても作って出さないことには絶対にヒットしないので、やはり作り続けるしかないのかなと。そういう人たちの中から、幸運に愛された人がヒットに恵まれるという。こちらも最後は運って話になっちゃいましたね(笑)。でも1つのゲームで失敗しても、何作も作って試行回数を増やせば、いずれヒットする可能性がありますから、諦めずに頑張ってもらいたいですね。

塩川さん:今日はありがとうございました。凄く楽しかったです。

カナイさん:こちらこそ、いいお話をたくさん伺えて勉強になりました!

塩川洋介氏&カナイセイジ氏対談

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