2018年8月25日(土)
任天堂の宮本茂氏が10年ぶりにCEDEC2018で基調講演!
コンピュータエンターテインメント産業の関係者が一堂に会する、ゲーム開発者を中心とした技術交流会のCEDEC(Computer Entertainment Developers Conference)。8月22日~24日にパシフィコ横浜で開催された本イベントでは、業界関係者のみならず、専門的な知識を持たないゲームファンでも参加して楽しめるセッションが多く開催された。
なかでも注目を集めたセッションは、イベントの開幕に行われた宮本茂氏(任天堂株式会社代表取締役 フェロー)の基調講演。2008年に「どこから作ればいいんだろう?」と題した基調講演から10年ぶりの登壇となった。
今回は「どこから作ればいいんだろう?から10年」と題して、前回を振り返りながらゲーム制作の現状をスピーチ。世界的ゲームデザイナーである宮本氏ならではの言葉に、会場を訪れた人々は熱心に耳を傾けていた。今回は多岐に渡って用意されたテーマのなかから、気になる言葉をチョイスしてお届けする。
▲宮本氏の聴きなれない肩書の“フェロー”。特定の部署に所属しない形で、将来の任天堂に必要と思われることや、自分がやりたいことをやらせてもらっているとのこと。 |
10年前の基調講演を振り返る
トークを始めるにあたり、宮本氏は10年前の基調講演に触れ、「任天堂はユニークなものを作る、独創を大事な精神として個性的なものを作っている」という視点から、ゲーム開発の取り組み方やグローバル展開することのメリットなどを語ったと振り返った。
ちなみに、基調講演後はゲーム開発者から「ありがとうございました」と言われたり、「任天堂だからできることでは?」「自社では無理です」という諦めに近い言葉をもらったりしたとのことだが、「じつは開発者だけでなく経営者、マネージメントにかかわる方に向けた言葉でもあり、現場の苦労も聞いてぜひ役立ていただきたい」と述べていた。
技術の進化で登場した新しいタイプのゲーム
前回の基調講演で「流行に流されず、自分が何を作りたいのか向き合うことが大事で、それがグローバルに売れるものにつながる」と語っていた宮本氏。その言葉を踏まえて、現在はインディーズゲームをはじめ、そういった新しいタイプのゲームが出てきたと、自社タイトルの『スプラトゥーン』を例に挙げて紹介。「すごく斬新ではないけれども、塗った場所をスイスイ気持ちよく進める独特の操作感とユニークさをうまく混ぜ込めた」と、若いメンバーが中心になって制作したことに感心したと語っていた。
さらに、この10年で技術面が進化したことにも触れた宮本氏。Nintendo SwitchのJoy-Conやスマートフォンなどで使われているモーションセンサーをはじめ、AR(Augmented Reality。現実の世界にバーチャルの視覚情報を重ねて表示する技術)、VR(Virtual Reality。五感を刺激して非現実の世界を現実であると錯覚させる技術)など、今後もこれらの技術を使った新しいゲームの登場にも期待を寄せていた。
10年前と比べて開発規模が格段に拡大
10年前から大きく変わった要素として、ゲームの開発規模がふくらんだことで、全体を把握するのが難しくなったことに言及した宮本氏。「ディレクターはゲームを評価してもらうのに、グラフィックやサウンドなど全部の要素を完成させたうえで評価をしてもらいたいと考えがちだが(気持ちはわかるとフォロー)、そうなると2年くらいの時間が必要となる。そうして時間をかけたのにおもしろくないという評価を受けたときに、どのような形で責任を取るのかという問題が出てくる。」「また、大勢で仕事をしていると、自分がどこを大事に作ったらいいのかわからなくなってくるという課題もある」と意見を述べていた。
そういった課題の対処法で比較的簡単なものとして、今売れている、人気のあるゲームを自分ならばこう改良したらおもしろくなるというアイデアを出す手法を挙げた宮本氏。これはシリーズで作っているタイトルならば比較的簡単だが、新規のタイトルでは難しいとの見解も。そのなかで本当に大事な実験する部分だけを作っていく“ポイントのフォーカス”が、とても大事であると語っていた。
他社プラットフォームへのソフト提供の挑戦
自身と任天堂がこの10年間で行った大きなチャレンジとして、スマートフォン向けに自社タイトルをリリースしたことに言及した。任天堂が自社以外のプラットフォームでソフトを提供することは初めてで、まず課金はサービスや開発データに対しての対価であり,パラメータやレアリティの調整で価値をつり上げるような形にはしないと、任天堂の課金に対してのスタンスを説明。
そして2016年に配信開始となった『スーパーマリオ ラン』を例に、そのチャレンジについて解説を行った。こちらは従量課金や基本無料のモデルではなく、“買い切り型コンテンツ”という形で、最初に金額を払えば全要素を遊べるというものである。
これを採用した理由の1つとして、「多くのスマートフォン用アプリはアップデートを重ねて長期的にお金を回収していくが、そのぶん長く開発に携わり続けることになる。同じゲームにタッチし続けるのは自分の性には合わないので」とも答えていた。
▲現時点で約3億ダウンロードを達成した『スーパーマリオ ラン』。ビジネス的にもなんとか採算が取れているとのこと。 |
▲ちなみに、この話題のあとに宮本氏が中郷俊彦氏(『マリオ』シリーズや『ゼルダの伝説』シリーズに携わるゲームクリエイター)に渡した、“デザイナーの悩みの構造”という直筆のメモが公開された。 |
引き出しの多さがアイデアを決める
“Wii本体の大きさをDVDのケース2個分に収まるようにしたい”のように、クリエイターとして多くのムチャ振りや酷評を受けながら、数々のアイデアを形にして世に送り出してきた宮本氏は、取材でアイデア出しの秘訣についてよく聞かれると語った。
それに対して「アイデアは誰でもいろいろ考えていて、それをいいアイデアだと思うか、それとも没にするかというだけのことです」と考えを述べていた。そして、自身の体験を例に打ち合わせが盛り上がりながらも、なぜか採用に至らなかった理由を見解。「打ち合わせでアイデアはいろいろ出るれども、その時代には合わないとか、それぞれに使えない理由があるんです」と言葉を続けた。
その場合はアイデアに対して“なぜダメだったのか”をラベル張りして、自分の引き出しに入れておくことが大切だと指摘。「じつは1つの引き出しに対しての答えが1対1のときは、あまり“やった”と思わないんです。2つ、3つの問題が同時に解けているときに“ひらめいた”は起こるもので、だからたくさんの引き出しを持つ者同士のほうが響き合い、おもしろい方向に進んでいく」と経験を語っていた。
ただ、やはりいいアイデアはリラックスしているほうが出てきやすいとのことで、「必死に引き出しを開けようとしているときは出にくい。だから、笑う時間やリラックスする時間を持つことが大事です」とアドバイス。「とはいえ引き出しにアイデアがないと、単なるリラックスで終わってしまうので、普段から引き出しをいっぱいにしましょうね」と言葉を結んだ。
閑話休題的なトークもクリエイター目線で!
約1時間半の基調講演では、テーマを語る流れでプライベートのエピソードトークも挟まれていた。まずはここ10年でスマートフォンが普及したことにより、情報を自由に発信できることに触れた流れで、地元である京都の伏見稲荷大社に触れた宮本氏。
ここは幻想的な千本鳥居が外国人観光客に人気のスポットで、SNSなどの広がりでこういった現象が起きていると、プライベートで撮影した写真と併せて紹介。ちなみに、ここは一般参拝の拝観料が無料なので、外国語で“お作法”というパネルを作り、参拝の手順と賽銭箱を置いてうまくいけば10%の手数料をもらえる、というアイデアを出しておけばよかったと、クリエイターらしい視点で会場の笑いを誘っていた。
さらに講演の最後に、NHKの朝の連続テレビ小説を定点観測的にずっと見続けていることを話題にした宮本氏。現在放映中の“半分、青い。”の主人公である女の子が、漫画家になるための過程で師匠から何度もダメ出しされ、眠れなくなるほど追い込まれていくその姿に、「ゲームを作るときに、はたして自分をそこまで追い込んでいるだろうか」と考えさせれたと述べ、「一人でも自分を追い込んでクリエイティブしてくれる方が会場から出てくれたら、日本も世界に対して一矢報いることができるはずなので、お互いに10年後に向かって頑張りましょう」とメッセージを送っていた。
▲『スターフォックス』のモデルになったおいなりさんとのプライベートショットを公開。 |
▲5年連続一位のキャッチと英訳が書かれたのぼりも「さすが商売の神様ですね」と語っていた。 |