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2018年9月29日(土)

続・ゲームシナリオ業界の激変“フリーランスと成果物の非公表義務”。名前のないゲームコラム【電撃PS】

文:電撃PlayStation

 『僕と彼女のゲーム戦争』などで知られる作家・師走トオル氏によるコラム“名前のないゲームコラム”。前回に引き続き“ゲームシナリオ業界”をテーマにお送りします。

『師走トオル』

続・ゲームシナリオ業界の激変 フリーランスと成果物の非公表義務

 ここで申し上げるのも変な気はしますが、まずお礼から。

 第1回の“『FGO』の衝撃とゲームシナリオ業界の激変”が電撃オンラインのウィークリーアクセスランキングで1位を頂き、おかげさまで無事第2回を迎えることができました。ご覧頂けた皆さまには心から感謝申し上げます。今後もチャンスのある限り、なにか面白い話でも書けるよう頑張っていきたいと思います。

 というわけで第2回です。

 前回触れましたが、昨今“スマホゲー・ソシャゲ”の大流行に伴い、ゲームシナリオ案件の依頼が急増しています。ところがその一方で、会社に属さない、いわゆるフリーランスのゲームシナリオライターの間では「スマホゲー案件はギャラはいいけど実績にならない」なんて話がよく話題になっていました。

 というのも、スマホゲー案件の多くは“氏名表示権(※)の不行使”が契約条件になることが多いからです(例外ももちろんありますが)。

※氏名表示権:著作者人格権の一つで、自分の著作物を公表する際、著作者名を表示する・しないを選択できる権利。なお実際の契約では「氏名表示権」だけではなく著作者人格権そのものを不行使とすることが多いです。

 ではなぜフリーランスのゲームシナリオライターには“氏名表示権の不行使”が課されることが多いんでしょう? これにはいくつか理由もありまして、たとえば可愛い女の子が出てくるゲームで「あのキャラクターのシナリオ書いたの私です」なんて話が出てきたらある弊害が生じます。

 キャラクターを見る度、それを書いたシナリオライターの顔や人格が連想されることです。これは私も覚えがあるんですが、えっちぃゲームをやるとき、そのシナリオを書いていたのが知り合いだったと分かったときの絶望感と言ったら筆舌に尽くしがたいものがあります。

 しかし氏名表示権を行使できないと、書いたライターが自分の実績として公表することができません。これはシナリオライターに限った話ではなく、イラストレーターさんなど、いわゆる“フリーランス”全般に言える大きな問題でもありました。フリーランスの場合、自分の実績を元に次の仕事をもらうことも多く、氏名表示権が行使できないことは死活問題になりかねないわけです。

 ところがです。ここからが今回のコラムの主題なんですが、実は今年の2月に、この問題解決の画期的な糸口が垂らされました。それが公正取引委員会のHPに掲載されたこちらの報告書です。(注:PDFです。ものすごく長いです)

 簡単に説明しますと、この報告書は《公正取引委員会の諮問機関が、昨今急増しているフリーランスを独占禁止法の保護対象とするための考え方をまとめたもの》で、“企業の警察”とも言える公正取引委員会の今後の判断に重要な影響を及ぼすものと捉えられています。

 その報告書において、前述のような“フリーランスが自分の実績を公表できない”(成果物の非公表義務)問題について、次のような結論が出されました。

 《発注者が、役務提供者から提供された役務を利用して製作等した成果物を自らの成果物であるとして公表する一方で、役務提供者に対して自らが役務を提供した者であることを明らかにしないようにする義務》について、《(中略)自由競争減殺の観点から、(中略)競争手段の不公正さの観点から、(中略)優越的地位濫用の観点から、独占禁止法上問題となり得る》。

 つまり氏名表示権を行使できない問題について、発注者と受注者(フリーランス)だけに留まらずもっと広い視点で捉えた場合、被害は受注者だけにとどまらず社会全体に及ぶ可能性があることから法律的に問題となり得ると結論をくだしてるんですね。

 ゲームシナリオの例で解説しましょう。たとえばゲームシナリオを執筆したにもかかわらず、それを実績として公表できないという問題をより広い視点で見るとどうなるでしょうか?

 まずゲーム会社が、実績を正しく評価してシナリオライターをスカウトすることができなくなります。こうなるとシナリオライターの実績を抱え込んでいるゲーム会社と、そうでないゲーム会社との間で正常な競争が成り立たなくなります。適切なシナリオライターを捜せなくなれば、最終的にはゲームのクオリティにも影響が現れ、ゲームユーザーにも被害が及ぶ――というわけです。

 このように、前述の報告書はフリーランスにとって極めて朗報です。しかし、業務内容等によっては“氏名表示権を不行使とする特約”が有効であるという見解があるのも事実であり、この報告書が出されたからといって“氏名表示権の不行使”を強制される現状が直ちに改善するとは限らないようです。

 それでも、今後フリーランスが契約書に関する交渉を行う際の指針として、今回の報告書が有益な視点を示してくれているのは間違いありません。そして極端に不利な条件で“氏名表示権の不行使”を強制された場合については、公正取引委員会に報告することでなんらかの対応がなされる可能性が生じたことも間違いないでしょう(こればかりは実際にやってみないと分かりませんが)。

 余談ながら、私も発注者に対し、「ネット上で“このシナリオ書きました”と公言するつもりはありませんが、職務履歴書に書くぐらいならこの報告書の観点から許可頂けないでしょうか?」とお願いしたら許可が出たこともありました。(注:あくまで私個人の例です)

 クライアント側(発注者)も、必ずしも悪気があってフリーランスの経歴を内緒にしようとしているわけではありません(悪気があるクライアントなんて存在しないと信じています)。クライアントの多くは、過去の慣例に従って契約書を交わすだけだからです。公正取引委員会がくだんの報告書を出したのは今年のことですし、そのことを知らないクライアントも多いのは間違いなく、フリーランスが今回の報告書をもとに交渉する価値は充分にあるはずです。

 というわけで最後に、今回のコラムをご監修頂いた“しみず法律事務所”の清水弁護士の助言を転載させて頂き、締めとしたいと思います。

 「シナリオライターに限らずフリーランス側としては、契約締結後に契約内容を事後的に是正することは難しい以上、今回の報告書の内容等を参考にしつつ、氏名表示権の不行使特約を契約書に盛り込むことを容易に承諾してしまわずに、氏名表示権の不行使特約を設ける理由、不行使特約の内容・範囲、フリーランス側に与える不利益の程度、代償措置の有無およびその水準等をよく検討の上、承諾するか否かを決めるようにするのが望ましいでしょう」

 あ、締めと言っておきながら宣伝です。

 ラノベニュースオンラインアワードで総合部門・新作部門・新作総合部門の3冠を達成した『ファイフステル・サーガ』の第2巻『ファイフステル・サーガ2 再臨の魔王と公国の動乱』が今月20日に富士見ファンタジア文庫より発売予定となっております。もし機会がありましたらお手に取って頂ければ幸いです。

師走トオル氏 プロフィール

 ゲームをこよなく愛する作家。主な著作に『火の国、風の国物語』『僕と彼女のゲーム戦争』『無法の弁護人』『バイオハザード7 レジデントイービル ドキュメントファイル』等。最新作『ファイフステル・サーガ 再臨の魔王と聖女の傭兵団』は富士見ファンタジア文庫より発売中。

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