2019年1月18日(金)
『僕と彼女のゲーム戦争』などで知られる作家・師走トオル氏によるゲームコラム“名前のないゲームコラム”。今回は“現在のゲーム業界に生じつつある問題”をテーマにお送りします。
明けましておめでとうございます。
細々と続いてきたこのゲームコラムも無事6年目に入ることができました。今年も何卒よろしくお願いいたします。
さて、私事で大変恐縮ですが、筆者はゲーム専門学校からゲーム業界に就職するというルートを辿っておりました。当時の同級生たちも今ではアラフォーとなった結果、ゲーム業界のあちこちで管理職となっており、たとえば彼らと忘年会の一つもやるとゲーム業界のネタをチラリと頂けることがあるんですね。先だっての忘年会でも、「なんかネタない?」と振ったらぽろっと出てきました。それが“現在のゲーム業界に生じつつある問題”です。
というわけで本題です。まず現在のゲーム業界を語る上で、外せないキーワードがあります。それが“アセットベース開発(※)”というものです。
※ゲームの構成要素となる画像・3Dモデル・サウンドなどの素材、当たり判定の制御やドアの開閉制御のような汎用的に使えるプログラムを“アセット”と呼び、そのアセットを追加・修正することでゲームを作っていく環境がアセットベース開発の概念。
たとえば20年前のゲーム開発現場では、プログラミング言語に習熟したプログラマーが必要不可欠でした。しかし現在ではUnityやアンリアルエンジンといった大変便利なゲームエンジンが進化し続けているおかげで、プログラマーがいなくともゲームを作れるような環境が整いつつあります。
ここ数年、少人数で制作されたインディーズゲームがよく話題になりましたが、それが可能となったのもアセットベース開発が可能な環境の発展あってこそと言われています。最近はプログラマーとして人を雇った場合でも、Unityやアンリアルエンジンの詳しい機能や使い方を教えるのが必須となっている現場も少なくないそうです。
これらゲームエンジンを初めとするツールの進化により、多くのゲーム開発が非常にスムーズになったのは事実です。
ただ一方で別の問題が生じました。アセットベース環境下であっても、高度な処理や微妙な調整をするにはやはりアルゴリズムや基礎技術に習熟している必要があるのですが、アセットベース開発に慣れてしまった結果、それができないプログラマーが増えてきたんだそうです。
この問題はプログラムだけに限りません。冒頭の同窓会にはグラフィッカーも多くいたのですが、やはり似たような問題が生じつつあると言っていました。
たとえばゲームに登場する3Dモデルは、年々必要とされるクオリティが上がっています。その一方で、毎年のように便利なツールや機能も生まれており、初心者でもレベルの高い3Dモデルが作れるようになりました。
基本的に3Dモデルはポリゴン数が多ければ多いほど見た目が滑らかになり、綺麗に見えます。しかしたとえばゲームで使用するとなると、一度に表示できるポリゴン数に制限が生じるため、見た目のクオリティを落とさずポリゴン数を削るといった処理が必要になります。しかしグラフィッカーさんの中には、そういった便利なツールや機能に慣れきっており、レベルの高い3Dモデルこそ作れるものの、ゲームの使用に適したモデルを制作するとなると再研修が必要となる場合もあるとか。
つまり現在のゲーム業界に生じつつある問題とは、個々人が経験してきた開発ツール・開発環境によって、習得できる技術に偏りが生じてしまうということですね。
たとえば研修にたっぷりと時間とお金をかける余裕があり、必要となる技術をすべて習得させられるというのであれば、こういった問題は起こり得ないのかもしれません。しかし現実問題として、そんな余裕のある開発現場はそうないでしょう。
前述した“高度な処理や微妙な調整を行う技術”が必要になったにもかかわらず、それがなかった場合、その時点で技術を学ぶか、習得した人を雇うか、はたまたゲームエンジンのバージョンアップ要望を出してより最適な開発ができるようになるまで待つしかないわけです。ですが、いずれの方法も当然ながら開発に遅延が生じる恐れが出てくるわけですね。
厄介なのはこの問題、正解がないんですね。最初から様々な技術を学ぶか、あるいは必要な技術だけを学び、必要になったらまた学習するか、あるいは環境が追いつくのを待つか。解決方法そのものは分かっているものの、どの方法にも一長一短があり、さらに場合によってはお金と時間がかかるため、適切な選択をできないこともあるわけです。
というわけで我ながらひどいオチですが、今回のコラムは「こういう問題が生じつつあるらしいよ」ということを書いたところで終わりとなります。だって正解がないんですもの……。
ただ、私もそうだったわけですが、このコラムをご覧になっている皆さんの中にはゲーム業界志望の方もいるかもしれません。ゲーム業界に限らず、開発現場というところは他人にできない技術を持っていると大変重宝されることがあります。アセットベース開発の環境が進化し、簡単にレベルの高いゲームが作れるようになりつつある今だからこそ、基本に立ち返ってプログラムはもちろん数学やアルゴリズムといった技術を習得しておくと、なにかの役に立つこともあるかもしれません。
師走トオル氏プロフィール
ゲームをこよなく愛する作家。主な著作に『火の国、風の国物語』『僕と彼女のゲーム戦争』『無法の弁護人』『バイオハザード7 レジデントイービル ドキュメントファイル』等。最新作『ファイフステル・サーガ 再臨の魔王と聖女の傭兵団』は富士見ファンタジア文庫より発売中。