【運命の日】 それは運命の出来事……
2010年4月8日(木)
さて。今日は、実際に「竜の砂時計」を作って、実験をしてみることにした。
「何故、今まで実験してこなかったのか」
については深くは問わない方向で。
だって、間違って自分の時間が止まっちゃったら困るじゃない?
竜の砂時計を調合するために必要な材料は、どれも高価な物ばかりなので、失敗しても後悔しないように、代替物を用意してみた。
本来、竜の砂時計の調合に必要なのは、次の材料。
1.うつろふ指輪
2.世界霊魂
3.竜の角
4.七連円環
どれも高価で、そもそも他の素材から調合しなくちゃいけない物もある。
で、今日あたしが用意した材料がこれ。
1.縁日で買った金色に輝く指輪
2.何か霊的な物を封印したと思われる壺
3.トカゲのしっぽ
4.グリモワール(魔法の書物)の切れ端
……。いやいや。あたしの研究によると、この材料でも、効果は低くなっちゃうけど、ちゃんと竜の砂時計が出来るんだってば。
問題は、どんな効果がある砂時計が出来上がるのか全く想像が付かないことなんだけど。結構大がかりな実験だし、ちゃんと試したこと無いのよね。
作って売ったことはあるんだけど。冒険者のみんなが喜んでいるところを見ると、効果は折り紙付き。
錬金術は料理と一緒で、素材をどのタイミングで、どのような形で入れるのかが重要。
トカゲのしっぽは、あぶってみじん切りに。グリモワールは燃やして灰に。壺は……何が入ってるのかわからないから、適当なタイミングを見計らって、調合釜に突っ込もう。指輪は、トンカチで砕いて中へ。
何度も言うけど、錬金術は料理と一緒。組み合わせる順番が大切。慎重にやらないとね。
さて。これで準備万端。
マスク。良し。
窓の戸締まり、良し。
玄関のドアは……いざという時のために鍵だけ開けておこう。
これで準備万端。体調も万全。昨日は夜更かしせずにすぐにベッドに入ったからね♪
で、調合を始めて2時間。
「ごほっごほっ、ごほっ」
家の中にはピンク色の煙が充満していた。
今まで作ったときには、こんなこと無かったんだけどなぁ。せいぜい紫色の煙が「ぽんっ」って立ち上るだけで。
でもまだ入れなきゃいけない材料が残ってる。
壺を……。
入れた瞬間、それは起きた。
ボンッ
…………。
……。
「……」
多分、失敗。部屋の中は、調合の時の爆発で滅茶苦茶。こんな状況で頭の中に思い浮かぶのは「掃除するの面倒くさいな~」ってこと。我ながら肝が据わっているというか、無茶をするというか。
何はともあれ、無事だったのは良かった。
窓と玄関を開けると、紫色の煙で充満していた部屋の中が少しずつクリアになっていった。
フィンクは無事だろうか? 実験するときは、止まり木に止まってうつらうつらしてたけど……。
天井の梁を見上げる。
暢気なもので、あんなことがあったというのに、フィンクはいつものように、そこで静止していた。
……静止していた?
フィンク!?
あたしが慌てて大きな声を上げてもフィンクは微動だにしない。
まるで、フィンクの時間だけが止まってしまったかのようだ。
フィンクの時間だけ……?
ひょっとして、これが竜の砂時計の効果!?
今更ながらにびっくりだ。
し、死んでないよね……?
パッと見ると、呼吸すらしていないので、死んでいるのか、ただ静止しているだけなのかの区別が付かない。
でも、もし死んでいるのだとしたら、明らかに滑り落ちているだろうという格好でフィンクは静止していた。
だから、やっぱりフィンクの時間だけ、止まっているのだ。
あたしは、詳しく観察しようとして、テーブルの上に載って、フィンクへと手を伸ばす。
ん~っと、めいっぱい伸ばしたところでバランスを崩し、散らかっている工房の床へ落下……。
「!?」
あ、フィンクの時間が戻ったみたい。
フィンクは、止まり木に止まったまま、自分の身に何が起きたのかとキョロキョロしている。
それにしても、やっぱり竜の砂時計の調合は大変だわ……。
あたしがゆっくりと床から腰を上げようとしたところで、玄関を叩く音が聞こえた。
イラスト/森悠(もりはるか)