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<『REZEL CROSS』プレストーリー・ダンテ編>「父と娘と、気まずい私」

 二人きりにしないでくれとダンテに泣きつかれて、断りきれずに同行したけど、こんな重い空気になるのならやっぱり止めておけば良かった。
  前を行くダンテと後ろを歩くセシル――父娘のくせに私を間に挟んで歩こうとするので困ってしまう。
  私は二人に聞こえるように言った。
「たまにはこうして山歩きするのもいいもんですね。空気はおいしいし、風も爽やかだし」
「ああ」
  ……以上。ダンテのコメントはそれで終わり。しかも、ぜんぜん空気も風も味わってるようには見えない。気難しい顔をして何か考えている。一方のセシルは――返事すらしない。ずっと下を向いて歩いているだけ。
「ダンテさん、ちょっと歩くの速いです。それじゃセシルちゃんがついて行くの大変ですよ」
「ん……ああ」
「久しぶりに会ったんだから、もっとお喋りしながらゆっくり行ったらいいじゃないですか、ねえ」
  最後はセシルに向かって言った。
「セシルちゃんだって、パパにいろいろ聞いてもらいたいことあるわよねえ」
「別に」
「…………」
  まったく、これじゃ何のためにキャンプに来たのかわかりゃしない。
  ――いや、別にキャンプに来たくて来たわけじゃないのはわかってる。とりあえず何日かシャゼルを離れていた方が安全だと判断したからだと。

 今日の昼時、いつものようにダンテの店『カフェ・ルミエール』へ行くと、店は閉まっていて、ちょうどダンテが外から鍵を開けているところだった。ダンテの後ろには1年半ぶりに見るセシルの姿があった。相変わらず可愛らしい顔立ちだけど、12歳になって少し大人っぽくなっていた。この年頃の女の子は成長が早い。
  ダンテがこの時間まで店を閉めていたのは、祖父母にあずけられているセシルが母親の命日に合わせて数日帰って来るため、彼女を迎えに行っていたからだった。
  店に入ると、ダンテはすぐに異変に気づいてその場に立ち尽くした。セシルも呆然として動かない。二人の後ろから何事かと覗いてみると、店の中がメチャクチャに破壊されていた。テーブルや椅子の残骸が転がり、観葉植物が倒され、壁に掛けられていた絵も床に落ちていた。
「な、何なのこれ……!?」
  私は店に入ろうとした。
「ここにいて」
  ダンテはそう言って、入り口に立てかけてあったシャッターを下ろす金属棒を手に取り、ゆっくりと中へ進んで行った。そして、奥のキッチンまで行くと振り返った。
「入って来ていい。誰もいない」
  セシルと私は奥へと進んだ。セシルはショックのためか一言も喋らない。
  キッチンも荒らされていて、皿やグラスの破片がそこら中に散乱していた。どうやら賊は裏口から入り込んでやったらしい。
「泥棒じゃないですよね。泥棒なら店を壊す必要なんてないもの。一体、誰がこんなことを……」
  私はダンテに言ったが、ダンテは答えなかった。ただ、それは誰の仕業かわからないからではなく、今は話したくないからだと気づいた。セシルに聞かせたくないのだろう。私もそれ以上は言わなかった。
「まったく、ひどいイタズラをするヤツがいる。さあ、とにかく片付けなきゃ店が開けられない」
  ダンテはセシルに言いながら、フロアの方に戻った。
「警察に知らせた方がいいんじゃないですか?」
  私はダンテを追いかけながら言った。
「ムダだよ。今の警察には犯人を捕まえる力も気概もない」
  ダンテは警察の話になると途端に機嫌が悪くなる。その理由を思い出しているようで、ムッと黙ったまま片づけを始めた。
  しかし、床に落ちている絵を見て、ダンテの動きが止まった。その絵は亡くなった奥さんの肖像画だったが、ズタズタに切り裂かれていた。そこにはどす黒い悪意が感じられた。
  ダンテは自分の体でその絵を隠すようにして立ち上がると、セシルに向かって言った。
「いや、片付けは後でいい。せっかくお前が帰って来たんだ、店なんか休みにして、久しぶりにキャンプにでも行こう。ホラ、昔何度か母さんと3人で行ったろう。覚えてるか、きれいな川が流れてるマルーン高原。あそこがいい」
  ダンテはセシルに危険が及ぶのを恐れて一時ここを離れようとしている――ダンテの急な早口と作り笑顔ですぐにわかった。
「じゃあ、パパは早速キャンプの仕度をするから、お前はひと休みしてなさい」
  ダンテは店の奥へと向かった。
「じゃあ、私はこれで。また来ますね」
  出て行こうとしたら、ダンテが慌てて戻って来て、私の腕を取って店の奥へと引っ張った。
「な、何ですか?」
「君も、一緒に行こう」
「は?」
「キャンプ」
「何言ってるんですか、久しぶりの親子の対面でしょう。水入らずで行ってくればいいじゃないですか」
「セシルを迎えに行ってからここまで、ほとんど口をきいていない。何を聞いてもまともに答えない」
「だからって、私がいたところで――」
「とにかく、いて。頼む。いいね、帰っちゃダメだからね」
  ダンテは言うだけ言って裏口から出て行った。
  フロアに戻ると、セシルが切り刻まれた母親の肖像画を手にじっと見ていた。

 セシルの母親――ダンテの奥さんのステラさんは、優しくて面倒見が良くて、そして美しかった。当時、ダンテはまだ新聞記者をしていて、『カフェ・ルミエール』はステラさんが取り仕切っていた。彼女が作るタルトは絶品でファンが多く、私も毎日のように通った。その頃、私は看護士になる勉強をしていて、5年の看護士経験があったステラさんに色々と相談に乗ってもらっていた。そんな時、仕事の合間を縫ってダンテが店に顔を出し、奥さんと笑顔で短く会話を交わした後でタルトを1ピース口に放り込むとすぐにまた出て行く、という光景がよく見られた。二人とも幸せそうだった。
  なのに――ステラさんは突然この世からいなくなった。買い出しの途中で、暴走した車にひき逃げされてしまったのだ。
  突然最愛の者を奪われたダンテは見ていて痛々しいほどで、葬儀の時も私は何と声をかけていいのかわからなかった。そして棺の中の母親に泣いてすがりつく小さなセシルの姿に多くの人が涙した。
  ダンテには、すべてが納得のいかないことばかりだったと思う。
  ひき逃げ事件の目撃者は結構いたらしく、犯人はまもなく逮捕されるだろうという話だったのに、何日経っても犯人逮捕の知らせは聞こえてこなかった。そのうち、運転していたのはどうやらザフナム帝国の駐パステリア大使で、警察も捜査に二の足を踏んでいるという噂が流れてきた。
  いつの間にか、たくさんいたはずの目撃者が名乗り出なくなり、また証言を拒む者も出てきたという。ザフナム側の買収や脅迫があったと言われていたけど、もしかしたら、隣国とのトラブルを避けたいパステリア側からの働きかけもあったのかもしれない。そう思えるほど、警察の捜査はおざなりなものだったようだ。
  ダンテは新聞記者として真相の究明に乗り出し、記事でもそれを強く訴えようとしたのだけど、上層部からストップがかかり、結局事件から半年後にダンテは新聞社を辞めた。もちろん真相究明を諦めたわけではなく、ルポライターとしてひとりで続ける覚悟だった。
  それと同時に、ステラが宝物のように大切にしていた店だからと、ダンテは『カフェ・ルミエール』を再開した。私は時々アルバイトでお店を手伝った。でも、セシルは再オープンの前にステラさんのご両親にあずけられたのだった。
 
  あたりはすっかり暗くなり、私たちは清流のほとりにキャンプを張っていた。
  しかし――こんなに盛り上がらず、それなのに疲れるキャンプも珍しい。ダンテはテントを組み立てたり火をおこしたりする時に、セシルに声をかけながら始めるのだが、すぐにまた考え事に移って、結局黙々と作業をしてしまう。セシルは相変わらず何を言っても気のない返事しかせず、自分からは喋らない。結局、私がひとりで喋っていた。
  親子の会話がようやく活発になったのは、食事が済み、ダンテがコーヒーを沸かしている時だった。ただし、活発といっても楽しく盛り上がったわけではない。
「パパの邪魔はしないって、どういう意味だ?」
  ダンテがセシルに言った。
「別にこんな所に連れて来てくれなくても良かったのよ。ママのお墓に花をあげたら、アタシすぐにおばあちゃんの所に帰ってあげたのに」
「パパはお前を邪魔だなんて思ってないぞ。できれば……すぐにでも一緒に暮らしたいと思ってる。でも、ママの事件で――」
「そうそう、色々と忙しいもんね、パパは。アタシみたいなお荷物はそりゃあいない方が楽よ」
「そんな風には思ってない。パパはお前のことも考えて、今は離れて暮らした方がいいと思ったんだ。事件のことが終われば、すぐにお前を迎えに行くさ。ただ、もう少し時間が欲しい。パパは、ママの無念を晴らしたいんだ。ママをあんな目に遭わせた奴らを、野放しにしておくわけにはいかない」
「パパは悲しいのは自分だけだと思ってるのよ。だから、そんな風に言うんだわ」
「そんなことはない」
「そうよ! ママのためにやることがあるのはパパだけ。アタシは何の役にも立たないお荷物。事件を解決することが大事で、それにはアタシは邪魔なだけ。だからおばあちゃんの所に追いやったのよ!」
「それは違うわ、セシルちゃん」
  私はダンテより先に口を挟んだ。「パパは本当にあなたのことを、あなたの安全のことを考えてそうしたの。パパだって、どんなにあなたと一緒に暮らしたいと思ってるか」
「それはどうだか。アタシがいない方が、ふたりで仲良くできていいんじゃないの」
  セシルは私とダンテを一瞥して言った。どうやらとばっちりがこっちにもきた。
「セシル! 何を言ってるんだ!」
  ダンテが怒鳴った。
「そうよ、セシルちゃん。パパは、ママとあなたのことだけを愛してるのに。そんな風に誤解したらパパが可哀想よ」
「だったら、こんな所までついて来なきゃいいのよ。家族でもないくせに」
  突然ダンテが身を乗り出し、セシルの頬を張った。
「エレンさんに謝りなさい」
「…………」
「いいんです、私は」
  自分がケンカの原因になるのは困る。
「セシル!」
「……パパのバカ!」
  セシルは立ち上がって、走り出した。
「待ちなさい!」
  ダンテも立ち上がった。
「待って、私が行きます」
「しかし――」
「今はその方がいいです。ダンテさんはここで待ってて下さい」
  私は火のついた薪を1本抜いて、セシルの後を追った。

 川沿いを下流に向かって走っていたセシルが足を止めたのは、急に夜空が明るくなったからだった。怖いくらいに大きな彗星がいくつも天空を横切った。
  私は呆然と見上げるセシルにゆっくりと近づき、横に並んだ。
「何なの、今の……」
  彗星が通り過ぎた空を見上げたままセシルが言った。
「ほうき星、って呼ぶには大きすぎたわよね。でも、セシルちゃんを止めてくれて良かった」
「…………」
「さっきも言ったけど、ダンテさんはあなたの身の安全を考えて、仕方なく離れて暮らすことに決めたの。あなたに心配させたくなくて言わなかったんだと思うけど、パパは事件のことを調べていく中で、何度も脅されたり、危ない目にも遭ってるの。今日お店が壊されたことだってたぶんそう。だから、絶対にあなたが邪魔でおばあちゃんの所に預けたんじゃない」
「でも、パパにとっては事件を解決することが何より一番大事。アタシのことなんて本当は考えてない」
「そんなことないわ。ただ、事件をこのままにしておけないパパの気持ちもわかるでしょう?」
「アタシだって、ママのために何かしたかったわ! パパの役に立ちたかった! でも……パパは何もさせてくれなかった」
「それは、まだあなたが小さかったから――」
「新聞社を辞めて、ひとりで事件のことを調べてたパパが、お店をまた始めるって決めた時、アタシ、内緒でタルトを作ってみたの。ママが一番大事にしてたお菓子だし、アタシもこれでパパの役に立てるんだって思って。何度も何度も失敗して、ようやく出来たのをパパに見せた。でも……パパは手もつけないで、事件のことを調べに出て行っちゃった」
「…………」
「アタシもタルトも必要ないんだって思った。その次の日よ、パパにおばあちゃんの所へ行くように言われたのは」
「そうだったの……」
  下を向いたセシルの瞳から、涙が一粒こぼれ落ちた。
「それは、パパが悪いわよね。せっかく一所懸命作ったタルトを食べてもくれないなんて、私だって怒ると思う」
「でも、エレンさんには関係ないのに、あんな風に言って……ごめんなさい」
「ううん、謝る必要ないわ。実を言うと……フフフ、女として正直に言うね」
「?……」
「私、ダンテさんのことが好きだったの。ずっと憧れてた。ステラさんに色々と話を聞いてもらってる時にダンテさんが現れると、内心ドキドキしてたわ」
「…………」
「『ルミエール』を再開する時、私、ダンテさんに頼まれてアルバイトをすることになったんだけど、いつの間か……私がダンテさんの新しいパートナーになれたら、なんて想像するようになってたの。ダンテさんにはそんな気全然ないのに」
「…………」
「あんなにステラさんにお世話になって、良くしてもらったくせに、そんなことを考えるようになった自分に腹が立って、情けなくて……お店は半年で辞めたわ。ダンテさんのことは忘れて、これからは単なるお客さんとしてしか店には行かないって決めたの。でも……セシルちゃんにはパパと私が怪しく思えたのなら、元々私にそういう気持ちがあったからなのかもしれないね」
「ううん、アタシのは単なる言いがかり」
「フフフ、じゃあそういうことにしておいて。だって私、彼氏が出来たばかりなんだもの」
「そうなの?」
「パパほどカッコ良くないけどね、優しい人よ」
「へえ……ねえ、エレンさん、アタシと友だちになってくれる?」
「もちろん。エレン、でいいわよ」
「じゃあ、アタシのこともセシル、って呼んで」
「わかったわ、セシル。それじゃあ、パパが心配してるからそろそろ戻ろうか」
「うん」
  その時、向こうの方でガサガサと木々が揺れた。ダンテが迎えに来たのかと思ったが、低いうなり声が聞こえてきた。
「何……?」
  薪を音の方に向けると、森の中から犬の顔を持った大きな怪物がこちらに近づいて来るのが見えた。怪物は前足が異常に長く、二本足で歩いていた。
  セシルが悲鳴を上げた。
「に、逃げるのよ!」
  私はセシルの手をつかんで走り出した。ダンテがいる方へ逃げたかったが、無理だった。

 目の前に大きな岩の壁がそびえ、私たちは逃げ道を失った。なぜか、岩の一部がほのかに青白く光っているのに気づいたが、そのことを考えている余裕はなかった。
  ゆっくりと怪物が姿を現した。よだれを流しているその口が大きく開き、これまで聞いたことのない咆哮が耳をつんざいた。
  もうダメだ……! そう思った時、立て続けに銃声がした。撃たれてよろめく怪物の後ろから、ダンテが現れた。
「パパ!」
  セシルが叫ぶと、ダンテは素早く回りこんで私たちと怪物の間に立った。
「私が相手をしてるスキに逃げるんだ!」
  ダンテはさらに拳銃を撃ち込んだ。しかし、怪物は少しひるむだけで倒れない。次の瞬間、怪物の長い手がぐーんと伸び、異常に発達した鋭い爪がダンテをなぎ払った。ダンテの体はピンポン玉のように軽々と弾き飛ばされ、背後の岩にグシャリと激突した。
「イヤーーーッ!」
  セシルが悲鳴を上げるが、ダンテはピクリともしない。怪物はそんなダンテに向かって、勝どきをあげるように再び咆哮した。そして、私たちの方に向き直った。私は恐怖のあまり身動きひとつできなかった。
  その時、ダンテの周辺で青白く光っていた岩がさらに強く光り出した。その光はダンテを包み、やがてダンテ自身が光を放ち始めた。
  ダンテは意識を取り戻すと、自分の体を確かめるようにゆっくりと立ち上がった。
「パパ……!」
  セシルが驚きの表情でつぶやいた。ダンテには、怪物にやられた傷がまったく見当たらなかった。
  怪物はダンテを見て雄叫びを上げ、再び長い腕を振り上げながら突進して行った。しかし、怪物が腕を振り下ろすより速く、ダンテがその懐に飛び込み、怪物の腹を切り裂いていた。ダンテの手には、腰に下げていたサバイバルナイフがあった。怪物は前のめりに倒れ、動かなくなった。
  ダンテはナイフを地面に落とし、自分で自分のしたことが信じられないというようにその手を見つめた。
「パパ!」
  セシルがダンテの胸に飛び込んだ。「良かった……! パパ、死んじゃったんじゃないかと思って、アタシ……」
  セシルは泣きながらダンテにしがみついた。
「自分でもわからない。みるみる力が湧いてきて、いつの間にか、体が勝手に反応したって感じなんだ。一体、何が起きたのか……」
  ダンテは青白く光る岩を見つめた。
  私はセシルに言った。
「良かったわね、セシル、パパが助けに来てくれて」
「うん」
  セシルは泣き笑いになった。「パパ、ごめんなさい」
「いいんだ。お前に淋しい想いをさせてるパパが悪い。さあ、キャンプに戻ろう」
「うん……じゃあ、アタシは大丈夫だから、エレンを助けてあげて」
「え……?」私を助ける? どういうこと?
「ホラ、何だか動けなくなっちゃったみたいだから」
  いつの間にか、私はペタンと座り込んでいた。セシルの言う通りで、立つことができなかった。腰が抜けていた。
  私はダンテに背負われて、その場を後にした。

 再び別の怪物が現れるかもしれず、私たちはこれでキャンプを切り上げることにした。
「パパ、決めたよ」
  ダンテが帰り支度をしながらセシルに言った。
「お前と一緒に暮らすのはまだ無理だと思ってたけど、今は、大丈夫じゃないかと思ってる」
「パパ……」
「さっきの、不思議な力がみなぎったあの時から、何だかお前を守っていけそうな気がしてるんだ。このまま、また一緒に暮らさないか」
「本当に、いいの?」
「ああ。お前にも手伝って欲しいことがあるしな」
「アタシに? なあに?」
  すると、ダンテはリュックの中からランチボックスを取り出して、ふたを開けた。中にはタルトが入っていた。
「ずっとママのタルトを復活させたいと思ってた。それで、お前がこっちに来るのに合わせて作ってみたんだ。まずお前に食べてもらいたくてね」
「パパ……」
「しかし……これが、なかなかうまくいかない」
  確かに、ダンテの作ったタルトは少し不恰好だった。
「ちょっと味を見てくれるか」
「うん!」
  セシルは嬉しそうにタルトを受け取ると、パクリと頬張った。
「…………何か違う」
  私も一口食べてみた。
「…………うん、何か違う」
「やっぱりそうか……ま、そう簡単にママの味は出せないよな。そこでだ、これからセシルには、パパの作るタルトを食べて色々と意見を言ってもらいたい。それで、お前がOKを出したら、店のメニューに加えようと思うんだ。手伝ってくれるか」
「もちろんよ! でも、アタシはそう簡単にOKは出さないからね」
「んー、これはキビしい戦いになりそうだ」
  笑い声が満天の星空に響き、帰る間際にようやくキャンプらしくなった。ただ、私にはひとつ心配な事があった。果たして、私はもう歩けるのだろうか?

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