2009年11月28日(土)
PC用オンラインA・RPG『ファンタジーアース ゼロ』×『電撃マ王』のコラボレーション企画“オリジナルエピソードコンテスト”の結果が、11月27日発売の電撃マ王1月号で発表された(詳細はこちら)。
ここでは、電撃マ王賞に輝いた作品『銀の願い』の後編を掲載している。前編を読んでいない方はコチラからお読みください。
【電撃マ王賞・受賞作品】
『銀の願い』
ペンネーム:ソニア・ルース
イメージイラスト:よしだもろへ
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5
霊銀鉱の採れるというスポットは、大人一人がやっと入れるくらいの洞穴にあった。
カンテラが湿ってないか確認してから、火を灯した。
洞穴の壁はどこからか漏れている湧き水で濡れていた。壁にぽつぽつと浮き出ている黒い岩石は純度の低いクズ鉄だろう。
カイルは洞穴の外でモンスターの警戒をしている。雨は弱くなったけれど、まだ降り続いていた。
カイル寒くないかなと心配になる一方、洞穴が狭くてよかったとほっとしている、ひどいわたしも自分の中にいた。
――独りになりたかった。
わたしの剣は、周りの評価ばかりを気にする、貴族と一緒だった。
お父さんに剣を学んで、いつからか図に乗って、ずっとわたしは間違っていたんだ。
そう気づいてしまうと、泣きたくなるほど惨めに思えた。ツルハシを振るう手にも力が入らなかった。
――もうやめようかな。
剣を造るのもやめてナノカのところに戻ろうかな。そうすれば楽になれる気がする。
わたしの剣なんて――。
「?」
物思いにふけていて気づかなかったけど、外が騒がしくなっていた。
なにかなと採掘道具を置いて外の様子を見に出た。
「! アカノ、出てくるな!」
そこではカイルと、イノシシが立ち上がったようなモンスターが剣を交えていた。
あれは聞いたことがある。
あれは――オーク族だ。
オーク族は、かつて召還実験の末に生まれたエルフ族の末裔だという。
エルフ族の絹のようと評された毛は抜け落ち、皮膚はただれ、人語と高度な知恵を失って、かわりに人への強い憎悪を抱いている。
オーク族は隊商を襲い、人や物品を奪う。カイルを襲うオーク二匹の錆びた剣や棍棒も人から奪ったものなのだろうか。
「く!」
カイルは劣勢だった。オーク族は乱暴に剣を振るうだけだが、傷つくことも恐れずに前に出てくるのでなかなか押し返せないようだ。
いくらカイルが強くても、オーク二匹は辛いのだろう。
「もう、いいよ……! 逃げよ!」
オークの棍棒を弾くカイルの背中に、わたしは声をかけた。
――そう、もういいんだ。
鍛冶はやめよう。実家へ戻ろう。
そうだ、パン屋のおばさんに旦那さんを見繕ってもらって嫁にいくのもいいかもしれない。
だから、霊銀鉱はもう必要ない。カイルが傷つく必要はないんだ。
けど、わたしの呼びかけにも、カイルの剣が止まることはなかった。
どうして……。
カイルの体に少しずつ傷が増えていく。オークの剣が、棍棒が、カイルの腕や胸を叩く。
わたしの剣には価値がないのに。なのに、どうして戦うの……?
わたしは助けることも洞穴に戻ることもできなくて、ただカイルを見守るしかなかった。
カイルの剣は、オークになかなか届かない。オークの思いっきり振りかぶった棍棒を避けてお返しに突こうとするけど、斬りかかってきたもう一匹のオークの鎧に阻まれる。
オークの剣が、棍棒が、カイルを掠めるたびに胸がひんやりと冷える。
それでもカイルはオークを倒した。棍棒を盾で受け止めている間にオークを斬り、盾を押してもう一匹を崖に突き落とした。
オークがしっかり息を引き取ったか確認もしないうちに、わたしはカイルに駆け寄った。
カイルはふうと一息つくと、その場に腰を落とした。
「盾も役に立つだろ?」
冗談めかして言うカイルの隣にわたしもすとんと腰を落とした。
水溜りに浸かってワンピースがびしょびしょになるのも気にならなかった。
わからない……。
「どうして? どうして戦うのよ……」
「どうしてって……」
きょとんとするカイルにわたしは詰め寄った。
「だって、わたしの剣は役に立たないんだよ? 役に立たない剣のためにカイルが怪我する必要ないんだよ!」
カイルの右腕の袖は切れ、血が滲んでいた。この傷はわたしの霊銀鉱採取に付き合ったためについたものだ。
悔しかった。わたしの無駄な思いが、人を傷つけたのだ。
涙が頬を流れていくのがわかった。
「わたしが護衛を強制したから? だったらいいよ、もう護衛なんかしてくれなくて!」
カイルは、んーと不思議そうに唸った。
「……よくわからないけど……アカノは剣造るのが好きなんだろ?」
「……え?」
「剣が売れる売れないの前に、剣が好きなんだろ? 好きな剣を造るために霊銀鉱が必要で、俺に護衛を頼んだんだろ?」
違うのか? とカイルが首を傾げる。わたしは単純なことを思い出した。
そうだった。
わたしは剣を造ることが好きだったんだ。お父さんの打つ剣が好きで、いつか自分も打ってみたいと思って、鍛冶を始めたんだ。
売れる剣を造るために、鍛冶を続けてきたんじゃなかった。
ほんとわたしはバカだ。
大切なことを忘れていた。売れる剣を、誰にも負けない剣を、と思ううちにわたしの大切な部分は錆びついていたみたいだ。
それが剣にもあらわれていた。わたしの大切なもの、磨けばまだ取り戻せるだろうか?
破れたチュニックにやばい怒られると嘆いているカイルを見て、わたしはなんかずるいなと思った。
いつもは鈍感なくせに、ほんとうに大切なところは見ていてくれた。
ガルムに襲われたわたしのことも。わたしの剣のことも。
きっとカイルはこれからも、本人も気づかないうちにトラブルに巻き込まれていくのだろう。
そして、本人も気づかないうちに、泣きそうな誰かの大切なものを護っていくのだろう。
「ほんと、ずるいな……」
わたしはそっと呟いた。
「? なにか言った?」
「ううん、なんにも!」
不思議そうに、なんなんだ……と呟くカイルにわたしは頭を横に振った。口元が緩んでいくのがわかる。
ほんと、ずるい……。
雨がやんできた。雲間に日が覗いて、灰色しかなかったヘイムダルに色が戻り始めた。
もう一度、頑張ってみよう――そう思って洞穴に戻ろうとしたときだった。
「最悪だ……」
止血のために包帯を探していたカイルの皮盾にボウガンの矢が突き刺さった。
――崖上から雄叫びがあがった。
見上げれば、さきほどにも増す数のオークが集まっていた。
「ここ、オークの巣だ……」
険しい顔のカイルが剣を構えなおした。
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