2013年11月28日(木)
セガが放つ話題のアーケードゲーム『CODE OF JOKER(コード・オブ・ジョーカー)』。本作の特別掌編の第5話を掲載する。
『コード・オブ・ジョーカー』は、ゲームで使用するカードがすべてデジタル化された思考型デジタルトレーディングカードゲーム。プレイヤーは自分の戦術に合わせてデッキを組み、1VS1で交互に攻守交代をするターン制バトルを繰り広げていく。相手のライフをゼロにするか、もしくはライフが多く残っていれば勝利となる。
『コード・オブ・ジョーカー』の小説を執筆しているのは、『ウィザード&ウォーリアー・ウィズ・マネー』で第18回電撃小説大賞銀賞を受賞した、三河ごーすと先生。小説は全7話の構成で、電撃オンライン内特集ページにて順次掲載されていく。
特別掌編の第5話“忘却を聞く少女”で注目するのは、霊媒師として活動する京極院沙夜。小説内では、エージェント以外の彼女の一面を確認できる。以下でお届けするので、ゲームファンや三河ごーすと先生のファンはチェックしてほしい。
霊媒師として由緒正しい京極院家で育ったため、中学生にしては発言が達観している。自分の才能を生かすために、エージェントになることを決意した。
「日本にもまだこんな家が残ってたとはな……さすがは京極院家ってところか」
緋神仁は、大きな平屋とその周囲に広がる光景を見渡して、感心の息を吐き出した。敷き詰められた白砂や松の木、大きく切り出した岩。小池の奏でるかすかな水音。心が洗われるような、古風で静謐な空間である。
そんな由緒正しき日本庭園を横目に池にかかった橋を渡ると、あずま屋の古ぼけた屋根が見えてきた。四本の柱が三角錐の屋根を支えただけの簡素な建物の中に、丸い木のテーブルと椅子がちょこんと置かれている。
仁ははっとして立ち止まった。
そこには一人の少女が座っていた。まだ中学生くらいの小柄な少女だ。蝶々の柄があしらわれた青紫色の着物を身に着けていて、目を瞠るような綺麗な銀色の髪をお洒落な髪留めで二つに結んでいる。日本人形を彷彿とさせる端正な顔立ちをしているが、表情はほとんどなく、その目はぼんやりと虚空を見つめていた。
しばし魅入られるように仁が立ち尽くしていると、ふいに少女が振り返った。無表情のまま、こてんと首をかしげる。
「見ない顔じゃな」
少女は見た目に似合わない古風な口調で、淡々と言った。
「初対面だからな。俺は緋神仁。綾花の紹介で来たんだが……あんたが京極院沙夜か?」
と、仁は訊いた。
いまの仁は私立探偵としてではなく、国家情報防衛局直下、ASTの一エージェントとしてここにいる。今回の任務には沙夜の力が必要不可欠らしく、協力を仰ぐようにと、綾花を通して上から通達を受けていた。
「綾花から? ふむ。するとおぬしは人間なのか。どれ」
沙夜が小さく手招きする。何事かと首をひねりながら仁が近寄ると、彼女はぺたぺたと仁の体を触りはじめた。数秒ほど好き放題に体の輪郭を撫で回すと、沙夜は満足したようにうなずいた。
「なるほど、たしかに人間のようじゃ」
「それ以外の何に見えたんだ」
仁がむっとした声で言うと、沙夜は口元に微笑をたたえた。
「これは失礼したのう。おぬしからは死の気配を感じたゆえ、この世ならざる者かと思ってな。気を悪くしたか?」
「この世ならざる……って、幽霊とかのことか」
「いかにも」
怪訝そうに仁が問いかけると、沙夜はあっさりとうなずいた。
「まるで幽霊が見えてるみたいな言い草だな」
「見えておるぞ。おぬしの肩にも老人の霊がのっておる」
「なっ」
仁が青ざめた顔で振り返る。そこには当然のように何もない。何かがいるような気配さえ感じられなかった。
くすくす、と笑い声がきこえた。仁が視線を戻すと、沙夜は着物の袖で口元を隠しながら、小さく肩を揺らしている。
「冗談じゃ」
「……あのなあ」
「人が真に信じられるのは己の目で見えることだけ。そこにいるのかいないのかは、おぬしが自分で決めるがよいぞ」
はぐらかすような沙夜の態度に、仁は微妙な顔になった。困惑している仁をちらりと見ると、沙夜は静かに立ち上がった。かたわらに立てかけていたすみれ色の唐傘を手に取り、頭上にひろげ差しかざす。
かたむけた唐傘からわずかに淡白な無表情を覗かせて、沙夜は言った。
「さて、まいろうか。さっきから、悪しき魍魎がうるさくてかなわぬ」
地下鉄で移動し歴史ある神社の跡地のそばに降りた仁と沙夜を迎えたのは、重層的な建造物。隙間なく密集した錆びついたビルが道の先までずらりと並び、城塞のような威容を誇っていた。太陽の光は遮られて、仁たちの立つ通りは昼なお暗い。巨大なコンクリートの塊にも似ているが、外壁には無数の窓やベランダがあって、そこからいくつかの視線が注がれている。
空気は湿り、異臭が漂う。文明の最先端をいく東京の中にあるとは思えないほどにこの場所は荒廃していた。
「スラム……あいかわらず、ひどい有り様だな。ここがかつて旺盛をきわめた街だったなんて信じられん」
仁は鼻をつまんで顔をしかめる。
沙夜もどこか物憂げに面を伏せた。
「栄枯盛衰は世の常とはいえ、哀しいものよな。文明は廃れ、古くより土地を護ってきたであろう神もまた辱められておる」
そう言って沙夜が視線を向けたのは、城塞から道路をはさんで反対側。不気味なほどの静けさを保つ広い敷地である。ここにはかつて歴史ある神社があったが、スラムの住民が起こした放火事件をきっかけに数年前に取り壊され、現在では空き地になっていた。
「貧困への不満や心なき悪意の矛先に神の住まう社を選ぶとは……なんと罰当たりな」
「スラムにいるのは大半が外国からのお客さんだ。日本の神様なんぞ信じちゃいないんだよ」
「そうかもしれんな」
沙夜は小さくつぶやくと、唐傘を持つ手とは反対の手に持っていた物をぎゅっと胸に抱きしめた。
「そういえば、気になっていたんだが……それはなんだ?」
沙夜の胸元を指さして、仁は素朴な疑問を口にした。
「ん? これか?」
と言って、沙夜が目の前にかざしたのは、全身を包帯でぐるぐる巻きにされたミイラのぬいぐるみだ。顔のところには隙間があってつぶらな目がついている。
「これは、ミイラくん人形じゃな」
「ミイラくん……?」
「うむ。愛くるしい見目をしておろう?」
沙夜はすこしだけ表情を綻ばせた。
仁は呆れたように肩をすくめる。
「好きな物にケチをつけるつもりはないが……ここから先はリバースデビルの本拠地だ。遊びに行くわけじゃない」
「わかっておる。だからこそじゃよ」
淡々と告げる沙夜。しかしミイラくん人形を持つ手はわずかばかり震えている。そのことに気づいた仁は、先入観から配慮を欠いたことを自覚し、唇を噛んだ。
今回の仁の任務は犯罪組織の計画を阻止することだ。リバースデビルと呼ばれるその組織は世間に秘匿されているはずの電脳空間ARCANAの存在を知っている。たびたびARCANAに侵入し、国家情報防衛局の調査行動や管理を妨害し続けていた。彼らは仁たちエージェントと同じように電脳空間内で特殊なプログラムカードを利用し、超常の技を行使する。
そんな危険な組織の本拠地へ向かうのだ。
老成した口調と冷静な態度で忘れそうになるが、京極院沙夜はまだ中学生の少女。この状況に不安や緊張を覚えないはずがない。
「すまない。他人の機微にはどうにも疎くてな」
仁はばつが悪そうに頭を掻いた。
沙夜はふるふると首を横に振る。
「構わぬ。電子の防人としての自覚に欠ける行ないであったことは、わしも自覚しているのでな」
「電子の防人? ……ってああ、エージェントのことか」
「すまぬ。横文字にはいまいち慣れなくてのう。つい日本語にあてはめてしまうのじゃ――さて、あまりおしゃべりをしている時間もあるまい。わしはわしの務めを果たそうぞ」
沙夜は表情を引き締めた。年相応の少女の雰囲気は完全に消え去っている。
「具体的には何をすればいいのだ?」
「ああ。実はリバースデビルの構成員の一人がここ――スラム外縁部の端末から電脳空間に入り、地図情報を歪めるウイルスを流す怖れがあるらしい。以前に捕らえたハッカーが吐いた。計画は今日の夜から明日の朝の間に実行される。詳しい時間は不明。この計画を阻止しなければ、奴らは端末の位置を無視して、自由に電脳空間を移動できるようになっちまう」
電脳空間と現実空間の位置は相関関係にあった。
城塞のごとき巨大なスラムは西東京全域に渡るほどに広大だ。ゆえにリバースデビルの現実世界での足取りを追うのは難しい。しかしそれでも、電脳空間へのダイブの制約上、犯罪者が現れるのは電脳空間における西東京のあたりだと特定できていた。
それが、不可能になる。それを阻止するのは国家情報防衛局にとっての重大事だった。
「ふむ」
話を聞き終えると、沙夜は神妙な顔でうなずいた。
「敵のダイブする位置を特定し、迅速に次の一手を打つ――なるほど、そこでわしの力が必要になるわけじゃな」
「やってくれるか?」
「うむ。それがわしの務めなれば」
沙夜はうなずき、スラムの外壁を見上げた。その瞳にはすでに色がない。何かをぼんやりと見つめたまま微動だにしなくなっていた。薄く開いた唇からはうわごとのように小さな声が漏れている。
目に見えない何かと交信しているような神秘的な姿を目の当たりにして仁は息を呑んだ。
(これが、綾花の言っていた“霊視”か)
京極院沙夜は特殊なアノマリーウェーブを持つといわれるエージェントだ。アノマリーウェーブとは電脳空間に干渉するために必要な特別な脳波のことで、ASTのエージェントとして選ばれた人間ならば誰もが持っている。しかし、沙夜のそれは他のエージェントのそれとはすこしばかり違う。端末に頼らず、外側から電脳空間内を探査できるのだ。
旧い霊媒師の一族の娘として生まれたことが、沙夜に特別な才能を与えたのかもしれなかった。
やがて沙夜の瞳に生気が戻る。彼女は汗ばんだ額を軽く拭うと、仁を振り返り首を振った。
「まだのようじゃ」
「……そうか」
肩の力が抜けて仁は息を吐き出した。
「感覚は研ぎ澄まされておる。電脳空間との繋がりも良好。ここらにいれば深く入りこまずとも、異常が起こればすぐに察知できるはずじゃ」
「なら動きがあるまで近くで待機するか」
沙夜の顔色が悪いのを見て仁は提案した。
「道を戻ったところに店があるんだ」
「いや、気を遣わずともよいぞ。わしならば大丈夫じゃ」
「いいから体を休めとけ。大事なときに役立たずがそばにいると邪魔だ」
仁はあえて強い言葉を放つと、沙夜の腕を引く。
「う、うむ」
つかまれた腕に目をやって、沙夜はぎこちない表情を浮かべていた。
Illustration:Production I.G
(C)SEGA
データ