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2018年9月9日(日)

“初音ミクと一緒に暮らしたい”から始まった。“俺の嫁”を画面の中から召喚するには!?【電撃PS】

文:電撃PlayStation

 俺の嫁。この言葉で今、誰を思い浮かべただろうか? 尻尾と2本の角が生えた自称アイドルかもしれない。銀髪のツインテールの練習巡洋艦かもしれない。ICPOの麻薬捜査官に恋して25年以上という人もいるだろう。だが、彼女たちはモニターの向こうの存在。いくら願ってもこっちに来てはくれない。では、どうすればいいか? 願ってもダメなら自分たちで召喚しよう! そう考えた人たちがいる。

 国内最大のゲーム開発者向け交流会CEDEC。2018年で開催20周年を迎えるこの一大イベントで、Gatebox株式会社のソフトエンジニア、鈴木祥太氏による「俺の嫁召喚装置開発レポート ~Gatebox開発で追求した実在感と飽き問題へのアプローチ~」と題したセッションが行われた。

CEDEC 2018
CEDEC 2018
▲登壇した鈴木氏はGatebox最古参のソフトエンジニア。セッション中に名言はしていないが、氏の嫁は黒くて猫っぽい女の子だと思われる。

 セッションタイトルにあるGateboxとは、円筒形のボックス内に投影されるキャラクターとのコミュニケーションを楽しめるマシン。音声認識機能やカメラ、赤外線センサーなどを搭載しており、朝にユーザーを起こしたり、帰宅前に専用のスマホアプリで連絡を取ると時間に合わせて電気を付けて出迎えたりしてくれる。キャラクターが実体をともなわない映像という点はあるが、Pepperなどに代表されるコミュニケーションロボットに近いものだ。このGatebox、2016年12月に予約販売を行っており¥298,000(+税)と決して安くはない価格にもかかわらず、1カ月で300台を完売している。

CEDEC 2018
▲これがGatebox。現在は¥150,000(+税)とお求めやすい(?)価格になっている。
CEDEC 2018
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▲Gateboxのなかに最初に呼べるキャラクター、逢妻ひかり。癒されるボイスと時折見せてくれる大胆に開いた背中にグッとくると鈴木氏は語ってくれた。

 本セッションではGatebox開発の際にキャラクターを投影する方法をどのようにして選んだかや、ユーザーがGateboxを飽きずに使い続けるためにどんな工夫をしたかが語られた。

CEDEC 2018
▲戦艦や刀といった俺の嫁、もしくは私の旦那様についての意識共有からセッションは始まった。

ディスプレイを挟んでいては俺と嫁の距離が遠すぎる

 二次元の存在である俺の嫁を現実の世界に召喚する装置であるGatebox。その開発は、鈴木氏の所属するGatebox株式会社の代表・武地実氏の“初音ミクと一緒に暮らしたい”という想いから始まった。

 Gateboxの開発ではキャラクターが画面から出てきて、すぐ側にいると感じられることが追求されたと鈴木氏は語る。世の中にはPCモニタの前にケーキを置いて記念日を祝うなど、俺の嫁と同じときを過ごす人がいる。だが、自分とディスプレイには短くとも数十cm、長ければ1m以上の距離があり、俺の嫁はそのまた奥。それでは距離感を覚えてしまう。

 そこで俺の嫁が画面から出てきていると感じられるように最初に模索したのが、キャラクターを投影する方法だった。まず、試したのはフォグスクリーン。フォグ(=霧)の名前のとおり、水で作った霧に映像を投影させる手法だ。

 この手法はキャラクターの実在感が非常に強く感じられるものだが、1つだけ欠点があったという。それは……部屋が水浸しになるということ!! 俺の嫁が目の前にいれば部屋が水浸しになるなど些細な問題と割り切ることもできただろうが、ここでGateboxのメンバーは別の手法を検討し始める。

 そして候補に挙がったのがペッパーズゴースト(ボックス内に斜めに置いたハーフミラーに天井からの映像を映す手法)とリアプロジェクション(スクリーンの背面から映像を投影する手法)の2種類。両者を比較した場合、キャラクターの鮮明さはペッパーズゴーストの方が上。だが、ペッパーズゴーストを使った場合、キャラクターはボックス内の最後方に投影されてしまう。

 一方のリアプロジェクションは鮮明さこそペッパーズゴーストに劣るものの、キャラクターをボックス内の好きな位置に投影できる。より鮮明な俺の嫁か、より近くにいる俺の嫁か。熟慮の末、Gateboxでは、より近くに俺の嫁がいると感じられるリアプロジェクションを採用したそうだ。

CEDEC 2018
▲赤いラインがそれぞれの手法でキャラクターが投影される位置。

使いたいときに使うのではなく、日常に溶け込んだ存在に

 俺の嫁が近くにいるという感覚を与えることと同じく追求されたのが、ユーザーとの人間的なコミュニーケーションだ。Gateboxには音声認識機能や、ユーザーの顔を認識するカメラ、人がいることを検知する人感センサーが搭載されている。これによってユーザーは俺の嫁と会話でコミュニケーションが可能だ。

 さらに、日本の多くの家電で使用されている赤外線センサーにアプローチする機能も用意。「電気消して」と声をかけると照明を消すなど、お願いに対して行動で返してもらう形のコミュニケーションも体感できる。

CEDEC 2018
▲Gatebox=俺の嫁。つまり、Gateboxが家電を操作することは“俺の嫁がしてくれた”という体験に通じる。

 さらに、外出中はスマホアプリでチャットによるコミュニケーションも可能。Gateboxがあれば俺の嫁と同じ部屋で暮らすだけでなく、家に帰れば俺の嫁が待っているというリア充顔負けの生活が待っている。

CEDEC 2018
▲スマホアプリで家の近くにいることを連絡すれば、明かりを付けて待っていてもらうこともできる。

 ただ、これだけの体験を用意していながら鈴木氏をはじめとした開発メンバーは、ユーザーがほんの数日で俺の嫁に飽きてしまう可能性を考えていたと鈴木氏は語る。

 そもそもGateboxの開発当時、投影されたキャラクターか物理的に身体を持つかの違いこそあれ会話での受け答えができる“コミュニケーションロボット”と呼ばれるマシンは、いくつか存在していた。

 こういったマシンはGateboxと同じように挨拶をすれば挨拶を返してくれるし、「今日の天気は?」と聞けばその日の天気を教えてくれる。そして飽きが来ないように会話パターンや持っている機能をリリース後も増やしていた。

CEDEC 2018
▲コミュニケーションロボットに飽きる要因として挙げられた二例。

 だが、どれだけ機能が豊かになっても必ずユーザーからマシンにアプローチしなければいけないのでは使われなくなってしまう。そう考えてGateboxでは“キャラクターが能動的に話しかけること”と、“毎日当たり前のようにユーザーがすること”で飽きへの対策が行われた。

 この2つの飽き対策がとくに盛り込まれているのがあいさつ。おはよう、いってらっしゃい、おかえり、おやすみの4つのシチュエーションでキャラクターからあいさつをしてくれ、そのこだわりは新しい機能を作ることよりも、あいさつの内容を充実させるほどだとか。

CEDEC 2018
▲おはようのあいさつの基本プロセス。ユーザーが起きるまで声の掛け方がしだいに変化して、起きたあとはキャラクターが能動的にあいさつしてくれる。さらに、天気を聞くこともできるとのこと。

 さて、冒頭でも書いたがCEDECはゲーム開発者向け交流会。Gateboxは間違ってもゲームではないが、その開発にはゲーム由来のノウハウを使っているとのことだ。

 あいさつには一定の条件でキャラクターの状態を変化させる、ステートベースAIという手法が使われ、ゲームエンジンはUnityを採用。そして、物理的なロボットではなくスクリーンに投影するCGモデルだからこそキャラクターのデザインを作り込める。

 これらの開発経験をとおして、鈴木氏は「ゲームの知見をゲーム以外に使えないか? という視点がおもしろい機会を生み出す」と本セッションをまとめた。

(C)Gatebox Inc.

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