2014年2月5日(水)
第2クールに入り、大きく物語が動き出したTVアニメ『凪のあすから』。本作をより深く楽しむための特集企画第3回をお届けする。
今回は、アニメ誌などさまざまな媒体で活躍している3人のライターたちが『凪のあすから』について熱論を繰り広げている。どんなところが本作の注目ポイントなのか、この座談会を読んでチェックしてもらいたい。
宮 昌太朗(みや・しょうたろう)……ライター。アニメ専門誌やムックなどで原稿を執筆。著書に『田尻智 ポケモンを創った男』など。
前田 久(まえだ・ひさし)……1982年生まれ。通称“前Q”。ライター。アニメポータル・AniFav編集キャップ。主な寄稿先に『月刊ニュータイプ』(角川書店)、『オトナアニメ』(洋泉社)など。 TwitterID/maeQ
高瀬 司(たかせ・つかさ)…… 編集・ライター。アニメ批評ZINE『アニメルカ』主宰。他AniFav(星海社)、bonet(梵天)などで編集。『ユリイカ』(青土社)などへ寄稿。
――まずは『凪のあすから』について、放映前にどんな印象をお持ちでしたか?
宮:たぶん最初に見たのは、桟橋みたいなところにまなかと光と紡が佇んでいたキービジュアルだと思うんですけど、ファンタジーっぽい感じなのかな? というのはありました。ここ最近のP.A.WORKSさんの作品(『花咲くいろは』『TARI TARI』)とは、ちょっと路線が違うのかな、という印象でしたね。
前田:たしか初報でシリーズ構成が岡田麿里さんで、キャラクターデザイン原案がブリキさんということが発表されていましたよね。古参ぶるようでちょっといやらしいですけど、『true tears』のころからP.A.WORKSのファンで、岡田さんも『true tears』はもちろん、『とらドラ!』とか『絶園のテンペスト』とか他の作品大好き。しかもブリキさんがイラストを担当している『僕は友達が少ない』のファンでもあるので、「好きなものが全部乗っている、しかもオリジナル作品。なんて“俺得”なんだ!」、と思ったのを覚えています(笑)。
▲ブリキさんによる設定画。 |
高瀬:そうですね。ブリキさんがオリジナル作品としてアニメに関わるのは、今回が初めてだったので、そこは非常に楽しみでしたね。あの絵を、どうやってアニメに落とし込むんだろう? と。これまで篠原監督も岡田さんも、それぞれ別の作品ではありましたけど、P.A.WORKSさんでお仕事をされていて、それがここにきて合体したような感じがあったんです。でも、ブリキさんはその中でちょっと異質な印象があった。そこが非常に興味を惹かれたところでした。
前田:『true tears』に対する期待値がとても高かった覚えがあるのはなんでだろう……あ、そうか、『シムーン』があったからだ。『シムーン』はスタジオディーンさんの作品ですけど、シリーズの中盤から西村純二監督と岡田さんがコンビを組まれて、その時の雰囲気がすごくよかったんですよね。そんな2人がまたコンビを組んで作品を作るというので『true tears』が楽しみだったんです。で、実際に観てみたら、映像がすごく丁寧に作られているのにびっくりして。「これはすごい会社が出てきたな」と。P.A.WORKSさんに対しては、その時に受けたショックがずっと続いている感じはありますね。
宮:時期的にも、それまでとは違う新しいアニメスタジオに注目が集まるようなタイミングでしたよね。
前田:ちょうど2000年代半ば以降ですよね。京都アニメーションさんしかり、ufotableさんしかり、シャフトさんしかり。シャフトはスタジオ自体は昔からありますけど、新房昭之監督とがっちり組んで、アニメファンの注目を強く集めるような仕事を始めたのがちょうどその頃で。そういうエッジの立った仕事をする中堅スタジオがいくつも出てきて、その中の一角を担っているのがP.A.WORKSという印象です。
――実際に第1話を見てみて、事前の印象がどう変わったのでしょうか?
高瀬:第1話が非常に素晴らしかったんです。先ほどの話の続きになりますけど、ブリキさんの絵をアニメで動かすために、ものすごく考えられたキャクターデザインがなされているな、と。
宮:アニメというのは、平面のように見えるけど、空間の中でキャラクターを動かすわけだからね。ブリキさんの絵――というより造形が向いているとは決して言えない。
高瀬:『電波女と青春男』もシャフトさんの独特の演出で成功していたと思うんですけど、『凪あす』はまたそれとは別のアプローチで上手くアニメに落とし込んでいた。加えて背景美術の力強さ。魚が泳いでいる上に水面が輝いていて、さらにその上に空が広がっている。あの映像は圧倒的だったと思います。
あとはやっぱり、岡田さんの脚本が圧倒的に上手かったですよね。岡田さんが脚本をやられた第1話というと、やっぱり『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。』を思い出すんですけど……。
前田:『あの花』の第1話でめんまがいきなりひょこっと出てくる展開には驚かされたけど、今回の『凪あす』でも、海からつり上げられて少年と少女が出会うという掴みの展開はインパクト抜群でした。そこからの展開もすごくおもしろいし。ただ、インパクトはありますけど、単に突拍子のないことをやっているという印象はないんですよね。アニメファンの間では岡田さんって、個性的なことをやる脚本家というイメージが強いと思うんですが、フックの作り方や構成の立て方が非常にテクニカルなんですよ。いろんなスタッフの方の意向をきちんとまとめているんだろうな、ということも感じます。そういう側面がもっと注目されてもいいと思うので、その意味でもナイスな第1話だったと思いますね。
宮:僕は、先ほどもちょっと話したように、当初は“異世界ファンタジー”だと思っていたんです。でも、第1話を見て「これはメロドラマを直球でやろうとしているんだな」と。海の中と陸の上で、世界が2つに分かれていて、本来であれば出会うはずのない男女が出会って、恋に落ちる。しかも、恋に落ちた2人とそれを見ているしかない傍観者――2人+1人という組み合わせが、その後、エピソードが進むに従って、どんどんいろんな形で変奏されていく。
映画批評家の加藤幹郎さんが、メロドラマを「過剰なる感情のための過剰なる形式」って表現してるんですけど、その意味で『凪あす』は直球のメロドラマ。それを真正面から投げきる。そういう印象が第1クールの最後まではありました。
高瀬:陸と海でいえば、音響もかなり変えていますよね? デザイン的な意匠、モチーフもまったく違っていて、別々の世界なんだということがすぐにわかる。当然、設定も2倍凝っているわけで、あえて大変な道を進んでいるんだなということは感じました。
――世界観で言えば例えば、第1話の冒頭は、光が料理をしている場面から始まりますよね。いきなり泳いでいる魚を掴んで、鍋に入れる。あとは海の中なのになぜ息ができんだろう、とか(笑)。そういう部分で、引っかかったりはしませんでしたか?
宮:引っかかってるかそうでないかで言えば、ずっと引っかかり続けていますよ(笑)。例えば、あかりが陸の上に働きに出かけてるわけですけど、ああいう人が他に何人くらいいるんだろう? とか。あと海村は全国に14カ所あるという話が出てきますけど、他の村も似たような感じなんだろうか、とか。でも『凪あす』では、主人公たちの周りからカメラが絶対に離れない。見えないものは、描かれないわけです。だからもう、それはそういうものなんだろう、と(笑)。
前田:第1話冒頭の料理のシーンは「この世界では、海の中で火も燃える――と言っても特別な火なわけですけど――し、普通に料理もする。そういう世界なんだよ」という宣言なんだと思ったんですよね。
宮:アニメでも映画でも、不思議なことが起こるのは何も問題がないんです。むしろ不思議じゃないことが画面の中で起きるから、「あれ?」と思う。要するに学校があったり、大人たちが仕事をしてたりって“生活”の部分が、『凪あす』ではほとんど描かれてない。宮崎駿に言わせれば、生活を描かずになんのファンタジーか、ということになるわけですけど(笑)、『凪あす』が描こうとしているのは“生活”ではないわけだから、それはそれでいい。ただ「引っかかりませんか?」と聞かれたら、引っかかるよ、という話です(笑)。
高瀬:僕はあの世界観こそが素晴らしい、という立場に立とうと思うんですけど(笑)。僕が第1話の時点で、最初に考えたのはジェンダーSF的なものを別の角度からやろうとしているのかな、ということだったんです。もちろん『凪あす』はジェンダーの問題を直接あつかっているわけではない。でも、そのアングルを借りているところがある、とも思うんです。
男がいて女がいて、キーとなる両性的な存在がいる、というのがジェンダーSFの基本的な構図ですけど、『凪あす』ではそれを、陸と海、そのハーフという構造にそのまま当てはめることができる。第16話で、陸と海のハーフである美海が泳げるようになるというのは、まさに象徴的ですよね。どこまで突っ込んだことを話していいのか、迷うところもあるんですけど……。
前田:とりあえず言うだけ言っちゃおうよ。
高瀬:はい。岡田さんの系譜を辿っていくと『true tears』でかなりシビアな恋愛物をやって、『凪あす』はその延長上、テーマを継承したものだというのは、間違いないと思うんです。ただそこに加えて、もうひとつの系譜があると思っていて、それは先ほど前田さんが話された『シムーン』だと思っているんですね。『シムーン』はド直球のジェンダーSFですけど、あの作品はファンタジー的な意匠を、かつての少女マンガから大きく借りてきている。
宮:なるほど、そうですね。
高瀬:同様に『凪あす』も、清水玲子さんのジェンダーSF漫画『月の子』という作品を下敷きにしているところがあるんじゃないだろうか、と。『月の子』は『人魚姫』をモチーフにした作品なんですけど、この中では“世界の滅亡”が重大なテーマのひとつとして描かれているんですね。ひるがえって『凪あす』を見ていると、非常に退廃的というか、世界がダメージを受けた後を舞台にしていて、死の匂いが濃厚に漂っている。今の社会状況と照らし合わせてみても、極めてアクチュアルだし野心的な作品だな、と。そういう印象なんです。
前田:第16話の港の場面で、触ると赤錆でボロボロになってる描写とか、徐々に世界が滅びかけているんだな、という感じがしますよね。何十年スパンの話なのかもしれないけど、決して上り調子の文明ではない。そこはひとまず、話の主題にはなっていないんですけど。
宮:全然、気づいてなかった。美海かわいいな~、とかしか思ってなかったです(笑)。
前田:ひどいなあ~。もっとこう、海の底にいるだろうまなかのこととかを気にかけてですね、『凪あす』世界の行く末とかに思いを馳せてくださいよ(笑)。
宮:好きなキャラクターの話をしたいんですけど(笑)、個人的にはやっぱりあかりですね。『ロミオとジュリエット』的な悲劇を、今のところ一番体現している登場人物で、特に第14話かな? 子どもを産む、産まないという回想シーン。あそこは、声を演じてる名塚佳織さんの見事な演技もあって、本当にすごいと思いました。
前田:名塚さんは、全体的に素晴らしいですよね。迷子になって帰ってきた美海を怒るシーンだったり、難しいニュアンスの芝居を要求されていると思うんですけど、それに対して果敢に応えてる。さすが『true tears』の比呂美役ですね……と言ってキャスティングでもP.A.WORKS作品としての繋がりがあることを強調しておきたい(笑)。
宮:話の展開上、イヤな印象を持たれがちな登場人物だと思うんですよ、あかりって。非常にベタだし、メロドラマ的な役どころではあるんだけど、ああいう役どころこそ、感情に任せるのではなく理知的に芝居を組み立てることが要求される。でも、決して嫌味がなくて「なるほど、彼女はそういう選択をしたのか」というところにストンと落ちる。そこが素晴らしくて。あとキャラ萌えで言えば美海ですね(笑)。
前田:キャラ萌え話で言うなら、僕はもう断然、ちさきですね。
――14歳と19歳では、どっち派ですか?
前田:どっちもいいですけど、あえて言うなら“団地妻”な5年後。エロい! ムダに力強く言いたい。
高瀬:『true tears』でも比呂美派ですか?
前田:あー……うん、あの3人は全員それぞれ好きなんだけど、あえてひとり選ぶなら比呂美だった(笑)。
高瀬:ちさきは比呂美と重なるところが、かなりあるのかなと思うんですよね。僕が『true tears』を好きだからというだけなんですけど(笑)。紡ののぞきのシーンが、ラッキースケベのシーンになるじゃないですか。あれなんか、完全に『true tears』の第1話だなあ、と思って(笑)。
宮:そういう高瀬くんの萌えキャラは?
高瀬:美海とちさきが盗られたわけですよね(笑)。そうなると、やっぱり紡ですかね。
前田:男性キャラクターなら紡だよね。
高瀬:僕は割と全員いいなと思ってるんですけど、中でも紡は――第2クールに入ってから、もしかすると若干、株を下げているのかもしれませんが、僕は好きですね。第1クールでは、ただの陸のイケメンだったじゃないですか。でも第2クールに入ってからは、残念感が増してる。5年間も一緒にちさきといて、手も出せないんだ、このヘタレっていう(笑)。そこはよかったですね。ますます萌えました(笑)。
前田:白泉社のマンガによく出てきそうな感じのね(笑)。『凪あす』って、恋に落ちるの一瞬ですよね。フラグがじわじわ溜まって好きになる、という描き方ではないような。彼女が具合悪そうにしていて、海に行ったシーン。あのへんあたりでたぶん紡はちさきを好きになったんじゃないか? と個人的に思うんですよね。美海が光のことを気にし始めるのも、海に落ちたところを助けられた瞬間からなのかなー、と。そういう1シーンで、パッと恋に落ちる。
高瀬:第1話の冒頭もそうでしたけど、一瞬で恋に落ちる、恋に落ちる瞬間・思いが変化する瞬間を描くというのは、かなり明確なテーマなのかなと思いますね。
今回は、宮さんたち3人の座談会をお届けしたが、いかがだっただろうか? 特集最終回となる次回の記事では、座談会の続きに加え、ライターから制作スタッフへのQ&Aをお届けする。
→キーワードから読み解くTVアニメ『凪のあすから』5年後の世界【特集第1回】
→成長した登場人物たちから見る5年後の世界&声優陣のコメント【特集第2回】
■TVアニメ『凪のあすから』
【放送・配信情報】
TOKYO MX……毎週木曜 22:30
BSアニマックス……毎週木曜 22:00
BSアニマックス(無料放送)……毎週土曜 22:00
サンテレビ……毎週木曜 24:30
KBS京都……毎週木曜 25:00
テレビ愛知……毎週木曜 26:05
福井テレビ……毎週日曜 25:35
富山テレビ……毎週水曜 26:15
石川テレビ……毎週水曜 26:20
ニコニコ生放送……毎週土曜 23:00
ニコニコ動画……毎週土曜 23:30
dアニメストア……毎週日曜 12:00(※各話1週間無料配信のみ)
アニマックスPLUS……毎週水曜 24:00(※各話1週間無料配信のみ)
バンダイチャンネル……毎週土曜 12:00
ShowTime……毎週月曜 12:00
【スタッフ】(※敬称略)
原作:Project-118
監督:篠原俊哉
シリーズ構成:岡田麿里
キャラクター原案:ブリキ
キャラクターデザイン・総作画監督:石井百合子
キーアニメーター:高橋英樹
美術監督:東地和生
美術設定:塩澤良憲
撮影監督:梶原幸代
色彩設計:菅原美佳
3D監督:平田洋平
特殊効果:村上正博
編集:高橋歩
音楽:出羽良彰
OPテーマ:Ray『ebb and flow』
EDテーマ:やなぎなぎ『三つ葉の結び目』
音響監督:明田川仁
音響制作:マジックカプセル
音楽制作:NBCユニバーサル・エンターテイメント
プロデュース:インフィニット
アニメーション制作:P.A.WORKS
製作:凪のあすから製作委員会
【出演声優】(※敬称略)
先島光:花江夏樹
向井戸まなか:花澤香菜
木原紡:石川界人
伊佐木要:逢坂良太
比良平ちさき:茅野愛衣
潮留美海:小松未可子
久沼さゆ:石原夏織
■BD/DVD『凪のあすから』第1巻 収録内容
【収録話】
第1話“海と大地のまんなかに”
第2話“ひやっこい薄膜”
■BD/DVD『凪のあすから』第2巻 収録内容
【収録話】
第3話“海のいいつたえ”
第4話“友達なんだから”
第5話“あのねウミウシ”
【初回限定版特典】
・石井百合子 描き下ろしスリーブケース
・高橋英樹 描き下ろしデジパック
・48ページ フルカラーガイドブック
・特典ドラマCD:新作ドラマ“ひーくんの溜息、まなかの奔走”“波中、最後の日”
(出演:花江夏樹、花澤香菜、茅野愛衣、逢坂良太、石川界人)
・『凪のあすから』ご購入者イベント応募券(第1巻との連動応募/応募締切:2014年3月31日)
【初回限定版・通常版共通特典】
・音声特典:キャストコメンタリー(第5話:茅野愛衣/逢坂良太)/スタッフコメンタリー(第5話:篠原俊哉/辻充仁/永谷敬之)
・映像特典:プロモーション映像/ノンテロップOP&ED
※商品仕様、特典などは予告なく変更になる場合があります。
※初回限定版終了次第、限定版特典が付かない通常版となります。
(C)Project‐118/凪のあすから製作委員会
データ