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2015年10月28日(水)

VRの普及に何よりも重要なものとは? SCE吉田修平氏のPS VRに関する講演をレポート

文:イトヤン

 東京・秋葉原で開催された、一般社団法人 デジタルメディア協会の(AMD)が主催するAMDシンポジウム“デジタルエンタテインメントの新潮流”。

 ここでは“バーチャルリアリティシステム『PlayStation VR』の展望”と題された、株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント ワールドワイド・スタジオ プレジデントの吉田修平氏による講演の模様をお届けする。

“AMDシンポジウム”
▲吉田修平氏。

 なお、10月23日に行われたAMDシンポジウム全体の模様は、すでに掲載している電撃オンラインの記事を参照してほしい。

スマートフォンの爆発的普及が、家庭用VRシステム登場のきっかけに

 “PlayStation VR”は、PS4に接続する形でバーチャル・リアリティ(VR)体験が楽しめる3Dヘッドセットだ。かつては“Project Morpheus”と呼ばれていたが、正式名称が“PlayStation VR”に決定し、SCEより2016年上半期に発売される予定となっている。

●動画:PlayStation VR コンセプト映像

 「35年以上続いているコンピュータ・ゲームの歴史で、ずっと変わらなかったもの。それは、プレイヤーはTV画面やモニター画面といったスクリーンの前で操作を行い、ゲームの世界はスクリーンの向こう側に存在していることだ」と、PlayStation VRの開発を指揮している吉田氏はまず定義する。

 それに対して「VRシステムを使うと、プレイヤー自身がゲームの世界に入り込むことができる。それはこれまでほとんどの人間が味わったことのない体験だ」と、吉田氏は語った。

 吉田氏によると、VR自体は1960年代から、軍事シミュレーションの分野などで研究が行われてきたという。1990年代に一度、ブーム的に話題となったことがあるが、当時のコンピュータではシンプルな形のグラフィックスでしか実現できず、コストも非常に高かったので、ビジネスとして定着することはなかった。

 それが現在、PlayStation VRをはじめとするVRシステムがいくつも登場してきて、大きな話題となっているのには、3つの原動力があると、吉田氏は言う。

“AMDシンポジウム”

 まず最初に吉田氏が挙げたのは、“スマートフォンの爆発的な普及”だ。

 VRヘッドセット本体は、フラットパネルの液晶画面と、動きを感知する高性能のセンサーで構成されている。これはスマートフォンのパーツとほとんど同じものだ。そのためVRヘッドセットに必要なパーツがどんどん高性能になり、価格も安くなっているとのこと。

 吉田氏が挙げた残りの2つ、“コンピュータの3Dグラフィックス性能の飛躍的向上”と、“リアルタイム3Dグラフィックスを使った高品質な開発ツールやゲームディベロッパーの存在”については、改めて解説するまでもないだろう。

 吉田氏によると、この3つのことが同時並行的に起こっているために、現在ではPlayStation VRをはじめとして、さまざまなVRシステムの開発が進んでいるのだという。

PS4をベースにしたVRシステムのメリットとは?

 それでは、PlayStation VRが目指しているVR体験と、既存のVRシステムとでは、いったい何が異なっているのだろうか。吉田氏はそのキーワードとして“プレゼンス(SENSE OF PRESENCE)”という言葉を挙げた。

“AMDシンポジウム”
“AMDシンポジウム”

 プレゼンスを日本語にすると“存在感/実在感”といった意味になる。吉田氏はこれを「別の世界に自分が存在していると信じ切ってしまうこと」だと説明した。

 VRヘッドセットを装着して見ている光景だと頭では分かっていても、高いビルの屋上から地上を覗き込むと、思わず足がすくんでしまう感覚。これが“プレゼンス”であり、このプレゼンスはVRシステムでのみ実現可能なものであるという。

 ただし、このプレゼンスは壊れやすいものであるとも吉田氏は述べる。別の世界に自分が存在していると信じこませるためには、プレイヤーの五感で知覚する情報すべてに整合性を取ることが必要で、それができなければプレイヤーはすぐに違和感を覚えるのだそうだ。

 ここで吉田氏は、PlayStation VRの本体スペックを紹介した。PlayStation VRでは秒間120フレームの3D表示を行うことができ、しかも表示の遅延は18ミリ秒未満に抑えられている。人間が日常生活で感じているのと同様の“違和感のない体験”を実現するために、このスペックになっているとのことだ。

“AMDシンポジウム”
“AMDシンポジウム”

 また、他社のVRシステムはPCに接続して使用するが、PlayStation VRはPS4の周辺機器として設計されている。この点について吉田氏は、多くのメリットがあるという。

 まず、家庭用ゲーム機であるPS4の周辺機器であるがゆえに、誰にでも購入できてすぐ使えるという安心感がある点だ。また、PCと違ってハードウェアの仕様が統一されているため、開発者の意図通りのコンテンツをすべてのプレイヤーに提供することができる。

 PS4の入力装置をそのまま利用できることも大きなメリットだと、吉田氏は説明した。VRシステムの場合、自分の見たい方向に顔を向けること自体がインプットとなるが、それに加えてPS4のDUALSHOCK 4コントローラーや、PlayStation Moveも利用することができる。

“AMDシンポジウム”
▲バンダイナムコエンターテインメントのVR技術デモ『サマーレッスン E3 2015』。VRでは、プレイヤーの視線そのものが入力操作となる。
“AMDシンポジウム”
▲『The London Heist Getaway』では、PlayStation Moveを2本使って銃撃戦を楽しめる。

 他社のVRシステムとは異なるPlayStation VRならではの特徴的な機能が、“ソーシャルスクリーン”だ。PlayStation VRでは、VR世界の映像を同時にTV画面にも表示できるため、プレイヤー以外の周囲にいる人も一緒にコンテンツを楽しむことが可能になっている。

 これにより、ヘッドセットをつけている人がモンスターとなり、周囲でTV画面を見ている人が投げつける物体をモンスターが避けるといった“マルチプレイ”も可能になる。

“AMDシンポジウム”
“AMDシンポジウム”
▲『Monster Escape』では、ヘッドセットをつけている人とその周囲にいる人たちが、一緒になってゲームを楽しむことができる。

 「ヘッドセットをつけている人が家庭で孤立するのではなく、みんなで一緒にワイワイと遊べる環境を作りたかった」と、吉田氏はこの意図を語った。

VRの普及には“品質の高いコンテンツ”がなによりも重要

 VRのコンテンツは、ゲームだけに限られるわけではない。吉田氏は、シミュレータやバーチャルトラベル、ライブ観戦といったさまざまな可能性を提示した。吉田氏によると、SCEがこれらすべての分野に取り組むわけではないが、現状でも多くの企業から、多数の問い合わせを受けているという。

“AMDシンポジウム”

 講演の最後に、VRが普及するための課題について語った吉田氏は、「なによりも大事なのは“品質の高いコンテンツ”」と強調した。

 VRでは、これまでのゲームとは大きく異なる文法を考え出さないといけないだけでなく、ユーザーの感覚を適切にコントロールしないと、不快な感覚を味わわせてしまうこともあるそうだ。

 そのためにも、VRに対するさまざまなノウハウを業界全体でシェアして、クオリティの高いコンテンツをみんなで作っていくことが重要だと、吉田氏は語った。

“AMDシンポジウム”
“AMDシンポジウム”

 普及のためにもうひとつ重要なのは、“体験機会を増やすこと”だ。VRはとにかく、実際に体験してもらわないとその良さが伝わらない。吉田氏によると、メーカーの枠を超えてVR業界全体で協力し合い、体験機会を増やしていくことが必要だという。

 最後に吉田氏は、「“百聞は一見に如かず”という言葉があるが、VRの技術が普及することで、“百見は一体験に如かず”と言われるようになりたい」と語って、講演を締めくくった。

“AMDシンポジウム”

 講演後の質疑応答では、AMDシンポジウムのコーディネータである慶応義塾大学大学院特別招聘教授の夏野剛氏から、「PlayStation VRがコアゲーマーだけでなく、新たなユーザーを獲得できる可能性は?」と質問があった。

 これに対して吉田氏は、「世界の中に入り込むVRは、ゲームとノンゲームの境界が曖昧(あいまい)なもの。それだけに対象となるユーザーはゲーマーに限らない。PS4で動く以上、最初はPS4ユーザーが対象だが、将来は新しいユーザーも獲得できる」と回答した。

 また、「PlayStation VRは家庭の環境に融和できるのか?」という質問に対しては、吉田氏は「まさにそれが自分の言いたかったこと」と応じた。

 「ゲーム機を買うのはコアゲーマーかもしれないが、その周囲には家族がいるはず。PS3やPS4でもそうした家族の人たちに、ゲーム以外の映像配信などが利用されている。PlayStation VRもゲーマーとその家族が一緒に遊べるようなソフトを、最初の段階から提供したい」と回答していた。

 このシンポジウムの会場には、ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパンアジアのプレジデントを務める盛田厚氏も来場していた。VRの将来像を語る吉田氏の口ぶりからも、PlayStation VRに対するSCEの意気込みが強く伝わってくる講演となっていた。

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