2016年8月4日(木)
電撃PSで連載している山本正美氏のコラム『ナナメ上の雲』。ゲームプロデューサーならではの視点で綴られる日常を毎号掲載しています。
この記事では、電撃PS Vol.618(2016年7月14日発売号)のコラムを全文掲載!
はっきりは意識していないけど、でも何かをぼんやりと考えている。そんなことってありませんか? 僕はよくこの状態になることがあって、ふと気づいたら、ぼんやりがぼんやりを呼び込んで、いつのまにかそこそこに時間が過ぎている、ということがあります。この間も、奥さんが運転する車の助手席に乗り、窓の景色を見ながら、「そういえば信号って、常に同じ間隔で赤になったり青になったりしてるわけじゃないよなあ」ということを考えていました。
今のご時世、ビッグデータを分析して、混雑するポイントはなるべく車を流すために青信号の時間を長くする、みたいなことって普通にやってるよな、と。振り返って書いてみると理論的に考えているようにも見えるのですが、そのときはまったくもってそんなことはなく、次の思考が、「それにしても、ビッグデータってバカっぽい呼び名だよなあ」とか、「そういや大リーグとかメガハイボールってのも大ざっぱな言い方だなあ」とか、景色に引っ張られて「電柱って、こないだE3で行ったアメリカだと木製が多かったけど、日本だとコンクリばっかりだなあ」とか、「コンクリって英語で伝わるのかなあ」とか、「英語がペラペラだったらどこか海外で仕事してるかなあ」とかとか、視界に入る入らないとは関係なく、考えていることが次の考えを連れてきて、そういや最初に何を考えていたんだっけ? という疑問もさらに置き去りにしながら、何ら答えは出ず思考だけが繋がっていってしまう、ということが起こったのです。
さて、そんな状態で助手席に乗っていた僕だったのですが、運転している奥さんのこんな一言でふと我に返りました。「ちょっと。キモいからガン見するのヤメなよ」。えっ……?
窓の外を見ながらぼんやり考えていた僕ではありましたが、別に景色の特定のポイントに注目していたわけではありません。しかし、奥さんに「ガン見」と声を掛けられた先を改めて確認すると、そこには信号待ちをしている、2人のミニスカ女子高生が立っていたのです。
つまり、奥さんの目に映った僕は、“車の中から女子高生のフトモモをガン見しているただのおっさん”に堕していたわけですね。おいおいちょっと待て! 確かにそっちを見ていたかもしれないけど、視線の軸線上に彼女たちがいただけで、別に見てないよ! 視界には入っていても、意識が認識しなければ見たことにはならない! などと焦って説明したところで、「はいはい」で終了です。まったく。そんなことならしっかり見ておけば良かったと後悔したのでした。
ステレオグラムという絵があります。見方を工夫することで、平面上に立体が浮かび上がってくる図のことです。体験したことのある人も多いと思いますが、あの絵を見る際、“全体をぼんやり見る”ということが必要になりますよね。絵そのものに焦点を合わせてしまうと、決してその奥に描かれた立体は見えません。思考も同じで、あまりコアの論点に焦点を合わせても、いい考えが浮かばないことがよくあります。
特にアイデアを生み出そうとするときはそうで、たとえば、「何かVR用の企画を考えよう」となった場合、いきなりそのものズバリのアイデアが降りてくることなどほぼありません。VRの特性である、ゲーム世界とリアル世界の“境界”の再認識、それを表現する設定。設定の中でヘッドマウントディスプレイを装着する意味、立ち位置。ゲーム世界でやりたいと思うこと、やりたくないと思うこと。技術的にできること、できないこと。新たなコミュニケーション体験を主とするのか、または新たなルール体験を用意するのか。
そういったあれこれを、まずは同時に、ぼんやりと考えることが重要です。そして、そこからひねり出した「じゃあこれ」を検証し、論理を固め、説得力を出していくことが次に必要になるのです。
かの芥川龍之介は、服毒自殺をする際、妻に宛てた遺書に、“将来に対するぼんやりとした不安”という一節を遺したそうです。文豪がなぜそういう末路を辿ったのかについては、もちろん知る由もありませんが、ぼんやり、という状態は、確かなことが何もない、という状態でもあります。
確かなことがないから、不安が不安を呼び、芥川は遂には命を断ってしまった。真相はわかりませんが、もしそうだとしたら、こんなに残念なことはありません。なぜなら、確かなことがないという状態は、“可能性に満ち溢れた状態”とも言えるから。あんなこともできるし、こんなことも考えられる。決まったことがないから、それに引っ張られることもない。
大事なのは、ステレオグラムが“ぼんやりと見れば立体が浮かび上がるのが当たり前”なのと同じレベルで、ぼんやりとした状態からアイデアが浮かび上がることを“信じられるかどうか”なのだと思います。良質なぼんやりの種をたくさん持っているということは、面白い着眼点が養われているということでもある。そんな自分を信じた先に、素敵な絵が浮かび上がってきたときの喜びは、何物にも代えられません。
あ、そう考えると冒頭の僕は、ぼんやりというよりただ「ぼーっと」してたってことかしら……。
ソニー・インタラクティブエンタテインメント JAPANスタジオ
エグゼクティブプロデューサー
山本正美 |
---|
ソニー・インタラクティブエンタテインメント JAPANスタジオ 部長兼シニア・プロデューサー。PS CAMP! にて『勇なま。』シリーズや『TOKYO JUNGLE』、外部制作として『Bloodborne』などを手掛ける。公式生放送『Jスタとあそぼ う!』に毎月出演中。
Twitterアカウント:山本正美(@camp_masami)
山本氏のコラムが読める電撃PlayStationは、毎月第2・第4木曜日に発売です。Kindleをはじめとする電子書籍ストアでも配信中ですので、興味を持った方はぜひお試しください!
データ