2017年8月26日(土)
【ディバインゲート零:前日譚】日常編・“ムサシのこだわり”~優しさと温もり
ガンホー・オンライン・エンターテイメントから配信中のiOS/Android用アプリ『ディバインゲート』。2017年夏開始予定として期待が高まる新章、『ディバインゲート零』のキャラクターストーリーを追っていく連載企画をお届けします。
今回お届けするのは、日常編・“ムサシのこだわり”。海守学院高等部の教員であるムサシが教え子のココロに“手作り感”のよさを熱く語っていますが、彼女の心に届くのでしょうか?
日常編・“ムサシのこだわり”
テキスト:team yoree
イラスト:シノ屋(TENKY)
海守学院高等部。ある日の昼下がり。
職員室の一角で聞きなれない音が響いていた。
「よし……あとは……ここを切って……こうして……いや、先に貼った方がいいか?」
ぶつぶつと言いながら作業をしているのはムサシだ。彼は一人で、面会やミーティングなどに使う少人数用のデスクを占領していた。
デスクの上には画用紙、カッターマット、ハサミ、刃の細さの違う数種類のカッター、色鉛筆、チューブインク、等々、図画工作用の道具。そして、散らばっている写真に、わら半紙。彼は今日、出勤してからずっとこれらの道具と共に作業を続けていた。
「ムサシ先生。そんなところで何してるんですか?」
後ろからやって来たココロが声をかけた。ムサシは「うおっ!」と叫んで慌てたあと、振り返った。
「なんだ、ココロか。びっくりしたあ。驚くだろ、いきなり声かけやがって。どうした?」
「日誌を届けに来たんですよ。担任の先生に頼まれて」
「あ~、日直か。でも、お前の担任、席あっちだろ」
「そうなんですけど、ムサシ先生が真剣に何かしているので、気になって見に来ちゃったんです」
「ああ~……」
なるほど、と納得したようにムサシは頷いた。
「それで、何してるんですか?」
「今度、学校見学会やるの聞いたか? 外部の中学生向けに」
「ああ、この間ホームルームで先生から説明がありました」
「その見学会向けのしおりを作ってる」
「しおり? えっ、新しくですか?」
「おうともよ」
「へえ~。でも、学院の案内書なら前から使ってるものがあったと思うんですけど……?」
「ばっかやろ。あんなのダメに決まってんだろ。ちっとも良さが伝わらねえ。文章もカタいし、写真も少ねえし。だいたい日常の風景がぜんぜん載ってねえじゃねえか」
そう言ってムサシは作りかけのしおりをココロに見せた。
「見ろ! これが俺の手作り版だ」
「え……これ、文章全部手書きじゃないですか……!」
「おう。気持ちが伝わるだろ?」
「それはそうですけど、パソコンで作った方が早いんじゃないですか? すごく時間がかかりそう……」
「いいのいいの。こういうのは『手作り感』ってのが大事なんだから」
「な、なるほど……。手作り感……」
ココロはデスクの上を見た。
見慣れない道具がいくつかある。
「先生。これ、何ですか? 竹……の定規?」
「それ以外の何に見えるんだよ」
「定規なんだ……。初めて見ました。竹の定規なんてあるんですね」
「あるに決まってんだろ? 定規っつったら竹だよ竹。これがスタンダード」
「そうなんですか……? 透明なものの方が使いやすいような……」
「わかってねえなあ。温もりってやつが違うんだよ」
「温もり?」
「持ってみろ。あったけーだろ?」
「うーん……。手触りは、とてもいいですね……」
「それが温もりってやつだ。これがあるとないとでは、引いた線が変わってくる」
「えっ……線が……?」
ココロはまた別の道具を見た。
「先生、これは何ですか? このチューブのやつ」
「これか? これはのりだ」
「のり? えっ、のりって、紙と紙をくっつけるときに使う、のりですか?」
「それ以外、こういう時に使うのりって何だよ」
「えっと……。どう使うんですか?」
「簡単なこった。こうやって、チューブから出したのりを指に乗せて、紙に直接塗るんだ」
「ええ~っ……指で塗るといろんなところにくっつきそう……。スティックや、ペンシルタイプを使った方が、楽だと思うんですけど……」
「ダメダメぇ! チューブのじゃなきゃダメなんだよ。他のは優しさってもんが足りねえ」
「優しさ……」
「ちょっと香りをかいでみろ」
ムサシはココロにチューブのりを渡した。
ココロがのりの匂いをかいでみる。
「……うーん。確かに、他のとは……ちょっと違う……ような」
「だろ!? これが大事なんだよ。このちょっと甘いような、柔らかいような、懐かしいような、この香りこそ、チューブのりの命。優しさだ」
「はあ……」
「これでくっつけるとな、俺の気持ちが紙に込められて、温もりや優しさが相手に伝わるんだよ」
「そう……なんですね……? これが『手作り』感……。すごいなあ、ムサシ先生。道具へのこだわりが強い……」
「おう。俺がギターを弾く上で大切にしてるもんでもあるからな、温もりと優しさは。だから、こういう道具ひとつをとっても大事にしたいわけよ」
「すごい飛躍……あ、いえ、なるほど。言われてみれば、ムサシ先生の音って、優しさと温もりに溢れてますもんね」
「だろ?」
ムサシは得意げに笑って返した。
ココロが写真の方に目を移す。
「これ、ちょっと見てもいいですか?」
「おう。指紋には気を付けてくれよ」
「あっ。はい」
ココロは写真の端を指でつまんで持ち上げた。そして手のひらに載せて、気を付けながら一枚一枚見る。
「わ~、きれいな花壇の写真。校務員さんの写真もある。それに、夜空の写真も。すごい、星がきれいに写ってる。あとは、猫の写真、猫の写真、猫、猫、猫……。
先生、猫の写真、多くないですか? 20枚くらいありますけど」
「ああ。でも、ぜんぶ違う猫だぜ?」
「……へ、へええ~、うちの学院、こんなに猫がいたんですねぇ……」
「ちゃんと撮らせてくれたやつはな」
「…………。えっと、ということは、もしかしてこの写真、ムサシ先生が撮ったんですか?」
「ああ、そうだけど」
「授業中のものはないんですか?」
「あー。ないなあ」
「……体育祭とか、写生大会とか、修学旅行とか、合唱コンクールとか、文化祭の写真とかは……?」
「それもない」
「……」
「え、いる?」
「だって、私たちの学院生活の風景ですし」
「入学したらいくらでも見られるんだぜ?」
「そうですけど……そういうのを見せた方がよくないですか? 学院案内なんですし」
「そうかあ? それより、あまり見られねえもん見せた方がよくねえか? うちにはこんなものがあるんだぜって」
そう言われてココロは作りかけのしおりに目を落とした。よくよく見ると、ムサシが先ほどから一生懸命作っているのは『海守学院内・花壇完全攻略図鑑』に『研究棟の屋上から見える季節別・星座の解説』に『全てを探し出せ!校内ネコMAP』だ。
「こ、これが、うちの学院案内……」
思わずココロは呟いてしまった。
ムサシがいつになく真面目な顔でココロを見る。
「おい、ココロ。大事なことを教えておく」
「は、はい。何ですか、先生」
「自分が熱くなれないことをするんじゃない」
「えっ……」
「これは俺が理力学を学んでいたときにずっと思っていたことだ」
ムサシは遠い昔を見るような目で窓の外を見つめた。
「俺は留学していたとき、向こうの大学で、自分を熱くしてくれるものが見つからなかった。何をやってもどこかで見たことがあるようなものや、誰かがもう完成させてるものばかりで、ちっとも熱くなれなかったんだ。けど、そんなとき、誰もやれないことをやってのける奴に会った。正直、めちゃくちゃ刺激されたよ……」
「そんな出会いが……」
「そいつは、一見、全く関係なさそうなところからすげえもんを導いていた。型にハマらず、常識に囚われず……。だから俺も、あいつに出会って以来、これだ! と思ったことは、たとえ誰かに否定されてもやろうと思ってる」
「先生……」
「俺はこの学院のいいとこを、これから入学してくるかも知れない奴らに見せたい。校務員のおっちゃんが毎日世話してるたくさんの花壇。研究棟から見える星々。俺の昼寝に付き合ってくれる猫。全部好きだ。だから、俺はこれを伝えたい」
「……!」
ココロはムサシの話を聞いて、温かい気持ちになっていた。ムサシの熱に感化されただけでなく、心の内からも伝わってくる温もりによって。
「……先生、私、ちょっとびっくりしましたけど、このしおり、とてもいいと思います。ムサシ先生らしい、温もりと優しさに溢れてて……」
「わかってくれたか」
ココロは笑顔でムサシに頷き返した。
「先生、お邪魔してしまってすみませんでした。出来上がったら見せてくださいね」
「もちろんだ」
「あ。そうだ。一つだけ、追加しませんか?」
「ん?」
「先生がいつもお昼寝してる中庭の写真です。私、いつも、先生がお昼寝してるのを見て、『中庭、気持ちよさそうだな~』って思ってたんです。中庭も立派な学院のおすすめポイントだと思いますよ」
「なんだよ、見られてたのかよ。昼休みくらい、昼寝したっていいだろ?」
「ダメだなんて言ってませんよ」
ココロは笑いながら言った。
「ははは。ま、サンキュな!」
「楽しみにしてますね」
そう言ってココロは日誌を担任のデスクに届けると、自分の教室に戻って行った。
ココロが出て行ったのを確認して、ムサシはしおり作業に戻る。
が、再開の前にひとつ息をつくムサシ。
「あいつ、鋭いな……。実はあるんだよな~、中庭の写真。あいつの声が聞こえたから、思わず隠しちまったけど」
ムサシはカッターマットの下から一枚の写真を取り出した。
そこにはココロはもちろん、ルーニ、リアン、ミカ、カズシ、シンクが中庭で、それぞれの楽器を手に、楽しそうに笑っているところが写っていた。
「こんな写真、いつの間に撮ってんだよ、ってな……。なーんか、あいつらの顔見てたら、いつの間にかシャッター押しちまっててよ~……。教師っつーか、保護者っつーか、そんな自分がちょっと照れくせえ」
そう言いながらも写真を見ながらムサシが微笑む。
「こんな風に笑い合える仲間と出会える学院ですよ、っと。これも俺のおすすめポイントなんだぜ?」
カズシ編・第一章
日常編
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