ワインの国・ドミニア…―。
新酒解禁パーティの賑わいも落ち着いた、宵闇の中……

砕牙「うぬらもまだ飲めるであろう？」
天狐の国・伊呂具の王子である砕牙が、楽しげに目を細めた。
アヴィ「さっきまでもだいぶ飲んでたのに、まだいけるのかよ」
なみなみとそそがれたワイングラスに呆れた笑みを浮かべたのは、騎士の国・アルストリアの王子であるアヴィだ。
リカ「砕牙さん、ほんと酒強いからな」
チョコレートの国・ショコルーテの王子であるリカが、ワイングラスを軽く揺らす。 いつの間にかパーティは、それぞれが自由に交流を楽しむ場へと姿を変えていた。

リカ「アヴィ、ワインはいけるのか？」
アヴィ「いや……普段はそんなに飲まない。弱いことはないけど、顔に出やすいって言われるしな」
そう言ったアヴィの表情を、砕牙が興味深げに覗き込んだ。
砕牙「確かに、頬に赤みが差しておるな」
アヴィ「そりゃ、お前らのペースに合わせてたら……少しはな。ったく……俺のことはいいから、普通に話そうぜ」
リカ「じゃあ、ここでしかできない話でもするか？」
口端を上げたリカに、砕牙もふむと頷いてみせる。

砕牙「ならば、トロイメアの姫君のことでも話すかのう。ちょうど、甲斐甲斐しく我らの肴を取りに行ってくれているところ。待ち人が来るまでのよき話題であろう？」
アヴィ「あいつのことって……今さら何話せばいいんだよ」
リカ「そういやあいつ、さっきワイングラス倒した子どもを宥めてたな」
砕牙「うむ、どこの国の子女であったか……ドレスが汚れてしまったと泣いておったが」
リカ「染みを隠すようにって自分のつけてたコサージュ渡して、すっかり機嫌も直してたな」
砕牙「別の宴でも酔客を介抱する姿を見たことがある。……千年生きた中でもなかなか出会うことができぬ、心優しきおなごよ」
アヴィ「……そういうお人よしな奴なんだよ」
こぼれ落ちたつぶやきが夜風に溶けると、砕牙はそのまま視線をアヴィへと移した。

砕牙「して、うぬからは何もないのか？」
アヴィ「俺も言わなきゃいけないのか……」
リカ「いいだろ。こういう席なんだし」
2人の視線を受けて、アヴィはゆっくりと口を開く。
アヴィ「あいつはすごいよ。夢を与える力だけじゃない……心の強さを持ってる。そんな奴だからこそ、守りたいって思うんだろうな。あと……あいつの笑顔は、なんか落ち着くっていうか……」
リカ「へえ、素直じゃん」
アヴィ「……酒のせいで口が滑った」
砕牙「若さとは、実にいいものよ」
リカ「たまには酒飲んで素直になるっていうのもいいんじゃねーの」
アヴィ「からかうんじゃねえよ」
リカ「ま、だからこそ、この世界でたくさん人を救えるんだろうな。……ほんと、たいした奴だよ」
囁きのような一言はいつもより饒舌で、確かな温度がにじんでいた。

リカ「あー、俺も少し酔ってんのかもな。今の言葉は忘れろ」
砕牙「ふむ。話はここらで終わりとするかのう」
アヴィ「ちょうどあいつも戻って来たみたいだしな」
離れた場所から聞こえる耳慣れた足音が、徐々に近づいてくる。
その音に、思わず顔を見合わせて3人で小さく笑った。
アヴィ「あいつが来る前に結構飲んじまったな」
砕牙「いやはや、実に楽しい宴だった。いい酒にも出会えたしな」
リカ「アヴィはその赤い顔、どうにかした方がいいだろ。あいつが心配するぜ？」
アヴィ「……放っておいてくれ」
それぞれのワイングラスの水面が、空に瞬く星を映す。
肌寒い夜とは裏腹の温かい気持ちで、小走りでやってくる彼女を迎えた…―。