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「む、カーテンがあるな」
舞は部屋に入るなり、上品なサモンピンクに統一された薄手のカーテンに目を留めた。
原はあきれ顔で舞に尋ねた。
「あなたの部屋にはカーテンがないの?」
「ふむ。不必要なものは一切省略するようにしている」舞は済ました顔で言った。部屋中に飾られた趣味の動物グッズのことはすっぽり抜け落ちている。
「チーク材の机と椅子。ガラス板の安物のテーブル。端末は三年前のものを、ふむ、そなたが基盤ごと自ら改造を施しておるな。あとは照明だが……」
「あのねえ、誰に解説してるの? あなた、カーテンもないなんて竪穴式住居にでも住んでいるのかしら」
原が皮肉を言うと、舞はさらに部屋をしげしげと眺め渡した。
「そこの置き時計は単二電池で駆動する。どうだ、図星であろう?」
舞は何故か勝ち誇ったように言った。馬鹿らし、と原はかぶりを振ると、例の「設問集」を取り出して、あるページを示してみせた。
「小手調べにこれを。あ、ちなみにわたしの回答はこれね」
舞が止めるまもなく、原は自ら最高と信じる回答をガラステーブルの上にすべらせた。しかし舞は一瞥すると、にやりと挑戦的に笑った。
「敵ながらあっぱれ、と誉めてやろう。しかしな、エレガントと奇を衒うこととは違うのだ」
舞はノートを広げると、すごい勢いで証明問題を解きはじめた。
「むむ……こ、この異臭はなんだ?」舞は集中をさまたげられ、顔をしかめた。
「あ、気にしないで。ぬかどこの手入れしているだけだから」原の声がキッチンから聞こえた。
「ぬかどこ……なんだそれは?」と舞。
「ぬかどこを知らないなんて、哀れな日本人ね。自分で調べてみなさいね」
「くっ、調べてやるとも! ぬかどこの正体を突き止めて、異臭を断ってやる!」
などとやりとりをしているうちに、「ふっ」と舞の口許に会心の笑みが浮かんだ。妨害工作と思えた異臭は、原の消臭スプレーで消えていた。
「これが本当のエレガントというものだ」
舞はノートに記された数式の列を示してみせた。原の目が数式を追ううちに真剣なものに変わってきた。「やるわね……」原はぽつりとつぶやいた。
「けどね、エレガントとは優雅という意味。優雅なものには心の余裕、つまり遊びが必要なの。あなたの回答は無駄がなさ過ぎて、非人間的ね。やっぱりわかってないわねえ」
原は余裕たっぷりに、ほほと笑ってみせた。舞は不機嫌な顔で、原の回答を鉛筆でつついた。
「こ、これのどこが優雅というのだ? そなたの数式の列は、無駄な脂肪のついた肥満体型の女を連想させるぞ」
こう言われて原も不機嫌な表情になった。設問集を手に取ると、パラパラとページをめくる。
「これであなたにとどめを刺してあげる」
そう言って原が示したページを見て、舞の表情が変わった。
「こ、これは『シジフォスの神話』」
「専門家の間ではそう呼ばれているわね。これを唯一解いた日本の数学者は、留学先のベルリンで回答とともに空襲で瓦礫の下に消えたの。どう、みなぎってきた?」
原が挑発的に言うと、舞は「むむむ」と頬を紅潮させて設問に目を凝らした。
「そなたはこれを解いたのか?」
「さあね」と言いながら、原も目を皿のようにして設問とにらめっこをしている。
一時間ほどして、どちらからともなくため息が出た。原はデスクの椅子にもたれ、舞はガラステーブルの前であぐらをかいている。すでに午前二時をまわっていた。
「……どうやら芝村さん、お疲れのようだからティータイムにしてあげる」
「疲れているのはそなたも同じであろう。真っ白なノートの前で過ごす時間はどうだ?」
「ああら、芝村さんこそ……」
原が言いかけた時、ヒュウと風音がして、カーテンがはためいた。窓は閉めきっているはずなのに、と原は立ち上がろうとして、疲労のあまり椅子の上に尻餅をついた。
「わたしが閉めてやろう」
舞がさっとカーテンを開けると、見知らぬ少女がこちらをのぞきこんでいた。
「わあああ――っ!」
「きゃあっ!」
舞と原が悲鳴を上げると長岡友子はにこりと微笑んで消えた。
舞と原はどちらからともなく身を寄せ合って、震えながらひと晩を過ごした。夜が白々と明け初める頃、舞が口を開いた。
「あ、あれはきっと田辺だ。……田辺がなんの用があったのだろう?」
「ばっかじゃない? 田辺さんじゃなかったわよ。芝村さん、あなたのせいだからね。あなたが長岡友子を引き寄せたんだからね!」原が子供に戻ったように口をとがらせた。
「む。あのものはそなたに笑いかけたのだぞ」舞も負けずに言い返す。
「いーえ、絶対、芝村さん! あなた、幽霊に好かれそうな顔しているもの」
「そなただ!」
「芝村さんよ!」
「そなただったらそなただ!」
ふたりは延々と不毛な「なすりつけ」をし合いながら尚敬校に向かった。
「そうだ、ウチには悪霊祓いがいるじゃない」
その日の戦闘は散々だった。舞は日頃の実力を発揮できず、ミサイル発射のタイミングが遅れ、狙いをよくはずした。被弾し小破した三番機を見ても、しかし原は何も言わずに、人を遠ざけ、舞を主任席に誘った。
「悪霊祓い? 石津のことを言っているのか?」
自然と声が小さくなる。原も負けずにささやき返す。
「今夜は石津さんにもウチに泊まってもらうわ。こんな時のためにあの子はいるの」
「こんな時……」
舞は不機嫌につぶやいた。幻獣相手の戦車小隊に、「こんな時」などあってたまるか。しかし、現実は……思い出したくもなかった。
「あー、田辺よ、昨夜は何をしていた?」舞は二番機の整備をしている田辺に声をかけた。
「えと……仕事を終えてから、裏マーケットでイワシハンバーグを買って家でご飯を食べて……それから」田辺は几帳面に指折り数えて言った。
「わかった。妙なことを聞いてすまん」そう言いながら舞はこめかみに手をあてた。
わたしは本当に幽霊に取り憑かれたのだろうか? このまま放置しては、呪われたまま死ぬというが。だったら、いっそ幽霊を相手に戦うしかあるまい。なれどなれど、やっぱりこわい。これだったらスキュラ十匹を相手に戦った方がましだ。
「石津さんを呼んできて」原が田辺に命じる声が聞こえてきた。
(C)Ryosuke Sakaki(C)2005 Sony Computer Entertainment Inc.
『ガンパレード・マーチ』は株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントの登録商標です。