2014年6月30日(月)
スクウェア・エニックスから発売中のPS3/Xbox 360用RPG『ライトニング リターンズ ファイナルファンタジーXIII』。その後日談を描く“ファイナルファンタジーXIII REMINISCENCE -tracer of memories- 追憶 -記憶の追跡者-”の第3話を掲載する。
著者は『ファイナルファンタジー』シリーズや『キングダム ハーツ』シリーズのシナリオに携わってきた渡辺大祐氏。今回の作品では、『FFXIII』シリーズ完結後の世界を舞台に、とある女性ジャーナリストを主人公にした記憶を巡る物語が描かれていく。
今回お届けするのは、ノラに関するエピソード。運命に導かれるように訪れたカフェレストランで、さらなる大きな物語が動き始める……。
・#1 ホープ・エストハイム
・#2 サッズ・カッツロイ
・#3 Get Back(ノラ)
・#4 セラ・ファロン
・#5 スノウ・ヴィリアース
・#6 ノエル・クライス&パドラ=ヌス・ユール
・#7 ヲルバ=ダイア・ヴァニラ&
ヲルバ=ユン・ファング
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サッズ・カッツロイのもとで出会った、正体不明の女性――彼女から渡された紙切れには、店の名前らしきものと、その所在地だけが記されていた。
聞いたこともない名前だった。検索すると一軒のカフェレストランが見つかったが、どこにでもある店としか思えない。ガイドブックの類にも載っていない。写真を見た限りでは、その店に特別なところがあるようには見えなかった。
だから自分の目で確かめに行くことにした。
私は飛行機に乗って、はるばる南の海辺へ飛んだ。怪しげなメモだけを頼りに、誰に会える見込みもないまま取材に出かけるなんて、我ながら行き当たりばったりだ。それでもどういうわけなのか、そこへ行かなければならないという気持ちを抑えられなかった。
現地の空港でタクシーを拾って店名を告げると、運転手が驚いた顔をした。その店はいわば地元の穴場だという。近場の客がほとんどで、私のような外来の旅行者が訪れるのは珍しいとか。
「味は確かなんですがね」
運転手自身も常連だそうだ。
海岸線の道をしばらく走り、渚に面したカフェに着いた。ノラハウスという店だ。
店は混みすぎず空きすぎずの賑わいで、客たちの談笑の雰囲気が心地よかった。運転手が言ったとおり、客は地元のリピーターが多いようだ。店員たちとも顔なじみらしく、あちこちのテーブルで親しげな会話の輪ができていた。
どの料理が美味しいのかわからなかったので“ノラ・スペシャル”とやらを注文してみる。
食べ終えて、戸惑った。
味はいい。この店が有名でないのが信じられなかった。一流店のコースディナー並と言うとお世辞になるが、波の音を聞きながら食べる料理としては、格別の味わいだった。
余計な飾り気のない、懐かしい味。
そう、懐かしい。
ただ……懐かしいだけではない。
――なんだ? この感覚はなんだろう?
もやもやと胸に湧く感覚を、自分でもうまく言葉にできない。
「ごめんね、お口に合いませんでした?」
ウェイターの若者が申し訳なさげに話しかけてきた。考え込んでいた私の表情が、まずそうに見えたらしい。
「そんなことないですよ! とても美味しかったです」
私があわてて打ち消すと、青い髪の若者はほっとしたようだった。
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「よかった……実はね、ちょっと不安でした。
お客さん、この土地の人じゃないでしょう? うちの味はローカルだから、よその人にはどうかなあと思って」
「いいえ、ごちそうさまでした。なんだか懐かしい味ですね。郷愁をそそるというか、故郷を思い出すような。
初めて食べるとは思えない味でした」
口に出してから、私は気づいた。
そうだ、初めてではない。
私は、この味を知っている。何度か食べたことがある。
この店のこの味を、私はおぼえている。
間違いなく、彼女が料理した味だ。
――彼女? なぜ女性だとわかる?
店の名前はなんといったか? 例のメモを見た時には、その名前に何も感じなかった。
けれどこの味に触れた今、名前は特別な意味を持って、私の記憶に甦ってきた。
ノラハウス――“ノラ”。
そういえば聞きおぼえがあるフレーズだ。これまでの取材で何件かの証言があった。ただ“パージ”や“ルシ”などの社会全体に影響したキーワードに比べたらずっとマイナーな言葉だったので、頭の片隅に追いやっていた。
私が忘れかけていた言葉。失くしかけていた私の記憶。
「お客さん、大丈夫?」
再び黙り込んでしまった私を、青い髪のウェイターが心配そうに見つめている。
私は彼をおぼえている。あの時彼は戦場の混乱のさなか、死の恐怖を無理やりに押さえつけて銃を構えていた。周囲の人々を励まし、自分自身を奮い立たせるために声を張り上げていた。
「ノラは軍隊より強い!」
――この記憶はなんだ。
窓の外の渚から潮騒が響く。頭の奥が痺れる。波のようにひとつひとつ記憶が打ち寄せる。目の前が暗くなる。
暗闇の向こうで野太い声が言った。声だけで大柄な男だとわかった。
「お客さんが倒れるなんて、いったい何食わせやがったんだ。腐った材料でも使ったんじゃねえだろうな」
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気の強そうな声が言い返す。こちらは女性だ。
「そんな材料使うぐらいならあんたに食わせるよ! ねえユージュ、お客さんの様子おぼえてる? 具合が悪そうだった?」
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「そうは見えなかったな。料理も残さず食べていたし」
これはウェイターの声だ。そうだ、彼の名はユージュだった。
「あたしの料理のせいだとは思いたくないけど……ガドー、彼女を病院に連れて行こう。一緒に来て」
「わかった、お客さんだけ先に俺が連れていく。レブロは店を閉めてから来な」
体が浮くのがわかった。ガドーと呼ばれた男が、私を軽々と抱き上げたのだ。
私は目を覚ます。
目の前には海が広がっていた。店内で気を失って倒れた私は、渚を眺めるテラスのデッキチェアに寝かされていたようだ。
「気分はどうだい?」
抱き上げかけた私の体をそっとデッキチェアに戻して、大柄な男は意外なほど優しい声で尋ねた。
「はい……だいぶよくなりました。もう大丈夫だと思います」
3人とも安心したようだった。
筋肉質の巨漢はガドー。
青い髪のウェイターがユージュ。
そして黒髪の女性はレブロ。私がおぼえていたのは、彼女の味だった。
ふと気になって尋ねてみる。
「あの、今日はマーキーさんはいないんですか?」
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「ああ、あいつはジャンク屋に機材あさりに――」
ガドーは言い終える前に気づいた。レブロとユージュも顔色を変えた。
「あんた、なんでマーキーを知ってんだ!?」
私は思い出したのだ。
前世なのか、別の宇宙なのかははっきりしないけれど、コクーンと呼ばれていたあの世界で、私は彼らと出会っていた。
支配者の命令によって罪のない人々が追放され、軍の攻撃で命を奪われていく悲劇――パージの渦中で、必死に戦った若者たちがいた。プロの兵士でもなかったのに、市民のために武器を手に取り、率先して軍に立ち向かったのは“ノラ”と名乗るグループだった。ノラのメンバーは軍の攻撃に抵抗し、生き残った人々を引っ張ってコクーン内の無人地帯へ逃亡した。
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この3人とマーキーは、グループの中心人物だ。厳しい環境での潜伏の日々のあいだ、ガドーは不屈の闘争心で、レブロは気風のよさと料理で、ユージュは細やかな気配りで、マーキーは卓越した工学の才能で、それぞれのやりかたで人々を支えた。
私も彼らに守られ、支えてもらった人間のひとりだった。
私はこれまでの取材の経緯を明かした。コクーンが存在した世界についての人々の記憶を追いかけてきたこと。ホープやサッズと出会ったこと。話しているうちにユージュが気づいた。
「あなたのこと、思い出したよ。パージの実態を暴こうとして潜入した、無謀なジャーナリストさんだよね」
「ええ、おかげで命を落とすところでしたが、皆さんに救われました。そのあとの逃亡生活でもお世話になったおかげで、パージの惨状を記録した映像を守れたんです」
「おおっ! 俺もおぼえてるぞ! あんた、パージの映像を流して、聖府とファルシの嘘をばらした人か! マーキーと組んで放送をハッキングしたんだよな!」
ガドーも思い当たったようだ。それにレブロも。
「たしかAFになってから、ネオ・ボーダムに顔を出してくれたこともあったよね。何度か料理を食べてもらった気がする。悪かったね、知らない仲でもなかったのに、すっかり忘れちゃってた」
それは私の台詞だった。
「私だって忘れていたんです。皆さんのことだけじゃなくて、自分自身のことまで。
“あの世界”で生きていた自分がどんな人間だったのか、今まで何も知りませんでした。
でも、この店のこの味で、思い出せたんです。私が何者だったかを……」
「あたしの料理で記憶が甦ったわけ? 光栄と言っていいのかな」
「いわゆるショック療法ってやつだな。よっぽどキッツイお味だったわけだ」
「ちょっとガドー、どういう意味だか説明してもらえる?」
「あー……それはだな、その……」
ガドーが大きな体でたじろいだところへ、ばたばたと誰か帰ってきた。
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「ただいまっ! みんな、なに盛り上がってんすか?」
「おかえりマーキー。でもタイミングは最悪。話の腰折んないでよ」
「いーや、絶妙なタイミングだ。助かったぜ」
「……意味わかんないっす」
黙って聞いていたユージュが、私に目配せしてみせて、訳知り顔で肩をすくめた。いつもこういう雰囲気らしい。
そうだ、あのころもこんな他愛ないやりとりがあった。軍に追われて辺境をさまよう過酷な逃亡生活のあいだ、奪われた平和な日常に思いを馳せるかのように、私たちはいつもくだらない話をして、みんなで笑った。
私たちは当然のように意気投合し、いろいろな思い出話をして、いくつか有益な情報も得られた。
別れ際にマーキーが言った。
「お名前おぼえてるっすよ。あのころは…… “エァーデ”さんでしたよね」
私はしっかりとうなずいた。それは今の私とは違う名だ。けれども確かに私の名前だ。
すべてを思い出せていた。かつての私は“エァーデ”という名でコクーンに生まれ育ち、パージ政策の騒乱から聖府が崩れていく瞬間に立ち会った。ファルシによる保護と支配を受ける時代の終わりを見届け、人類がみずからの力で文明の再興に挑むAF時代の始まりを見届けた。
そして今は生まれ変わって、この世界に生きている。
この店を教えてくれた、正体不明の彼女に感謝したかった。彼女の導きがなかったら、あの味に出会うこともなく、記憶は戻らなかっただろう。これからも導かれるままに進もうと私は決めた。たとえ微妙な情報でも、これはと直感するものがあったら、とことん追いかけてみることにした。
とはいえ今この店で手に入れた情報は微妙どころではない。“あの世界”をめぐる戦いの核心を知る人物の情報。レブロがこっそり教えてくれたのは、ライトニングの妹、セラ・ファロンの居場所だった。
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