2014年7月14日(月)
スクウェア・エニックスから発売中のPS3/Xbox 360用RPG『ライトニング リターンズ ファイナルファンタジーXIII』。その後日談を描く“ファイナルファンタジーXIII REMINISCENCE -tracer of memories- 追憶 -記憶の追跡者-”の第8話を掲載する。
著者は『ファイナルファンタジー』シリーズや『キングダム ハーツ』シリーズのシナリオに携わってきた渡辺大祐氏。今回の作品では、『FFXIII』シリーズ完結後の世界を舞台に、とある女性ジャーナリストを主人公にした記憶を巡る物語が描かれていく。
今回お届けするのは、ホープに関するエピソード。物語の発端となったホープとの再会により、物語は大きな転機を迎えることに……。
・#1 ホープ・エストハイム
・#2 サッズ・カッツロイ
・#3 Get Back(ノラ)
・#4 セラ・ファロン
・#5 スノウ・ヴィリアース
・#6 ノエル・クライス&パドラ=ヌス・ユール
・#7 ヲルバ=ダイア・ヴァニラ&
ヲルバ=ユン・ファング
・#8 ホープ・エストハイム
・#9 Breathless(カイアス・バラッド)
・#10 Passenger
かつて彼は言った。
「“あの世界”の真実を知ったら、また僕のところにいらしてください。その時は、僕の知る限りのことをお話しします」
それが旅の始まりだった。今はもう存在しない世界の記憶を追いかけて、彼の仲間たちを訪ねてまわった。その旅のさなかに私自身も、忘れかけていた記憶を取り戻していた。
再び彼のもとを訪れたとき、私は最初に告げた。
「あの世界での私は“エァーデ”という名でした。あなたと同じ時代に生まれ、パージに巻き込まれたこともありました」
ホープ・エストハイムは静かに微笑む。
二度目のインタビューを始める前に、私から長い話をした。
それはあの世界の物語だ。パージの惨劇から始まった、コクーンをめぐる戦い。セラとノエルが駆け抜けた、時空の歪みを直す旅――これまでの取材でわかった出来事を、私なりにまとめて語った。彼の以前の言葉どおりに、私が“あの世界の真実を知った”ことを証明するためだった。
長い話を聞き終えて、彼は感慨深げにうなずいた。
「素晴らしい取材です。僕が初めて聞く話もありました。本当に、みんなに会ってきたんですね」
認めてもらえたのかもしれない。けれど素直に喜ぶことはできなかった。
「みんなではないんです。もっとも大事な人物には、ついに会えませんでした」
「そうですか、ライトさんには……」
声にはかすかな落胆の響きがあった。ライトニングに会えなかった私の不甲斐なさに失望したのだろうか――あるいは、彼もライトニングの行方を知らず、私が彼女の居場所を突き止めることを期待していたのか。
答えを推測している暇(いとま)はなかった。
「いつかの約束を守りましょう。あなたは、あの世界の真実を知りました。僕の知るすべてを話します」
彼は分厚いファイルを取り出し、卓上に置いた。飾り気のないその表紙に、シンプルなタイトルだけが記されている。
“Chronicle of Chaotic Era”――混沌(カオス)の時代の年代記。
「これが僕の記憶です」
私たちは、混沌(カオス)の時代の幕開けから話を始めた。
「セラさんとノエルさんが、カイアス・バラッドを倒したあとに何が起きたか、あなたはもうご存知のはずですね」
「カイアスの策謀で世界に混沌(カオス)があふれ出し、セラさんは命を落とした。それが滅びの時代の始まりでした。“あの世界”は次第に混沌(カオス) の海に沈みはじめ、そしての人間の生と死の循環も壊れてしまった――皆さんから、そのように聞いています」
「ええ、人間は不老となり、歳をとって死ぬことがなくなりました。ですがそのかわりに、新しい生命が――子どもが生まれなくなった。そんな異様な現象が確認されたのは、混沌(カオス)の侵蝕が始まった直後のことでした」
「何年か経ってから判明したわけではないんですね」
「ええ、あの戦いが終わってすぐ、アカデミーの科学者チームを総動員して調べたんです。当時市民は人工コクーンの内部に避難していたのでひとまずは安全でしたが、長期的な対策を立てる必要がありました。だから世界に何が起こっているのか、とめどなく流れ込んでくる混沌(カオス)が、世界や人体にどんな影響を及ぼすかを急いで分析したんです。世界の現実を把握しておかないと、市民に事実を公表することもできません」
「市民の反応はどうでしたか? 歳をとらなくなったことを喜んだ人もいたかもしれませんが、老衰がなくなったとはいっても、病死や事故死はありえたと聞いています。それに子どもが生まれなければ人口は減少する一方です。長期的にみれば、人類は間違いなく――」
「絶滅します。少し考えれば誰でもわかることでした」
「では事実を知らされて絶望した人も、さぞ多かったのでは?」
「ええ、このことを公表すれば人々が自暴自棄になって犯罪が横行する、自殺者が増える、暴動が起こる……惨事になると予測できました。ですから、そうならないように手を打ったんです」
「……まさか、不老の事実を隠蔽したとでも?」
「違いますよ。もし隠したとしても、何年か経って誰も歳をとらなければ結局ばれてしまうでしょう? 市民には事実をつつみかくさず公表しました。ただし“希望”を添えておいたんです。それが人類再誕評議会(コンセィユ・ド・ルネサンス)でした」
「アカデミーを母体とした組織ですね。リーダーはあなたで、スノウさんやノエルさんも加わっていた。混沌(カオス)の脅威から市民を守る、政府のような機関だったそうですが――“希望”というのは、どういう意味ですか?」
「人類再誕評議会(コンセィユ・ド・ルネサンス)の最大の使命は、人類を絶望から守ることでした。不老の事実を公表するのと同時に、人類再誕評議会(コンセィユ・ド・ルネサンス)の立ち上げを宣言したんです。僕は人々に呼びかけました。このまま子どもが生まれなければ、人類はいずれ絶滅する。だから協力してこの難局を乗り切ろう。混沌(カオス) の侵蝕に立ち向かいながら、科学によって混沌(カオス)の謎に挑み、また子どもが生まれるようになる方法を見つけよう。新しい命が、再び誕生する日を実現する。
人類再誕評議会(コンセィユ・ド・ルネサンス)はそのために存在する――そんなところです。
幸い市民の反応は悪くないものでした。不老の事実を明かしても、社会への悪影響はほぼ皆無で済んだんです」
「ホープさんはお名前のとおり、人々に希望を与えたわけですね」
ちょっとした冗談のつもりで口にした言葉が、予想外の反応を引き出した。
ホープは口の端を歪めた。それはたしかに自嘲の笑みだ。
「別な言いかたをすれば、絶望から目を逸らさせたんです。実のところ混沌(カオス)や不老については初歩的な研究にとりかかったばかりで、解決の目処など立っていませんでした。希望なんて何も見えていなかったのに、希望があるように見せかけた。一時しのぎだったんです」
「混沌(カオス)の脅威にさらされた人々を絶望から守るには、やむを得なかったと思いますが……?」
「そうですね、そう考えるしかありませんでした。評議会を立ち上げてからの僕は、真実を追求する科学者ではなく、現実と妥協し、受け入れる政治家のように振る舞う機会が増えていきました。そんな時、何の前触れもなくファルシが現れたんです」
当時の人類が暮らしていた人工コクーンは、混沌(カオス)の侵蝕によって次第にダメージを受けていた。このままでは人工コクーンの機能は停止し、安全に住める地がなくなってしまうかもしれない――人々がそんな不安をおぼえはじめた頃、突如としてファルシ=パンデモニウムが出現したという。ファルシ=パンデモニウムは無人の荒野を開墾して街を築き、食糧や資源を生産してみせた。
「つまり巣と餌ですよ。人工コクーンにこもっていた人間を呼び寄せようとしていました。ファルシが住処と食べ物を恵んでやるから、人工コクーンから出ておいで――それは露骨な誘惑でした」
「誘惑だとわかっていても、人類は結局地上へ移住したわけですね。スノウさんから、そのように聞いています」
「そうです、僕の責任で決断しました。人工コクーンは混沌(カオス)の影響で傷み始めていたので、大勢の市民を収容し続けるのは無理でした。ファルシに取り込まれる危険を承知の上で、人々を外に連れ出す必要があったんです」
「安全な人工コクーンを出て、混沌(カオス)が渦巻く地上に降りろと言われても、市民の抵抗は強かったのでは?」
「ええ、議論と説得は数年がかりでしたね。最後には僕が宣言しました。人工コクーンにこもっていても人間に未来はない。混沌(カオス)に立ち向かい大地を開拓するしかない。ファルシだろうがなんだろうが、利用できるものはなんでも利用しよう。一部の人だけを地上に追い出すような真似はしない。すべての市民が平等に行こう、まず僕が第一陣として地上に降りる――そんなふうにね」
「みずからが先頭に立つ姿勢を示すことで、人々を納得させたわけですね」
「……自分でも滑稽だと思いました。口では立派なことを言いましたが、結局のところ市民を納得させるために、政治的なポーズをとってみせただけでした。そう、僕はまたしても偽りの希望を掲げたんです」
口もとに再び自嘲の笑みがかすめた。
「こうしてすべての人間は地上に降り、人工コクーンは無人になりました……表向きは」
「表向きというと?」
「ごく少数の科学者チームだけは、人工コクーンに残りました。人工コクーンのエネルギーと先端設備をフル活用して、混沌(カオス)に対抗する研究を続けてもらうためです。ただ、彼らの存在は極秘でした。下手に情報が漏れたら、ファルシが手を出してくる恐れがありました。ですから科学者たちは社会との接触を最低限におさえて、人工コクーンにこもって研究に打ち込んだんです」
「ホープさんご自身は研究に加わらなかったのですか?」
「人類再誕評議会(コンセィユ・ド・ルネサンス)をまとめる仕事がありましたからね。そのころの僕はもう完全に政治家でした」
人工コクーンでの研究をひそかに見守りながら、ホープは評議会のリーダーとして地上の人類社会を率いた。市民はファルシ=パンデモニウムが生産する物資に頼りはしたが、ファルシの恵みに甘えすぎることはなく、あくまで人間が中心となって社会を支えようと努めたという。そんな人々の努力が実り、大地に新たな街が生まれた。ルクセリオとユスナーンだ。
「ファルシの助けがあったにせよ、混沌(カオス)が渦巻く荒野に新しい都市を作り上げるなんて、人間とはたくましいものですね。ところで人工コクーンの科学者たちはどうだったのでしょう?」
「努力していましたが、難航でしたね。寿命のない時代ですから時間だけはありましたが、100年間研究しても、具体的な進展はほとんどありませんでした」
「100年かけても結果が出なかったら、虚しくなって研究をやめた人は多かったでしょうね……」
「それでも残った者たちが執念で研究を進めてくれました。そしてついに、ひとつの成果にたどりついたんです。
あなたは“AMPテクノロジー”という言葉をご存知ですか?」
「確か……コクーン時代に普及していた技術ですよね。Anti Material Principle――“反物質操作法則”に基づくもので、擬似的な魔力を生み出したりとか、重力を自在に操作できたりするんですよね」
「ええ、その技術を応用することによって、混沌(カオス)を制御できるとわかったんです。研究がうまくいけば、世界はもう混カオス沌に侵されることはない。世界の破滅を止められる可能性が見えてきました。混沌(カオス)の時代が始まってから300年以上も経って、やっと……やっと本物の“希望”が見えてきたんです」
当時のホープの胸中が想像できた。社会を導く立場にあった彼はそれまで心ならずも人々を偽っていた。人類の未来に希望など見えないのに、希望があるふりをしてきた。人々を絶望させないためには仕方ない措置ではあったが、方便とはいえ嘘をついてきた彼は、ずっと――300年ものあいだ、罪の意識を抱えていたのではないだろうか? だとすれば、混沌(カオス)を制御する技術によって世界の滅亡を防げる可能性――偽りではない本物の“希望”が見えた時には、本当に救われた思いだったろう。
だが私は知っていた。研究は完成しなかった。ホープが望んだ“希望”が幻のままに終わったことを、これまでの取材でもう知っていた。
「混沌(カオス)を抑える技術の目処が立っていたのに、完成しなかったのはなぜですか? いったい何が起きたんでしょう。研究が止まってしまったのは、ホープさんが“神隠し”に遭って消えたせいですか?」
「それはもっと後のことです。まず行方不明になったのは、人工コクーンにいた研究者たちでした。一人また一人と消されていったんです」
「消されたというのは……まさか何者かに殺されたと」
「いえ、文字通り消えたんです、死体どころか遺留品ひとつ残さず、ふっといなくなった。彼らが遺したものは言葉でした。
“薔薇色の髪の女が、私たちを連れていく”
そんなメッセージだけを残して、科学者たちは次々と失踪していった」
薔薇色の髪の女と聞いて最初に思い出したのは、セラ・ファロンだった。けれど彼女は当時亡くなっていたはずだ。ならばセラと同じ色の髪を持つ姉の――
「まさかライトニングさんが、科学者たちを誘拐したのでしょうか?」
「僕も最初はそう疑いました。ずっと昔にいなくなったライトさんが帰ってきて、彼らをさらっているのではないかと。でも本物のライトさんなら誘拐なんて真似はしないとも思いました。ともかく実態を把握しようと調査を始めたんですが……手遅れでした。あっという間に科学者全員が行方不明になったんです。人工コクーンは、誰ひとり住人のいない無人の箱舟になってしまいました」
こうして科学者チームが消失したため、混沌(カオス)を制御する研究は頓挫した。このころからホープの心身に異変が現れたという。
「期待していた研究が駄目になって、さすがに落ち込みました。それで心に隙間ができたんでしょうね、僕も幻影を視るようになった」
「薔薇色の髪の女性――それはライトニングさんだったのでしょうか」
「わかりません、いつも視界の端にちらりと現れるだけだったんです。正体を見破ろうとしても次の瞬間にはもういない。話しかけても声が届く前に消えてしまう。そして忘れたころにまた出現する。その繰り返しでした。きりがないので、僕は幻を無視しようとしました。視えても気にしないように、幻のことを頭から追い払おうとしたんです」
「気にしないように、と意識することで、よけい気になってしまったのでは?」
「ええ、おっしゃるとおり逆効果でしたね。気にすまいと思えば思うほど、気持ちを引きずられていったんです。やがて僕は幻のことばかり――そしてライトさんのことばかり考えるようになってしまった。そのせいか過去の出来事を夢に視ることが増えたんですが、すると例の幻が夢の中にまで現れて、まるで昔のライトさんのように語りかけてくることもあって……。
そんな状態が何年も続くうちに、僕はだんだん記憶と幻の区別がつかなくなっていったんです。ライトさんとの思い出を振り返ってみても、それが現実に体験した出来事なのか、それとも夢や幻覚なのか、だんだんわからなくなりました」
「ライトニングさんの記憶と、薔薇色の髪の幻が、ごっちゃになってしまったということですか?」
「それに夢と現実の境界も曖昧になっていきました。夢の中で聞いたライトさんの声が、目を覚ましたあとも耳を離れなかったり……つまり僕の心は、少しずつ壊れていったんです」
にわかには信じられなかった。これまでに話を聞いた誰もが、ホープ・エストハイムの知性と理性を高く評価していた。そんな彼が、現実と幻覚の境界を見失うほどに追いつめられていたとは。逆境にもめげず人類を率いたホープの精神力を挫いたのは、いったい何者だったのか――
答えはひとつだ。
「すべては輝ける神、ブーニベルゼの仕業だった……」
「それが神のやりかたでした。神といえども人の心を直接支配することはできません。でも幻を造りだすことはできた。幻を視てしまった人間がその意味を考え込み、思い悩むように仕向けるんです。やがてその人の頭は幻のことでいっぱいになり、まともな判断力をなくしてしまう。心は疲れ果て、神が造りだした幻にすがりつく」
「人間を精神的に追いつめて、理性を奪い、支配する――恐ろしい敵ですね」
「僕はブーニベルゼの術中に陥ってしまった。そう悟った時にはもう、抵抗できなくなっていました。目の前に現れた薔薇色の幻影はライトさんなどではなく、僕の精神を操ろうとする危険な存在だと気づいていても、心が支配されて逆らえなかったんです。僕は幻影に導かれるまま街を抜けだし、無人の人工コクーンへ誘い込まれた。そしてそのまま幽閉されて、人々の前から姿を消しました」
「それがあなたの“神隠し”の真相でしたか……。ブーニベルゼはなぜあなたを狙ったんでしょう? あなたの存在が目障りだったんでしょうか」
「僕を利用するつもりだったんです。神の計画どおりに“解放者”を導く代理人として、それに新しい“器”として」
「“解放者”がライトニングさんだというのは、その時にわかったのですか?」
「ええ、皮肉な話です。僕は偽物のライトさんに囚われることによって、本当のライトさんが帰ってくることを知りました。僕はもう囚われの身でしたが、せめて仲間たちには、ライトさんの帰還という“希望”を伝えたかったんです。そこで僕は人工コクーンのシステムを使って、スノウたちにメッセージを送りました。
“ライトニングは解放者となって帰ってくる。だが偽りのライトニングに気をつけろ”
本当はもっと詳しく伝えるつもりでしたが、すぐに通信が遮断されました。その直後――僕は意識を奪われた」
彼は神の手で造り変えられた。13年を13度繰り返し、169年の歳月を費やして、神の意のままに動く“駒”にされた。世界の終わりに目覚める者――“解放者”ライトニングを、神の計画どおりに導くために。そのあいだにも混沌(カオス)の侵蝕は勢いを増し、世界は急速に崩壊していった。
そして運命の日が訪れた。
「世界が終わる13日――その始まりに、あの人が目覚めた」
ライトニングの帰還だった。
それは13日間の神話。
絶望に縛られた魂を救い、
宿命に囚われた魂を導く、解放者の物語。
世界の終わりに放たれた閃光は、
輝ける神の威光すら越えて未来を照らした。
あの世界の終わりにこの世界が始まり、
すべての魂が生まれ変わった。
星が生まれる前の物語。
私が生まれる前の物語。
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