2017年9月2日(土)
【ディバインゲート零:前日譚】日常編・“ココロの特別な一日”~故郷の味
ガンホー・オンライン・エンターテイメントから配信中のiOS/Android用アプリ『ディバインゲート』。2017年夏開始予定として期待が高まる新章、『ディバインゲート零』のキャラクターストーリーを追っていく連載企画をお届けします。
今回お届けするのは、日常編・“ココロの特別な一日”。“もう一人の私”との会話を日常としていたココロが、数年ぶりに友だちを家に招き、フルーツタルトづくりに挑戦しています。
日常編・“ココロの特別な一日”
テキスト:team yoree
イラスト:noraico
私にはもう一人の私がいる。会話ができるわけじゃないけど、小さい頃から気持ちを伝え合うことで語りあってきた。でも、誰にも信じてもらえなくて、もう一人の私のことをどうしたらいいのかわからなくなったときもある。今はそんな過去を吹っ切ることができて、またもう一人の私と日々を楽しんでいるけれど。
これが私。ココロ。
もう一人の私が私の傍でわくわくしている。そうだね、楽しみだね。そんな返事をどこへともなくする。今日は友だちが家に来る日だ。こんなこと何年ぶりかな……。
お母さんも楽しみにしているみたい。もう何日も前からずっとそわそわしている。友だちが遊びに来るよ、と伝えた時からずっと。
「だって~、ココロがお友だちを連れてくるのよ? 楽しみに決まってるじゃない。それに、それはココロもでしょ?」
「うん……そうだね。私も楽しみ。こんなこと、もう何年もしてなかったから」
少し前まで、お母さんに心配をかけていたことがあった。その時のことを思うと、こんなに楽しみにしてくれるのは当然なのかも。
そんなことを思っていると、ちょうど呼び鈴が鳴った。
「「来た!」」“……!”
思わず、私、お母さん、そしてもう一人の私がすぐに反応した。
玄関を開けるとお客様が立っていた。
「こんにちは、ココロ。今日はお招きありがとう……」
「いらっしゃい、リアン!」
そう。家に呼んだ友だちというのはリアン。
「わああ…! あなたがリアンちゃん? よく来てくれたわ。さあどうぞ。あがってあがって!」
「お邪魔します……」
お母さんてばいつもより早口ね。リアンの姿を見てテンションが上がり切ってしまったみたい。
私たちはリアンを迎え入れると、リビングへと案内した。
「リアンちゃん、ココロから聞いてるわ。本当にお人形さんみたいにきれいなのね~!」
「あ、ありがとうございます……」
リアンはお母さんにそう言うと、こっちを見た。
「ココロったら、お母様にどんな話をしていたの……?」
「あはは。ごめんね。でも本当のことしか話してないよ?」
「うんうん。楽器が上手なことや、きれいな瞳を持っていること。ココロのことをよくわかってくれてて、とっても優しいってこと。そうそう、外国の映画女優さんになれそうっていうのも聞いたわね」
「最後のはどういうこと……?」
またリアンが私に向いた。
「あっ、あはは。私の妄想。というか、願望? リアンならなれそうだな~っていう」
「もう、ココロったら……。いつも思うのだけど、ほめ過ぎよ」
恥ずかしそうにして、リアンは困ってしまったようだった。もう、お母さんが言っちゃうから……。
「ねえ、リアン。今日は一緒にお菓子を作ろうと思ってるんだけど、どう?」
「えっ」
「お菓子作り。私、最近、練習してるの」
「素敵……。私もやりたいわ」
リアンは笑顔になって答えてくれた。
「でも、私、お菓子作りなんてしたことがないのだけど、できるかしら……」
「大丈夫だよ。レシピ通りにやればいいだけだから」
「そう……。ココロについていくわ。教えてね、ココロ」
「もちろん! 任せて」
私たちはエプロンをつけてキッチンへと来た。リアンのエプロンはお母さんが今日のために手作りしてくれたエプロンだ。私がお願いする前に既に作り始めていたのには驚いちゃった。
作るお菓子はもう考えてある。材料もお母さんが買ってきてくれて、道具も一式揃えてくれていた。
「楽しみだわ……」
「うん。私も!」
2人で手を洗っていると、背後から視線を感じた。振り返ると、お母さんが覗いている。
「もう。お母さんったら、そんなところで何してるの?」
「お母さんも混ざりたいなあって思って……」
「それじゃあ意味がないでしょ? お母さんに手伝ってもらったら、私たち、することなくなっちゃう」
「じゃあ私のことは気にしないで。空気だと思って」
え……? どうやって……?
「リアン、お母さんがごめんね。ずっとこっち見てくるみたいだけど……気にしないで」
「構わないわ。それに、私、ココロのお母様好きよ。なんというか、娘思いでとてもいい人だわ」
「うーん……。うん、まあ、そうなのかな……」
ちょっと照れてしまって素直に言えなかった。でもわかってる。小さい頃からお母さんには心配ばかりかけていたから。だから、今日のこの出来事がとても嬉しいんだってことも。
「さてと。準備もできたし、さっそく作ろっか」
「ええ。頑張るわ、ティーチャー」
「ティーチャー!?」
「だって、教えてくれるのでしょ?」
「だからって……なんだか恥ずかしいよ……」
「ふふ。よろしくね、ティーチャー」
今日作ろうと思っているのはフルーツタルト。おばあちゃんが作ってくれたあんずのシロップ漬けをのせようと思ってる。
「いいわね。私、タルトって好きよ。時々、お家でいただくのだけど、どのお店のタルトもとても美味しくて」
「そうなんだ……! でも、今日作るタルトはごくごく普通のタルトだから、お店の味にはできないかも……」
「ふふ、ココロったら。自分たちで作ったものなら、どんなものでも美味しいはずよ。きっとかけがえのない味になるわ」
もう一人の私もリアンへの同意の気持ちを伝えてきた。
「そっか……。そうだね。そう言ってくれて安心した。頑張ってとびっきり美味しいのを作ろうね」
「ええ。頑張りましょう」
「それで、まずは卵を割らなきゃいけないんだけど……リアン、卵って割ったことある?」
「そうね……。小さい頃になら。あんまり覚えていないのだけど。料理はおばあさまや母さまがしていて……。今はお屋敷の方がしてくれるから、私が料理をするなんてほとんどなくて……」
「じゃあ、私がお手本を見せてあげるね」
「はい、お願いします。ティーチャー」
よーし。割るぞ。と、私は卵をひとつ手に取った。リアンがじっと見てくる。もうそれはとても真剣に。
「リ、リアン。ちょっと真剣に見つめ過ぎかな……緊張しちゃう」
「だって、教えてもらわなきゃいけないから」
「う、うん。そうなんだけどね……」
リアンは視線を改めてくれる気はないみたい。仕方ない。なんだか指が震えるけど、割ろう。
私はボウルの縁に卵を当ててひびを入れ、両手でつかんで割ろうとした。
しかし……
びしゃっ! と音を立てて、生卵がリアンの方へと飛んでしまった。
「わあっ!?」
思わず私は素っ頓狂な声をあげた。生卵はうまい具合にエプロンを避けて、リアンの右肩周りにべっとりとついてしまっている。
あわあわとリアンの方を見ると、キッチンの外から覗いているお母さんも顔面蒼白でこっちを見ていた。「何してるのよココロ~!」と今にも聞こえてきそうな顔をしている。
「ご、ごごご、ごめんねリアン!」
「大丈夫よ。ちょっとびっくりしたけれど」
リアンは平然と答えてくれた。けど、どう見ても大丈夫じゃない。生卵でリアンの服がべとべとだ……。
とにかく服を洗わないと!
というわけで、私たちは先にリアンの着替えを済ませてきた。今、リアンは私の服を着ている。
「ごめんね、窮屈じゃない? 特に胸元……」
「いいえ、大丈夫よ。ココロの服、かわいいわね。ミカとはまた違うセンスで」
「うう、ありがとう……」
「ココロ、私は気にしていないから。それよりタルト作りを再開しましょう。私、どれだけ服が汚れても、タルトが完成しないのは絶対にイヤだわ」
「そっか。そうだよね、頑張ります!」
私はもう一度、卵を割るところから再開した。
でも……
「あああっ」「うそっ」「また!?」
何度も何度も、私は卵を割るのに失敗を繰り返してしまった……。ボウルの周りがどんどん汚れていく……。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。まさか、こんな最初の最初で躓くなんて……」
いつもはちゃんとできるのに、さっき失敗してしまった動揺が残っているのか、焦れば焦るほど卵はどんどん無駄になってしまった……。
「顔をあげて、ココロ」
「うう……」
「落ち込まないの。まだ一個残ってるじゃない」
「えっ! もう残り一つしかないの!?」
ひどい。私、そんなに失敗したんだ。信じられない。
「ねえココロ、ここは私に任せてくれないかしら?」
「えっ」
「これで失敗しても私が悪いのだから、ココロは何も気にしなくてよくなるし」
「リアン……」
「残りのひとつ、私に割らせて?」
このままあきらめてしまうのは悔しいけど、ちゃんと割れる気がしないのも事実……。どうしてこうなったのかな……。でも、リアンがやると言ってくれているのだから、ここは任せてしまった方がいいかも。
「じゃあ、お願いします。リアン」
リアンはひとつ頷くと卵を手に取って、ボウルの縁にとんとんと叩きつけ、くしゃっときれいな音を立てて割った。ボウルの中にぽとりと生卵が落ちる。
「できたわ」
「すごい!」
「やったわね、リアンちゃん!」
後ろからお母さんの声も聞こえてきた。
「これで先に進められる?」
「うん! ありがとう、ありがとうリアン!」
もう一人の私も、いつも以上に嬉しいという気持ちを伝えて来ていた。
みんながみんな、喜んでいた。
結局、卵を割ったあとは、私たちはスムーズにタルトを完成させることができた。今、私たちの前には、素朴だけど、達成感でいっぱいのフルーツタルトがある。
「できた……!」
「おめでとう、ココロ」
「やったわね、ココロ! リアンちゃん!」
いつの間にかお母さんもキッチンのテーブルを一緒に囲んでいた。卵を割っていたときはショックだったけど、今はタルトが出来上がったことがとても嬉しい。何より、リアンと一緒に完成させたことが嬉しい。
「さあ、食べましょう!」
「その前に。これもいいかしら?」
「ん? どうしたの、リアン」
「ココロと一緒に食べようと思って持って来たものがあるの」
そう言ってリアンは鞄の中から小瓶を取り出した。
「それは?」
「青胡桃の砂糖漬けよ」
「青胡桃の砂糖漬け?」
「私の生まれ故郷でよく食べていたお菓子なの。この前、青胡桃が売っているのを見かけたから、これだけは自分で作ってみてね……」
「すごい! リアンが作ったんだ!」
リアンは近くにあった小皿を手元に置き、小瓶の中からいくつか取り分けた。
それは初めて見る食べ物だった。どんな味がするのかは全くわからない。
「さあ、どうぞ。お母様も」
「えっ。いいの? リアンちゃん」
「もちろんよ」
私たちは一つずつ頬張った。それはほろ苦くて、香ばしくて、とっても優しい味のするお菓子だった。
「これが、リアンの故郷の味……。思い出のお菓子……」
「ええ……」
リアンがどことなく遠いところを見つめたような気がして、私は気が付いた。リアンの故郷は魔影蝕に襲われて、家族がみんな消失してしまったんだった……。
「ごめんなさい。辛いことを思い出させたよね……」
「ううん。平気よ。私、故郷のことは忘れたことなんてないから……」
「……」
胸が苦しい。もう一人の私と一緒にリアンの気持ちを思い量る。悲しい気持ちはきっといつまでもなくならないんだと思う。でも、リアンにとっては大切な故郷だから。ずっと覚えておきたいんだろうな……。
「ねえ、リアン。今度、この青胡桃の砂糖漬けの作り方を教えて?」
「えっ」
「この砂糖漬けもタルトと合いそうだし。他のお菓子にも合いそう。いっぱいいろんなの作ろうよ」
「そうね……。うん。作りましょう」
「楽しみ!」
「私もよ、ココロ」
リアンが笑い返してくれた。それだけで胸が温かくなる。
私たちは青胡桃の砂糖漬けをつまみながら、フルーツタルトを楽しんだ。次に何を作ろうかと話しながら。
カズシ編・第一章
日常編
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