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『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』感想。13年ぶりの新作は総決算ではなく新たなる始まり!? すべてのファンに見届けてほしい問題作(微ネタバレあり)

文:電撃オンライン

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※こちらの記事は、一部伏字にはしてあるものの、前後の文章からある程度『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』の内容の一部を推察できる内容になっています。そのため、映画本編をご覧いただいてから読むことをオススメします。

 ファン待望の最新作である『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉(以下、ワルプルギスの廻天)』が、8月28日よりついに劇場公開されました。今回は、すでに複数回の鑑賞を果たしている歴代シリーズファンが、この作品を通じて抱いた想いや感想を語る記事をお届けします。

はじめに

 本記事は『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』を初めて見る楽しみを奪ってしまうレベルの“ネタバレ”には配慮しております。

 一方で、感想を語るにあたり一部内容に触れなくてはならない側面もあり、そのような際は伏字(いわゆる「●●●」のような表現)で記載させていただきますのでご了承ください。

 それでも察してしまう部分が出てくる可能性はあるので、“映画の情報をまったく入れたくない”方はこの記事を読む前に映画をご覧いただければと思います。

 また、
公式からのお願いに則り、この“はじめに”以降をご覧いただく際は、任意でお願いいたします。また、9月12日0時より前にはXでの投稿も行わない方針です。

 くわえて、記事を構成するうえでTVアニメ版や『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [前編] 始まりの物語 / [後編] 永遠の物語』、そして『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語(以下、叛逆の物語)』の内容にかんするネタバレも記載されております。これらは過去作ということもあり、伏字にはしておりませんのであわせてご注意ください。

 総じて、どちらかといえばすでに『ワルプルギスの廻天』をご覧になった方に向けた内容になっています。映画を鑑賞後、その胸に抱いたであろう想いと照らし合わせてもらえれば……そんな気持ちで記事を執筆しました。一度でもご覧になった人であれば、きっと「●●●」の伏字のうえからでも、僕が書きたい意図を理解していただけると信じて……。

 それでは、前置きはこのくらいでさっそく感想へと参りましょう。ちなみに、書き出しで誤解されないように先にお伝えしておきますが、ネガティブな感想ではありません。

※キービジュアルから先は感想記事となります。『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』

第一声は「なんなんだこれは!?」。超ぼう大な情報量に圧倒された初回鑑賞【劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉】

 はい、見出しのとおりです。『ワルプルギスの廻天』、僕はすべてのネタバレを回避する意図もあって28日0時から一部の劇場で開催された“最速上映”を鑑賞しました。場所は東京・池袋にあるグランドシネマサンシャイン池袋。僕と同世代くらいの、生粋のまどマギファンが集結していた印象でした。

 見出しに書いた「なんなんだこれは!?」というのは、なんというか言葉どおりの意味。情報量があまりにも多く……むしろ多すぎたことにより、自分のなかで咀しゃくがまったく間に合わないまま映像がいつの間にか終了していまして。キュゥべえの言葉を借りるなら「わけがわからないよ」って感覚でした。軽く眩暈がしましたね。

 それもあって、自分のファーストインプレッションは、ぶっちゃけ“最悪”に近かったです。一緒に最速上映を鑑賞した友人と始発電車の時間まで飲み屋でだべりながら、本記事の執筆を打診してくれた電撃オンラインの担当編集に「ごめんなさい、俺には感想を書けないかも……」と泣き言メールを送るくらいには打ちのめされていました。

 こう書くと「ネガティブ寄りな意見の感想記事か?」と思われるかもしれませんが……どちらかというと自分のなかでは逆です。先に書いておきますと、衝撃の初回鑑賞から数を重ねた今となっては、僕のなかでこの『ワルプルギスの廻天』に対する評価は好転しているんですよね。

 正直、最初に自分が“最悪だ”と感じた部分については、もちろん今をもって納得できていません……ぐぎぎ。その一方で、物語の細部のディテールについてだいぶ理解が進みました。「ああ、これはこういう意図だったのか」と納得できた事柄も多く、結果として“あと何度かは観たい”と思えるくらい好きになっています。まあ、今のところは。

▲舞台挨拶のライブビューイングを含めすでに複数回鑑賞してますが、記事の掲載後もまだ数は増えていくと思います。

 この心変わりの理由はなんなのか? それを語るために、まず“なぜ自分が初回の鑑賞で最悪だと感じたのか”を言語化させてください。

 初回鑑賞時、何より納得がいかなかったのは“物語の構成”ですね。作中で描いている事柄の時間配分に違和感を覚えたんです。

 今回の劇場版は、サブタイトルにもあるとおり、TVアニメ版で最強の魔女としてまどかやほむらの前に立ちはだかった“ワルプルギスの夜”という存在に大きくスポットが当たっています。そこまではいいのですが、それが●●●●●とはちょっと想像していなかったので、かなり違和感があったんですよ。求めていたものと違うんだ……。

 TVアニメシリーズから足掛け15年。自分のなかでは屈指の“神映画”として今なお君臨している前作『叛逆の物語』から数えても、はや13年。

 その間、自分がずっと見たかったものは、ワルプルギスの夜の●●●●●●●●●●●●●●●●●●ではありません。

 すべての魔法少女を“自らの存在を懸けてでも”救済しようとするまどかの“ヒロイズム”と“自己犠牲”。そしてそんな鹿目まどかを“自らの存在を懸けてでも”救済しようとする暁美ほむらの“エゴイズム”と“自己犠牲”。そのせめぎ合いなんです。一見すると同じ自己犠牲精神でありながら、方向性はまったく異なる2人の少女の想い──その決着をしっかりねっとり描かれることを望んでいました。

 2人がそれぞれのイズムを追求するなかで、最終的に理解し合い手を取り合うのか。それとも袂を分かつことになり、絶望の終末を迎えるのか? 正直なところ着地点はどちらでもよくて(僕が望んでいたのは後者な気もしますが……)、とにかく“まどかとほむら、それぞれの想いの行きつく先にあるもの”をじっくり見届けたかっただけなんですよね。

 そりゃあもう13年の時間をかけて、自分のなかでずっとずっとその想いは熟成されてきてました。僕と同じような想いを抱いておられたファンの方も、きっと少なくなかったのではないでしょうか。

 想いばかりを一方的に拗らせていくなか、満を持して『ワルプルギスの廻天』が公開されたわけですが、率直に言って本作はその需要を満たす構成にはなっていなかったと思います。SNSなどで賛否両論が繰り広げられており、どちらかというと否定寄りの意見が散見されることも把握はしておりますが、それもまた仕方ない……そう納得している自分もいますね。

 誤解のないよう書いておくと、“まどかとほむらのせめぎ合い”についてもちゃんと取り上げられてはいました。ただ●●●●●●●●●●●●ため、かなり●●●●●●。●●●●●●●●●●●●●●●●●●で描かれても……。
▲基本的に本作は“ワルプルギスの夜”に寄り添った物語になっており、それ自体は面白かった。だけど違う、そうじゃない。
 新キャラの紫丁香、セルマ・テレーゼ、そして公式サイトにはまだ記載すらされていない“●●●●●●●●”こと●●……彼女たちの人となりや想いを描く事にもガッツリ注力されていました。言い方は悪いけど、ポッと出の新キャラクターでありながら、見滝原の魔法少女(さやか、杏子、マミ、なぎさ)たちと同様、あるいはそれ以上にスポットが当てられていたと思います。これまた思い切ったことをしたものだ……。

 そして、その構成こそ自分がなんとも納得できなかった部分。新キャラの人物描写に時間をかけ、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●ことで、初見の僕はそれらを追いかけて理解することに必死でした。情報量の多さに溺れ、脳みそがあっぷあっぷ状態のままずっと「???」と試行錯誤する羽目に……。

 結果として、最終盤で描かれた●●●●●●●●●●●●●に全然集中できなかったんですよね。僕の理解力の乏しさが原因といえなくはないのが悔しいけども……。あくまで個人的な見解ですが、この時間配分のバランスは今回の『ワルプルギスの廻天』のウィークポイントになっている気がします。

複数回の視聴と考察で上がっていく解像度。理解が進むことで見えてきた自分のなかでの折り合い

 そしてここからが僕が最もお伝えしたいところなんですけど。2回目以降の鑑賞では、映画全体の見え方がグッと変化しました。受ける印象が全然変わってきたんですよ。しかも驚きのレベルで。

 ただ、理由はすごくシンプルそう。つまるところ、情報を整理してある程度理解した状態で観たことで、自分がより気になっていた部分に焦点を絞りやすくなった……それだけのことのような気がします。

 僕の場合は2回目の鑑賞前にパンフレットのインタビューなどを熟読し、SNSにあがっていた感想(ふせったーなどに記載されていたネタバレありのもの)も積極的に摂取しました。色々な情報を仕入れたことで、疑問に思っていたものや理解が及んでいなかったことをかなり咀嚼・消化できた感覚があり……。

 結果、2回目以降の鑑賞では“色々なもの(おもに●●●●と●●●●●●●●関連の情報)が腑に落ちた状態”になれたので、その答え合わせをしながら物語を楽しむ余裕ができたんだと思ってます。

 俯瞰気味に物語を観てみると、これが本当に不思議なもので、初回では理解が追い付かないぶん感情移入がしづらかった新キャラたちにちゃんと目が行くようになりました。それに紐づくように、まどかやほむらをはじめとする見滝原の魔法少女たちへの愛着も増していった感覚があります。

 とくにさやか、彼女は本当にカッコよかった。さやカッコよかった! 

▲初回鑑賞時の入場者特典はさやかのカードでかなりうれしかったです。その後まどかも引けましたが、マミさん&なぎさのカードだけは入手ならず(笑)。
 杏子の「私はもう●●●●●じゃないんでね!」というセリフもすごくエモかったし、マミさんやなぎさの新しい側面が垣間見えたのも好印象です。

 それらの相乗効果もあり、最初は“最悪だ”とさえ思った映画が、今となっては普通に“面白い映画”くらいにはなっている。これは自分としても結構不思議な感覚です。

 じゃあ、この『ワルプルギスの廻天』を大手を振って、すべてのまどマギファンにオススメするかというと、それは少し悩ましくはあります。まどマギのファンは試行錯誤や考察が好きな方が多い印象こそあれ、何度も同じ映画を観る人ばかりではないでしょうから、複数回の鑑賞で楽しくなるよっていうのもね……。

 ……ただ、それでも僕は「見てほしい」と声を大にして言いたいなあって思います。「見届けてほしい」という意思があります。これは願望に近い。

 さんざん書いてきたとおり、ハッキリ言ってバランスは悪いと思うんですよ。●●●●●●●●●●●●●●●●●としても、せいぜい今の半分くらいのボリュームが限界だったのでは? むしろ今回も前後編にして、前編で●●●●●●●●関連のあれこれを決着させ、後編で●●●●●●●●●●●●●をじっくり描いてくれていたら、評価は全然変わってきたと思うのですが……うむむ……。

 結果的に本作は、よく言えばものすごく密度が濃く、悪くいえばそれによってバランスを欠いてしまった映画になっていると思います。これがたとえば映画の終了後、本作の後日譚でありシリーズの総決算でもある続編の構想が明かされる(そしてそれが13年も待たせることなく公開される段取りが整っている)展開でもあれば、大部分のファンが受け止められた気もするんですけどね……。

 現実はそんなことになっていないからこそ、●●●●●後のあの映像も全然納得できないし。

 ……ネタバレになるので詳細は自重しますが、僕はアイツのことが嫌いだというこの感情、今になっても変わらないんだなあってあらためて自覚しました(苦笑)。

 だいぶ長くなってしまいましたね。本当は物語の細部に言及し、自分の考察なども書き記したいところですが。それはまた別の機会をいただくことがあればにしようと思います。ほむらが●●●●●●●●●●●●●ことを諦め、一度●●●●●●●シーンについてなんかは、「失恋」という感情と絡めて見解を語りたかったりもするんですけどね……。

 とはいえ、少なくとも9月12日までは、こういう場であまりネタバレしすぎるのも無粋な気がしますので自重、自重。ということで、最後にいくつかのカテゴライズごとに感想をまとめておこうかと。

映像

 クオリティは素晴らしいと思いました。『叛逆の物語』ですでに完成の域にあったのですが、今回は演出というか見せ方がガラリと変わっていましたね。こと、各キャラの表情の豊かさでいえば今回の『ワルプルギスの廻天』のほうが『叛逆の物語』に勝っているかもしれません。全体的にだいぶ蒼樹うめ先生のタッチに寄せられているようにも思いました。

 ただ、横に長いシネスコサイズをかなり強く意識しているところは賛否あるかもしれません。大きなスクリーンで観た時、シネスコを意識した絵コンテはとても映える一方で、左右に目線を動かさなければ認識できない情報も少なくないぶん、ちょっと疲れるかもしれない。それだけ密度が濃いということでもあるので僕は嫌いではないですけどね。

▲蒼樹うめ先生による新しい魔法少女服のデザインも可愛い!

シナリオ、構成

 これはやっぱり思うところがあります。●●●●●●●●という存在についての深掘りは素晴らしいと思うし、新キャラの人物描写や新要素である“●●●●”の設定にも唸らされる部分はたくさんありました。考察が捗りそう……。

 反面、バランスはやっぱりイビツだと思う。新要素が多すぎ&密度が濃すぎるのはすごいんだけど、大方のファンが求めていたのは既存要素の掘り下げだったと思うので……。いっそ本作がサイドストーリーやスピンオフとして描かれたものであれば、大いに納得もできるんですけどね。

 ちょっと話は変わりますが、舞台挨拶で暁美ほむら役の斎藤千和さんが「カメラの位置が変わったことで本作がスピンオフのように捉えられる側面もあった」……というニュアンスの言葉を発しておられました。自分としては、その捉え方はだいぶ興味深いなって思います。

 ほかにも「今回のお話で●●●の●●を諦めない土壌が整った」といったニュアンスのコメントもあり、その言葉にすごく救われた自分がいます。暁美ほむらを演じられるのはやはり千和さんしかいませんね……。

 なお、舞台挨拶でのお言葉は詳細をメモしたわけではありませんので、細部が異なっていたら申し訳ありません。

音楽

 素晴らしい劇伴の数々。過去作のサウンドのアレンジもあったりして、シリーズファンとしてはもちろん、梶浦由記さんのファンとして大満足です。エンドクレジットで流れる、FictionJunctionの主題歌「彼方(作詞・作曲・編曲:梶浦由記)」も珠玉の名曲でした。クレジット中に表示される“●●の演出”も含めて好き。ちなみにこの●●、とある秘密が隠されていることが舞台挨拶で言及されていましたので、気になる方は劇場鑑賞の際に集中して観てみてほしいです。

■FictionJunction 「彼方」(『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 〈ワルプルギスの廻天〉』主題歌) Music Video

 一方で、●●●●●●●●●●●●●●●●●ことはやっぱり残念でした。仕方ない部分だとは思うけど。劇場版まどマギといえば、●●●の●●シーンに寄り添って奏でられる●●●●●●の曲が醍醐味というか、あの演出こそが物語の始まりを告げる鐘の音色だと思っているので、どうしても……。

バトルシーン

 本作でもいくつかのバトル描写はあり、「かっこいい!」とテンションが上がるシーンもたくさんありました。ただ『叛逆の物語』と比較してしまうと、軍配はあちらに上がりますね。僕は前作の“ほむらvsマミ"も“見滝原の魔法少女vsくるみ割りの魔女”も、どちらも超超超超大好きなもので……。

 思えば『叛逆の物語』の戦闘シーンは、バックでかかった音楽も最高でした。ほむマミで流れる“absolute configuration”も、くるみ割りで流れる“misterioso”もマジで最高。それに比べると今回はちょっと弱かった気もします、戦闘演出についてはね。あくまで個人の見解ですけど。

▲僕は本当に『叛逆の物語』が大好きでして。円盤もゲットしてるのですが、リバイバルされるたびにシアターで観てしまいます。
 総括としては……思うところも多々あれど、それでも。何年も前からこのシリーズが好きでたまらない『まどマギ』ファンには、ぜひ“劇場で見届けてほしい作品”だなって思っています。ここから何かにつながる可能性も否定できませんし、何よりご自身の目で確かめてみないことには始まらないと思うので。

 できれば複数回の鑑賞も視野に入れてほしいというのも繰り返し書いておきたいです。何度か見ることで理解度が深まり、初回とは全然違った楽しみ方ができるようになった僕のような人間もいますからね……。それだけはこの記事でしっかりお伝えしておきたいところです。

 ホントこの記事で吐き出しても、なお思うところはたくさんたくさんありますよ。いい加減クドいかもしれませんが、自分はやっぱり『まどマギ』が大好きだし、『叛逆の物語』は神映画だと思っているので、そう簡単には割り切れないみたいです(苦笑)。13年前に悪魔ほむらに植え付けられた衝動は今でも忘れられない。

 あの感動をもう一度味わえたなら……そんな期待も込めて、僕はこれからも『ワルプルギスの廻天』をリピート鑑賞すると思います。間違いなくイビツなんだけど……否定も肯定も併せ呑む魅力がこの『まどマギ』というコンテンツには備わっていると思うので、その輝きを信じたいです。

▲なんだかんだで『ワルプルギスの廻天』のTシャツも買っちゃいました。次から鑑賞時はこれを着ていきます。
 最後に、下記は公式サイトの概要文を引用したものなのですが。

 「新房昭之×虚淵玄(ニトロプラス)×蒼樹うめ×シャフトによる『叛逆の物語』の正統なる続編――そして、新たな始まり」

 公式があえて“新たな始まり”とまで謳っているのであれば、ちゃんと納得のいく結末を見せてほしいって気持ちはありますよね。続編……というか完結編、期待してもいいですか? 新作が公開されたばかりでこんなことを言うのもアレですが……ホントお願いします。

 ということでオチなどは何もありませんが、今回はこのへんで。こんな感情むきだしの記事に最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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