ファミコミ開店でっせ!!【O村の漫画野郎#28】

奥村勝彦
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 秋田書店の漫画編集者を経て、元『コミックビーム』編集総長もつとめた“O村”こと奥村勝彦さんが漫画界の歴史&激動の編集者人生を独自の視点で振り返る!

ファミコミ開店でっせ!!

 あー。ファミコミでの仕事が始まった!! 俺の担当作家に、既にファミ通で活躍していた吉田戦車さんや鈴木みそさんが加わって、一層充実した布陣になってヤル気満々だった俺。

 忙しく各漫画家の間を飛び回って、準備できた漫画家さんをガンガン起用していったりした。


 んで、この雑誌の特色としてゲーム絡みの企画が多かったことだ。そらまあ、ファミ通の増刊であるからして、当然と言えば当然なんだけどもな。

 今から振り返ってみると、ゲームと漫画が非常に気楽に和気あいあいとやってた最後の時期だったように思う。アミーゴ(桜玉吉)やら、吉田戦車さんやらはゲームのキャラクターを面白おかしくおちょくっていたし、鈴木みそさんは直接制作現場を取材して、シビアなルポを描きまくっていた(たまにシビアすぎて訴訟を起こされたりしてた)。

 そんなコトが出来る最後の時期だったんだね。だって、それまでゲームには全く関係のなかった俺ですら、『ストII』や『フロントミッション』のコミカライズをやったし、ゲーム記事まで書いちゃったりしたけど、修正を喰らったことなんざ、1回も無かった。直接現場の人らとワイワイ取材して、一応ネームも見せるんだけど、ほぼフリーパス。


 ゲームと漫画の関係は、その後数年で劇的に変わっちまった。各メーカーに版権をコントロールする部署が出来て。細かいチェックが入るようになったし、金銭的にも厳格な規定が設けられた。

 まあ、相次ぐゲームハードのスペックアップによって、ゲームの製作費はうなぎ上りに増えていったし、版権収入でカバーせざるを得ないの仕方のないことだったんだよな。もっとも、版権収入が思った以上に儲かることがわかった我々出版社も、版権部門を立ち上げてるので、偉そうなことは全くもって言えないワケですが。


 てな感じで、ビームの初期ぐらいまでは、ゲーム原作の漫画があったりしたんだけど、早い段階で全く存在しなくなった。その理由は、手間がかかる割にあまり儲からないから。


 んでまあ、我々は必然的に漫画に集中せざるを得なくなってきたワケです。まあ、望むところだったけどもな。それから1年で待望の月刊誌を創刊する日が近づいて来た………待て!! 次回!!

(次回は1月4日掲載予定です)

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イラスト/桜玉吉