ゲームシナリオライターよもやま話 その3。ラーニング編 実は恐ろしい下準備の話【電撃PS】

電撃PlayStation 、師走トオル
公開日時
最終更新

 『僕と彼女のゲーム戦争』などで知られる作家・師走トオル氏によるゲームコラム“名前のないゲームコラム”。今後定期的に“ゲームシナリオライターよもやま話”をテーマにお送りします。

ゲームシナリオライターよもやま話 バックナンバー

ゲームシナリオライターよもやま話:その3
ラーニング編 実は恐ろしい下準備の話

ラーニングとは?

 前回、ゲームシナリオライターのお仕事は大きく分けて次の四つだと解説しました。

【A】MTG
【B】ラーニング
【C】ライティング(シナリオ執筆)
【D】修正作業&納品

 この四つのうち、個人的に一番難しいと思っているのが今回解説する“ラーニング”です。「いやいや一番難しいのはやっぱりライティングだよ」という異論が出されたら、「それもそうかも」と思ってしまいそうではあるのですが、やっぱり印象深いのはラーニングです。

 ではラーニングとはなんでしょうか? 簡単に言うと、シナリオを執筆するにあたって必要な知識を学ぶ行程のことです(※)。

※ちなみに私は“事前勉強”などと呼んでいましたが、同業者に“ラーニング”と呼んでいる人がいまして、カッコイイと思ったので以後ラーニングと呼んでいます。

 ではもう少し具体的に触れていきましょう。

 ゲームシナリオライターの場合、「この資料と発注書に従ってゲームシナリオを書いて欲しい」という依頼を受け、シナリオを提出してOKが出れば完了という流れが多いです。つまりラーニングにおいてまず最初に行うのは、受け取った資料――企画書や仕様書から、そのゲームのコンセプトや方向性といったものを把握することです。

 別にゲームシナリオライターに限らず、クリエイターと呼ばれる職種でしたら大体発生する行程です。ですがこれがなかなか一筋縄ではいきません。

ラーニングの難しさ1 完成していない
“ゲームの完成形”をイメージすること

 たとえばゲーム開発の初期段階ですと、“ゲームの完成形”がディレクターやプロデューサーのような一部の人の“頭の中だけにある”状況なわけです。しかもそのイメージは、最初から最後まで一貫して同じモノとは限りません。開発の途中で変更が加わる場合もあります。

 そして他のスタッフは、たとえ“ゲームの完成形”がイメージできていなかったとしても、そのままゲーム開発を行わざるを得ないわけです。念のため申し上げておきますが、それが悪いと言うつもりはありません。一人のクリエイターが中心になって生まれた名作なんていくらでもあるわけですから。

 ただその際に、ディレクターやプロデューサーが思い描く“ゲームの完成形”をある程度理解していないと、たとえばシナリオを提出したところで「うーん、こういう感じじゃないんですよねー」とあえなくリテイクかボツになる可能性が生じるわけです。

 つまり与えられた資料から、できる限り正確に“ゲームの完成形”、あるいは方向性やコンセプトといったものを理解しなければならないわけです。これが簡単ではありません。

ラーニングの難しさ2 リリース済みゲームの場合

 また、昨今はいわゆるソシャゲーが流行し、何年もサービスが続いているゲームも珍しくありません。そのため、すでにリリースされたゲームのシナリオ依頼を受けることも増えました。

 その場合、実際にゲームをプレイすることである程度のコンセプトや空気感は分かります。ただ逆に、完全に理解するにはそれなりにゲームをやり込む必要があるわけで、かなりの時間がかかります。そういった意味では、開発の初期段階、あるいはリリース後であろうとラーニングの手間はそう変わりません(注:私個人の認識です)。

 なお余談ですがリリース済みのゲームであっても「新しい着眼点が欲しいのでプレイしないでシナリオ書いてください」というケースもあったりします。

ラーニングの難しさ3 ゲームの仕様学習

 把握しなければならないのはコンセプトや方向性だけではありません。数か月から一年以上かけて作られた、キャラクターや世界観などの設定も全部目を通さねばなりません。別に丸暗記じゃなくてもいいんですが、“どの資料にどの設定が書かれていたか”ぐらいは把握しておかないと、シナリオ執筆中に「あれ、このキャラの関係ってどうなってたっけ?」などと資料を引っかき回す手間が発生してしまうわけです。

 くわえて必要があれば、自分で追加の勉強をしなければなりません。例を挙げるなら、いわゆる“版権モノ”、つまり有名アニメ作品のゲーム化などでしょうか。その場合、当然そのアニメ作品についての勉強が必要となります。

 なお、だからというわけではありませんが、ゲームシナリオライターをやってる方々は何かしら自分の得意分野を持っているという印象があります。学園モノ、アイドル、ファンタジー等々、得意分野であれば当然ラーニングもしやすいわけです。

 稀に「あなたにこれまで縁がなかったのは知っているが、あえてこのジャンルに挑戦して欲しい」という依頼もあるそうですが、当然ながらよほど実績のあるごく一部の方に限られます。

ラーニングの難しさ4 スケジュールの兼ね合い

 ラーニングの行程で一番厄介なのは、費やせる時間に限りがあることです。「締切りはあと20日」というスケジュールの場合、ラーニングに三日四日と費やしてしまうと、その分シナリオ執筆の時間が削られてしまうんですね。一刻も早くシナリオ執筆に移りたい、でもラーニングが終わらない。このときの焦燥感たるや筆舌に尽くし難いものがあります。

 誤解のないように申し上げておきたいんですが、ラーニングの行程というのは楽しくもあるんです。ゲームの設定とか企画書とか読むのは楽しいですし、学校の授業は嫌いでしたが、自分が必要としている新しい分野について勉強するのもなかなか楽しいんです。

 ですが、それは充分な時間があったときです。スケジュールのためにも一刻も早くシナリオ執筆に取りかかりたい、だけど資料が読み終わらない。だからといってラーニングが不充分な状態でシナリオを書き、「資料ちゃんと読みましたか?」なんて言われたら二度と依頼が来なくなるかもしれません。

 個人的にラーニングが一番難しい行程だと考えているのは、この辺りの事情によるためです。

実録 ラーニングトラブル集
(守秘義務に違反しない範囲で)

 しかも、ラーニングは“必要な資料がそろっていた場合”に可能なことです。

 お分かり頂けるでしょうか。そう、必要な資料がない場合があるんです。とはいえその場合は追加をお願いすればいいだけですが。

A:あの、私が担当してるキャラの設定表がないんですけど。
B:あ、すいません、これから用意しますので明日まで待ってください。
A:分かりました。その分締切り伸ばしてくれたりします?
B:もちろんです。

「今回ちょっとスケジュールの変更は無理なんですよね」なんて言われることはありません。いいね?

 また、通常ラーニングに必要な資料は、担当するイベント・キャラクター数などにも依存するものの、

・世界観設定
・キャラ設定
・モンスター設定

 など、ある程度の数にまとまっているのが普通です。

 しかしたとえばある案件の場合。

「これ読んでください、必要なこと全部書いてますんで」と資料一式を圧縮ファイルで受け取ったはいいものの、解凍してみるとなんと数十個にものぼるファイルが! 

 しかもファイル名にもまったく統一性がなく、分類もされていません。“世界設定”とか“キャラ設定”とかフォルダごとに分類されているならともかく、「議事録」と書かれたファイルに重要な設定が書かれていることもある始末。分かるか……! 分かるかこんなもん……!

ラーニングの問題点 存在しない平均基準

 しかも辛いのは、こういった問題に遭遇したとして、そのまま受け入れるしかないことが多いんです。

 前述のような“数十個の散らばったファイル”でラーニングするのは、面倒ではあっても不可能ではありません。だって一応必要な情報はどこかに入っているわけですから。

 それに、他の同業者は? 私以外にもシナリオを書いている人はいるはずです、もし今苦情を言ったとして、それが自分だけだったら? あるいは自分の経験不足ということもあるかもしれません。自分に経験がないだけで、ゲームシナリオのラーニング用資料というのはこれぐらいが普通なのでは? 発注会社に苦情を入れたとして、「でも他の人はこの資料で書いてますよ?」なんて返されたら立場もへったくれもありません。

 もちろん、大体の案件では「なにか分からないことがあったら気軽に聞いてください」と言ってもらえます。しかし、だからといって資料をよく読めば分かることを質問するのは抵抗がありますし、先方に手間を取らせることにもなります。「手間のかかる、理解の遅いシナリオライターだ」と思われれば今後の発注に支障が出かねません。

個人的事例 ラーニングのトラウマ編

 ところで、「以前お伝えしたように」という文言をご存じでしょうか。当然ご存じだとは思います、いたって普通の日本語ですから。ですがこの日本語が、少なくとも私には若干トラウマ気味です。

 たとえばラーニングを行っていて「○○の△△という設定はどうなってますか?」とメールで質問したとしましょう。

 その返答を頂いた際に、メールに書かれてるんです。「以前MTGでお伝えしましたように」「以前お渡しした資料にありますように」という文言が。

 その瞬間、個人的には悶絶します。

 だって自分の見落としや無理解が問題だったわけですから。もう土下座して謝罪したくなります。「こんな大事なこと忘れててすいません! 資料の読み込みが甘くてすいません!」と。でも前述したようなスケジュールの問題などがあると、どうしても気ばかりが急いて結構見落とすんですよね……。

個人的経験を活かして
シナリオディレクターをやってみた

 ところで、前述したようなラーニングについての個人的経験が色々あるわけですから、よく思いました。もし将来的に自分がシナリオライターに発注する側に回ることがあったら、自分が嫌だと思ったことは全部やめてシナリオライターさんが仕事しやすい環境を作ってあげようと。たとえばメールでなんでも質問できる雰囲気を作り、ラーニングの負担をできるだけ減らせるようにしようと。

 ところが!

 最近実際に“ゲームシナリオディレクター”の仕事を頂くようになり、シナリオライターに発注する側に回ったわけです。すると不思議なもので、たとえば自分でやってるとマジで分からなくなるんです、どの資料渡せばいいのかな、と。

 特にシナリオディレクターの立場ですとプロジェクトの途中ではなく、ゲーム開発の初期から関わることが多いわけですが、そうすると大体の世界観とか設定は自然と自分の頭で把握できるようになるわけです。

 するとどうなるか。どの情報をシナリオライターさんに伝えるのかという取捨選択ができなくなるんです。

 これとこれはまあ必要として、このファイルはちょっと余計なことも書いてあるけど、必要なところを抜粋するよりは全部読んでもらうに越したことはないし、あとはこの資料は人によっては不要かもしれないけど、あった方がいい人もいるはずなので入れておこう――。

 気付けばそこには整理されていないファイルの山が。

 しまいには「あとはライターチームから質問とか要望があってから資料作ればいいか」などと思ってしまう有様です。

「人間を看守役と囚人役に分けて生活させると、看守役は自然と看守らしくなり、囚人役は囚人っぽくなった」という“スタンフォード監獄実験”の話を聞いたことのある方は多いと思います。

 実験そのものはかなり誘導的だったと今ではかなり懐疑的に見られているそうですが、「立場は人格を変える」とまでは言わずとも、考え方とか見方といったなんらかの要素は変えてしまうんじゃないか、という気はします。

 また、「以前お伝えしたように」という文言がトラウマ気味だと前述しました。自分がされて嫌なことは他人にはすまいと、シナリオディレクターの立場になったらこの文面は使うまいと思ってました。

 ところがいざシナリオディレクターの立場になると、「以前お伝えしたように」という文面を多用している自分がいるんです。立場が変わって分かります、別に相手を責めてるんじゃないんです。ただ立場上、自分に責任がないことを示さざるを得ないんです。

 つまり、私がシナリオライターの立場ですと、次のような会話が行われたわけですが、

ディレクター:なんでも気軽に質問してください。
私:○○の△△という設定はどうなってますか?
ディレクター:以前MTGでお伝えしたように~
私:(ごめんなさい、見落としててごめんなさい!)

 これが私がシナリオディレクターの立場になると、

私:なんでも気軽に質問してください。
ライター:○○の△△という設定はどうなってますか?
私:(そうそう、なんでも質問してくれた方が嬉しい。でもそれMTGのときに言わなかったっけ? あ、議事録にも書いてある。言い忘れの多いディレクターと思われたくないしなあ、じゃあこの文言を付け足そう!)
私:以前MTGでお伝えしたように~

 と、あれほど使うまいと思っていた一文を自然に使っています。
 つくづく、“自戒”という単語の意味を思い知らされます。

 というわけで、次回はようやくゲームシナリオライターの本懐、すなわちシナリオ執筆、カタカナで言うと“ライティング”の話に入りたいと思います。

師走トオル氏プロフィール

 ゲームをこよなく愛する作家。主な著作に『火の国、風の国物語』『僕と彼女のゲーム戦争』『無法の弁護人』『バイオハザード7 レジデントイービル ドキュメントファイル』等。最新作『ファイフステル・サーガ 再臨の魔王と聖女の傭兵団』は富士見ファンタジア文庫より発売中。