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2010年2月11日(木)

第16回電撃小説大賞金賞『ヴァンダル画廊街の奇跡』の美奈川先生インタビュー

文:電撃オンライン

 小説『ヴァンダル画廊街の奇跡』で、第16回電撃小説大賞・金賞を受賞した美奈川護先生にインタビューを行った。

『ヴァンダル画廊街の奇跡』

 『ヴァンダル画廊街の奇跡』の舞台は、統一された政府により、さまざまな芸術が規制を受け始めた世界。しかし、そんな世界各地の壁面に封印されたはずの名画が描き出される事件が起こる。『Der Kunst Ihre Freiheit!(芸術に、その自由を!)』……絵とともにそう書き残していく“アート・テロリスト”を、人々は敬意をこめて“破壊者(ヴァンダル)”と呼んだ。政府を敵に回すという危険を冒してまで彼らが絵を描く理由とは。そして真の目的とは──?

 本作の作者である美奈川先生に、執筆の経緯などさまざまなお話をうかがったので、ぜひご覧いただきたい。

――まずはじめに、本作を書いた経緯について教えていただけますか。

美奈川先生:イギリスに、アート・テロリストと呼ばれているバンクシーという芸術家がいるんです。街中にゲリラ的に絵を描いたりする方なんですが、私はもともと絵が好きで、バンクシーの絵も好きだったんです。それで“アート・テロリスト”という言葉がおもしろいなと思い、そこからこの話が生まれました。

――実際にそういうアート・テロリストと呼ばれる方がいらっしゃるんですね。

美奈川先生:今、アート・テロリストと呼ばれているのはその方だけだと思うんですが……。アートという平和な言葉と、テロリストという物騒な言葉の組み合わせのギャップもおもしろいなと思ったんです。

――なるほど。モデルがいらっしゃるとは思っていなかったので意外でした。

美奈川先生:バンクシーがやっていることと、作中でヴァンダルがやっていることは全然違うんですけどね(笑)。芸術大学を卒業していることもあり、何かそれを生かした作品を書けないかなとも思っていました。これまで、音楽や歌劇などを組み合わせた作品も書いていたのですが、今回は絵画を主題にした作品でようやく形になったといった具合ですね。

――作品を投稿されたのは今回が初めてではないんですよね。

美奈川先生:電撃小説大賞は今回で4回目ですね。

――電撃小説大賞以外の賞には応募されていたんですか。

美奈川先生:ライトノベルは“電撃”一本でした。大学3年の時から1年に1回書いていました。年中行事ですね。「今年やらなくてもいいんだ」と思うと楽になりました(笑)。過去3回も、2次や3次といいところまで行っていたので。4度目の正直でしたね。

――そうだったんですか。今作の執筆期間はどのくらいだったんですか。

美奈川先生:下調べの期間が半年ほどあって、実際に書いたのは3カ月ぐらいでした。やはり実際にある絵や街の資料が必要だったので、本を読みながら調べていました。

――資料集めは図書館などで?

美奈川先生:図書館で本を集めたり、欲しいものは買ったり……あとはGoogleのストリートビューが便利でしたね。私の大好きなウイーンを見られないのがネックなんですが(笑)。ちょっとストレスが溜まるとスイスの田舎町を徘徊したりとか。いい暇つぶしになりますね。

――確かにストリートビューは、そこにいるような感じで見られますもんね。

美奈川先生:たとえばこの広場にはベンチがあるとか、細かいところまで見られるのがいいですよね。美術館の資料などを見ても、そういうところまではわからないので……。

――舞台の舞台にも魅力がある作品だなと思ったので、今の話を聞いて納得しました。

美奈川先生:キャラクター小説というものが、ライトノベルの一種の在り方だと思っているのですが、私はこの小説を“背景小説”だとも考えていました。イラストも、背景を描くのがとてもきれいな方を選んでいただいて……。表紙にも、背景は必ず入れてと無理なお願いもしました。非常にきれいな表紙を描いていただいて、とてもうれしいですね。

――実際にイラストをご覧になっていかがでしたか?

美奈川先生:望月先生が、キャラクターのラフなどを本当にたくさん描いてくださったんです。頭の中に背景のイメージはあったのですが、キャラクターのイメージはなかったので、望月さんに「このキャラクターはどういう感じなんですか?」と聞かれて、わからなかったのでお任せしてしまいました。顔も10パターンぐらい出していただいたのですが、普通なのでしょうか。

――10パターンは多いと思いますね。

美奈川先生:半分は、望月先生のお力でできていると思います。主人公のエナも、すごく小汚いオーバーオールを着て走り回っているイメージだったのですが、非常にかわいい服を着せていただいて、「かわいくしてもらえてよかったね」と思いました。

――エナが、作品の中で飛び回ったりするエネルギッシュなイメージがあったので、イラストがとてもかわいいデザインで意外でした。

美奈川先生:アリだな、と思いました(笑)。

――私自身、あまり絵に詳しくなかったのですが、最後まで非常に楽しく読めました。絵を知らない方が読まれることも意識されましたか?

美奈川先生:絵の現物をどこかに入れられればよかったのですが……。そういうわけにもいかないので(笑)。今回の作品では、ゴッホやピカソなど、誰でも知っているような絵を主題に使わせていただいています。それだけでなく、私が絵を見て感動したことなどを、文章にして伝えようと思いました。絵に対して感じたことを文章にするのは苦労しましたが、それがこの作品のテーマの1つでもあると思っているので、気を付けましたね。

――確かに、題材になっている絵がメジャーなものなので、イメージがしやすかったですね。今少しお話に出ましたが、作品を書くうえで他に苦労したことなどはありますか?

美奈川先生:舞台が地球規模なので、とても広いんです。作品の1つの狙いとして、世界を描きたいといったものがありました。実在するさまざまな都市が舞台になっているので、その資料集めや描写が大変でした。先ほどのストリートビューで各地をぐるぐる回ったり、地球の歩き方を読んでみたり、そういった面で苦労しましたね。実際にすべての都市に行ければいいのですが……。

――都市の描写について、書き上がったものを見ていかがですか?

美奈川先生:100%再現できているとは言えませんが……。まぁ、私の中でも実世界のパラレルワールドだと思っていますので、多少現実にそぐわない部分があっても大目に見ていただきたいです(笑)。雰囲気を感じ取っていただければなと。

――一見現実的な話かと思いきや、SFのような技術も盛り込まれていますよね。

美奈川先生:私はこの話を、SFでもファンタジーでもなく、一種のおとぎ話のようにイメージしていたんです。ただ、おとぎ話を成立させるためにもSF的なギミックが必要になってきました。なので、おとぎ話の雰囲気を壊すことなくSFのギミックを入れ込んで、そのバランスを取るのが大変でしたね。現物の絵というノスタルジックな、原始的な文化が主題になっていますので、そこにSFの要素を入れるのが難しかったです。

――相棒のAI・ネーヴォが、無数のケーブルを巻いて鳥に擬体して飛び回るというのはSF的なギミックですよね。

美奈川先生:ネーヴォはドラ●もんだと思っているんです(笑)。どこで●ドアもありますし。なんでもありなので、ちょっとどうかと思ったんですが……。

――個人的な感想になるんですが、読んでいて躍動感があるといいますか、映像で見たい作品だなと思いました。アクションシーンに工夫などはあったのでしょうか。

美奈川先生:背景小説ではあるのですが、きれいな絵がバッとビルに下ろされて白いカケラが散るといったシーンなど、頭の中で映像化して書いてはいますね。キャラクターがイラストになって、頭の中でイメージができたので、再稿する時に少し直した部分はありました。

――インラインスケートのギミックなどは、スピード感があっておもしろかったですね。

美奈川先生:主人公が行動的な女の子という設定なのですが、あくまでもこの子は一般人なので(笑)。相棒が人間離れしているので、その釣り合いを取るというところで、いろいろ考えたのですが、エナを動かしたいという思いもあったので、インラインスケートを使おうと考えましたね。

――作中で、気に入っているシーンはありますか?

美奈川先生:見どころはたくさんあるのですが、一番力を入れて書いたのは、2章のラスベガスのシーンですね。2章だけは、直しの段階で大きく修正しました。実はあのお話は、単体で別の作品として書こうと思っていたものなんです。途中まで書いて放っておいたのですが、今回ここに組み込んでみようと思いました。

――確かに2章は、話全体を通してみると少し異色といいますか、1つの話としてまとまっていますよね。

美奈川先生:最初は連作短編の形式を取っていたのですが、長編小説として1つに収束させる必要があると考え、3章から5章にかけて大きな事件を描いています。ですので、1話と2話の、主人公以外の視点をもとに1枚の絵を絡めて進むストーリーは想い入れがありますね。

→小説を書き始めたキッカケは?(2ページ目へ)

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データ

▼『ヴァンダル画廊街の奇跡』
■メーカー:アスキー・メディアワークス
■発売日:2010年2月10日
■価格:599円(税込)
 
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