『ルミネス』や『Rez』など、斬新なゲームデザインで知られるゲームクリエイター・水口哲也氏と、韓国のトップメーカーであるファンタグラム。その両者のコラボレーションによって生まれたのがドラマチック・アクション『NINETY-NINE
NIGHTS(N3)』だ。2,000体ものキャラが入り乱れる戦場で敵をなぎ倒していく爽快感もさることながら、壮大なストーリーが展開する「マルチアングルシナリオ」も本作の魅力の1つ。これは、「人はなぜ戦争をやめられないのか」というテーマをバックに、複数のキャラでプレイしていくことで、さまざまな“正義”を描き出すというもの。戦う者たちが抱く、善悪では割り切れない正義が交錯する重厚なシナリオに、期待が高まるばかりだ。
今回、電撃オンラインでは、現在発売中の電撃マ王5月号に掲載された『N3』の短編を特別掲載する。これは、現在判明している6人のプレイヤーキャラクターのなかから、アスファとインフィをクローズアップした短編だ。2人が所属する聖堂騎士団の団長決定戦前夜と決定戦の模様を描くもので、読んでおけばゲームをプレイした際によりドラマに感情移入できること請け合い。発売前にぜひご一読を!
◇第3回:ディングバット編「誇り高き戦士」 New!
◇第2回:テュルル編「選ばれし少女」
◇第1回:インフィ&アスファ編「新たなるはじまり」
NINETY-NINE NIGHTS(N3) ─ナインティナイン・ナイツ─ | |
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一騎当千の能力を持つプレイヤーキャラを操作し、敵を倒していくアクション『N3』。最大の見どころは美しくも広大な戦場で展開する、ダイナミックなアクションだ。Xbox 360だからこそ実現できた2,000体ものキャラが戦うフィールドで、ド派手な技を駆使しして敵の軍勢を蹴散らしていく快感は、かつてないものと断言できる。また、自軍部隊を編成し、指示を出していく戦略性やさまざまなプレイヤーキャラの視点で物語を体験するマルチアングルシナリオにも注目だ! |
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ヴァスキス公国の首都、ヴァルハーリン。聖都と呼ばれるこの都市を望む静かな平野。
広く美しいこの平野を心地良い静寂が包みこみ、ゆったりとした時間が流れていた。
晴れ渡った空、風に揺れる草木、虫や鳥達のさえずり、水のせせらぎ……。
それはいつも通りの穏やかな風景だった。
"その時"までは……。
"その時"は唐突にやって来た。
突如あがった激声と共に、剣を手にした無数の騎士達が一斉に走りだした。
騎士達が野をかける足音は地鳴りの様に鳴り響き、その雄叫びは周囲の穏やかだった空気を一変させた。赤い甲冑の騎士団と青い甲冑の騎士団、二つの軍勢が平野を挟み、それぞれが反対方向から雪崩れ込んできた。そして、その二つの軍勢は平野のちょうど中央あたりで激しくぶつかった。
うねるように互いを飲み込もうとする赤い波と青い波は、砂塵を空高く舞い上げ、その煙の中に、剣と剣とがはじき出す火花を浮かび上がらせていた。
その赤い波の最前線。そこに女騎士インフィがいた。
「勝利を手にするのは我等だ! 一歩も退くな! 突き進め!」
インフィは声高にそう叫ぶと、自らその戦場の中心へと飛び込んでいった。
巨大な剣を手に、踊るように戦場を舞うインフィ。
赤い衣服の上に纏った銀色の甲冑は体の一部分を覆うだけで、機動性を重視したものだった。その背に装飾された金色の羽は、日に照らされ神々しいほどに眩しく輝いていた。
敵の攻撃をかわすその身のこなしは目で捕らえる事もままならず、振り下ろすその一撃は華奢な体からは考えられない程の威力を持っていた。
そして何より、彼女は戦場では他の誰よりも美しかった。
その華麗な姿は戦場の女神のようでもあり、死を司る悪魔のようでもあった。
インフィは他を圧倒する存在感で、赤い軍勢を手足の様に率い、敵対する青い軍勢を押し返していった。彼女が剣を振るう度、青い軍勢は風に吹かれた綿のように、力なく後退していくしか術がなかった。インフィは確かにその戦場を支配していた。
そんな時だった。
突如としてインフィの動きが止まった。
嵐のような騒乱の中、彼女が見つめていたのは眼前の一人の騎士だった。
それが青い軍勢を率いる騎士アスファだった。彼がインフィの前に立ちはだかっていたのだ。
インフィの瞳が真っ直ぐにアスファを見据える。
青色を基調とした着衣に銀色の甲冑を纏った騎士アスファは、巨大で荘厳な槍を手に、じっとインフィを見つめていた。
金色の髪、透き通るような白い肌に力強く刻まれた二つの瞳。地面から天に向かって、すっと一直線に伸びたその体は、彫刻の様な完璧なバランスを保っていた。まるでアスファの周りの空気だけが妙に澄んでいるような、見る者にそんな錯覚さえ感じさせる存在感だった。
「兄上……」
インフィはアスファに向かって、そう呟いた。
砂塵が舞い、激声が飛び交う混乱の中、そこだけ時間が止まってしまったかのように、二人は動きを止めたまま見つめ合っていた。
そして次の瞬間。
二人の距離は一気に縮まり、激しい金属音と共に、インフィの剣とアスファの槍が交錯した。次々に繰り出されるインフィの剣撃。その一撃一撃は重く、そして瞬きするよりも速かった。しかし、アスファも手にした槍でその攻撃のすべてを弾き返していた。インフィとアスファ、二人の兄妹の間に息付く間もない攻防が始まった。その戦いは激しく、美しく、そして、哀しくもあった……。
そんな二人の戦いを、戦場から遠く離れ、眺めている二人の姿があった。
聖都ヴァルハーリンを統べる『光の巫女』エクトバールと、その護衛を務めるラーディアだった。二人はじっと赤い軍勢と青い軍勢の戦いを見つめていた。聖堂騎士団の命運を左右するこの戦いを……。
ヴァスキス公国が誇る聖堂騎士団は聖都ヴァルハーリンに拠点を持ち、人間と敵対する闇の軍勢であるゴブリンとの戦いにおいては常にその先頭に立って、数々の功績を残してきた由緒正しき騎士団であった。しかし、前騎士団長がゴブリンとの戦いで命を落とした後は15年にわたり団長は不在のままで、副団長であるグローガンがその指揮を執っていた。
しかし状況は変わった。いや、変わらざるを得なかった。ゴブリンとの戦況の悪化がその理由だった。エクトバールはその状況を打破すべく、聖堂騎士団に新たな団長を迎え入れる決断をし、その候補がインフィとアスファの二人の兄妹になった。そして、二人はそれぞれ赤い軍勢と青い軍勢にわかれ、団長決定戦を行なう事になったのだった。
「互角の戦いのようですね……」
不意にエクトバールが口を開いた。その瞳は二人の戦いを見つめたままだった。
「そうですか? 私にはインフィの方が優勢のように見えますが……」
ラーディアはそう答えた。彼女に見えたのは、攻め込むインフィそして受けるアスファという構図だったからだ。
「それは二人の性質の差です。インフィは倒す為に戦い、アスファは守る為に戦う。攻と守。その性質の差です」
「……なるほど、そうですか」
その戦いをじっと見つめているエクトバールの横顔を見ていると、ラーディアの脳裏には、ある疑問が生じた。しかし、それを口にするのはあまりに恐れ多い。ラーディアは開きかけていた口を再び閉ざす事にした。
「私はどちらが勝っても構わないと思っています……」
そのエクトバールの言葉にラーディアは驚いた。まるで自分が心の中で呟いた言葉がエクトバールには届いていたかのようだった。
驚いた表情を見せるラーディアをよそにエクトバールは続けた。
「どちらが勝ってもきっと立派な団長になってくれるでしょう……」
エクトバールの瞳は真っ直ぐ、インフィとアスファの戦いを見据えたままだった。
二人の戦いは次第に激しさを増していた。
「まるで竜巻だな……」
その戦いを見ていた兵士の誰かがそう呟いた。
まさしくそうだった。二人の戦いは、さながら竜巻のようだった。
剣と槍が激しく交錯する度に突風が巻き起こり、鉄と鉄とがぶつかり合う音は雷鳴に似ていた。他の兵士達はただ、竜巻に飲み込まれないように距離を置き、その戦いを見ている事しか出来なかった。
そんな激しい戦いの中で、インフィはアスファに語りかけていた。
「どうしました兄上? 受けるだけでは、勝つ事は出来ませんよ?」
「…………」
アスファは何も答えなかった。
豪雨の様に降り注ぐインフィの剣。
それを受け止めるアスファの槍。
それらがぶつかり合う度に、眩い火花が散り、その火花が互いの顔を照らしていた。
光っては消え、消えては光る、一瞬の火花……。
その光の中に、二人はそれぞれが胸の中に秘めた想いを見つめていた。
聖堂騎士団団長決定戦を翌日に控えたその夜。
赤い騎士団の作戦会議で、インフィは騎士達に指示を与えていた。
的確で、かつ合理的に相手を滅する作戦。インフィが取る作戦はいつもそうだった。どうすれば、より確実に敵を倒す事が出来るか? インフィにとって、最も重要なのはその点だった。
「以上! では、明日に備え、よく休んでおくように!」
「はい!」
そして、インフィは作戦室を後にした。一直線に伸びたその姿勢からは彼女の気丈さが窺い知れた。確かに、彼女は他の騎士の前では常に気丈に振舞っていた。『どんな時も騎士らしく』……それが彼女の信念だったからだ。
しかし、自室に帰った途端、彼女は疲れきって、ベッドに倒れ込んでしまった。無理もなかった。いくら気丈に振舞っていても、インフィはまだ17歳の若い女性なのだ。兄と争う団長決定戦を前に、彼女はその重圧に押しつぶされそうだった。
「はぁ……」
彼女は不意に、壁にかかった一枚のレリーフに目をやった。
「父上……」
それは前聖堂騎士団団長である、インフィとアスファの父のレリーフだった。
彼はかつての戦いでゴブリンの戦士によって、その命を絶たれていた。
インフィが2歳の頃であった。
後に、その事実を知った時から、インフィは自分に誓ったのだった。
『憎き人間の敵であるゴブリンを抹殺し、人間の平和を手に入れる』
インフィはその大義を強く自分に言い聞かせていた。
人間の正義の為に、すなわちゴブリンを抹殺する為に、私達は戦わなければならない。
それがインフィの信じる正義であった。
しかし、どうしてだろう?
時々、まるで胸にぽっかりと穴でも開いたように虚しくなるのは……。
いくら頑張っても、兄であるアスファは、心配するだけで自分の事を認めてくれようとはしない。
インフィはふと思う事があった。自分は一人きりなんじゃないか、と……。
インフィは父のレリーフに祈りを捧げた。
「父上……弱き私の心に力を……ゴブリン共を殲滅する強き正義の心を私に与えてください……」
その部屋の扉の外。
ノックをしようとしたアスファの手は空中でぴたりとその動きを止めていた。
アスファは一つ息を吐くと、その手を下ろし、インフィの部屋を後にする事に決めた。
インフィの部屋を背に一人長い回廊を歩くアスファ。闇夜から差し込む月明かりが、その物憂げな表情を暗闇に映し出していた。長い回廊にアスファの足音だけが、悲しげに反響していた。
その時、不意にアスファの足が止まった。
回廊の反対側。こちらに向かって歩いてくる一人の騎士がいた。アスファの幼馴染であり、同じ騎士団員のヘッペだった。
「どうしたアスファ? 浮かない顔して……」
「浮かない顔? ……そうかな?」
「そうだよ! まるでゴブリンみたいに真っ青な顔だぜ?」
「そいつは……酷い顔だな……」
「……明日の事でか?」
ヘッペのその言葉にアスファは頷いた。
アスファは迷っていた。『戦う』というその行為について。
人間にとっての正義。それは本当の正義なのか? ゴブリンを単なる悪と決めつけられるのか? このゴブリンとの戦いの果てに真の平和があるのか?
いくら振り切ろうとしても、そんな迷いはまるで靄のように頭の中で渦巻き、決して晴れる事はなかった。
そして、もう一つの迷い。
それは妹であるインフィについてだった。
アスファはインフィを危険な戦場に立たせる事に疑問を感じていた。
彼女はゴブリンへの復讐心、そして自分の信じる正義を重んじるあまり、戦闘では逆に危険を顧みない節があった。
確かにインフィは騎士として優れている。しかし、アスファはインフィのそんな好戦的な面が気がかりでならなかった。
戦う事への迷い、そして妹を思いやる気持ち。その狭間でアスファは揺れていた。
「戦う事に迷いを抱えたまま、俺が団長になって良いのか? かといって、インフィを団長という危険な立場にしてしまって良いのか? 俺は正直わからないんだ。俺はどうすれば……」
アスファは思わず、そんな自分の迷いをヘッペに打ち明けるのだった。
「けど、だからと言って、今更、彼女に何て声を掛けてやろうとしたんだ? いくらお前が迷っていても、団長決定戦は明日なんだぜ?」
ヘッペのその問いにアスファは何も答えなかった。
ただ、彼は心の中でこう呟いていた。
「俺がインフィに言おうとした事。それは……」
アスファは振り返り、閉ざされたインフィの部屋の扉を見つめた。
「お前に必要なのは、復讐心なんかじゃなく……愛する心だ……」
閉ざされた扉を複雑な思いで見つめるアスファ。そんなアスファの肩にヘッペの手が触れた。
「お前がインフィの為を思うなら、明日は全力で戦ってやれよ。あいつだって明日の為に頑張って来たんだ……そうだろ?」
「そうだよな……」
「そうだよ。まったくお前は優しすぎるから、苦労するんだよ。まぁ、俺は明日インフィの方につくからさ、俺だけにはお手柔らかに頼むぜ……」
そう言って笑うヘッペ。その笑顔につられ、アスファの顔にも思わず笑みが浮かんだ。
「勝利は目前だぞ! 進めぇ!」
「退くな! 後一押しで我等の勝利だ!」
激しい雄たけびと共に、ぶつかり合う赤い軍勢と青い軍勢。奇妙な事にその争いの中央だけは別の空間の様にぽっかりと穴が空いていた。その場所にだけは他の誰も踏み込む事が出来なかった。それは、そこで二人の兄妹が激しく剣を交えていたからだった。
飛び散る火花、鳴り響く鉄の衝撃音、それらは互いの呼吸音のようであり、互いの声であるようだった。二人はその戦いを通して、まるで何かを語り合っているようだった。
アスファ軍に属して団長決定戦を戦っていた副団長グローガンは、その光景に思わず立ち止まってしまった。
戦うインフィとアスファの姿。育ての親として、前団長亡き後、二人を育ててきたグローガンはそんな光景を見ていると、何とも言えない複雑な気持ちになった。
「インフィ、アスファ……」
グローガンの目には戦う二人の姿と、幼い頃の兄妹が無邪気に遊んでいる姿が重なり合って見えていた。
そして、その戦いの均衡は、突如として破られた。
アスファの槍から繰り出される一撃がインフィの甲冑に一筋の傷を付けた。
と、同時にインフィの剣もアスファの顔をかすめた。
二人の動きが止まった。
インフィもアスファも肩で息をしていた。体力の限界が近いのは明らかだった。
「どうした、インフィ? お前の力はそんなものか?」
「兄上こそ、それで本気ですか?」
二人は笑みを交わし、そしてすぐさま、その目に鋭く真剣な眼差しが宿った。
二人にはわかっていた。次の一撃でこの戦いに決着がつく事を。
インフィは剣を握り締め、アスファに向かって構えを取った。
アスファもそれに呼応するかのように、槍を握りなおし、構えた。
一瞬の静寂の後、二人は同時に踏み込んだ。
剣と槍の切っ先がすれ違う。
そのすれ違いざま、小さな、けれど、今までで一番明るい火花が散った。
そして勝敗は決した……
それを見届けたラーディアはエクトバールに向かって言った。
「決まったようですね……」
「ええ……」
エクトバールはそう頷くと、すぅっと息を吸い、大きな声を上げた。
「止めっ!」
その声が戦場に響くと、途端に、赤と青の軍勢の動きはぴたりと収まった。
「勝敗は決しました! 聖堂騎士団団長に任命される者は……」
続くエクトバールの声、新しい団長の名を呼んだその声を聞くと、その場の騎士達からは堰をきったように大歓声が上がった。彼らは雄たけびと共に、手にした剣を天高く掲げた。それは新しい団長への祝福だった。
力を使いきったインフィとアスファは、その場に座り込んでしまっていた。
二人はそのままの体勢で、お互いに微笑み合っていた。
しかし、次の瞬間には既に二人の顔から笑みは消えていた。
そして、二人は互いに背を向け、一人は騎士達の祝福の輪の中へ。もう一人はその外へと、別々の方向に向かって歩き出すのだった。
こうして、ここに新たな聖堂騎士団の団長が誕生した。
歴史は動き出し、新たな始まりを告げていた。
しかし……。
それは確かに、ただの始まりでしかなかった。
それが平和への始まりか、終わりへの始まりなのか……。
すべては、これからの戦いによって決するのであった。
長い長い、これから始まる戦いによって……。