10月16日より公開中の劇場アニメ「青春ブタ野郎はディアフレンドの夢を見ない」。主人公・梓川咲太役の声優・石川界人さんのインタビューをお届けします。

アニメ『青春ブタ野郎』とは?
本作は、累計発行部数400万部突破の鴨志田一氏の人気小説『青春ブタ野郎』シリーズ(電撃文庫刊)のアニメ化作品。これまでにTVアニメの1期、2期、劇場アニメ3作品が公開されてきました。
現代的な共感を呼ぶ思春期の感情を不可思議な現象によって描き出した青春ドラマ『青春ブタ野郎』のアニメシリーズがついに完結。高校生編・大学生編とシリーズを通じて描かれてきた“思春期症候群”に残された謎がついに解き明かされます。

梓川咲太役 石川界人さんインタビュー

――『青春ブタ野郎』(以下:『青ブタ』)シリーズと石川さんも長い付き合いになったかと思います。ついに10月16日公開の劇場アニメ『青春ブタ野郎はディアフレンドの夢を見ない』で完結するということで、まずは率直なお気持ちをお聞かせください。
多数決ドラマ(※ニコニコ生放送の視聴者アンケート結果に応じて、ストーリーが分岐・展開したラジオドラマ企画)もあったので9年……ほぼ10年ですよね。率直にいえば、ありがたいというひと言につきます! 『青ブタ』シリーズはTVアニメシリーズ第1期『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』から劇場アニメを3作品挟んで、TVアニメシリーズ第2期『青春ブタ野郎はサンタクロースの夢を見ない』があって再びの劇場アニメ公開という特殊な編成のシリーズ作品でした。
――かなり変則的な展開ですよね。
しかもすべてがひとつなぎの物語になっていたので、「どこかを見逃した瞬間に振り落とされてしまう」と懸念を抱かれてもおかしくないような。なのに、そういう声はほとんど聞きませんでしたし、それだけファンのみなさんがいっしょに歩んできてくれたということなのかなと。約10年間ともに歩んできた道がここで一旦終わるというのは寂しくもあるのですが、それも含めて全部いい思い出になるように感じます。
――積み重ねてきた歳月の重みを感じます。
途中から興味を持って新しく入ってきてくださったかたもたくさんいると思うんですが、これだけ長いシリーズを追いかけるのは現代におけるタイムパフォーマンス……いわゆるタイパが悪い、と思ってしまったり、コストがものすごく高かったりするわけですよね。それでも観たいと思ってもらえるというのは、本当にありがたいことだと思います。また、シリーズを通してスタッフの顔ぶれが大きく変わらないのもすごいところで、「この作品をつくる!」となったらいつものみなさんが集まってくれるというのも本当にありがたいですね。これもひとえに原作の魅力あってこそなので、(原作者の)鴨志田一先生には面を上げてはいけないような感じになっています(笑)。
――これまでの10年間で、とくに思い出深い出来事を教えてください。
劇場アニメ『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』の舞台挨拶回りがすごく印象に残っています。本当にたくさんのステージに立たせていただいて、その過密スケジュールにたいへんだと感じることもあったのですが、のちにコロナ禍に突入したときに「ああ、本当に貴重な機会をいただけていたのだな……」と改めて感じ入ることになりました。全国津々浦々で応援してくださっている方々に直接顔をお見せできる機会もたくさんあるわけではないので、当時のような機会がまたあったらうれしいですね。
――石川さんの登壇はありませんでしたが、8月には劇場アニメ「青春ブタ野郎」シリーズのオールナイト上映会もありました。
なので、そういうときに僕らも呼んでほしいんです!(笑)
――(笑)。
この作品を好きなキャストやスタッフがこの作品の好きなところを語り合うということは、とっても幸せでプラスしかありません。そんな最高の空間で、いい思い出をもらえていたということをあとになって実感させられた感じですね。
――この10年間で梓川咲太という役の印象は変わりましたか?
メチャメチャ変わりましたね。最初のころは思春期症候群に悩む女の子に寄り添いながら助けていくヒーローらしくないヒーローみたいな印象だったんですが、物語が進んでいくにつれて……それこそ劇場アニメ『青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない』のころから咲太本人も思春期症候群であるということが明らかになってきて。自分自身も悩みを抱えているからこそ、思春期症候群にかかったヒロインたちに寄り添って解決に導く言葉を出せる、というのがわかってからは、ヒーローというよりは“等身大の少年”という印象になりましたね。
――等身大の少年でありながら、ヒーローのように活躍しているというのもなんだかカッコいいような。
自分がそうありたい、自分がそうあるべきだという理想を追いかけた結果としてそうなっている、というのも咲太らしいのかなと思います。ほかにも重い事件はたくさんありましたが、とりわけ『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』は直接的に人命がかかわってくる物語だったので、演じたときの衝撃もすごかったですね……。そこから思春期症候群が人間の人生を左右してしまうほど大きい存在だということに気づいたので、演じていて向き合い方も変わったというか。軽く見えるものでも命にかかわるかもしれないし、逆に重そうに見えてもじつはそうでもないかもしれない。一度話してみないとわからないなと。
――そう考えると『青ブタ』という作品は、等身大の物語でありながら壮大な話だと再認識させられます。
そうですね。おそらくこれも鴨志田先生の狙った設定だと思うんですが、“大人から見て小さな悩みであっても、当事者の子どもからしたら人生を左右するような大きさになっている”というのを具現化したのが思春期症候群なんじゃないかと。でも、原作が12年以上前から始まっていると考えるとすごいですよね。この10年ぐらいでAIが我々でも簡単に扱えるようになったり、SNSが異常に発達したり、世の中が加速度的に変わっていっているのに、各ヒロインたちが抱える悩みがそれだけ本質を捉えているということになりますから。
――普遍的な悩みが描かれているからこそ、今の若い世代にもストレートに響くように感じます。演じ方については途中で大きく変化させたような部分は?
明確にアプローチが変わったのは、原作でいう大学生編に突入してからですね。高校生編の咲太はかっこつけ然としながらも自分自身の中に悩みを抱えていたこともあって、人に対して態度がけっこう違ったんですよ。古賀朋絵に対しては雑だったり、双葉理央に対してはダチとして肩を組む感じだったり……。いっぽうで麻衣さんに対しては好き合う者どうしでの距離感がわからず、過剰に優しくしてしまうことや過剰に距離を取ってしまうこともありました。そこから何年か経ってから大学生になるわけですけれど、その間に咲太はフラットに周りに接することができるようになったのかなと僕は感じました。
――フラットに、ですか?
はい。個別に態度を変えるのではなく、麻衣さんに対しては想いを寄せている存在として特別に、それ以外の友だちは友だち、さらに友だち以外の人は友だち以外……という感じでしっかり線引きをするようになったなと。とくに大学生編で出会った友だちはあくまで大学で出会った友だちとして接していると思います。そういう捉え方になったのも、麻衣さんと過ごしていくなかで身に着いたことだと思うんですよ。
――咲太に対するアプローチの変化にもそんな理由があったんですね。
原作の文章からそう受け取っただけでなく、高校生から大学生になるまでの思春期症候群が発症していなかった期間、彼が何も学んでいないことにはしたくなかったという僕の想いも入っていますが。10年のあいだに僕の考え方も少しずつ変わる部分がありましたし、僕自身の変化が咲太に影響した部分もあるのかもしれません。
――さて、ここからは『青春ブタ野郎はディアフレンドの夢を見ない』について深掘りさせていただきます。同作は『青ブタ』シリーズの最終作となりますが、収録で特別気合が入るようなことはありませんでしたか?
それはなかったです。終わっちゃうのが寂しいという話はみんなでしていたんですが、収録に来た人たちが口々に「完結まで描けるなんてすごいことだよね」とおっしゃっていたように、寂しいけれども幸せなことだという空気が現場全体に漂っていました。
――増井壮一監督や岩浪美和音響監督もふだんと変わらないテンション感だった?
変わらなかったですね(笑)。ただ、TVアニメシリーズのときに、ふだんあまり打ち上げにいらっしゃらない岩浪さんがいらしてくださって。お酒を飲みながら「仕事終わりの酒は美味ぇな!」とテンション高くおっしゃっていたことを覚えています。あと、収録現場のエピソードでいうと、めちゃめちゃ焦った出来事がありました。アフレコの入り時間を間違えていたうえに、よりにもよってコンビニで朝ご飯を買うという余裕を見せてしまったために、スタジオに着いた瞬間に「録りま~す!」とアフレコが始まってしまうという……。
――なんと……。
僕もプロですから息をすぐに整えて収録に臨みますが、今度は汗が止まらなくなってしまい、周りの人たちから「体調悪いんですか?」とメチャメチャ心配されました。主人公役の声優が涼しい部屋の中で異常に汗をかきながらマイク前でお芝居をしているんだからそりゃそうですよね(笑)。ギリギリでスタジオに入ったので、みなさんに状況を説明する余裕もなかったので無理もありません。
――石川さんの発汗の甲斐もあってか、『青春ブタ野郎はディアフレンドの夢を見ない』は見どころ満載の内容に仕上がっています。とくに注目してほしいポイントを教えてください。
これはもう、美東美織に関するドラマですね! 現在出ている情報から彼女が何らかの形でフォーカスされるであろうことは想像に難くないと思うんですが、これまで飄々としていて読みきれなかった美東美織という人間がこの作品で見える瞬間があります。あの瞬間の感情の弾かせかたは美東役の石見舞菜香さんにしかできないお芝居だと思います。……いや、石見舞菜香という役者は本当にすごいんですよ! 原作を読んで収録に臨む派ではないということをたしかインタビューでもおっしゃっていたんですが、台本からキャラクターを読み取る力も卓越しているし、相手の芝居をめちゃくちゃ精度のいい耳で聞いてから瞬時に自分の感情ラインを合わせてくる。しかも、おそらく彼女は感覚でそのあたりをつかみ取っているので……本当に天才なんだなと思います。だから、彼女との会話シーンでは自分がマジで美東と仲がいいように錯覚させられますし、そのノリで収録後に石見ちゃんに話しかけてビックリされたり(笑)。
――(笑)。
「あっ、間違えた! ごめんね、そうだよね~、ちょっと怖めの先輩だもんね……」と即座に謝るしかないので気をつけなきゃいけないわけですけど(笑)。それぐらいマイク前に並んで立ったときの気持ちがラクでしたね! あと、今回の劇場アニメでは「私が来た!」とばかりに牧之原翔子が活躍してくれるんですが、水瀬いのりさんの発する言葉の重みが『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』のときから増しているような気がして。水瀬いのりという役者の経験が上乗せされていた気がします。そして、役者といえば瀬戸麻沙美さんの安心感のすごさですよ。やりやすいとかやりづらいとかいうことじゃなく、彼女が演じれば“そうなる”んです。瀬戸さんに引っ張られているのか、導かれているのか、それすらもわからないぐらいにこちらのお芝居が自然と出てくるのも『青ブタ』だなと感じました。
――劇場アニメ『青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない』にも登場した瀬戸さん演じるランドセルガールも再登場するそうですが、こちらの掛け合いについてはいかがでしたか?
霞を食うというか、雲を掴むというか……。たぶん瀬戸さんも意図的にやっているんでしょうけど、僕のセリフをあんまり受けてくれないんですよね。こちらのセリフを聞いてないし、向こうのセリフも聞かせていない。それはもう、瀬戸麻沙美という役者の腕の妙なんですが、それが絶妙な違和感を生み出していて「この子、なんなんだろう?」と思わせてくれますし、僕自身も演じているうちに彼女の言葉が頭の中で刻まれる――強制的に植えつけられるような感覚があったように記憶しています。正直、すごい役者ばかりの現場なので重い現場だなとは思いましたけど、「僕は僕にできることを全力でやるしかない」と斜に構えていた感じです(笑)。
――石川さん自身はランドセルガールをどういう存在だと捉えていますか?
随分と深掘りした質問ですね!(笑) 僕は咲太の幼児退行の一種だと思っていて、大人になっていく麻衣さんに劣等感を抱いているのかなと。彼も、うすうすそのことを理解していて、自分は思春期という枠組みの中にいたいのに麻衣さんがどんどん大人になってしまう……。「麻衣さんは大人にならないで僕といっしょに思春期をしていようよ」という気持ちが表れた存在なのかなと思います。今回の劇場アニメでもそういった部分に迫る描写があるので、ぜひ注目してみてください。
――本作での麻衣の描かれ方も注目ですね。
大人になった咲太……ともすれば、もうひとつの世界の咲太ともいうべき存在が麻衣さんなのだと僕は考えています。未熟だった咲太に大人の麻衣さんは救われていますし、今回の劇場アニメでは未熟な咲太を大人の麻衣さんが導いていく話なので、男女の関係としてもすごくバランスが取れているふたりだなと改めて感じました。
――本作での咲太の活躍についてはいかがですか?
先ほどもこのお話は美東の物語という話をしましたが、同時にこのお話は咲太の物語でもあります。物語が進む過程で彼が何を得てどういう風に行動していくのかという点も注目していただきたいです。 いままでの事件では、咲太もヒロインも自分が動きたいのに動けないとか、心の整理が追いつかないとかそういったケースが多かったと思うんですが、今回の咲太は“そうせざるをえないうえに、それをすることで状況が改善するかもわからない”選択をしなければならなくなります。演じている僕としてもスッキリしないというか、なんとか飲み込むことはできたけれども、それがずっと胃の中にあるような感覚ですかね。『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』のときのように直接的に命が関わってくるわけではないんですけれど、咲太のアイデンティティに関わるというか……。これまでのようなみずみずしい青春SFではなく、邦画でよく描かれる大人のヒューマンドラマのように感じました。
――演じていて苦しかった?
苦しくはない……というか、『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』を超える苦しさはもうないと思いますし(笑)。ただ、居心地が悪い感じはしましたね。なにか違和感があるといいますか。はたして、咲太がどのような道を進んで物語を締めくくるのか、ぜひとも最後まで楽しみにしていただけるとうれしいです。
多数決ドラマ(※ニコニコ生放送の視聴者アンケート結果に応じて、ストーリーが分岐・展開したラジオドラマ企画)もあったので9年……ほぼ10年ですよね。率直にいえば、ありがたいというひと言につきます! 『青ブタ』シリーズはTVアニメシリーズ第1期『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』から劇場アニメを3作品挟んで、TVアニメシリーズ第2期『青春ブタ野郎はサンタクロースの夢を見ない』があって再びの劇場アニメ公開という特殊な編成のシリーズ作品でした。
――かなり変則的な展開ですよね。
しかもすべてがひとつなぎの物語になっていたので、「どこかを見逃した瞬間に振り落とされてしまう」と懸念を抱かれてもおかしくないような。なのに、そういう声はほとんど聞きませんでしたし、それだけファンのみなさんがいっしょに歩んできてくれたということなのかなと。約10年間ともに歩んできた道がここで一旦終わるというのは寂しくもあるのですが、それも含めて全部いい思い出になるように感じます。
――積み重ねてきた歳月の重みを感じます。
途中から興味を持って新しく入ってきてくださったかたもたくさんいると思うんですが、これだけ長いシリーズを追いかけるのは現代におけるタイムパフォーマンス……いわゆるタイパが悪い、と思ってしまったり、コストがものすごく高かったりするわけですよね。それでも観たいと思ってもらえるというのは、本当にありがたいことだと思います。また、シリーズを通してスタッフの顔ぶれが大きく変わらないのもすごいところで、「この作品をつくる!」となったらいつものみなさんが集まってくれるというのも本当にありがたいですね。これもひとえに原作の魅力あってこそなので、(原作者の)鴨志田一先生には面を上げてはいけないような感じになっています(笑)。
――これまでの10年間で、とくに思い出深い出来事を教えてください。
劇場アニメ『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』の舞台挨拶回りがすごく印象に残っています。本当にたくさんのステージに立たせていただいて、その過密スケジュールにたいへんだと感じることもあったのですが、のちにコロナ禍に突入したときに「ああ、本当に貴重な機会をいただけていたのだな……」と改めて感じ入ることになりました。全国津々浦々で応援してくださっている方々に直接顔をお見せできる機会もたくさんあるわけではないので、当時のような機会がまたあったらうれしいですね。
――石川さんの登壇はありませんでしたが、8月には劇場アニメ「青春ブタ野郎」シリーズのオールナイト上映会もありました。
なので、そういうときに僕らも呼んでほしいんです!(笑)
――(笑)。
この作品を好きなキャストやスタッフがこの作品の好きなところを語り合うということは、とっても幸せでプラスしかありません。そんな最高の空間で、いい思い出をもらえていたということをあとになって実感させられた感じですね。
――この10年間で梓川咲太という役の印象は変わりましたか?
メチャメチャ変わりましたね。最初のころは思春期症候群に悩む女の子に寄り添いながら助けていくヒーローらしくないヒーローみたいな印象だったんですが、物語が進んでいくにつれて……それこそ劇場アニメ『青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない』のころから咲太本人も思春期症候群であるということが明らかになってきて。自分自身も悩みを抱えているからこそ、思春期症候群にかかったヒロインたちに寄り添って解決に導く言葉を出せる、というのがわかってからは、ヒーローというよりは“等身大の少年”という印象になりましたね。
――等身大の少年でありながら、ヒーローのように活躍しているというのもなんだかカッコいいような。
自分がそうありたい、自分がそうあるべきだという理想を追いかけた結果としてそうなっている、というのも咲太らしいのかなと思います。ほかにも重い事件はたくさんありましたが、とりわけ『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』は直接的に人命がかかわってくる物語だったので、演じたときの衝撃もすごかったですね……。そこから思春期症候群が人間の人生を左右してしまうほど大きい存在だということに気づいたので、演じていて向き合い方も変わったというか。軽く見えるものでも命にかかわるかもしれないし、逆に重そうに見えてもじつはそうでもないかもしれない。一度話してみないとわからないなと。
――そう考えると『青ブタ』という作品は、等身大の物語でありながら壮大な話だと再認識させられます。
そうですね。おそらくこれも鴨志田先生の狙った設定だと思うんですが、“大人から見て小さな悩みであっても、当事者の子どもからしたら人生を左右するような大きさになっている”というのを具現化したのが思春期症候群なんじゃないかと。でも、原作が12年以上前から始まっていると考えるとすごいですよね。この10年ぐらいでAIが我々でも簡単に扱えるようになったり、SNSが異常に発達したり、世の中が加速度的に変わっていっているのに、各ヒロインたちが抱える悩みがそれだけ本質を捉えているということになりますから。
――普遍的な悩みが描かれているからこそ、今の若い世代にもストレートに響くように感じます。演じ方については途中で大きく変化させたような部分は?
明確にアプローチが変わったのは、原作でいう大学生編に突入してからですね。高校生編の咲太はかっこつけ然としながらも自分自身の中に悩みを抱えていたこともあって、人に対して態度がけっこう違ったんですよ。古賀朋絵に対しては雑だったり、双葉理央に対してはダチとして肩を組む感じだったり……。いっぽうで麻衣さんに対しては好き合う者どうしでの距離感がわからず、過剰に優しくしてしまうことや過剰に距離を取ってしまうこともありました。そこから何年か経ってから大学生になるわけですけれど、その間に咲太はフラットに周りに接することができるようになったのかなと僕は感じました。
――フラットに、ですか?
はい。個別に態度を変えるのではなく、麻衣さんに対しては想いを寄せている存在として特別に、それ以外の友だちは友だち、さらに友だち以外の人は友だち以外……という感じでしっかり線引きをするようになったなと。とくに大学生編で出会った友だちはあくまで大学で出会った友だちとして接していると思います。そういう捉え方になったのも、麻衣さんと過ごしていくなかで身に着いたことだと思うんですよ。
――咲太に対するアプローチの変化にもそんな理由があったんですね。
原作の文章からそう受け取っただけでなく、高校生から大学生になるまでの思春期症候群が発症していなかった期間、彼が何も学んでいないことにはしたくなかったという僕の想いも入っていますが。10年のあいだに僕の考え方も少しずつ変わる部分がありましたし、僕自身の変化が咲太に影響した部分もあるのかもしれません。
――さて、ここからは『青春ブタ野郎はディアフレンドの夢を見ない』について深掘りさせていただきます。同作は『青ブタ』シリーズの最終作となりますが、収録で特別気合が入るようなことはありませんでしたか?
それはなかったです。終わっちゃうのが寂しいという話はみんなでしていたんですが、収録に来た人たちが口々に「完結まで描けるなんてすごいことだよね」とおっしゃっていたように、寂しいけれども幸せなことだという空気が現場全体に漂っていました。
――増井壮一監督や岩浪美和音響監督もふだんと変わらないテンション感だった?
変わらなかったですね(笑)。ただ、TVアニメシリーズのときに、ふだんあまり打ち上げにいらっしゃらない岩浪さんがいらしてくださって。お酒を飲みながら「仕事終わりの酒は美味ぇな!」とテンション高くおっしゃっていたことを覚えています。あと、収録現場のエピソードでいうと、めちゃめちゃ焦った出来事がありました。アフレコの入り時間を間違えていたうえに、よりにもよってコンビニで朝ご飯を買うという余裕を見せてしまったために、スタジオに着いた瞬間に「録りま~す!」とアフレコが始まってしまうという……。
――なんと……。
僕もプロですから息をすぐに整えて収録に臨みますが、今度は汗が止まらなくなってしまい、周りの人たちから「体調悪いんですか?」とメチャメチャ心配されました。主人公役の声優が涼しい部屋の中で異常に汗をかきながらマイク前でお芝居をしているんだからそりゃそうですよね(笑)。ギリギリでスタジオに入ったので、みなさんに状況を説明する余裕もなかったので無理もありません。
――石川さんの発汗の甲斐もあってか、『青春ブタ野郎はディアフレンドの夢を見ない』は見どころ満載の内容に仕上がっています。とくに注目してほしいポイントを教えてください。
これはもう、美東美織に関するドラマですね! 現在出ている情報から彼女が何らかの形でフォーカスされるであろうことは想像に難くないと思うんですが、これまで飄々としていて読みきれなかった美東美織という人間がこの作品で見える瞬間があります。あの瞬間の感情の弾かせかたは美東役の石見舞菜香さんにしかできないお芝居だと思います。……いや、石見舞菜香という役者は本当にすごいんですよ! 原作を読んで収録に臨む派ではないということをたしかインタビューでもおっしゃっていたんですが、台本からキャラクターを読み取る力も卓越しているし、相手の芝居をめちゃくちゃ精度のいい耳で聞いてから瞬時に自分の感情ラインを合わせてくる。しかも、おそらく彼女は感覚でそのあたりをつかみ取っているので……本当に天才なんだなと思います。だから、彼女との会話シーンでは自分がマジで美東と仲がいいように錯覚させられますし、そのノリで収録後に石見ちゃんに話しかけてビックリされたり(笑)。
――(笑)。
「あっ、間違えた! ごめんね、そうだよね~、ちょっと怖めの先輩だもんね……」と即座に謝るしかないので気をつけなきゃいけないわけですけど(笑)。それぐらいマイク前に並んで立ったときの気持ちがラクでしたね! あと、今回の劇場アニメでは「私が来た!」とばかりに牧之原翔子が活躍してくれるんですが、水瀬いのりさんの発する言葉の重みが『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』のときから増しているような気がして。水瀬いのりという役者の経験が上乗せされていた気がします。そして、役者といえば瀬戸麻沙美さんの安心感のすごさですよ。やりやすいとかやりづらいとかいうことじゃなく、彼女が演じれば“そうなる”んです。瀬戸さんに引っ張られているのか、導かれているのか、それすらもわからないぐらいにこちらのお芝居が自然と出てくるのも『青ブタ』だなと感じました。
――劇場アニメ『青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない』にも登場した瀬戸さん演じるランドセルガールも再登場するそうですが、こちらの掛け合いについてはいかがでしたか?
霞を食うというか、雲を掴むというか……。たぶん瀬戸さんも意図的にやっているんでしょうけど、僕のセリフをあんまり受けてくれないんですよね。こちらのセリフを聞いてないし、向こうのセリフも聞かせていない。それはもう、瀬戸麻沙美という役者の腕の妙なんですが、それが絶妙な違和感を生み出していて「この子、なんなんだろう?」と思わせてくれますし、僕自身も演じているうちに彼女の言葉が頭の中で刻まれる――強制的に植えつけられるような感覚があったように記憶しています。正直、すごい役者ばかりの現場なので重い現場だなとは思いましたけど、「僕は僕にできることを全力でやるしかない」と斜に構えていた感じです(笑)。
――石川さん自身はランドセルガールをどういう存在だと捉えていますか?
随分と深掘りした質問ですね!(笑) 僕は咲太の幼児退行の一種だと思っていて、大人になっていく麻衣さんに劣等感を抱いているのかなと。彼も、うすうすそのことを理解していて、自分は思春期という枠組みの中にいたいのに麻衣さんがどんどん大人になってしまう……。「麻衣さんは大人にならないで僕といっしょに思春期をしていようよ」という気持ちが表れた存在なのかなと思います。今回の劇場アニメでもそういった部分に迫る描写があるので、ぜひ注目してみてください。
――本作での麻衣の描かれ方も注目ですね。
大人になった咲太……ともすれば、もうひとつの世界の咲太ともいうべき存在が麻衣さんなのだと僕は考えています。未熟だった咲太に大人の麻衣さんは救われていますし、今回の劇場アニメでは未熟な咲太を大人の麻衣さんが導いていく話なので、男女の関係としてもすごくバランスが取れているふたりだなと改めて感じました。
――本作での咲太の活躍についてはいかがですか?
先ほどもこのお話は美東の物語という話をしましたが、同時にこのお話は咲太の物語でもあります。物語が進む過程で彼が何を得てどういう風に行動していくのかという点も注目していただきたいです。 いままでの事件では、咲太もヒロインも自分が動きたいのに動けないとか、心の整理が追いつかないとかそういったケースが多かったと思うんですが、今回の咲太は“そうせざるをえないうえに、それをすることで状況が改善するかもわからない”選択をしなければならなくなります。演じている僕としてもスッキリしないというか、なんとか飲み込むことはできたけれども、それがずっと胃の中にあるような感覚ですかね。『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』のときのように直接的に命が関わってくるわけではないんですけれど、咲太のアイデンティティに関わるというか……。これまでのようなみずみずしい青春SFではなく、邦画でよく描かれる大人のヒューマンドラマのように感じました。
――演じていて苦しかった?
苦しくはない……というか、『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』を超える苦しさはもうないと思いますし(笑)。ただ、居心地が悪い感じはしましたね。なにか違和感があるといいますか。はたして、咲太がどのような道を進んで物語を締めくくるのか、ぜひとも最後まで楽しみにしていただけるとうれしいです。
