2010年3月24日(水)
「方法はまあ、待て。神のあぶり出しに成功したら、ゆりっぺはどうするつもりなんだ?」
「そんなの決まってるじゃない。理不尽な人生を強いたそいつに一発どぎついのを、いや何発もかましてやるのよ」
「神をどつきまわす女か……すごいキャラだな……斬新だ……」
「でしょ。きっと歴史上で初めてよ」
「ああ、間違いない。歴史の教科書に載るぜ」
「じゃ、あなたは三年のクラスから血祭りにあげていって。あたしは一年からやっていくから」
去っていこうとする。
「だから、ちょっと待ったあぁーー!!」
「何よ」
振り返り、足を止める。
「他に案はないのか? そもそもふたりでこの学校の生徒全員を血祭りにあげるのは、現実的でない気がする」
「この世界には警察なんていないのよ? 武器は野球部のバットね。よろしく」
「だから、待ったあぁーー!!」
「何よ、うるさいわね……びびってんの? 相手は人間じゃないのよ?」
「いや、だから相手の数が尋常じゃない。全校生徒なんて、何百、いや、千人以上いるぜ」
「時間だって無限にあるのよ?」
「じゃあ、こう言おう。俺は殺人鬼のような真似はしたかない」
そう言うと、ゆりっぺの表情が明らかに変わった。
「殺人鬼……そうか……そんなことしようとしてたんだ、あたし……」
「そうだ。もっとこう……人道的な方法をだな、取ろうぜ?」
「そうね……」
あれだけ勢いづいていた彼女をこんないとも簡単に引き留められようとは、俺自身驚きだ。
「あなたに案は?」
「いきなり振られてもな……」
「あなたが却下したんだからあなたが考えなさいよ。全校生徒を血祭りにあげるぐらいインパクトがあって、神様が慌てて出てきてストップかけそうなのを」
「それ、ものすごいインパクトだからな……」
それでも考えなくちゃならない。そうだなあ……と腕組みをし、思案に入る。
「夜のうちに、校舎の窓ガラスをすべて割って回るってのは?」
「本気で言ってんの? そんなの警察沙汰レベルじゃない。全校生徒を血祭りにあげるレベルのをちょうだい」
「そんなレベル、ふたつとあるかよっ!」
「はぁ~……あなたを仲間にしたのは無意味だったかしら……」
心底呆れたような深いため息をつかれる。
「おまえの要求するレベルが高すぎんだよっ、こんなことで“使えねー”なんて判断すんなよっ」
「じゃ、あなたは何してくれるのよ」
「そうだな……」
俺は自分の手のひらを顔の前まで持ってきて、それを拳に変える。
「運動神経には自信がある。力もあるほうだ。なんつっても男だからな。窮地の時は、体を張ってでもおまえを守ってやるぐらいはできるさ」
「あたし、不死身なんだけど」
「そうだったーーっ!! その設定を忘れてたーーっっ!!」
頭を抱え込む。
「日向くんて意外と軟派なのね。会ってすぐに口説こうなんて」
「いや、おまえを口説こうなんて死んでも思わないから安心しろ」
「死んでるじゃない」
「そうだったーーーっ!! その設定も忘れてたーーっっ!!」
再び頭を抱え込む。
「あほね」
「何、騒いでるの」
背後から声がした。
「ちっ、現れやがったか」
ゆりっぺが忌々しげに舌打ちする。
振り返ると、見覚えのある女生徒……生徒会長がいた。
「授業中よ」
「あなたは?」
「先生に許可をもらい、注意に来たの。教室に戻って」
ゆりっぺに聞くまでもなく、こいつも人間じゃないのだろう。他の生徒の連中よりも、人間味がない。実に機械的だ。そして生徒会長という立場。この学校を学校として見せかけるための象徴とも言えそうな存在だ。
「日向くん。相手は生徒会長よ。なんかやってみせて」
ゆりっぺがそばに寄ってきて耳打ちしてくる。
「はい?」
「生徒を仕切るトップよ? 誰よりも神に近い位置にいると言えるわ。これはチャンスよ」
「ま、そうかもしれねぇけど……するって何を」
「あたしが考えて実行してくれるなら、考えてあげるけど」
「いやっ、いい……」
どうせ血祭りにあげる案しか出てこない。
「じゃあ、自分で考えなさいよ」
「わかった、とにかくいろいろ質問しまくってくる。それでいいだろ」
「それでどーなるんだか」
ゆりっぺは不満そうだったが放っておき、黙ってこっちを見ている生徒会長の前まで歩いていく。
「あのさ、生徒会長さん」
「何?」
「神様っていると思う?」
「それが今訊くべきことなの?」
「ああ、すげー大事なことなんだ。答えてくれないと授業には戻れない」
「じゃあ、わからない」
……そう来るか。
「じゃあさ、いるとしたらどこにいると思う?」
「想像もつかない」
……参ったな。知らぬ存ぜぬでは話にならないじゃないか。
もっと身近な話題を……。
そういや、こいつらは恋はするのだろうか。
それは、ふとした疑問だった。
「好きな奴、いる?」
「……?」
わかっていない様子。
「好きな男子。いる?」
もう一度繰り返す。
「いないわ」
今度は表情ひとつ変えず即答した。
「じゃあさ、今、もし俺に告白されたらどうする?」
「わからない」
なら、試してみよう。反応が楽しみだ。
「生徒会長ってさ、結構可愛いよな。本気で思うぜ? 初めて会った時からさ、ずっとそのこと考えちゃってるんだ。これってさ、恋だよな……。なあ、生徒会長。ええと、俺とつきあって…」
どぐしぃっっ!!
俺は空を舞っていた。なぜ? ホワーイ?
最後に見たのは、ゆりっぺの見事なキックのフォロースィングだった。
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