2010年3月24日(水)
翌朝の屋上。
ゆりっぺの姿を見つけるやいなや、俺は駆けだしていた。
「ゆりっぺーーー!」
同じ人間という存在が、涙がでるほど恋しかった。
その温もりを抱きしめて確かめたかった。
が、ひらりとかわされる。
ぐわっしゃーーーーん!!
顔面から金網に激突する。
「やばい……第三の欲求が爆発している……身の危険を感じるわ……ごめんなさい、あたしたち解散ね。さようなら」
去っていこうとする。
「ちっがーーーーーうっ!!」
「何がよ、変態」
「恋しかっただけだよっ」
「ほら、恐いっ、その気ありまくりじゃないっ」
「女としてじゃない! 人としてだ! ルームメイトの奴があまりに人間味がなさすぎて不気味で人恋しくなってたんだよ!」
「そう。そりゃ災難だったわね。あたしみたいに追い出したら?」
「そんなイレギュラーな事態、インプットされてなさそうだぜ。どうなるか逆に恐い……」
「どう考えても今のあなたのほうが恐かったわよ」
「いや、まあ、それは謝る。ごめん。落ち着いたよ……」
「こうして日中は会えるんだから。もう飛びかかってきたりしないでよ? またここから蹴り落とすわよ?」
「ああ……」
それすらも今ならありがたく思えそうだ。
「で、今日はこれからどうするんだ?」
「そりゃ引き続き神のあぶり出しよ」
「どうやって」
「あなたまさか……一晩も時間があって何も考えてこなかったの?」
「考えてこいなんて言われなかったし……」
「あああー! なんてバカなのよ、もう! なんなのあなたは!? 何をする仲間になったの!?」
「は、はは……そうだな、まったくだ……ははは」
罵倒されてちょっと気持ちよくなっている自分が恐い。飛んでくる唾さえ愛おしい。
「何か考えなさいよ、今、ここで! 今すぐ!ほら、なんか言え!!」
「んな急には……」
そこへ、ピンポンパンポーンと校内放送のジングルが聞こえてくる。
続いたのは緊迫した声。
『全校生徒に告げます。すみやかに教室に戻り担任が来るまで待機するように。繰り返します……』
「……!?」
ゆりっぺがすぐ反応して辺りを見回した。
「なんだ?」
「イレギュラーな事態よ。こんな放送聞いたことがない」
「暴走族でも乱入してきたか」
「かもね。なんにしても好機よ」
「なんの」
「あなたほんとにバカね。この世界であってはいけない緊急事態が発生してるのよ? 乗じない手はないわ。そして……」
「神をあぶり出す、か」
「行くわよ、どこで何が起きてるか把握しなくちゃ」
廊下を走る。とりあえず、職員室に向かってだ。
その時。
ぱーん!
場違いな物の音が空気を震わせた。
「ちょっと待てよ……」
ドラマや映画なんかで何度となく聞いたことがある音だ。
「今のって銃声じゃねーか? すげぇ物騒なことになってんじゃねぇのか……」
「そんなバカな……」
ゆりっぺが動揺していた。目をかっと見開いて、足を止めていた。それは初めて目にする姿だ。
「この世界に存在しないものが存在している……」
「銃のことか?」
「誰かが持ち込んだのよ、この世界に。絶対に手中に納めなくてはならない……そいつを」
「そいつって…銃じゃなくて、持ち込んだ奴をか?」
「ええ。きっと心強い仲間になるわ」
ようやくいつもの顔。笑みまで見せる。
「校内で銃をぶっ放すような狂った奴だぜ!?正気かよっ!?」
「そうでもなきゃ狂わないじゃない? この世界の歯車は」
ゆりっぺは身を翻(ひるがえ)し、今度は、銃声のしたほうへ走り出した。
-第1話終了-
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