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2017年10月21日(土)

【ディバインゲート零】Die Gesetzwelt編・“大切な場所”~止揚

文:電撃オンライン

 ガンホー・オンライン・エンターテイメントがサービス中のiOS/Android用アプリ『ディバインゲート』の新章『ディバインゲート零』。そのキャラクターストーリーを追っていく連載企画をお届けします。

 今回お届けするのは、Die Gesetzwelt編・“大切な場所”。ヴォーカルのアヤナを中心としたバンドチーム“Die Gesetzwelt”の最高の曲が生まれるまでが綴られています。

Die Gesetzwelt編・“大切な場所”

テキスト:沢木褄
イラスト:シノ屋(TENKY)

「……いつもより、空気が乾燥してるみたい……。ダメッ!」


 明日のために早く寝ようとベッドに入ったアヤナは、勢いよく起き上がり、部屋に置いてある加湿器の電源を入れた。

「喉を痛めて歌えない、なんてことになったら、大変だもんね。……あとは、ちょっと息苦しいけど、マスクして寝れば万が一ってこともないでしょ」


 以前、暑い夏の日に防菌マスクを付けて寝ていて、母親に驚かれたことがある。その時は、翌日にライブを控えていた。

「喉のため」と冷房も抑えめで、その上マスクまでしている娘に、「何もそこまでしなくても」と母親は呆れたような表情をする。だが、いつも温厚なアヤナが、珍しく言い返した。「万全のコンディションで、ライブには挑みたいの!」と。

 加湿器からは白い水蒸気がぐんぐんと立ち昇る。それを見上げながら、アヤナは満足げにニコっと笑う。


「明日は……Die Gesetzweltの新しい曲を作る、最高の一日なんだから……!」

「さぁ、新曲作り始めるよっ!」

 テンカが力を込めて、言った。

 ここは『M'STUDIO』。

 Die Gesetzweltが、よく練習に使用している音楽スタジオだ。

 いつもと違うのは、スタジオに置かれているテーブルの上を、スナック菓子やペットボトルが占拠していること。普段は楽譜やらメトロノームやら、替えのピックやらが置かれているテーブルなのに、今日だけはちょっとしたパーティーみたいだ。アヤナはますますワクワクした。


「よっしゃ、燃えてきたぜ!」

「……あぁ」

 カオルも、極端に無口なイルマも、アヤナと同じ気持ちのようだ。

 アヤナは勢いよく、手を挙げる。

「はいっ!あのね、わたしは――」

 しばらくは、お菓子をつまみながら、それぞれが自由に意見を出し合う。練習の時はストイックで緊迫感さえ漂う時もあるが、今日は違う。和気あいあいと、曲作りのミーティングが進む。


 ……はずだった。


「だから、次はプログレで決まりだろ!?」

 言い終わるなり、カオルがせんべいを口に放り込んだ。勢いよく噛み砕きながら、まだ何か言っている。

「……馬鹿をいうな。ハードロックだ」

 イルマはペットボトルを口に付けて、意を決したようにゴクンと一口飲んだ後、カオルの言葉にかぶせた。半分以上残っていた炭酸飲料が、残りわずかになっている。

「ちょっ、今度はスピードメタルでしょ!」

 テンカは器用に薬指と小指でポテトチップスを挟みながら、残りの指を素早く動かした。今はギターを抱えてはいないけれど、想像の中ではものすごい速さで弦を弾いているようだ。

「えーっ!?三人ともセンスないなー。メロコアでしょ、ここは!」

 アヤナは特にメロディを大切にした曲を作りたかった。『音』で魅せるのはもちろんだけど、ステキなメロディにステキな歌詞を乗せ、『言葉』でも心を掴みたかった。

「なるほど、アヤナはリリカルで歌詞を重視した曲を作りたいわけね」

 テンカは指先に挟んでいたポテトチップスを口に入れる。

「おいおい、俺たちは一度たりとも歌詞をおろそかにしたことなんてねぇぞ?」

 カオルは不満げに言った。

「アヤナが言いたいのは、そういうことではないでしょ?」

「じゃあどういう……」

「だからリリカルだって。叙情的というか……」

 テンカがちょっと戸惑いながら説明しようとしたが、イルマが隙をつくように言葉をかぶせる。

「……ハードロック」

「ちょっと、私の話を……!」

「いや、プログレだっての!」

「えっ、だったら、私はやっぱり、スピードメタルを……」

「ちょ、ちょっとみんな……」

 そうだった。自分たちのバンドは、音楽の趣味がそれぞれ違うのだ。こういった場合、今までは各々のやりたい曲を順番に作って、みんな『平等』に意見を通していたらしい。


 今まで、アヤナがヴォーカルとして加入するまでは――。


「んじゃあ、また、そこらを順番につく……」

 カオルはやれやれという様子で頭を掻く。

「それはダメ!」

 アヤナは鋭く叫んだ。

 言われたカオルはもちろん、テンカもイルマも驚いた様子で、アヤナを見た。

「順番に作るとか妥協しちゃダメだよ!」

「妥協っつうか……」

「妥協だよ!だって、そうやって作った曲は、誰かにとっては『最高』かもしれないけど、わたしたちの――Die Gesetzweltの『最高』ではないでしょ?」

「それはそうだけど……自分たちが作れば愛着も湧くし、手を抜いたりはしないよ?」

「……当然だ」

「でも、『最高』じゃない」

 カオルが「うっ……」と唸った。

「わたしたちがこれと思う一曲じゃなきゃ……。絶対に嫌ッ!!」

 言いきってから、アヤナはハッとした。

 みんなの視線が集まっている。

 アヤナは、以前、一時所属していたバンドでの出来事を思い出した。

 ある曲の最中、ヴォーカルソロの後、ギターがソロを重ねる際、『入り』のリズムが微妙にズレてしまうことがあった。

 それは明らかにギターの技術不足ゆえだったのだが、ライブ前日だったこともあり、他のメンバーは「そんなに気にならないよ」「他の部分も練習したいし」とろくに練習もせず、流してしまったのだ。

 アヤナは不満を感じつつも「まぁまぁ、時間もないしさ」「次のライブでがんばろう」というメンバーの空気に圧され、強く言い出すことができなかった。

 本番はそつなくこなしたアヤナだが、ライブが終わってすぐ、そのバンドをやめた。音楽に対して妥協をする姿勢が、許せなかったのだ。


「ってもな、アヤナ……」

 説得しようとカオルが様子をうかがう。

「絶対、嫌ッ!!!」

「やれやれ、ウチの姫様の『絶対に嫌ッ』が出ちゃったよ……」

 テンカは苦笑している。

「これは長引きそうだな」

 イルマは淡々と言った。

【ディバインゲート零:前日譚】

 アヤナは、以前の自分のように、諦めたくなかった。


『大好きな歌をウソ偽りなく歌えること』


 それが一番、アヤナが求めていたもの。そして、ようやく、自分はその場所を見つけた。 

 いや、違う。正確に言えば、その場所を創り出せる仲間を見つけたのだ。

 さらに彼らは、ひとりでは決してたどり着けない場所――地平線の先まで、一緒に見に行ける仲間なのだ。

 だからこそ、妥協はしたくない。

 テンカとカオルとイルマと……この三人だからこそ、アヤナは折れたくなかった。

 けれど、むぅっと膨れるアヤナは、この熱い想いをうまく言葉にできなかった。

 自分にとって、あまりにも素晴らしくて、尊くて、大切なものだからこそ、簡単に表現したくなかった。


「……私の、大切な場所だから」

 やっと見つけた、かけがえのない場所だから。

 アヤナは短い言葉にありったけの想いを込める。それはいつも、歌詞を書く時に感じる情熱に似ていた。『届け!』という願いを込め、言葉を紡ぎ出す時と同じ。ちょっと不安で、だけど溢れ出すような激しい気持ちだった。

「うん、分かってるよ」

 テンカはアヤナの想いを受け止めるように、応えてくれた。

「こりゃ、ごちゃ混ぜでも何でも、一曲書くしかなさそうだね」

「テンカ……」

「うし、やるか!」

「カオル……!」

「あぁ、そうだな」

「イルマも……!」

 普段、自分の主張を押し通して、和を乱すようなことはしないアヤナも、音楽に関しては違った。妥協したくない。できない。

 そんなアヤナの性格を、テンカたちは知っていた。そして、どれだけアヤナがこの居場所を、Die Gesetzweltを大切にしているかも、充分に分かっていた。

 だから、アヤナの強硬な態度を、真正面から笑顔で受け止めてくれたのだ。


「さぁて姫様。どんな風に曲を作ろうか。歌詞からつくる?」

「姫様って……テンカ、ふざけてるの?」

「いいや、アヤナはうちのバンドに彗星のごとく現れた、歌姫でしょ?」

「まぁ、悪い気はしないけど……」

「ふふ、でしょ? アヤナ、何か伝えたい想いとか、ある? 何かあるなら、それを歌詞にしてみようよ」

「いっぱい、あるよ。でも……」

「大切な想いだからこそ、簡単に言葉にはしたくないか……」

 テンカはアヤナに微笑んだ。

 自分の気持ちが伝わっていることが嬉しくて、アヤナも笑い返す。

「曲に合う歌詞にしたい。歌詞だけに合わせて、チグハグになるのも嫌だから、一緒に作っていきたいかな」

「……確かに」

 イルマは小さく相槌を打つ。

「やっぱり、ここも『妥協』は嫌なんだね」

 テンカは笑った。

「もちろん!」

 アヤナも満面の笑みを浮かべた。


「なら、まずはリズムから作ってみるってのはどうだ? 俺たちが一番ノれるリズムを追究してみようぜ?」

 カオルはいつの間にやらドラムのスティックを手にしており、テーブルをリズミカルに叩く。

「曲の始まりにシンバル入れてみるとか? どうだ!?」

 カオルはテーブルの上のペットボトルを打った。カオルの頭の中では、それがクラッシュシンバルになっているようだ。

「あっ……!」

 スティックに弾かれて、ペットボトルは横に倒れそうになる。

 それを、イルマがさっと取り、再びゴクリと飲んだ。その華麗な手さばきは、ベースの弦をかき鳴らす時と同じだ。

「コード進行から起こしてみるのも一興」

「いや、まずはリズムだろ?」

「コードは、奥が深い」

「それより、メロディラインから考えてみるとか……」

 カオルとイルマの『リズム』と『コード』の戦いに、テンカの『メロディ』が加わった。

「み、みんな……」

 みんなの熱意に、困り顔のアヤナだったが、次の瞬間、晴れやかな笑顔を浮かべる。


「ねぇ、私たちらしく、セッションして作ろうよ!」


 音楽を奏でている時に、みんなの「一番」を出し合って、みんなが心を合わせていけば、それがDie Gesetzweltにとって最高の曲になる。


「みんな、言いたいことは楽器で。私は、歌で……語ろう!」


「姫様がそう言うなら」

「仕方ねぇな」

「……やれやれ」

 そう言いながらも、みんなは笑顔で、それぞれの持ち場に着いた。


『見たことの無い地平線を一緒に見に行ける仲間』


 その仲間の中心に立って、アヤナはスタンドマイクを握る。


 この日、Die Gesetzweltを語る上では外せない、彼らの代表曲が生まれたのだった。

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