ゲームシナリオライターよもやま話 その6。シナリオを書いた後のお仕事【電撃PS】

電撃PlayStation 、師走トオル
公開日時

 『僕と彼女のゲーム戦争』などで知られる作家・師走トオル氏によるゲームコラム“名前のないゲームコラム”。今後定期的に“ゲームシナリオライターよもやま話”をテーマにお送りします。

ゲームシナリオライターよもやま話 バックナンバー

ゲームシナリオライターよもやま話:その6
シナリオを書いた後のお仕事

ゲームシナリオ最後の仕上げ、スクリプト打ち

 さて、前回までにゲームシナリオライターの基本的な仕事――仕事の受注からライティングまで解説してきました。

 ただシナリオを書いたとしてもそれがそのままゲームになるわけではなく、当然ながらゲームに組み込むという作業が必要になります。そのために必要なのが通称“スクリプト打ち”という行程です(※)。

※“インポート”、“流し込み”、あるいは“スクリプト”等、ゲーム会社、開発環境によって呼び方は異なる場合があります。なお、後述しますが、最近はシナリオライターが担当しない行程でもあります。

 スクリプトとは聞き慣れない単語だと思います。もともと“脚本”といった意味も持っている単語ですが、この場合は“簡易プログラム”という意味で使われるとお考えください。

 幸いゲームファンの皆さんにはあるゲームを例に簡単に説明することができます。『RPGツクール』です。

 ようするに専用のツールを使い、シナリオテキストをゲーム画面上に表示できるよう組み込みつつ、演出・画面効果・BGM・効果音などを併用して、シナリオをより面白く魅せられるよう実装していくわけですね。

 つまりスクリプト打ちとは、“シナリオをゲームに組み込む行程”と言えます。

実際のスクリプト打ちとは?

 たとえば、次のようなシナリオがあったとします。

主任予報官
台風20号は非常に強い勢力を保ったまま
12日から13日にかけて、西日本から
東日本に接近、または上陸する恐れがある。

 こういったシナリオが、スクリプト打ちという行程を経ると
↓こんな感じになります。

bgm(10);
chara("主任予報官",NORMAL)
print("台風21号は非常に強い勢力を保ったまま");
print("12日から13日にかけて、西日本から");
print("東日本に接近、または上陸する恐れがある。");

 プログラムをかじった人なら分かると思いますが、本当に“簡易プログラム”なんですよね。もちろんこの辺りのフォーマットは会社によって様々で、今ではもっとグラフィカルなインターフェースが使われていることもあります。

 言ってみれば『自社製RPGツクール』で、『RPGツクール』と大きく異なるのは、新しい機能が比較的簡単に追加できることです(ややこしいんですが、自社製ではなく他社製のツールやエンジンが使われることもありますが)。

 つまり『RPGツクール』では基本的に用意されている機能しか使えず、新たな機能が欲しければ公式のアップデートを待つのが普通です。ですが『自社製RPGツクール』であれば、社内のプログラマーさんに土下座して頼み込めば新たな機能を追加するのも簡単です(注:一部誇張した表現を用いております)。

余談 実は幅広い演出が可能なスクリプト打ち

 完全に私事で恐縮ですが、私も作家・ライターになる前はゲーム会社に勤めておりました。そこでなにをしていたかと言えば、このスクリプト打ちです。

 当時いたのがセガのソニックチームというところで、『PSO』こと『ファンタシースターオンライン』というゲームで毎月配信されるオンラインクエストの企画と制作(スクリプト打ち、ツール制作)を担当していました。

 なにせ20年前なので最近のゲームとは比べるべくもありませんが、この『PSO』というゲームはオンラインで最大四人のプレイヤーが同時に遊べるという非常に画期的なゲームでした。

 そのスクリプトも大変すばらしく、私でもスクリプトだけで“四人のプレイヤーが同時にスイッチを踏んだ瞬間、背後から火の壁が迫ってくる”といった同期が必要なオンラインイベントが簡単に作れたほどでした。

 本項では解説の都合上スクリプトを『RPGツクールのような簡易プログラム』と表現してきましたが、このようにゲームプロジェクトごとに合わせて作られるのがスクリプトなので、簡易プログラムなどといってもその表現手段は信じられないほど多岐にわたります。

 余談ですが最近では『バイオハザード7』のボス戦がREエンジンのスクリプト機能だけで作られたと聞いて衝撃を受けました。あんなイベント盛りだくさんの戦闘がプログラマーへの追加発注なしで作れるんですから。

シナリオライターとスクリプト打ちの話

 ゲームシナリオライターの間では、以前から“スクリプト打ちの経験があると有利”という説がありました。理由はいくつかありますが、一つ大きな理由を挙げるならゲーム仕様についての理解が早くなるからです。

 たとえば小説で地震などの現象を表現するなら、地の文を使って「そのとき地面がゆれ始めた」なんて書き方をするでしょう。

 ですがゲームでしたら地の文での表現は一切使わず、コメントで「ここで画面を揺らすエフェクトと地響きの効果音をお願いします」とスクリプターさん向けの指定をするだけで事足りますし、その方がインパクトが出る場合もあるわけです。

 スクリプトの経験があれば、そういった判断がより迅速かつ適切にできるようになる場合があるわけですね。実際、スクリプト打ちからシナリオライターになった人もいるほどです。

 ただし――。

 私も前述のような経緯がある関係で、個人的にスクリプト打ちは得意なつもりなんです。2010年代に入ってゲームシナリオのお仕事を受ける機会が増え、「きっとこの経験が活かせるに違いない」と思ったものです。

 ところが!

 最近の流れとして、実はシナリオライターがスクリプト打ちを担当することは“ほぼ”ないんですね。

 少し前――2000年代にはADVゲーム全盛期とも言える時代があり、その頃は膨大なシナリオを組み込むため、多くの場合は人手が足りず、シナリオライターが自分でスクリプト打ちをすることも少なくありませんでした。

 しかしまた時代は移ってスマホゲーム全盛期の現在になると、状況が変ってきます。シナリオを作る場合、自社内でシナリオチームを持つこともありますが、大体の場合はシナリオ制作会社やフリーランスのシナリオライターへの外注です(どうでもいいですけど最近は外注って言わないんですね。“アウトソーシング”ですね)。

 必要なシナリオの文量も、シナリオへ投じられる予算も、この数年で格段に上がりました。この辺り、詳しくはこちらの記事をご覧ください。

 つまりシナリオライターはシナリオを書くことに専念し、スクリプトは専門のスクリプターが担当する方が効率がよく、また予算的にも安上がりなわけです。シナリオ制作会社がスクリプト打ちまで担当することもありますが。

 実際のところスクリプト打ちというのは、ゲーム開発が進めばある程度ルール(パターン)が決まってきます。そういったルールが決まった後のスクリプト打ちは、ディレクションする人さえしっかりしていれば誰でもできる行程ではあります。

シナリオライターの仕事、スクリプトチェック

 ではシナリオライターとスクリプト打ちは、今やまったく関係がないのでしょうか?

 当然ながらそういうわけでもありません。まずスクリプト打ちを経験しておけば、前述通りシナリオがどのようにゲームに実装されるのかが理解しやすいという点で有利であることは間違いありません。

 ただもちろん“経験しておくに越したことはないけれど、必須ではない”のも間違いありません。そのゲームプロジェクトの仕様、つまりどういった表現・演出が可能なのかをしっかり把握できていればそれで済むことも多いです。

 ただシナリオを重視するゲームでは、シナリオライターが“スクリプトチェック”という作業工程を行う場合があります。

 スクリプトチェックとは、シナリオがゲームとして実装された後、そのシナリオを執筆したライターが実際にゲームをプレイして内容を確認するという行程です。

 なぜこの行程が必要になるかというと、シナリオライターとスクリプターが別の場合、シナリオライターが意図していない形でゲームに実装されてしまうことがあるからです。

 そこで実際にシナリオが実装されたゲーム画面を見ながら、

「ここはもっとおどろおどろしいシーンとして書いたつもりだったけど、エフェクトが軽快過ぎます」
「このシーンはBGMがない想定でした。BGM切ってください」

 といった指摘をするわけですね。

 ただ多くの場合、スクリプトチェックをするのはシナリオライターではなく、スクリプターとディレクターであることが多いです。最近は第一章第二章といった区切りごとにシナリオライターが変わることも多いため、突然シナリオの印象ががガラっと変ってしまうこともあります。そこでゲーム全体を統括する立場にあるディレクターが最初から最後までチェックすることで、整合性を取るわけですね。

最後に

 前述しましたが、今やシナリオライターはシナリオ執筆に専念することが多くなってきたため、スクリプトにまったく関与することのない案件の方が多いです。

 ですが折に触れて申し上げてきましたが、ゲーム制作はチームで行われるものであり、「自分の担当範囲外」のことまで配慮できるに越したことはありません。

 もしあなたがゲームシナリオライターを目指すのであれば、プログラミングやそれこそ『RPGツクール』といったものを体験しておけば、役に立つこともあるかもしれません。

師走トオル氏プロフィール

 ゲームをこよなく愛する作家。主な著作に『火の国、風の国物語』『僕と彼女のゲーム戦争』『無法の弁護人』『バイオハザード7 レジデントイービル ドキュメントファイル』等。最新作『ファイフステル・サーガ 再臨の魔王と聖女の傭兵団』は富士見ファンタジア文庫より発売中。

本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります

関連する記事一覧はこちら