2014年7月7日(月)
スクウェア・エニックスから発売中のPS3/Xbox 360用RPG『ライトニング リターンズ ファイナルファンタジーXIII』。その後日談を描く“ファイナルファンタジーXIII REMINISCENCE -tracer of memories- 追憶 -記憶の追跡者-”の第6話を掲載する。
著者は『ファイナルファンタジー』シリーズや『キングダム ハーツ』シリーズのシナリオに携わってきた渡辺大祐氏。今回の作品では、『FFXIII』シリーズ完結後の世界を舞台に、とある女性ジャーナリストを主人公にした記憶を巡る物語が描かれていく。
今回お届けするのは、ノエルとユールに関するエピソード。ノエルたちはヴァルハラなどで出会ったライトニングの思い出を語り始める。
・#1 ホープ・エストハイム
・#2 サッズ・カッツロイ
・#3 Get Back(ノラ)
・#4 セラ・ファロン
・#5 スノウ・ヴィリアース
・#6 ノエル・クライス&パドラ=ヌス・ユール
・#7 ヲルバ=ダイア・ヴァニラ&
ヲルバ=ユン・ファング
夜の涼しさがまだ残っていた。肌に触れる朝の空気はひんやりとしていたけれど、この土地ならすぐに蒸し暑くなるだろう。
午前7時の亜熱帯。市場はすでに活気を帯び始めている。舗装もされていない通りには、商店や露店に屋台が鈴なりだ。色とりどりの民族衣装をまとう人々が行き交う中、物売りたちが調子のいい売り口上を並べていた。
市場のはずれで脇道に入る。路地裏を少し行くとその家があった。ほぼ木だけで造られた2階建ての一軒家で、質素ではあったが粗末ではなかった。きっと手入れが丁寧なのだろう。暑い気候に合わせて開放的な造りで、扉はあってないようなものだ。私は挨拶の言葉を口にしながら家に入った。
建物の外見から想像していたよりも室内は広く明るく、そして見た目から想像したとおりに清潔で手入れが行き届いていた。明かり取りの窓からの日差しが、花瓶に活けた原色の花々を照らしている。
「あんたか」
不意に声が降ってきた。2階へ続く階段の上、吹き抜けの手すりにもたれかかった青年が、私を見下ろしていた。
窓からの朝の光で彼の顔立ちは陰になっていたが、瞳ははっきりと輝いていた。きらりと澄んで、けれど感情は読み取れない。獲物を淡々と観察する狩人の目だと思った。まるで猟犬――それとも猫か。
一瞬後に降りてきた。彼は階段を使わなかった。手すりを軸に鉄棒のように一回転したかと思うと、ふわりと目の前に降り立っていた。足音ひとつたてないその身のこなしまで、ノエル・クライスという青年は猫のようだった。
「事情はスノウから聞いてる。“あの世界”のこと、知りたいんだってな」
「ええ、ぜひ。私もあの世界の住人でした」
「それも聞いてる。だけど今まで、あまり人に話したことはないんだ。普通は信じられない話だから」
警戒を解かないまま、ノエルは私の背後に視線をやった。
「どう思う、ユール」
振り向くと隣の部屋への戸口に、髪の長い少女がたたずんでいた。まだ十代だろうか。
ユールと呼ばれた少女は、じっと私を見つめた。
「信じていいと思う。この人は信じると思う」
遠い彼方から響くようなユールの声のあとで、ノエルのため息の気配が伝わってきた。
「……了解。ユールがそう言うなら」
ノエルの声音が柔らかくなった。ユールの意思と判断を、最大限に尊重する思いやりが聞き取れた。
「じゃあ座って、全部話すよ」
ノエルが示したテーブルには、すでに茶器の用意が整えてあった。
私が腰を下ろした向かいに、ノエルがふわりと腰掛けた。その隣りにユールが背筋を伸ばして座る。緊張しているのか、もともとそういう性格なのか。
一方ノエルは肩の力を抜いていた。油断しているのではなく、何が起きても対応できる自信があるのだろう。姿勢を崩さないユールを気遣っている様子のノエルを眺めて、私はこっそり思った。彼は猫らしいだけでなくて、真面目な番犬のような雰囲気もあるかも、と。
ノエルの出自は、彼と一緒に戦ったセラ・ファロンから聞いていた。セラの立場から見ると、ノエルは700年先の未来から来た人物だった。彼が生まれたAF700年ごろ、人類は高度な文明を失って衰退していた。数えるほどの人間しか生き残っておらず、遠からず絶滅する運命にあったという。
ノエルは滅亡を止めたいと願った。その意思が、彼を時を越える旅に導いた。放浪の果てに倒れた彼は、生と死の狭間の世界“ヴァルハラ”にてライトニングに出会う。そして時空を越える“ゲート”を通って、セラのもとへ送り出されたのだった。
「AF700年代の人間だったあなたは、ゲートで時をさかのぼり、セラさんが暮らすAF3年の時代に現れた。そこはネオ・ボーダムという小さな村だったそうですが、過去の世界を眺めた印象はいかがでしたか?」
「豊かで賑やか、それに平和。小さいどころか、大きな街だと思ったな。俺のいた時代、あんなふうに人がまとまって暮らす街はなかったんだ。大地の恵みが尽きていたから、とぼしい食糧を探して放浪するしかなかったし、人間の数そのものが減ってた」
「AF700年代というのは、厳しい環境だったんですね……」
「生まれた時からそうだったから、慣れてはいたんだ。生きることは辛くて当たり前だった。ばあちゃんの昔話で、世界が豊かだった時代のことを聞いていたけど、実感なかったな。セラたちの時代に来て初めて、平和ってこういうことって理解できたんだ。
それから……ぞっとした。こんなに豊かな世界なのに、700年後の未来には荒れ果ててしまうことを俺は知っていた。その恐ろしさが肌でわかって、だから思った――そんな未来は、変えなきゃ駄目だ」
このままでは700年後に人類は滅ぶ。防ぐためには、歴史を正しい方向に変えなければ――荒廃した未来を知る彼だからこそ、強くそう感じたのだろう。その思いを胸に、彼はセラとともに旅立った。
「時を旅するうちに、思いは強くなっていった。いろいろな時代で、人類の未来のために努力してる人たちに会ったから、俺も頑張ろうってさ。都にたどりついた時は、特にそう感じたな」
「都というと、AF400年ごろから繁栄した大都市、新都アカデミアでしょうか?」
「正解。あんな大きな都市、想像したこともなくてさ。興奮しながら思ったんだ。この都市は、数えきれない人たちが努力を積み重ねて築いたものだ。みんなの頑張りを無駄にしないためにも、この繁栄を守ろう。そうすれば人類の歴史が変わって、未来も変わる。豊かな世界がずっと続けば、俺とユールがいたAF700年だって、もっと暮らしやすい時代になる――そう思った」
ノエルはユールに視線を流した。ふたりは幼馴染で、厳しいAF700年代を支えあって生きたという。
ただしユールは彼女一人ではない。
「……転生って知ってる?」
「はい。セラさんから、おおまかな話は」
パドラ=ヌス・ユール――時詠みの巫女。未来の歴史を視る予言者のような存在だが、異能の力を使うせいで生命が削られるため、巫女は若くして亡くなる。
そして生まれ変わる。
ひとりのユールが死ぬと、彼女の異能の力を受け継いだ赤子がどこかで産声をあげ、新たなユールとして転生する。そのユールも早すぎる死を迎えるが、すぐにまた違うユールが現れる――その繰り返し。
時詠みの巫女とは、少女たちの生と死をもって継承されてきた存在だった。巫女の宿命とユールという名のもとに、人間らしく生きることを許されなかった少女たちが無数に存在した。
ノエルの隣りにいるのは、早世と転生を繰り返してきた“ユールたち”の最後のひとりだという。
「俺はユールを助けたかった。巫女の宿命から自由にしたかったんだ――そこだけは、あいつも同じだった」
「あいつというのは?」
ユールがそっとつぶやく。
「カイアス・バラッド。巫女の守護者」
その名は何度も聞いていた。世界に破滅を招いた、不死身の魔人。何度となくセラたちの前に立ちはだかった宿敵だというが。
「俺に剣を教えてくれたのは、カイアスなんだ」
ノエルとユールはAF700年の日々をカイアスと過ごしていたという。カイアスは巫女の護衛だった。不老不死の彼は、転生を繰り返す歴代の巫女たちを何世紀にもわたって見守ってきた。
ユールは紡ぐように語る。
「あの人は気の遠くなるような歳月のあいだに、数えきれないほどの巫女たちを守ってきた。けれどあの人が守ろうとした巫女たちの誰もが、時詠みの力に命を吸われ、若くして死んでいった。巫女がひとり死ぬたびに、あの人は守るべきものを失う虚しさを味わった。それを何人も何世代も繰り返した。私たち巫女の転生が、死ぬことのできないあの人に、終わりのない悲しみを背負わせた」
「世界がこのまま続いていけば、ユールはいつまでも転生の宿命から逃げられない。だから世界のほうを壊す――カイアスはそう考えて歴史を歪めた。世界の未来を閉じて、巫女の宿命を断ち切ろうとした」
シンプルな動機と言えたが、納得するのは難しかった。
「そんな……そんな理由があっても、だからといって人類を滅ぼそうとするなんて。いくらユールさんのことがあったとしても、なにも世界を巻き込まなくても、ほかに手段があったでしょうに」
カイアスの凶行によって世界は狂い、歴史は歪んだ。ノエルが変えたいと願っていた、AF700年の荒廃は回避された――が、かわりに訪れたのは、もっと過酷な時代だった。混沌(カオス)の侵蝕によって人間の生と死のサイクルが乱れたのだ。人は歳をとらなくなり、かわりに新しい命も生まれなくなった。それから人類は500年かけてじわじわと滅亡に向かっていったのだ。どういう事情があろうとカイアスの行為は理不尽だ。
「俺も違うと思った。だから戦って、あいつを倒した」
ノエルは言葉を切った。何かに耐える顔をしていた。痛ましい過去を振り返る苦しみだろうか。カイアスを討ったあとに何が起こったかは、私も知っていた。
「俺がカイアスを殺したことで、あいつにつながっていた女神エトロが死んだ。そのせいで混沌(カオス)があふれて……セラの命を奪った。
世界の滅亡もセラが死んだのも、カイアスひとりのせいじゃない。俺の責任でもあったんだ」
「ですが、それはカイアスの罠だったのでは? あなたは知らなかっただけでしょう。スノウさんも、あなたのせいではないと言っていましたよ」
「仕方ないって割り切れることでも、忘れていいことでもなかった。ほかに方法はなかったのか、俺がうまくやれば防げたんじゃないか。そんなふうに振り返って悔やむ時間が、500年もあったんだ。
……ユールを想って世界を壊そうとしたカイアスの気持ちも、少しはわかるようになった」
思ってもみない告白だった。それからの混沌(カオス)の時代、彼がどのように生きたのかを聞かなければならなかった。
「ホープさんを中心に、人類再誕評議会(コンセィユ・ド・ルネサンス)という組織ができて、皆さんで社会を引っ張ったと聞いています」
「サッズが励ましてくれてさ。世の中が大変な時に、若い連中が踏ん張らなくてどうすんだ、なんて。自分のやるべき償いが見つかってありがたかったな。あのころの俺は思いつめていたから、することがなかったら、きっと潰れてた」
「世界を傷つけたことを、悩んでいたんですね。ノエルさんはスノウさんと組んで、混沌(カオス)の魔物と戦っていたそうですが」
「俺たちのほかにも戦ってくれる人が大勢いた。みんなで警備隊みたいなものを作ったんだ。スノウは隊長というか大将。隊をまとめて、危ない時は先頭に立って戦った」
「ノエルさんは副隊長ですか?」
「一応。でも、どちらかと言えば部隊を離れて、ひとりで行動することが多かった。偵察とか潜入、魔物の追跡なんて任務」
「遊撃隊というか、孤独な狩人といったところでしょうか」
「そんなかっこいいものじゃなかった。本当は人前に出るのが後ろめたかったんだ。世界を傷つけた俺は、ホープやスノウのように人々の中心にはなれない。日の当たる立場で名乗る資格はないから、陰から支えようと思った。スノウは理解してくれて、俺のやりたいようにさせてくれたな」
「信頼関係があったんですね。時を越える旅の際にスノウさんと初めて会った時は、気が合わなかったそうですが」
「当然。あいつは無茶すぎた。あのころ俺は、セラを守らなきゃって必死になってた。なのにあいつは無理ばっかして、勝手にくたばりそうだった。こっちはあんたの恋人を守ろうと頑張ってるのに、あんたが先に死んでどうするって、文句も言いたくなったんだ」
「嫌いなタイプでしたか?」
「どうかな。心の底では、いい奴だって気づいてた気がする。無理して倒れて、いなくなってしまうのが怖いから、おせっかいで説教したんじゃないかな、俺」
「今はもう、冷静なんですね。その当時のご自分のことも、スノウさんのこともしっかりと理解している」
「間違いなく無謀な奴だけど、無謀なだけじゃなかった。人の力を引き出すんだ。世話の焼ける大将だから、支えるほうが見るに見かねて頑張るのかな? 混沌(カオス)の時代になってから理解したよ。何年も何十年も戦いが続いて、誰もが疲れて諦めかけた時も、あいつは体を張って先頭に立って、戦う背中を見せてくれた。命を懸けて俺たちを励ましてくれたんだ。それは俺やみんなにとってずいぶんと勇気になった」
「言葉よりも態度で伝えていたんですね。ヒーローですね、やっぱり」
「恋人のセラを守れなかった俺を、憎んでもおかしくないのに、責める言葉なんか一言もなかった」
いったん言葉を切ってから、ノエルはためらいがちに続けた。
「……それが重かったのかもな。怒鳴ってくれたほうが、かえって楽かもしれないと思ったこともあるんだ。セラのこと、混沌(カオス)のこと、『全部おまえの責任だ』って責められたら、俺のほうも『違う、カイアスのせいだ』って言い返して、開き直れた――そんな気もする。すごく勝手な話だけど」
「スノウさんの気遣いが、重かった――ということでしょうか? そういえば、サッズさんも似たようなことをおっしゃっていました。ドッジ君が昏睡状態に陥ってから、皆さんが頻繁に見舞いにきてくれたり、励ましてくれたりするのが、だんだん申し訳なくなって……距離を置くようになったと」
「初耳。それでサッズは俺たちと会わなくなったのか……。だけど気持ちはわかるな。混沌(カオス)の時代が始まって300年も経つと、俺は物事を悪い方向にばかり考えるようになっていた。それに追い打ちをかけるように、あの事件が起きた」
「ホープさんの“神隠し”ですね」
「今でこそあの事件は、ブーニベルゼの仕業だったとわかってる。でも当時は見当もつかなかった。あの世界を救うために頑張っていた責任感の強いホープが、仕事を投げ出していなくなるなんて有り得ないと思った。それに消えたのはホープだけじゃない。人工コクーンで研究を進めていた科学者たちも、まとめて行方不明になっていたんだ」
「人工コクーンでの研究というのは?」
「確か混沌(カオス)を制御するとか……詳しくはホープに聞いたほうがいい。ともかく原因がわからないまま、人類再誕評議会(コンセィユ・ド・ルネサンス)は責任の押しつけあいで混乱した。社会が物騒になったせいで、俺もスノウも治安を守る仕事で忙しくなって、全然会えなくなった」
「そのうちに“神の救い”が、人々の心をとらえていったんですね。至高神ブーニベルゼが人々を新たな世界に導く――そんな教えを唱える救世院が、勢力を伸ばしていった」
「ホープが消えていちばん得をしたのは救世院だ。救世院がホープを誘拐した可能性もあると思って、潜入して調べた」
「証拠は見つかったんですか?」
「全然。それでも救世院のやりかたは気に食わなかった。人の魂を救うなんて綺麗ごと言ってたくせに、権力を握ったとたん、逆らう人を弾圧し始めたんだ。だから奴らの聖堂に忍び込んで、きつく“警告”したこともある。そんな俺のことを“闇の狩人”なんて呼ぶ奴もいた」
「一方そのころスノウさんは、救世院による物資の独占を防ぐために、救世院との直接対決を避けて妥協したと聞いています」
「あいつが救世院から“太守”の称号を受け取ったと知った時は、うさんくさい神の教えに魂を売ったと思ったな。本当はあいつの考えを読めてはいたんだ。救世院と戦えば人間同士で血が流れるから、ああすることでユスナーンの街の自治権と生産プラントを抑えて、救世院が手出しできないようにした。わかってはいたけど……わかりたくなかった」
ホープという求心力を失ったためか、かつての仲間たちの心は離れていった。やがてヴァニラとファングが復活したが、ノエルはほとんど接触しなかったようだ。同時期に“解放者”の噂が広まり始めた。世界が終焉を迎える13年前のことだった。
「そのころルミナという少女が現れた。どこから来たのか誰にもわからなかった。混沌(カオス)の影響で、世界に子どもは生まれないはずだったのにな。そして“予言の書”が出現した」
「その予言の書という品については、セラさんからも聞いています。時詠みの巫女――歴代のユールさんたちが視た“未来の予言”を記録された装置ですよね」
「俺もよく知ってた。だから騙されたんだ」
「騙された?」
「ルミナが作った偽りの予言だったんだ。そこに記録されていたものは、俺が心から夢見た未来だった。ユールと再会して、安らかに生きていける未来――この未来を実現できるなら、どんなことでもすると思った」
「予言に救いを求めたということでしょうか。何があなたにそうさせたのでしょう?」
「絶望。耐えきれなくて希望にすがりついた。この手を血に染めてもかまわないと思った。予言は物語っていたんだ。俺が“解放者”を――ライトニングを倒せば、平和な未来が実現するって。だから殺そうとした」
「ライトニングさんと戦うことに、抵抗はなかったのですか?」
「……おぼえてるかな。カイアスの気持ちもわかるようになった、そう言ったろ。
セラの死、世界の破滅――俺は過去を悔み続けて、絶望につかまった。前向きに考えるのが嫌になった」
「長すぎる時を生きるあいだ、ずっと思いつめるあまり、破滅的な道を?」
「カイアスも同じだったと思う。何度ユールを失っても、不死身のあいつは絶望のあまり死ぬこともできなかった。だから世界を壊すだなんて、間違った道に走ったんだ。
俺もそうなった。今だから言えるけど、おかしくなっていたのは俺だけじゃなかった。スノウやサッズも、それぞれの悩みに囚われて、どこかまともじゃなくなっていた」
ユールが言葉を引き取った。
「けれど“解放者”は――帰ってきたライトニングは、囚われた人々の魂を、解き放ってくれた」
「そのころユールさんはどうされていたのですか? あなたはAF700年代に亡くなっていたはずですが……」
「私の魂は……私たちの魂は、カイアスとともにありました。ユールと名乗った歴代の巫女たちの、無数の魂と一緒に。数多の魂が混然となって融合していたから、秩序ある意識も意志も持てないまま、ただ無邪気な欲望のみの存在として漂っていました」
「ユスナーンやルクセリオの街からそう遠くない、ウィルダネスという土地の神殿にいたんだ。そんな近くにいたなんて知らなかった」
「ではカイアスもその地で生きていたということですか?」
「あの人は、生きても死んでもいなかった。たくさんのユールたちの想いが錯綜していて――長らく絶望を背負ったあの人を、死なせてあげたいと願うユールもいたし、死なせたくない、一緒にいたいと望むユールもいました。矛盾する“私たち”の想いが混沌(カオス)と結びついて、あの人の魂を縛りつけていた。消えることを許そうとしなかったんです」
「カイアスの魂も、この世界に生まれ変わっているのでしょうか」
「……人の目に視える世界には、あの人はいません。カイアスは魂の帰る世界にいる。もしもあなたが亡くなったなら、きっとあの人に出会うでしょう」
「では彼は死の世界にいると……」
「死者たちの魂を守り、新たな生へと導く者。視えざる世界を統べる者――それがあの人」
インタビューを終えてから3人で市場へ出かけた。ちょうど昼時とあって、あちこちで食欲をそそられる匂いが立ちのぼり、店に客を呼び込む声や、食事中の人々の談笑がかまびすしい。
人々の喧騒を、ノエルとユールは満たされた面持ちで眺めていた。彼らがこの騒がしい、けれども活気あふれる街に住処を定めた理由がわかった気がした。わずかに残った人間が定住もできずにさまよい歩く、寂しい時代に生まれた彼らにとっては、この街の賑わいこそが快い安らぎだろう。
ユールはのびのびと振舞っていた。私の質問には言葉を選ぶように答えていた彼女だけれど、いまは踊るような足取りで市場をめぐり、珍しい品物を見つけるたびにノエルを振り返っては、きらめく瞳で無邪気に笑う。ノエルは穏やかに見守っていた。
とりとめのない話で笑いあい、今の暮らしを心から楽しむ彼らが、死の世界にいるというカイアス・バラッドに再会するのは、ずっとずっと先になるだろう。
一緒に食事をしてから別れを告げた。紙とペンを頼まれたのでノートを渡すと、ノエルは綺麗な字でさらさらと書きつけた。
「ファングとヴァニラの居場所だよ。スノウに頼まれたんだ。俺の目で見て、あんたが信頼できるって判断したら、ふたりの居場所を教えてやれって言われた」
こういう大事なことを人に判断させるのが無責任だよな、あいつ――そう文句を言ってから、ノエルは懐かしむように微笑した。
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