2014年7月14日(月)
【FFXIIIシリーズ後日談小説 #09】「それが人というものだ。人の本質は闘争だ」~Breathless(カイアス・バラッド)
スクウェア・エニックスから発売中のPS3/Xbox 360用RPG『ライトニング リターンズ ファイナルファンタジーXIII』。その後日談を描く“ファイナルファンタジーXIII REMINISCENCE -tracer of memories- 追憶 -記憶の追跡者-”の第1話を掲載する。
著者は『ファイナルファンタジー』シリーズや『キングダム ハーツ』シリーズのシナリオに携わってきた渡辺大祐氏。今回の作品では、『FFXIII』シリーズ完結後の世界を舞台に、とある女性ジャーナリストを主人公にした記憶を巡る物語が描かれていく。
今回お届けするのは、カイアスに関するエピソード。かつて時詠みの巫女を守るために世界を敵に回した彼は、いったい何を主人公へと伝えるのか?
【INDEX】
・#1 ホープ・エストハイム
・#2 サッズ・カッツロイ
・#3 Get Back(ノラ)
・#4 セラ・ファロン
・#5 スノウ・ヴィリアース
・#6 ノエル・クライス&パドラ=ヌス・ユール
・#7 ヲルバ=ダイア・ヴァニラ&
ヲルバ=ユン・ファング
・#8 ホープ・エストハイム
・#9 Breathless(カイアス・バラッド)
・#10 Passenger
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風が弱まると嫌な臭いが鼻をついた。何かが焼け焦げる臭気だ。料理や焚き火の匂いなら心やすらぐものだが、いま嗅いでいるのは不快な異臭でしかない。可燃物も不燃物もごたまぜに焼かれたらしく、鼻の奥につんと刺激があった。それに埃と汗の臭いも混ざっていた。
何が燃えているのか確かめようと周囲を観察したが、それらしい火元は見当たらない。風が遠くから運んできたのだろうか、などと考えているうちに気がついた。何の事はない、その源は私自身だった。髪や服に煙の臭いがたっぷり染みついていた。つい先ほど街角のバリケードを通り過ぎた時に移ったのだろう。バリケードに立てこもった民兵が、古タイヤの切れ端やら雑多なゴミやらをドラム缶で燃やして煙幕のかわりにしていた。
ほんの数ヶ月前まで、ここは静かな地方都市だった。今は戦場と化している。煉瓦造りの古い街並みに響くのは銃声と爆発音、怒号と悲鳴だ。戦場となっているのはこの街だけではない。近隣地方の全域で武力衝突が起きていた。
この国は内戦で割れている。始まりはごく平和的なデモだったのに、強引な鎮圧で血が流され、怒った群衆が暴徒となった。政府は力ずくで制圧を図ったものの、軍の一部が民衆について政府と対決した。やがて革命の旗を掲げたクーデターで政権が変わると、新政権は旧政府の関係者を弾圧し始めた。大昔の民族対立が蒸し返されて衝突の火種が撒かれ、偶発的な小競り合いで犠牲者が出て紛争の火がついて、国外から武装勢力が侵入して火に油を注いだ――悪魔のドミノのように事態は悪化し、今や泥沼の内戦だ。いくつもの勢力が入り乱れて戦っているせいで敵味方がはっきりせず、どこから弾が飛んでくるかわからない。
私は自ら志願して、そんな戦場を取材している。
“この世界”の現実を見ている。
私の旅が終わってから、半年ほどが過ぎていた。
結局ライトニングには最後まで会えなかったが、二度目のインタビューで何もかも語ってくれたホープ・エストハイムのおかげで、私は“あの世界”の物語のすべてを知った。
世界の終わりに帰還したライトニングの、13日間の物語――魂の解放と神との戦い、そして新たな世界への新生。
“あの世界”の最期にライトニングたちが戦ってくれたからこそ、私たち人間は“この世界”に生まれ変わることができた。
ここは希望に満ちた新世界のはずだった。
だが“この世界”の現実はどうだ。
むごたらしい戦場に身を置くうちに、私はわからなくなっていた。
ライトニングたちは輝ける神ブーニベルゼを打ち倒した。神が人間を支配する時代を終わらせ、私たち人間に自由な新世界を贈ってくれた。なのに人間は何をしているのだろう? 神のいないこの世界で、人間同士で殺しあっている。これでは彼女たちがなんのために戦ってくれたのかわからない。それとも私たち人間には、こんな悲しい世界こそがふさわしいのだろうか? 人間は愚かで欲望に満ちているから、憎しみと争いが渦巻く世界のほうが、より人間らしいとでもいうのだろうか?
ばたついた足音があたふたと駆けてきた。靴音に締まりがないのは軍靴が足に合っていないからだ。物資が乏しくてぴったりの靴が手に入らないのだと、彼はしばしばぼやいていた。
銃を担いで走ってきた若者は、このところ私の取材の護衛をしてくれている民兵だ。軍で訓練された兵士ではなく、このあいだまで平凡な学生だったという。学生ですら武器をとって戦わなければならないのが、この内戦の現実だった。
「まずいです! ここは危険です!」
若者は緊張に顔を引きつらせていた。何が危ないか次の瞬間にわかった。通りの向こうの建物が、砲弾の直撃を受けたのだ。
轟音に続いて猛烈な爆煙が舞い上がり、瓦礫の破片がばらばらと降ってきた。戦場慣れした若者が、機敏な動きで物陰に身を伏せる一方、私は呆然と立ちすくむ。私たちは運が良かった。着弾がもう少し近ければ爆風で吹き飛ばされていたところだし、大きな破片に直撃されていたかもしれない。
幸運は次で途切れた。
衝撃が全身を叩いた。二発目の砲弾が近くで炸裂し、私の意識を吹き飛ばした。
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■(9)Breathless
はっと我に返って、私は立ち止まった。
いつのまにか歩いていた。私ひとりではない。とぼとぼと歩く数十人ほどの集団に混ざって、どこかへ向かっていた。
砲弾に吹き飛ばされて気を失ったはずの私が、こうして彼らと一緒に歩いている事情が思い出せなかった。気絶から回復したあと無我夢中でその場を離れ、この一行に加わったのだろうか? 必死だったせいで記憶が飛んでしまったのか――わからない。衝撃の後遺症か、いまだに頭がふらつく。がんがん響く耳鳴りがひどくて、何も聞こえないも同然だった。
立ち止まった私を取り残して、集団は先に進んでいく。兵士らしき姿もあったが大半は民間人だ。おそらく避難民の一団だろう。探してみたが、あの案内役の若者はいなかった。
皆ひどく疲れているようだ。がくんと肩を落として、よろめくような足取りだった。
「大丈夫ですか? どこへ向かっているんですか?」
声をかけても誰も答えない。ため息ひとつ聞こえなかった。耳鳴りがひどいせいで聞き逃したのかもしれない。
私は諦めて彼らについていくことにした。あたりはだいぶ薄暗く、もう夜が近いようだ。取材中に意識を失ったのは昼過ぎごろだったはずだが、知らぬ間に何時間も過ぎていたのか。それにかなり遠くまで来たらしい。街中で取材していたのに、ここは建物ひとつない荒野だ。見上げた空はどす黒い曇天で、まだ日は暮れていないようだが、太陽は完全に隠れていた。なのに私の足元には、くろぐろと濃い影が落ちている。
何かがおかしい。
やがて道は長い坂になった。息を切らせて登ったのは私だけで、他の人々は呼吸を乱すこともない。黙々と歩く彼らの足音の中、私ひとりの荒い息遣いが響いた。
坂を登りきり、小高い丘の上に出る。
私は息を呑んだ。
黒い海が横たわっていた。あるいは湖か大河かもしれない。闇を流したように暗い水の広がりの彼方は、垂れこめた影に覆われて水平線も対岸も見えない。だが、確かなことがひとつあった。海だろうが河だろうが、ここに存在するはずがない。私が取材していたのは内陸の地方だ。大きな湖も河もない。
この海はなんだ。
戸惑う私を置き去りにして、人々の列は丘を下り海岸に向かう。グループの先頭はすでに波打ち際にたどりついて、暗い水面に足を浸していた。いったい何をしようというのか。
その時ひとりの男に気づいた。渚にたたずみ、私たちの列を見守っている。巌いわおを思わせる屈強な肉体は張りつめた厳しさを漂わせていた。潮の香りのない風に紫の髪が揺れる。
私は立ちすくんだまま彼を見つめ、彼も私の存在に気づいた。私たちの視線が交わる。会ったことはないはずだが――「君は私を知っているはずだ」
彼の声は地の底から響くようだった。
「君は“彼ら”に会って“あの世界”の真実を知った」
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その言葉で思い当たった。“彼ら”とは、ホープ・エストハイムたちのことではないか。
「どうして私が、彼らに会ったことを――」
「君の心など容易く見通せる。彼らは君に語っただろう。混沌(カオス)をあやつり破滅を招いた、忌まわしき敵――この私の名が、君の記憶に刻み込まれている」
彼は私に向けて右手をかざし、何もない空間を握りしめた。それは一種の呪術だったのか、見えない手で心臓を掴まれたような圧迫感をおぼえた。心臓が強く脈打ち始めて息苦しくなる。そして胸の奥からひとつの名前が、引きずり出されるように浮かび上がってきた。
「カイアス・バラッド――!」
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世界の終焉を願って時空を歪め、混沌(カオス)という名の破滅をもたらした男。
13日間の戦いの結末に“あの世界”が滅び、人々の魂はライトニングたちに導かれて“この世界”に生まれ変わった。
しかしカイアスは新生を拒んだ。生と死の狭間の領域にとどまり、死者の魂を導く者となった。
――死者の魂。
私はようやく理解して、ここまで一緒に歩いてきた人々の列を振り返った。海をめざす彼らは、波打ち際にたどりついても歩調をゆるめない。ためらうことなく深みへと進み、ひとりまたひとりと暗い水底へ沈んでいく。すべらかで静かな行進だった。彼らは沈黙のうちに水に呑まれ、入水したあとには泡ひとつ浮かんでこない。そうだ、ここまでの長い道中、彼らは息を切らすことも、ため息を洩らすこともなかった。
彼らはすでに息絶えていた――ならば死者の列に加わっていた私は?
認めたくはなかった。けれど気がついてしまった。衝撃に打ちのめされて膝が笑う。立っていられなくて膝をつく。
私は死んだのだ。あの砲撃に巻き込まれて。
動揺と混乱が波のように押し寄せて頭が真っ白になる。私は死んだのだ、死んだのだ、死んだのだ、死んだのだ――
気がつけばあたりにはもう誰もいない。死者たちはことごとく闇の海に呑まれ、私だけがひざまずいて死神と向き合っていた。
「すべての死者は闇に消え去った。もはや君は去るべき時だ」
カイアスの言葉が重苦しくのしかかった。私も黒い海に沈めというのか。そのあと私はどうなるのだろう。死者たちのひとりとして暗い水の底をただようのか。それが私の人生の結末なのか。
嫌だ。このまま終わるのは嫌だ。
「……待ってください」
このまま死を受け入れるしかなくて、今が最期の時だというなら、命が消える前に知りたい。
「私はなぜここにいるんでしょうか。“この世界”に生まれ変わったことに、意味はあったのでしょうか」
カイアスはなんの反応も示さない。私は構わず言い募った。
「13日間の戦いで“解放者”が神を倒し、人は新しい世界を手に入れた。“あの世界”に生きた私たちの魂は“この世界”に導かれた。ここは希望に満ちた新世界になるはずでした」
「そうではないというのか」
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「戦場で、この世界の現実を見ました。人は憎みあい、殺しあっています」
「それが人というものだ。人の本質は闘争だ。人を支配する神が消え去れば、人が人を支配せんとして相争うのだ」
「それなら、神がいた世界のほうが平和だったのでしょうか。人が神を倒したことは、過ちだったのでしょうか」
違う。違う、違う。私は何を言っているのだ? ホープたちに出会って、彼らが人類を救ったことを理解したはずだ。私たちの人間の魂を“この世界”に導いてくれた彼らに感謝しているはずだ。それなのに――
「君は否定しようというのか? 輝ける神ブーニベルゼを滅ぼした、あの者たちの行いを」
「違います。ただ、ただ疑問なんです。彼らの想いは尊いものでした。それでも、この世界の現実は醜くて悲しい。それが納得できないんです」
「君はまさに人間らしい存在だ」
カイアスの声音には見下した冷笑の色があった。
「与えられた世界に絶望して背を向けたいのだな。そんな世界で生きるのが嫌なら、死の海に身を投げるがいい」
座り込んだままの私に、死者たちを呑み込んだ黒い海を示してみせる。
「混沌(カオス)に融けた人の魂はいずれ新しき命を得て生まれ変わる。なれど君が望むならば永遠の安らぎも許されよう。母の胎内のごとき闇に抱かれて、二度と目覚めることなく眠るか? 君の眼は永久に閉ざされ、醜い世界を見ることもない」
「眠りたいと願ったら、かなえてくれるのですか……死神のあなたが」
「違うな、君の願いをかなえるのは君だ。君が眠りを望むなら未来永劫眠っていられる、それだけのことだ。君は真実を知っていながら本質を理解していないようだな。この世界には神はいない。人間が神の思惑に左右される世界ではないのだ。世界のありかたを決めるのは、人間以外の何者でもない。世界を築き上げるのは、ただ人間の意思だけだ」
「人間の意思……」
「そうだ、君が否定した醜い世界を造ったのは、邪悪な神の計画などではなく人間の意思だ。そして君自身も世界を造った者のひとりだ」
雷鳴のように轟いた死神の言葉が私を打った。いくつもの顔が脳裏に甦る。“あの世界”で戦い抜いた、彼らの笑顔。
そうだ。そうだった───彼らに会って、気づいていたはずだ。
私は覚悟を決めた。
立ち上がり、一歩を踏み出す。
行こう、あの暗い海へ。
「醜い世界を永久に去るのだな」
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「違います」
海を見つめる。
「帰るために行くんです。私の行方は、私の意思が決めるのでしょう。私は死んでしまったけれど、また生きたいと願うなら、違う人間に生まれ変わって帰ってこられる」
「そしてまた世界の現実に絶望するだろう」
「そんな世界を変えるのも私です」
彼らに教えられたことだ。
人間ひとりひとりの力は小さくても、世界を変える力になる。
だから私も、微力ではあっても無力ではない。私なりのやりかたで、少しずつでも世界は変えられる。そう信じたからこそ、私は戦場へ赴いたのだ。残酷な現実を報じて世の人々の関心を集め、戦いの終わりを求める声を高めたかった。世界をよりよい未来に進める手伝いをしたかった。
なのに私は戦場のむごさに負けた。現実の重さに打ちひしがれて未来を諦め、世界に絶望していた。
「ありがとうございます。最期にあなたと話せたおかげで、間違いに気づきました」
(07)
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そして自分を取り戻せた。
もう恐れはしない。迷いもない。次に生まれてくる時には、私は決して絶望しない。世界を変える希望を捨てず、一歩ずつでも未来をめざして歩いていこう。そう誓いながら私は波打ち際に達し、黒い水に足を浸した。
「本当に死を願う?」
儚げな声が囁いた。声の源はひとつではなかった。
「命は消えてはいないのに」
それは少女の幽かな声だ。私を包み込むように、遠くから近くから幾重にも重なって響く。
「あなたはどこへでも行ける」
「あなたを導くのは、あなたの意思」
私はこの声たちを――彼女たちを知っている。
そして彼女たちを見守る守護者、カイアス・バラッドが言った。
「生も死も君次第だ」
「待ってください、私はもう死んで――」
「死者は無言のうちに消え去るものだ。君のように雄弁な死者などいない」
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「なら、私はまだ……」
「選ぶがいい。君が望む道を」
生きていたいと私は願った。
死神は優しく微笑んでいた。
ユールたちの声が囁く。
「私に伝えて……ノエルと幸せに」
自分の心臓が力強く鼓動するのがわかった。体が軽くなって、私は地を離れた。暗い空に吸い込まれ、闇のただなかを上昇する。
誰かが私を導いてくれた。その姿は見えず、ただふわふわと柔らかい白の気配が伝わってきた。薔薇色の輝きを灯火のように掲げて、闇を照らす道標になってくれた。
暖かな気配に手を引かれるように私は飛んだ。やがて行く手に一点の輝きが現れる。まるで夏の夜明けのように、みるみるうちに光量と熱量を増していった――ああ、あれは日の光か。
まぶしくて目を開けていられない。私を連れてきてくれた白の気配が、遠ざかっていくのがわかった。不安で寂しくなったけれど、幼い声が励ましてくれた。
「大丈夫、もう帰れるクポ」
私は目を覚ました。
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データ
- ▼『ライトニング リターンズ ファイナルファンタジーXIII』(ダウンロード版)
- ■メーカー:スクウェア・エニックス
- ■対応機種:PS3
- ■ジャンル:RPG
- ■発売日:2013年11月21日
- ■希望小売価格:7,000円(税込)
- ▼『ライトニング リターンズ ファイナルファンタジーXIII』(ダウンロード版)
- ■メーカー:スクウェア・エニックス
- ■対応機種:Xbox 360
- ■ジャンル:RPG
- ■発売日:2013年12月3日
- ■希望小売価格:7,000円(税込)