2014年7月14日(月)
スクウェア・エニックスから発売中のPS3/Xbox 360用RPG『ライトニング リターンズ ファイナルファンタジーXIII』。その後日談を描く“ファイナルファンタジーXIII REMINISCENCE -tracer of memories- 追憶 -記憶の追跡者-”の第1話を掲載する。
著者は『ファイナルファンタジー』シリーズや『キングダム ハーツ』シリーズのシナリオに携わってきた渡辺大祐氏。今回の作品では、『FFXIII』シリーズ完結後の世界を舞台に、とある女性ジャーナリストを主人公にした記憶を巡る物語が描かれていく。
物語の終わりに、主人公はどんな行動を選ぶのか? 長きにわたった『FFXIII』シリーズが今、完結する。
・#1 ホープ・エストハイム
・#2 サッズ・カッツロイ
・#3 Get Back(ノラ)
・#4 セラ・ファロン
・#5 スノウ・ヴィリアース
・#6 ノエル・クライス&パドラ=ヌス・ユール
・#7 ヲルバ=ダイア・ヴァニラ&
ヲルバ=ユン・ファング
・#8 ホープ・エストハイム
・#9 Breathless(カイアス・バラッド)
・#10 Passenger
私は列車に乗っていた。荷物のように載せられていた。手錠をされて拘束衣を着せられ、大勢の人と一緒に運ばれている。座席の人々は皆がっくりとうつむいていた。その表情は拘束衣のフードに隠れて見えないが、誰の顔も恐怖と絶望に染まっていると私は知っていた。平穏な日常を突然に奪われ、これから危険な世界へ追放されるのだ。銃を構えた兵士が私たちを監視していた。
突然、列車が激しく揺れた。兵士がよろめいた瞬間、私は席を蹴った。
兵士めがけて走り、突き飛ばす。転倒した兵士の手から落ちたリモコンを踏み砕くと、手錠の電子錠が解除された。
すぐに他の兵士が駆けつけてくる。私は拘束衣を脱ぎ捨てて跳んだ。一気に敵の懐に飛び込み、蹴り一発で始末する。
――ああ、これは夢だ。
敵兵から奪った銃を撃ちながら私は悟った。夢だと気づくと急に醒めていった。
久しぶりに“あの世界”を夢に視た。たぶん昨晩、取材の記録を読み返したせいだろう。パージ列車に乗り込んで敵兵をなぎ倒すライトニングの姿を、サッズ・カッツロイは身振り手振りで語ってくれたものだった。
結局、私はまだあの取材の成果を世に出していない。
ライトニングやサッズ、そしてホープたちの絆――人と人が支えあって神に立ち向かった物語を世に伝えれば、人々に勇気と希望を与えるだろう。けれど公表すれば彼らは嫌でも世間に注目される。戦いを終えて静かに暮らしている
彼らの身辺を騒がすのは気が引けた。せっかく取材して真実を知ったのに公開をためらうなんて、ジャーナリスト失格だろうか。
そうだ、今の私はジャーナリストの枠を相当に逸脱している。
過去の私は、あの戦場で死んだのかもしれない。
内戦の取材で死にかけた私は、最低限の治療と休養だけで、周囲が止めるのも聞かずに同じ戦場に戻った。敵対する複数の勢力に接触し、できるだけ公平な報道を心がけた。ひとつの勢力の言い分ばかりを強調して、もう一方を悪者に仕立ててしまうことのないように、逆の視点からの意見も取り入れて慎重に報じた。
そうやって中立に徹した甲斐あってか、いつしか私はそれぞれの勢力から一定の信頼を得た。腹を割って話してみると、彼らの多くは戦いを望んではいなかった。ただ敵同士で話し合う糸口を掴めずにいた。
そこで私は仲介を引き受けた。各勢力のあいだに立って、取材の合間にメッセージを届けたり交渉の段取りを調整したりと、連絡を取り持っている。一介の連絡係とはいえ、私の行為は紛争当事者への深入りと言えた。客観に徹するべきジャーナリストの職業倫理に抵触するだろうし、事の次第によっては戦争犯罪への加担と見なされる可能性もある。
それでも私はためらわなかった。内戦の終結に向けて協力したかった。今はある重要な会合を準備している。あえて戦場を離れた他国に関係者を集めて会談してもらう計画だ。うまくいくかはまだわからない。交渉を妨害したい勢力に命を狙われる危険さえある。
だがもし殺されたとしても、再びカイアス・バラッドに会うだけだ。自分が正しいと信じる道の途中で倒れたのであれば、私はあの時よりも胸を張って死神に会えるだろう。
自分ひとりの働きで世界を変えられると思い上がるつもりはない。だが世界が少しでもよい方向へ向かう助けにはなれると、私は信じている。それは“あの世界”の物語が教えてくれた勇気であり希望だ。
あの物語を振り返るたびに、私は心に光を得ている。
夢から醒めつつあったけれど、できればもう少し居眠りしていたかった。昨夜は遅くまで働いたし、これから向かう街では大事な打ち合わせが控えているから、移動中の車内で休んでおきたい。鉄道の柔らかなシートに身を預け、車輪とレールが響きあうリズムを感じながらの快いまどろみを終わらせるのは惜しかった。
しばらくは目を閉じたまま列車に揺られていた。そのうちに強い光がまぶたを刺す。窓越しの日光を浴びた私は、しぶしぶ目を開けて外を眺めた。うららかな日差しのもと青空が広がり、緑の田園が横たわっている。目的地に着くのは夕方のはずだから、まだまだ先は長い。もう少し眠ってもいいだろう。
やがて鉄道は少しずつスピードを落とし始めた。駅に近づいたようだ。そこで降りる客だろうか、後方から靴音が近づいてきて、私の脇を通り過ぎる。ボックス席の仕切り越しに、スプリングコートの背中が見えた。彼女の髪は薔薇色だった。
一瞬で目が覚めた。
青天の霹靂だ。跳ねるように立ち上がって、私は呆然とつぶやく。
「ライトニング……」
彼女の歩みが止まる。
振り向いた彼女の視線は鋭い。見ず知らずの私に急に声をかけられて、警戒するのも当然だ。ただ表情は硬いながらも、彼女の容貌にはセラ・ファロンの面影があった。
間違いない、ライトニングだ。あの取材で会った人々は、誰もが彼女の名を口にした。どうしても会ってみたかったのに、ついに接触できなかった彼女と、こんなところで出会えるなんて。
無言のままの彼女へ告げる。
「お会いしたいと、ずっと思っていました。皆さんに会えたのに、あなただけは会えなくて」
それで思い当たったらしい。
「……ああ、あんたか」
彼女の瞳に宿っていた、鋭い光が消えていく。
「皆を訪ねた記者がいて、私にも会いたがっている――そういう話は聞いている」
「お願いします、あなたのことを取材させてください」
鉄道のレールが激しく軋んで、私の声をかき消した。列車がみるみる減速していく。もうすぐ駅だ。
彼女はちらと窓の外を眺め、首を振った。
「すまないが話す時間はないな。次で降りるんだ」
「では私も一緒に」
降ります、と言いかけてから気づいた。
接触の手がかりさえ掴めなかったライトニングと偶然に会うなんて、またとない幸運だ。この機会を逃すわけにはいかない。
しかし、今の私は――
うなだれた私は、ため息とともに言うしかなかった。
「……わかりました。残念ですが、諦めます」
「いいんだな」
むしろ彼女のほうが意外そうだった。私があっさり引き下がるとは思わなかったらしい。
もちろん私も無念だ。
だが、私が降りる駅はここではない。
私には使命があった。ずっと先の駅に会うべき人がいる。その人物と話し合い、あの紛争を止める道筋をさぐる仕事がある。私ごときの行動で戦争が終わる保証などないけれど、それでもやろうと決めている。
争いを終わらせる道を見つけ、その道を進む――それが自分で決めた私の使命だ。平和を願う人々が、この道の先で私を待っている。途中下車の暇はなかった。
私は再び顔を上げ、ライトニングを見つめなおす。
「私には、やるべきことがありました。取材はまたの機会にぜひ」
「それはどうかな」
言葉はつれなくても声音は柔らかく響いた。少なくとも拒絶はされなかった。
「ただ最後に言わせてください。あなたに会えたら、伝えたいと思っていたんです」
列車は駅にさしかかり、止まりかけている。もう時間がない。ブレーキの音に急かされて、私は一気に言いつらねた。
「私は……いえ、私たち人間は、大丈夫です。絶対に大丈夫です。人は過ちを犯してばかりで、傷つけあう時もあります。それでも世界を――あなたたちが神に挑んで、勝ち取ってくれた“この世界”を支えていくのは私たちです。だからなんとかしてみせます、私たち自身の力で。ひとりひとりはちっぽけでも、一緒に世界をよい方向へ」
「……ああ、頼む」
彼女はうなずき、私に背を向けた。それが別れだった。
駅へ下りたライトニングが歩み去る姿を、車窓から見送った。やがて列車が動き出すと、彼女はすぐに見えなくなったが、名残惜しさは不思議とない。彼女が別れ際に見せた表情が、私の胸にあざやかに焼きついていた。
それは暖かく穏やかな微笑だ。実のところ意外だった。私が思い描いていたライトニングは、常に厳しく張りつめていて、あんなふうに微笑むとは想像していなかった。
けれど思い出した――彼女の戦いは“あの世界”とともに終わっている。
輝ける神を葬って、ライトニングは闘争から解放された。自由を得たのは彼女ひとりではない。人を操る神が倒されたことで、私たち人間すべての魂が、神の呪縛から解き放たれて、この新しい世界へと生まれ変わったのだ。
そう、彼女もまた生まれ変わった。
もはや戦いを強いられることもなく、もしかすると“ライトニング”という名前さえ捨てたかもしれない。そして静かな日々を過ごしているのだ。大切な家族や仲間と心を通わせ、幸せな笑みを交わしているのだ、きっと。
いつかまたどこかで彼女に会えると思った。これまでどれほど探しても会えず、今でもアドレスさえわからないが、私は再会を疑わなかった。なぜなら彼女は私を知っていた。私が会いたがっていることを、仲間の誰かに聞いたに違いない。かつての仲間の絆は生まれ変わってもつながっている。再び彼らを訪ねれば、どこかで彼女に出会えるはずだ。みんな今でも、いつまでも仲間なのだから。
そういえば彼女はなぜあの駅で降りたのだろう。誰かに会いに行くのだろうか。仲間が待っているのだろうか。あるいは私のまだ知らない、かけがえのない人のもとへ向かうのか。いずれにせよ彼女は自由だ。どこへでも行けるし、誰にでも会える。彼女の願いはかならずかなう。そうあってほしいと心から思った。
神のいないこの世界の運命は、人間の意思が決めるという。ならば私が強く思えば、彼女の未来はさらに輝くと信じよう。かつて閃光となって“あの世界”を駆け抜けた彼女が、希望にめぐりあうことを――祈るように誓うように、私は願った。
“REMINISCENCE -tracer of memories- 追憶 -記憶の追跡者-”終
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