大正5年(1916年)に図案屋として創業し、2026年に110周年を迎えた工画堂スタジオ。四代目の代表取締役・谷逸平氏が、会社の歴史と受け継がれてきた考え方を語るインタビューコラムをお届けします。

第6回となる今回は、ボードゲームや液晶ゲームの経験が、工画堂スタジオのPCゲーム開発へどのようにつながったのかを振り返ります。アスキーのOEMから自社ブランドの立ち上げへ。『コズミックソルジャー』『覇邪の封印』『シュヴァルツシルト』に刻まれた、ゲームメーカーとしての原点とは?
谷逸平:株式会社工画堂スタジオ四代目代表取締役社長。大正5年(1916年)に図案屋として創業した同社を牽引する。祖父である初代から受け継ぐグラフィックデザインを根幹に据えつつ、ゲームやイラスト制作など時代に合わせた事業を展開。110年続く企業の秘訣を「先人たちの真面目さ」と「人々の人間力」と語る。
ボードゲームから液晶ゲーム、そしてPCゲームへ
――ボードゲームを数多く手がけた経験は、その後のゲーム制作へどのようにつながったのでしょうか。
谷
ボードゲームにもブームがあり、やがて衰退していきました。その入れ違いで登場したのが、任天堂さんのゲームウォッチに代表される液晶ゲームです。
うちはカシオさんと学研さんの両方にご縁があり、液晶ゲームのルールやデザイン、液晶に表示するイラストを制作しました。プログラムは先方のスタッフが担当し、工画堂は遊びの部分と絵を手がけるという形ですね。
その液晶ゲームのブームも落ち着いて、「次に来るものは何だろう」と目を向けたのが、パソコンやマイコンのゲームでした。まだテープからゲームを読み込んでいた時代から、研究開発を始めたと聞いていました。
うちはカシオさんと学研さんの両方にご縁があり、液晶ゲームのルールやデザイン、液晶に表示するイラストを制作しました。プログラムは先方のスタッフが担当し、工画堂は遊びの部分と絵を手がけるという形ですね。
その液晶ゲームのブームも落ち着いて、「次に来るものは何だろう」と目を向けたのが、パソコンやマイコンのゲームでした。まだテープからゲームを読み込んでいた時代から、研究開発を始めたと聞いていました。
『エミー』をきっかけに始まったアスキーのOEM時代
――工画堂スタジオのPCゲームが、商品として広がっていったきっかけは何だったのでしょうか。
谷
うちが作った『エミー』というソフトに、アスキーさんが目をとめてくれたんです。当時は“人工無能”と呼ばれていたタイプのソフトで、「これ、おもしろいからうちで売らせてくれよ」と言っていただいたことがきっかけでした。

そこから、アスキーさんへソフトを供給するOEMの時代が5年ほど続きます。フロッピーディスクが普及し始め、アスキーさんがディスクウェアシリーズを展開していくなかで、『エミー』『エミーII』『ブリーズ』『ウォーターワーカー』『メイズパニック』など、複数のタイトルを作りました。
「メーカーになりたい」――ロイヤリティへの思いがBtoCを生んだ
――OEMで経験を積んだあと、自社メーカーを目指した理由を教えてください。
谷
先代(三代目社長)には、ボードゲームを作っていた頃から強く残っていた思いがあったんです。工画堂がオリジナルの企画を作っているのだから、インセンティブのご相談をしたんだそうです。でも、当時の業界では、そのような考え方は一般的ではなく、受け入れてもらえませんでした。
その悔しさが、新しいPCゲーム市場なら自分たちでメーカーになれるんじゃないか、という考えにつながったんだと聞いています。
そこで『コズミックソルジャー』を発売するとき、工画堂の頭文字を取った“KGDソフト”というブランドを立ち上げました。最初は発売が工画堂スタジオ、販売がアスキーという形です。さらに『シュヴァルツシルト』からは、自分たちで流通各社へ商品を届けるようになり、名実ともに発売・販売を工画堂スタジオが担う時代になりました。
その悔しさが、新しいPCゲーム市場なら自分たちでメーカーになれるんじゃないか、という考えにつながったんだと聞いています。
そこで『コズミックソルジャー』を発売するとき、工画堂の頭文字を取った“KGDソフト”というブランドを立ち上げました。最初は発売が工画堂スタジオ、販売がアスキーという形です。さらに『シュヴァルツシルト』からは、自分たちで流通各社へ商品を届けるようになり、名実ともに発売・販売を工画堂スタジオが担う時代になりました。
布製マップとフィギュア――『覇邪の封印』に残る遊びのDNA
――工画堂スタジオらしい作品として、『覇邪の封印』も大きな存在だったのでしょうか。
谷
そうですね。工画堂の歴史では、『コズミックソルジャー』の次作である『覇邪の封印』が大きなキーワードとして存在しています。
本作はPCのRPGですが、布製のマップとフィギュアが付いていて、プレイヤーは自分がいる場所へフィギュアを動かしながら遊びます。コピー対策という見方もできるかもしれませんが、遊びを演出する仕掛けでもありました。
『コズミックソルジャーII~サイキック・ウォー』には、ゲーム音楽をアレンジしたカセットテープを付けました。『アルギースの翼』には壁画の謎を解くための本、『原宿アフターダーク』には電話番号やヒントを記したバインダーを付けています。
ゲームの外側にも仕掛けを作り、それも含めて遊びにしていく。ボードゲームを作ってきた文化が、ソフトウェアチームのDNAにも刻まれていたんですね。
本作はPCのRPGですが、布製のマップとフィギュアが付いていて、プレイヤーは自分がいる場所へフィギュアを動かしながら遊びます。コピー対策という見方もできるかもしれませんが、遊びを演出する仕掛けでもありました。
『コズミックソルジャーII~サイキック・ウォー』には、ゲーム音楽をアレンジしたカセットテープを付けました。『アルギースの翼』には壁画の謎を解くための本、『原宿アフターダーク』には電話番号やヒントを記したバインダーを付けています。
ゲームの外側にも仕掛けを作り、それも含めて遊びにしていく。ボードゲームを作ってきた文化が、ソフトウェアチームのDNAにも刻まれていたんですね。
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