「ゲームをゼロにはしたくなかった」PCゲーム市場の変化や苦境と、イラスト制作が支えた再生の5年間【工画堂スタジオ110周年】

文:電撃オンライン

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 大正5年(1916年)に図案屋として創業し、2026年に110周年を迎えた工画堂スタジオ。四代目の代表取締役・谷逸平氏が、会社の歴史と受け継がれてきた考え方を語るインタビューコラムをお届けします。


 第8回となる今回は、『デュエル・マスターズ』のイラスト制作が成長する一方で、ゲームソフト事業が厳しい時代を迎えた頃を振り返ります。開発体制の大きな見直しを迫られながらも、「ゲームをゼロにはしたくなかった」と語る谷氏。工画堂スタジオは、イラストとゲームの両方を残す道をどのように探ったのでしょうか。

谷逸平:株式会社工画堂スタジオ四代目代表取締役社長。大正5年(1916年)に図案屋として創業した同社を牽引する。祖父である初代から受け継ぐグラフィックデザインを根幹に据えつつ、ゲームやイラスト制作など時代に合わせた事業を展開。110年続く企業の秘訣を「先人たちの真面目さ」と「人々の人間力」と語る。

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『デュエル・マスターズ』が伸びる一方、ゲームソフトは苦境へ


――イラスト事業が大きくなっていく一方で、ゲームソフト事業は厳しい時期を迎えたそうですね。

谷
そうなんです。『デュエル・マスターズ』の仕事が伸びていく一方で、ゲームソフトのチームは厳しい状況になっていきました。PCゲーム市場全体が変化し、以前のようにはソフトが売れなくなっていたんです。

 さらにリーマンショックの時期には、これまでと同じ体制でオリジナルゲームを作り続けることは難しいと判断せざるを得ませんでした。工画堂の歴史のなかでも、大きな経営判断が必要になった時期です。

▲対戦型トレーディングカードゲーム『デュエル・マスターズ』

ゲームのチームが挑んだ『ディメンション・ゼロ』のイラスト制作


――ゲームソフトを作っていたチームは、その後どのような仕事へ移ったのでしょうか。

谷
『デュエル・マスターズ』の実績ができたので、それを持って新しいイラストの仕事を営業していきました。そのなかでご縁をいただいたのが、ブロッコリーさんのTCG『ディメンション・ゼロ』です。

▲対戦型トレーディングカードゲーム『ディメンション・ゼロ』

 『デュエル・マスターズ』と同一市場の商品タイトルですから、同じチームで担当するわけにはいきません。そこで、ゲームソフトを作っていた「いるかさんちーむ」に、『ディメンション・ゼロ』のイラスト制作を任せました。

 このチームが、現在イラスト制作を担っているデジタルアート部の前身になります。ゲームソフトの仕事が厳しくなったことをきっかけに、別の形で培ってきた力を生かす道が生まれたんです。

「ゼロにはしたくない」――規模を見直しても残したゲーム制作


――体制を大きく見直すなかでも、ゲーム制作を完全にはなくさなかったのですね。

谷
全員がいなくなってしまえば、ゲーム事業はゼロになってしまいます。僕のなかでは、ゼロにはしたくないという思いがありました。

 当時の市場を見れば、すべてのゲームにお金が落ちなくなったわけではありません。特定のジャンルには、まだファンがいて、作品を求めてもらえていた。そこで規模を絞りながらも、ゲームを作り続けられる形を残し、営業やマーケティングを含めて再生を図りました。

 すぐに元の規模へ戻せたわけではありませんが、悪いからといって全部を止めるのではなく、なんとか続けられる道を考える。それは工画堂が長くやってきたことでもあります。

ゲームが掘った穴を、5年かけて埋めたイラスト事業


――イラスト事業は、会社の再生にどのような役割を果たしたのでしょうか。

谷
『デュエル・マスターズ』と『ディメンション・ゼロ』のイラスト制作が軌道に乗ったことで、会社としての安心感につながりました。

 その2つの実績から、『モンスターハンター ハンティングカード』の仕事へつながり、さらに携帯ゲームではGREEの『聖戦ケルベロス』も手がけることになりました。まさに、イラスト制作が軌道に乗った時期です。

 ソフトが会社に開けた大きな穴を、5年かけて埋めたのがイラストのチームだった。これが工画堂の歴史です。

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