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一度は断った『デュエル・マスターズ』。Xboxへの営業からつながった、会社の転換点【工画堂スタジオ110周年】

文:電撃オンライン

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 大正5年(1916年)に図案屋として創業し、2026年に110周年を迎えた工画堂スタジオ。四代目の代表取締役・谷逸平氏が、会社の歴史と受け継がれてきた考え方を語るインタビューコラムをお届けします。


 第7回となる今回は、現在の工画堂スタジオを支えるイラスト事業の大きな転換点となった、『デュエル・マスターズ』との出会いを紹介します。喜んで持ち帰った仕事を、社内では「できるわけない」と一蹴。それでも1週間後に届いた一本の電話が、会社の未来を変えていきました。

谷逸平:株式会社工画堂スタジオ四代目代表取締役社長。大正5年(1916年)に図案屋として創業した同社を牽引する。祖父である初代から受け継ぐグラフィックデザインを根幹に据えつつ、ゲームやイラスト制作など時代に合わせた事業を展開。110年続く企業の秘訣を「先人たちの真面目さ」と「人々の人間力」と語る。

Xboxへの移植を持ちかけた営業が、思わぬ仕事につながった


――『デュエル・マスターズ』のイラスト制作を担当することになった、最初のきっかけを教えてください。

谷
僕は2000年に社長になりましたが、もともとは営業やマーケティングの人間です。社長就任当時、知人がいたマイクロソフトさんへ行って、「Xboxへソフトを移植するので支援してほしい」と営業したんですよ。

 その話自体は実現しなかったのですが、出向社員だったその知人から「別の仕事があるので、手伝ってもらえないか」と声をかけてもらいました。それが、『デュエル・マスターズ』の仕事だったんです。

▲対戦型トレーディングカードゲーム『デュエル・マスターズ』

 アメリカのウィザーズ・オブ・ザ・コーストが、日本の子どもたちに向けて新しいカードゲームを展開しようとしていた。ゲームを作るのはウィザーズ・オブ・ザ・コーストで、日本向けの展開を進める側から、イラスト制作のパートナーとして工画堂に声をかけていただきました。

社内の答えは「できるわけない。誰が、どうやるんですか?」


――大きな仕事を持ち帰ったとき、社内の反応はいかがでしたか。

谷
僕としては、こんないい仕事をいただけることは滅多にないと思って、大喜びで帰ったんです。当時、男児向け玩具を担当していたチームに「こんないい仕事を取ってきたよ」と話しました。

 ところが、返ってきたのは「できるわけないでしょ」という言葉でした(笑)。

 「誰がやるんですか」「どうやるんですか」と言われて、いろいろ説得したんですが、現場ができないと言うのであれば、断るしかありません。残念でしたが、一度はお断りすることになりました。

「やっぱり、あなたのところでやらなきゃだめだ」


――一度断った仕事を、最終的に引き受けることになったのはなぜでしょうか。

谷
断ってから1週間ほどたった頃、その知人から電話が来たんです。「あの話だけど、やっぱりあなたのところでやらなきゃだめだよ」と、わざわざ言ってくれました。

 そんなことを言ってくれる人は、滅多にいないじゃないですか。そこまで言っていただけるなら、もう一度検討しようと思いました。

 社内でも改めて話をして、「こんなご縁はなかなかない。勉強しながらでもやっていこう」と説得し、引き受けることになったんです。

ノウハウゼロから、200枚規模のイラスト制作へ


――それまでのイラスト制作とは、仕事の規模も大きく異なっていたのでしょうか。

谷
それまでは、1カ月後までにパッケージを仕上げるので、そこに使うイラストを1枚お願いする、といった仕事は経験していました。

 でも、『デュエル・マスターズ』では、3カ月後までに200枚規模のイラストが必要になる。そんな仕事を進めるノウハウは、まったくありませんでした。どうやって多くのイラストレーターさんへ依頼し、品質と進行を管理するのか。暗中模索で仕組みを作りながら走っていったんです。

 工画堂スタジオは、第1弾の頃から『デュエル・マスターズ』のイラスト制作に携わり続けています。最初は一度断った仕事でしたが、そのご縁が後のイラスト事業につながり、会社にとって大きな転換点になりました。

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