株式会社セガによる往年のIPの新たな魅力を発信するプロジェクト“SEGA UNIVERSE”。

1日限りのリアルイベント“SEGA UNIVERSE PLAYGROUND”が2026年8月8日(土)に渋谷PARCOにて開催されました。
本イベント内で実施されたプログラム“広井王子氏が登壇! 『サクラ大戦』30周年記念スペシャルトークショー”のレポートをお届けします。
本イベント内で実施されたプログラム“広井王子氏が登壇! 『サクラ大戦』30周年記念スペシャルトークショー”のレポートをお届けします。

索引
閉じる15年ぶりのセガ公式イベントに広井王子氏が登壇!
1996年にセガから発売されたドラマチックアドベンチャーゲーム『サクラ大戦』は、プラットフォームや時代を超えて愛され続けている作品です。太正浪漫あふれる世界観、アニメやコミックなどのメディアミックス企画、そしてゲームの枠を大きく超えた歌謡ショウ(舞台)等が展開されてきました。
今回のトークショーには、『サクラ大戦』原作者の広井王子さんが登壇。司会の内田敦子さんの問いに答える形で、第一部は「サクラ大戦前夜 ―企画にいたる道―」として、『サクラ大戦』はどのように生まれたのか、着想から企画立ち上げまでの舞台裏、誕生にまつわる数々のドラマを語ってくださいました。
まずは『サクラ大戦』が生まれた経緯から。
「『サクラ大戦』の前に『天外魔境』と『魔神英雄伝ワタル』をほぼ同時進行で作っていました。『天外魔境II』が終わったタイミングで、当時セガに入られた入交(いりまじり)さん(当時副社長、後に社長となった入交昭一郎氏))から“会いたい”と電話があったんです。
でも“2週間サイパンに行くので会えません”と断ったら、なんと入交さんがサイパンまで追いかけてきて。“セガでやらないか”とお話をいただいて」と、広井さん。

この頃はクリエイターのトップの人達と新たに手を組むのは、本当に大変だったそうな。当時関わっていた会社には、以前から “女の子ものをやりたい”と提案し続けていたものの、断られていたそうです。そこで、入交さんに“女の子ものをやらせてくれますか”と聞いたら“いいよ!”と言ってくれたことで、気持ちが動いたそうです。
歌詞が世界観を作る
続いて音楽の話になり、「『天外魔境 風雲カブキ伝』で少しミュージカル調のものに挑戦していたので、それを発展させてミュージカルのゲームができないかと考え、作曲家の田中公平さんに相談しました。最初は“そんなバカなこと考えるな”と言われて(笑)。当初25曲くらいって言ってたのかな。
想定していた楽曲も10〜11曲ほどに縮めましたが、無事に入れられて。歌が先行しながらゲームを作っていくという、自分がやりたかった形が実現したと思います。」と、広井さん。

広井さんは、歌詞が世界観を作ると考えているとのことで、歌詞から作っていくとのこと。この制作のやり方はAIへのプロンプト入力に似ていると例え、作曲家にプロンプトを打っている感覚とのこと。“こういう昭和歌謡にこういうものを足してほしい”等と細かく指示を出し、美術スタッフさんにも大正時代の資料を渡して“ここを変えてほしい”と、一人ひとりに丁寧にやっていたのだそうです。
ナラティブがお客様と共鳴したとき、キャラクターIPは成功する
内田さんが「『サクラ大戦』は30周年ということですが、30年前からファンですという方どのくらいいらっしゃいますか?」と会場のみなさんに問いかけると、たくさん手が上がりました。
ゲームパッケージを掲げている人もおり、広井さんは大興奮。「うわあ! すごいですね、みなさん。ありがとうございます。本当ありがとうございます!」と感謝を述べていました。
ここで IPについてのお話になり、「キャラクターIPってのは、ある意味ストーリーがあって、その後ろにナラティブってのがあるんですよ。これはさくら本人がどんな感情でここで戦ってるとか、どんな思いで出てきたとか、そういうものがナラティブです。
本当のナラティブはお客様と共鳴しなきゃいけないんですね。今のお客様が思ってる気持ちとさくらが思ってる気持ちが混じり合った時に初めてナラティブとして成功する。」と熱くコメント。
そして、「その文章を書けるかどうかっていうのは脚本家にかかってるんですよ。あかほり(さとる)がうまかった、本当に。本当にあかほりを信じてよかったと思ってるし、今でも大事なパートナーだと思ってるし、そのナラティブが書ける数少ない作家だと僕は思います。
ただ頼んだ時に一言だけ言ったのは、“お前、温泉シーン書くなよ”っていう。これだけはいらないからね今回の作品は! っていうのは言いましたね。もう少し文学的にやってほしいと。」と暴露(?)すると、会場は爆笑。
ナラティブがあって、その後ろに“エクスペリエンス(体験)”が必要だったと広井さん。それを具現化したのが“歌謡ショウ”だったといいます。そしてお客様と接しながら体感してもらう世界を作り、それがさらに物事すべての体感を自分のものにできる“トランスフォーメーション”へと昇華。
「『サクラ』ファンのみなさんは、それを“自分ごと”にした。この時点で僕は『サクラ』ってのはキャラクターIPとして成功してると思ってるんです。だからもう僕の手から離れてるっていうのは大成功なんですよ。
お客様の中に物語がずっと出来上がっていくっていう流れ。これこそ一番キャラクターIPが目指すべきところです。それがサクラのお客様にはできている。だからすごく嬉しいなと思って。
自分の中では『天外』の時はできなかったことですから。『サクラ』でやっとそれができたと思っていて、すごく自分の中では大事な作品です。」と、ファンのみなさんへの想いを込めながら語ってくださいました。
資料がないということは、嘘がつけるということ!
物語の舞台に“太正”を選んだ理由は、広井さんのお母様から聞いた終戦直後の話が原点とのこと。
「戦後、終戦直後焼け跡から歌声が聞こえてきたり、歌手が出てきて歌が東京、日本を彩っていく。歌に勇気づけられて高度成長まで持っていく世界観みたいなもの、それがすごく自分の中で刺さっていて。
母親が17歳終戦で、その時にアメリカ兵が鼻歌でジャズを歌いながら歩いてきた時に“本当よかった”って思ったって。本音だと思いますよ、それが。
だから日本がボロボロになっていた時にアメリカ兵が口ずさんでたジャズに“よかった”って思えるこの感覚ですよ。これがすごく自分の中では物作りのキーワードになっていて。」と、お母様の体験が生かされていると明かしました。

「(広井氏)どんな戦場であっても、抱き合ってる男女もいるし、これが終わったら結婚しようね、なんて誓い合ってる恋人たちもいるだろうし、そういう人間の感情みたいなものってすごく大事で。
悲惨だ、悲惨だって言うのを描くのは簡単なんだけど、その悲惨さの後ろ側の中にみんなで仲間で手をつないでるとか、今日のご飯美味しいと思ってるとかっていう本当に小さな幸せがどんな戦場にもあると僕は思っていたんだよね。それがないと『サクラ』は作れない。
女の子を最前線に立たせてんだよ、米田さんなんかは。そんな忸怩たる思いってあると思うんだよね、男として。そういう感情が僕はナラティブを産むと思っているんですよ。」
「戦後を舞台にしてやろうと思って本当にプロットを組んでたんです。ところがやればやるほど暗くなってくるんですよ、リアルすぎて。それで大正に移したろう! と思って与謝野晶子を読み始めたんです。
この当時の女の人って、こんな感覚なんだ、ちょっと素敵かもしれないと思って、大正に移したんですけど……これがまた見事に資料がないわけよ。資料がないってことは嘘がつけるってことなんですよ!」と嬉しそうに語る広井さんに、会場も笑顔。
「それで大正の“大(タイ)”に点をつけたろと思って。そしてスチームパンクにして、蒸気革命っていう嘘を放り込んで、でも大正の生活感とか当時の人の信条とかそういうことはしっかり作らなきゃいけないのでそれはいっぱい資料を読んでやりましたね。」と、世界観についてたっぷり語ってくださいました。
“夢と魔法の王国”に通って研究! 歌謡ショウ誕生の背景
『サクラ大戦』といえば、外せないのが“歌謡ショウ”。OVA、ドラマCDと展開していき、次のナラティブが必要だと思ったそうです。
「ディズニーランドは、ストーリーもナラティブも知らない人まで、いきなり体験でお客さんをつかみ取っちゃうのはすごいなと思って。
ディズニーランドに何回も通って、どんな風にこれ作ってんだろうと思って。それから『サクラ大戦の歌謡ショウ』をやろうっていう風になったんですね。」と、“夢と魔法の王国”がアイディアの源になっていたのだそう。
また、当時は『セーラームーン』の舞台(ミュージカル)などが出始めていました。子どもが“(アニメと)声が違う“と言っているのを聞いて、“よし、声優本人の生声でやろう。声が同じなら姿はどうであれ受け入れられる”と確信したのが、声優本人をキャストとして起用することにつながったのだそう。
しかし、声優本人が演じることで強い共感を生む一方、キャストが固定され、長く続ける難しさも生まれました。
歌謡ショウは、後発の2.5次元舞台にも影響を与え、キャストを定期的に交替していく仕組みが当たり前になっていたのではないかと語っていました。
今もし歌謡ショウをやるとしたら「2代目真宮寺さくらとか3代目真宮寺さくらとか、それも襲名式があって、2代目襲名お披露目ってとこから始める。初代が出てきてあなたに渡すっていう儀式をやって、それでお客さんが受け入れて、初めてさあやろうっていうことですよね。
そんなことがあっていいかなと思います。さくらは永遠に“真宮寺さくら”であってほしい。」とコメントし、会場を沸かせました。
絶対にヒットする! と確信できた藤島氏のキャラクターデザイン
次はキャラクターデザインの話になり、「うちにいた明貴(明貴美加氏・サクラ大戦のメカニックデザイナー)が、藤島康介さんと仲が良かったんです。キャラクターデザイナーを誰にしようかとなったときに、明貴が“藤島康介はどうだ”と。『ああっ女神さまっ』を読んですげぇなって。
それで連絡しようとしたところ、明日、会社に来るということになっていて、会社までスポーツカーで来てくれて。広井ですって言ったら知ってるって言われて。引き受ける条件として“アニメーションの作画には松原秀典さんを使ってほしい”って言われて、すぐに松原さんを探して、連絡して。。そこからチームが出来上がっていきました。」

しかし、依頼したものの中々デザインが上がってこず、開発陣からは「もう仮デザインで進めよう」となり、しかし「コレじゃ無理だよ、色気もねえし」と粘り、ようやく届いたのが12月31日の大晦日。
FAXで届き、広井さんは見た瞬間に「これは絶対にヒットする!」と確信するほどの衝撃と威力を感じたと語っていました。
この他にもたくさんの秘話がたっぷり聞け、最後には会場にいるみなさんから質問を募り、最後まで大盛り上がりでした。


次回は2部の様子をレポートします。
「SEGA UNIVERSE PLAYGROUND」開催概要
■会場 :渋谷PARCO 10F PBOX STND(東京都渋谷区宇田川町15-1)
■開催日時:2026年8月8日(土) 13:00~21:00
■入場料 :入場無料(一部コンテンツは有料となります)
■主催 :株式会社セガ
■企画 :株式会社GEKI
「SEGA UNIVERSE POPUP STORE」開催概要
■会場 :渋谷PARCO 6F ポップアップスペース(東京都渋谷区宇田川町15-1)
■開催日時:2026年8月7日(金)~ 8月30日(日) 10:00~21:00
■開催日時:2026年8月7日(金)~ 8月30日(日) 10:00~21:00


