ポケモン30周年記念コラム連載。ポケモンが歩んだ歴史を、時代背景とともに自分の体験&私見を交えつつ綴っています。前回までに、ゲームボーイ時代とアドバンス時代の1996年~2003年の歴史を追ってきました。

今回は、“ゲームボーイアドバンス”時代の最後、『ファイアレッド・リーフグリーン』と『エメラルド』が発売された2004年を振り返りたいと思います。これまでのコラムを読んでない方は、ぜひ一度そちらにも目を通してみてください。下記“まとめ”ページより各コラムへと飛ぶことができます。
索引
閉じる2004年1月の時代背景と『ファイアレッド・リーフグリーン』
2004年。平成16年は、前年8月より本格化した住民基本台帳ネットワークシステム導入などによる社会全体の近代化が進み、この年の3月には“mixi”が登場。日本におけるソーシャルネットワークサービスの幕開けを迎えていました。招待制によって参加するその特別感から人気となり急速に利用者数が拡大していきます。
また、この年はアテネオリンピックが開催され、競泳の北島康介選手ら日本人のメダルラッシュとなり日本が沸きます。2004年の流行語大賞には、この北島選手がインタビューで答えた「ちょー気持ちいい」が選ばれています。
ゲーム業界では、据え置き型ゲーム機“プレイステーション2”タイトルの好セールスが続いているものの、携帯ゲーム機“ゲームボーイアドバンス”タイトルも好調で、2002年11月に発売された『ルビー・サファイア』、2003年3月発売の『ドラゴンクエストモンスターズ キャラバンハート』、同じく3月発売の『メイドインワリオ』などの好セールスが続き、ゲームのトレンドは携帯ゲーム機と据え置き機の二分化に移り変わりはじめているのが伺えます。

子供たちのあいだでは『ポケモン』シリーズや、『星のカービィ』シリーズ、『ロックマン エグゼ』シリーズ、『デジモン』、『遊☆戯☆王』などのタイトル人気が定着しているなか、前年突如として現れた『甲虫王者ムシキング』の人気が炸裂していました。
1月……年明け早々の5日月曜日。『ポケットモンスター ファイアレッド・リーフグリーン(以下、ファイアレッド・リーフグリーン)』の発売日が1月29日であることが報じられます。この突然の発表は、正月休み明けでまだボヤボヤしている頭に直撃。もう少し先になるかと思っていたので、完全に寝耳に水です。
続報ではカントー地方だけでなく新しいエリアが登場し“1のしま”という島や、島はひとつでなく複数登場することも判明します。このほか、“バトルサーチャー”やバトル中でも使える“ヘルプ機能”、ワイヤレスアダプタを使った通信ではミニゲームが遊べることなども紹介され、新しく生まれ変わる初代『赤・緑』に期待が増すばかりでした。
そんなおり、私にもひとつの転機が訪れます。諦めていた“週刊ファミ通”編集部から面接に来てほしいとの連絡が入り、結果“ファミ通”グループ誌のライターとして採用されることになりました。
面接は当時の“週刊ファミ通”編集長のバカタール加藤さんと副編集長、そして“ファミ通PS”編集長の多田チョビンさん3名が同席。「なんとか仕事を取りたい」と気負って行ったのですが、チョビンさんが開口一番「赤獅子騎士団の団長さんですよね?(当時『ファイナルファンタジーXI』のちょっとした有名プレイヤーで、そのことを指しています)」と来たので、「あぁ…これは大丈夫なやつだ」と拍子抜け。終始フランクな感じの面談で進みました。
バカタール加藤さんとは同じ誕生日、そして同じギタリストということで話が盛り上がってしまい、ゲームの話題からは脱線していったのをよく覚えています(笑)。
「すぐに連絡します!」と面談を終え、それほど待たずしてバカタール加藤さんからメール連絡が来ます。それを見て腰を抜かすほどびっくりしました……『ポケモン』はできますか?新しいやつ出るのですが……と言った内容で(うろ覚えです)……面談ではとくに『ポケモン』が好きです!と言った話はしておらずで、てっきり『FFXI』関係で仕事来るかな?なんて思っていたので、ふたつ返事で「やります!やらせてください!」と即答した次第です。

当時の“週刊ファミ通”『ポケモン』記事&制作チームは“ポケモンふぁみちゅう団”と呼ばれています。ページのトップを飾るイラストは、公認イラストレーターの姫野かげまる先生の描き下ろしになっており、絵が差し込まれたゲラ(校正紙)を観るのは毎回楽しみにしていました。
チームは2~4人体制で、自分はこのとき攻略連載2週目(2004年2月20日号※前週13日売り)からの合流で、ゲームで言えば中盤のタマムシシティ到着後のロケット団アジト“サカキ”戦、ジムリーダー“エリカ”戦やゲームコーナーあたりの記事からです。以降は、『エメラルド』も続投してライティングを務めました。
このころの週刊は、攻略記事(最新情報などはまた別)を仕上げて入稿(校了)するのが発売日から約2週間前です。なので、最低でもその1週前(できれば2週前)にはゲームを触ってネタ出し~レイアウトラフ提出~テキスト書き&画像用意~校正作業といった流れを経て入稿になります。……と言ってもこれは理想論で、カツカツになって行くことが多いのですが、その辺を語ると長くなるのでそれはまた別の機会にでも。
当時の仕事フォルダを覗いてみると、この“週刊ファミ通”初仕事『ファイアレッド・リーフグリーン』の原稿データ最終更新日が2004年1月29日になっており、発売日にこんなことをやっていたのか……と懐かしむばかりです。
さて、その1月29日。いよいよ『ファイアレッド・リーフグリーン』が登場します。私にとっては、ゲームライティングの初仕事としてとても思い入れのあるタイトルです。
グラフィック、システム、操作性そのどれを取っても段違いにパワーアップしており、『赤・緑』『青』『ピカチュウ』と都合4回はストーリーをクリアしていても、増強されたストーリーにより新しい感覚でプレイできた作品でした。
このときの記事ですでに、シリーズ関連の世界累計販売本数1億本超えと謳っており、それからほどなくして日本の総人口を上回る1億3600万本を突破、2005年10月には1億5000万本突破と、世界に広がって行く日本の『ポケモン』をとても誇らしく思いながら記事を書いていたのを思い出します。
ちなみに、現在の世界累計販売本数は4億8900万本以上となっており、まもなく5億本に到達する勢いです。(2026年4月28日時点)
『ファイアレッド・リーフグリーン』は30周年記念として、ダウンロード専用Switch版が発売されていますので、まだこの作品を遊んだことがない方はぜひ遊んでみてください。
また、この1月29日には公式ファンクラブ『ポケモンだいすきクラブ』が開設されています。当初は会員制のWebサイトでポイントを集めたり、キャンペーンに応募したり、掲示板で簡易的なコミュニケーションなども取れるような場所でした。現在では、『ポケモン』に関する楽しい情報を発信するサイトとして運営されています。

2月には、本作にちなんだポケモンセンターオリジナルの“ゲームボーイアドバンスSP”リザードンエディションとフシギバナエディションの限定カラーが2月27日に発売されています。
2004年2月7日~2月22日の予約受付でした。
(“ポケモンだいすきクラブ”での限定販売との説明を見かけたことがあるのですが、こちらはポケモンセンター限定販売です。参考までに電撃オンライン過去ニュースのアーカイブ記事を置いておきます)
3月~夏の映画 “デオキシス”と“オーロラチケット”&“しんぴのチケット”
3月になると、謎のポケモン“デオキシス”の情報が解禁されます。この“デオキシス”は、通常はノーマルモードでゲットし、通信交換で送ったカセットによってフォルムチェンジするというこれまでにないタイプのポケモンでした。全国図鑑386匹目のポケモンとしての登場です。

気になる“デオキシス”の入手方法は、夏の映画7作目『劇場版ポケットモンスターアドバンスジェネレーション裂空の訪問者 デオキシス』の前売り券に、『ファイアレッド・リーフグリーン』で謎のポケモン“デオキシス”を捕まえることができる“たんじょうのしま”へ行くことができる“オーロラチケット”の引換券が付いてくるというものでした。
このころの私は、月刊誌“ファミ通ゲームキューブ+アドバンス”のポケモン記事のライティングも担当するようになっていました。
“ファミ通ゲームキューブ+アドバンス”は、小学生を対象としたゲーム雑誌作りをしており、“ウキウキ ポケモン大好き家族!”というポケモン新聞ページを毎月掲載していました。
小学生対象のライティングは週刊とはまた考え方が違い、とても勉強になった時期です。担当編集は当時の副編集長デビル藤原さんで、大変ながらも二人三脚で楽しく記事を作っていたのを覚えています。
このコラムを読んでいる方で、当時記憶に残っているという方がいらっしゃるかもしれません。

つづく6月。“オーロラチケット”につづいて“しんぴのチケット”が、この年7月17日より開催する“ポケモンフェスタ2004”で配布される情報が出て来ます。
この“しんぴのチケット”は、『ファイアレッド・リーフグリーン』でルギアとホウオウを捕まえることができる“へそのいわ”へと行くことができるというもので、会場にゲーム(本体も)と“ワイヤレスアダプタ”を持参すれば、配信スポットで受け取れるというスタイルでした。
こちらの“オーロラチケット”と“しんぴのチケット”ですが、Switch版では殿堂入りしてエンディング後、バッグに入るように変更されているので、“デオキシス”と“ホウオウ”、“ルギア”を捕まえることができるようになっています。
その7月17日。“ポケモンフェスタ2004”開催に合わせ『ポケットモンスター エメラルド(以下、エメラルド)』が大々的に発表されます。
これまで、初代となる第1世代では『ピカチュウ』。第2世代では『クリスタルバージョン』と、強化されたバージョンの作品がリリースされており、ひょっとしたらあるかもしれないと考えていたので、やはり来たか!と胸躍りました。
また、この日は夏映画『裂空の訪問者 デオキシス』の公開日でもあり、まさにポケモン大フィーバーの日でした。
映画にはレックウザも登場し、デオキシスVSレックウザの凄まじいバトルが展開され、これから発売される『エメラルド』に向けて絶妙なタイミングでの展開にファンとして、はたまたポケモン記者としても唸ったものです。
この8月、“週刊ファミ通”で発売直前インタビュー掲載のために取材同行し、クリエイターでもありコンポーザー、そして『ルビー・サファイア』ではディレクターの増田順一さん(現:株式会社ポケモン チーフ・クリエイティブ・フェロー)、『エメラルド』ではディレクターを務めた森本茂樹さん(“ミュウ”のドットをデザインし、『赤・緑』に“ミュウ”のデータをこっそり入れたことでも有名)ら開発に携わる方々にいろいろお話をお伺いさせていただきました。
“ミュウ”の秘話については伝説となっているバグのことなども併せて森本さん自身で話している動画がゲームフリーク公式チャンネルで観ることができます。とても興味深いお話しなので、ぜひ一度ご覧ください。
当時質問用に作ったテキストデータを開いてみると、Q「“グラードン”と“カイオーガ”、両方出てくるということはひとつのカートリッジで、両方入手できるということでしょうか?」という質問がありました。この時点では2匹が『エメラルド』で激突するという情報はあったものの、捕獲情報は解禁されておらず、「そこやっぱり知りたいよね……」と我ながら微笑ましく思うのでした。
また、Q「全国図鑑ナンバー151:“ミュウ”の入手方法が現在隠されていますが、そのことについて何か少しでも情報をください」とあり……「森本さんにこれ質問したんか!?(笑)」と当時の自分にびっくりします。
当時頂いたお名刺は大切に保管させていただいているのですが、増田さんのお名刺には“コダック”のイラストが入っており、森本さんのお名刺には“ミュウ”のイラストが入っているところは「うんうん」と頷いてしまうところです。
9月 『エメラルド』の発売と“ニンテンドーDS”発表
9月16日、その『エメラルド』が発売されます。『ファイアレッド・リーフグリーン』発売から約7カ月半という短いスパンでのリリースとなりました。
『ルビー・サファイア』から続く第3世代の集大成のような作品となっており、やり込み要素も多く、ボリュームがありとてもやりがいのあるタイトルです。
『ルビー・サファイア』ではどちらかしか捕獲できない“グラードン”と“カイオーガ”は両方捕まえることができ、さらに“デオキシス”は『エメラルド』へ通信交換すると新しいフォルム“スピードフォルム”に変化するようになりました。
また、『エメラルド』発売記念として、“ゲームボーイアドバンスSP”レックウザエディションが限定発売されています。
こちらの予約はポケモンセンター各店では受付、販売は行われず、ポケモンセンターオンライン(モバイル含む)からの予約受付のみでの実施となっています。
そして、9月21日。“ゲームボーイアドバンス”から世代交代する新型携帯ゲーム機“ニンテンドーDS”が12月2日に15,000円(税込)で発売されることが電撃発表されます。
二画面搭載でタッチペン入力、ワイヤレス通信が標準装備、音声認識機能など、これまでの“ゲームボーイ”、“ゲームボーイアドバンス”とは違う変わったゲーム機だと感じ、さらに“ゲームボーイアドバンス”のソフトも動くということに驚きました。実質、これは後継機ということです。
二画面ということにピンと来ておらず、ただただ“ゲームウオッチ”の二画面タイプのヤツのようなものだろうか? と想像の域を超えませんでした。
なにより、“ゲームボーイアドバンス”発売からわずか約3年半のこの発表に驚きを隠せないでいました。
このころ、ソニー・コンピューターエンタテイメント(以下、SCE)から携帯ゲーム機“PlayStation Portable(以下、PSP)”が年末に発売されるということが春に発表されており、その価格や発売日がどうなるのかが注目されていました。
じつは、この9月21日にSCEが"PlayStation Business Briefing 2004"という発表会を開くことになっており“PSP”の発売日や価格が発表されるのではないか?と噂されていたのです。なんと、その開催される1時間前に任天堂は“ニンテンドーDS”を電撃発表したのでした。
これを受けたSCEは、予定時間より17分遅れで発表会を開催。結局、発売日や価格を発表することはありませんでした。
“ニンテンドーDS”の価格発表に面食らって、発売日と価格の発表を取りやめることにしたのでは? そのために発表会の開催が遅れたのでは? などと噂されますが、憶測の域を超えません。
ただ、私もメディア側の人間として、そうだったかもしれない……と憶測せずにはいられない出来事でした。
2004年の終わり “ニンテンドーDS”の発売
12月2日。“ニンテンドーDS”が発売されます。北米では11月21日に先行発売されていました。
同時発売タイトルは『さわるメイドインワリオ』(任天堂)、『大合奏!バンドブラザーズ』(任天堂)、『きみのためなら死ねる』(セガ)、『研修医 天堂独太』(スパイク)など12タイトル。挙げているタイトルは、ポケモン以外で私も遊んだ良作品です。
『大合奏!バンドブラザーズ』は、当時のファミ通編集者たちと“ニンテンドーDS”を持ってライブハウスで演奏するという企画もやり、とても印象に残っているタイトルです。
『研修医 天堂独太』は、タッチ画面を使ってケガをした患者を治療するという感覚が当時は斬新で、タッチ画面を使ったゲームの面白さを存分に理解したタイトルになります。
ポケモンのゲームからはスピンオフ作品の『ポケモンダッシュ』が同時発売されています。
このころは、“週刊ファミ通”で『エメラルド』記事の連載も終わり、“ファミ通ゲームキューブ+アドバンス”の記事で『ポケモンダッシュ』を担当しました。
本作は、“ピカチュウ”をタッチで操ってレースをするというシンプルかつ分かりやすいタイトルで、子どもたちが“ニンテンドーDS”のタッチ操作を感覚で覚えるのに適した、どちらかと言えば低年齢層に向けたタイトルです。
本体の“ゲームボーイアドバンス”の差し込み口を使い『ルビー・サファイア』『エメラルド』『ファイアレッド・リーフグリーン』いずれかのカセットを同時に差し込んで、そのカセットの手持ちポケモンの形をしたコースを読み込ませるという新システムを採用しており、とても印象的でした。このときは、「こんな連動の仕方があるのか」と驚いたものです。

本作を子どもたちへのクリスマスプレゼントとして、本体とセットで買われた親御さんも多いようです。
つづく12月12日。SCEより“PSP”が20,790円(税込)で発売され、新世代携帯ゲーム機市場に参入します。
“ニンテンドーDS”、“PSP”ともにすべり出しは好調となりますが、その後『脳トレ』シリーズや『nintendogs(ニンテンドッグス)』シリーズなどの、これまでのゲームから一線を画すようなジャンルのタイトルが“ニンテンドーDS”でつぎつぎと生まれ、これまでゲームに触れなかった層も取り込んでいき、急速に普及していくことになります。
この12月には、2005年の夏映画『ミュウと波導の勇者』のタイトルが発表(このときのタイトルには“ルカリオ”を伏せています)、そして2005年3月に名古屋駅近くで開催される、世界初のポケモン遊園地“ポケパーク”が開催される発表がありました。
こうして、2004年。ゲームとしての『ポケモン』は“ゲームボーイアドバンス”時代の幕を下ろし、2005年より“DS”時代を迎えることになります。
この続きはまた次回、ゴールデンウィークが明けてから5月中旬ごろのアップを目指しています。引き続きよろしくお願いいたします。

ゲームボーイ時代のコラム終幕。
※記事中の写真にあるグッズ類、本体、ゲームソフト類は私物撮影です
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市野ルギア プロフィール
“ファミ通”で雑誌やムック、音楽やWeb番組を作っていました。現在はフリーのミュージシャンで編集ライター。ポケモン歴は1996年2月『ポケットモンスター 赤・緑』の発売日から。“週刊ファミ通”、“ファミ通 ゲームキューブ+アドバンス”で『ポケットモンスター ファイアレッド・リーフグリーン』と『エメラルド』のライティングを担当。
“ファミ通Wave DVD”や“ファミ通コネクト!オン”など多くの雑誌に企画・編集・ライティングで携わってきました。
電撃オンラインでは、『ポケットモンスター ソード・シールド』より『ポケモン』シリーズのプレイレポートを不定期で連載しています。
また、ゲーム曲やそのアレンジ、ラジオやテレビの主題歌など手掛けています。歌から物語を創る自身の音楽ユニット「終末のバンギア。」をプロデュース中。
これまでの経歴などは“ポートフォリオ”ページをご用意しておりますので、そちらをご参照ください。
・“市野ルギア”ポートフォリオページ







