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1990年代以降における出版業界とアニメ業界の成長の差はなんだったのか?【佐藤辰男の連載コラム:おもちゃとゲームの100年史】

文:電撃オンライン

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連載コラム“おもちゃとゲームの100年史 創業者たちのエウレカと創業の地と時の謎”第40回

 2010年代に入って出版界では数少ないイノベーションの機会がやってきた。そう電子書籍の登場だった。

 まず、Amazon、Google、AppleなどGAFAの電子書籍書店の開設を、講談社の野間省伸(のまよしのぶ)社長は“黒船の来襲”と表現し、危機をチャンスに変えなければと発言した。同様の主旨で角川歴彦は「15世紀グーテンベルクの印刷の発明以来の出版界に訪れたイノベーションの機会」と称し、グループをあげてこれに取り組むよう社員を鼓舞した。国際的な電子書籍ファイル規格であるEPUBの導入や、“黒船”との契約交渉などで、この2人は際立った活躍を見せた。

 KADOKAWAは2010年に電子書籍サービスのBOOK☆WALKERを開設。2012年にAmazonやGoogle、Appleが電子書籍プラットフォームを開設したときも業界に先駆け彼らと契約を結び、自社書籍の電子化を強力に推し進めた。

 電子書籍の主役は8割がコミックだったから、集英社、講談社、小学館のマンガ大手もこの機会を捉え2010年代半ばごろから業績を戻した。とくに集英社と講談社、そしてKADOKAWAは成長が再加速したが、その様子はもう少しあとで触れる。

 出版科学研究所が毎年発表している『出版物の推定販売金額』によれば、1996年をピークに毎年売り上げ規模を縮小させていた販売額が、電子書籍の成長によって前年を上回ったのは2014年のことだった。その後再び下降線をたどるが、2019年以降コロナウイルス感染拡大にともなう巣ごもり需要によって、販売額が上昇。2022年には巣ごもり需要が収束してきたものの、なんとか下降を踏みとどまっている状態だ。

 KADOKAWAを含む大手出版社は、コミックの電子書籍化という数少ないイノベーションをものにし、さらにアニメやゲームへのライセンスという機会も捉え、再成長することができたが、出版業界全般には相変わらず厳しい逆風が吹いている。早速イノベーション、そしてグローバリゼーションをキーワードに、出版とアニメ業界の比較をしてみよう。

 一般社団法人日本動画協会が毎年発表している『アニメ産業レポート』の2023版に、2002年以来の日本のアニメ産業の市場規模が掲載されているので、引用する。出版科学研究所が毎年発表している『出版物の推定販売金額』(出版指標年報2023年版)と比べてみれば、その販売金額の推移の違いは明らかだろう。

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 しかしこの数字は単純には比べられない。数字の前提条件が違うからだ。

 それをこれから解説するが、それでもなおアニメ業界の成長と、出版業界の成長から衰退への道程の違いは明らかだ。

 まず出版物の推定販売金額は、国内で販売された紙書籍と紙雑誌、そして国内に流通する電子書籍・雑誌の推定金額であるのに対し、『アニメ産業レポート2023』の金額はTV、映画、ビデオ、配信、商品化、音楽、海外、遊興、ライブという9つにわたるウィンドウを合計した数字になっているから、比べるのもおかしいという論はありそうだが、ここでは両者の経年変化に注目してもらいたい。

 補足となるが、掲載した出版業界のグラフが1996年に始まっているのに対し、動画協会がアニメの市場規模を公開し始めたのが2002年以降のため、それ以前の市場動向がここからはわからない。90年代半ばから始まる国内消費不況の影響がアニメ業界に与えた影響を知るためには、それ以前の市場の動向を知っておきたい、と思われるかもしれない。

 それについては、電通メディアイノベーションラボの『情報メディア白書』がある。それによれば1990年から2000年にかけてアニメ市場は拡大し続け、1990年には1,000億円、95年には1,500億円、2000年には2,000億円前後に達したとある。

 『情報メディア白書』がいう市場規模は、動画協会の広義のウィンドウを織り込んだ数字ではなくて、アニメの制作・製作ベースの数字なので、やはり動画協会の数字との連続性はないものの、90年代を通じてアニメ業界が順調に成長してきたと、数字が示している。

 さて、この時期における出版業界とアニメ業界の成長の差は何だったのか。

 まず大きな違いとしては、アニメには出版にはない技術革新によるダイナミックなメディア(映像媒体)の変遷(へんせん)があった。アニメ映像の流通経路は、映画→テレビ→パッケージ(VHSやDVD/Blu-rayなど)→配信という転換があり、それぞれが新しいビジネスモデルを形成した。また、それぞれのメディアの内部でも技術革新があった。

 映画はフィルムからデジタルへ。シネコンの発明、3D化、IMAX(IMAXコーポレーションが手掛ける、超高解像度映像を実現したシステム)など。テレビはアナログからデジタルへ、BS・CS放送の開始したほか、地上波でのゴールデン帯(18~22時)から深夜帯への移動なども事件だった。パッケージは、ビデオテープ・LD・DVD・Blu-rayなどの媒体の変遷があった。

 映像配信では、バンダイチャンネル、dアニメストア、Netflix、Disney+、Amazonプライム・ビデオ、Huluなどが次々に参入し、パッケージに取って代わって伸長した。

 アニメ(のみならず映画産業全般)のウィンドウの多彩さ、産業としての裾野の広さも特筆すべきだ。

 そもそも映画ビジネスは、ハイリスクハイリターンな事業とされ、劇場公開による興行収入だけでなく、公開後のビデオソフト販売、有料放送・地上波放送への放映権販売、商品化権の販売、海外販売などのトータルな収益で黒字化を目指す構造になっている。とくにアニメは劇場、テレビにかかわらずそのウィンドウの多彩さが特徴だ。

 『アニメ産業レポート2023』のウィンドウ別市場推移を引用する。アニメ産業の中核であるTV、映画、ビデオについて、一時的停滞があったが、配信の成長に助けられ、全体の成長が持続し好循環を生んでいる。

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 2000年代に入って遊興の項目が示す、パチンコ、パチスロ等の遊技機への権利ビジネスがブームになって大きな金が動いた。2010年代にはライブエンタテインメントが急伸する。アニソンライブ、声優イベント、アニメミュージカル、アニメカフェなどが大きなビジネスとなり、コロナ以降は急成長し、2022年には972億円というテレビを上回る市場に成長したと、『アニメ産業レポート2023』が伝えている。

 そのほか2014年に『妖怪ウォッチ』『アナと雪の女王』で開花したキャラクター商品化ビジネス、『Fate/Grand Order』(2015年)に代表されるアプリゲーム、そして海外では、2012年から始まる中国の「爆買い」、中国のみならず日本のアニメは2020年代に入ると世界中に浸透し、市場規模の半分が海外という成長ぶりを見せるのだ。

 出版はどうか。技術革新の頻度については「電子書籍はグーテンベルク以来のイノベーション」という、半ば自嘲気味とも、半ばこれを逃すものかという意気込みともとれる発言に見られるように、アニメに比べればはるかに少なかった。ウィンドウの数、産業の裾野の大きさはどうか。アニメの原作を持つことの多い出版業界(とくにマンガ)だから当然アニメ同様のウィンドウと裾野の広さはあるようなものの、製作委員会を媒介に、あるいは映像会社、TV局を媒介にしたウィンドウとなるケースが多く、原作権以外は間接的な一部収入を得るという脇役の位置に留まってきた。

 海外売り上げについてはどうか。株式会社ヒューマンメディアという、マーケティング調査会社の「日本のコンテンツの海外売上のジャンル別構成比(2022年)」というデータをネットで見つけたので、引用する。出版が3,200億円もあるのは驚きだが、その中身は従来のライセンス販売以外で「大手出版社は海外の子会社等による現地での出版・配信、加えて国内からの海外向け配信」など、KADOKAWAも含め大手が積極的に展開した成果とは思うが、一目瞭然であるように、アニメやゲームの海外市場規模と比べれば、微々たるものであることがわかる。

 イノベーションの頻度と海外への市場拡大が業界に成長をもたらすという話をしてきたが、エンタメ業界には端的にヒット作品の存在、ヒットメーカーが次々に生まれる環境の存在が重要になってくるのは言うまでもない。

 2013年は宮崎駿が『風立ちぬ』の公開中に引退宣言をして世間を騒がせた年で、その年の年末に発表された『年間興行ランキング』の速報に基づいてオリコンニュースが、アニメと洋画が全盛のなかで、邦画のメガヒット時代が終焉した、という趣旨のコラムを発表した。

 その年の邦画・洋画合わせたランキングでは、『風立ちぬ』、『モンスターズ・ユニバーシティ』、『ONE PIECE FILM Z』といったアニメ作品がトップ3を占め、邦画ランキングでは、『風立ちぬ』、『ONE PIECE FILM Z』に次いで、今や定番となった『ドラえもん』が3位、『名探偵コナン』が4位、『ポケモン』が8位、『ドラゴンボールZ』が9位とアニメだらけのランキングとなった。

 この状況から“邦画のメガヒット終焉”と指摘したのは、前年2012年のランキングに、フジテレビが中心になって製作した3本『BRAVE HEARTS 海猿』、『テルマエ・ロマエ』、『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』の3作が、邦画と洋画を合わせた作品別興収の上位3位を占めていたのに、1年後には様変わりしたことを指してのことだった。

 かつて角川映画が全盛だったころ、これに取って代わったのがフジテレビで、角川春樹事務所から独立した直後の原田知世がホイチョイ・プロダクションズ原作、フジテレビ製作の『私をスキーに連れてって』(1987年)、『彼女が水着に着替えたら』(1989年)に主演し、ヒットした。

 以後フジテレビは自社媒体を駆使して、角川映画顔負けのキャンペーンで邦画隆盛の立役者となったが、『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』を境にその後ヒットから遠ざかり、ランキングから邦画の大作が姿を消した。文芸の衰退とも、どこかでリンクしているかもしれない。
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