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出版業界が不況だった時、出版サイドからアニメ業界はどう見えた?【佐藤辰男の連載コラム:おもちゃとゲームの100年史】

文:電撃オンライン

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連載コラム“おもちゃとゲームの100年史 創業者たちのエウレカと創業の地と時の謎”第39回

8章 イノベーションのあるところ 8-1 隣の芝生、出版業界から見たアニメ業界

 この連載で定義した、1995年以降の“人口オーナス時代の失われた時代”を扱った前の章は、出版もおもちゃも国内の消費不況に見舞われた苦闘の時代だったから、その必死の戦いに着目し、思わず紙幅を使ってしまった。

 そこでは、出版業界の苦境と、おもちゃ業界――とりわけバンダイ、タカラ、トミーのそれぞれの選択を描いた。当然ゲーム業界もその流れで記述してもよかったが、ゲーム業界は、この時期の国内消費不況の影響が比較的軽微で、(おもちゃや出版物を含めた)消費財の動きとは違った要因に基づいて、むしろ市場を拡大させたように見えた。

 20世紀の終わりから2010年代までの長い出版不況のなかで、エンタメ系出版社の経営に携わっていたぼくは、「なんで出版業界がこんなに苦しんでいるのに、ゲーム業界はあんなに元気なのか」という、隣の芝生はなぜ青い? 的な羨望交じりの疑問を抱いていた。

 芝生が青く見えた隣の家のひとつにはアニメ業界も含まれていて、3年ほど前に著したKADOKAWAの社史『KADOKAWAのメディアミックス全史 サブカルチャーの創造と発展』では、90年代半ば以降いまに至る、アニメ業界と出版業界の成長ないしは後退の理由を、“イノベーションとグローバリゼーション”に見いだし解説した。

 この手法(というほどのものでもないが)はゲーム業界にも当てはめられると思うので、ここでは、出版業界、アニメ業界、ゲーム業界、おもちゃ業界の成長と停滞を、それぞれに生起したイノベーションという視点から紐解いて、この連載を閉じることにしたい(グローバリゼーションは、多くの場合デジタル世界のプラットフォーマーが必然的にもたらしたものだったから、ここでは直接触れることはしない)。

 まずは出版業界とアニメ業界のお話から。

 それにつけても、長い出版不況は骨身にこたえた。自分を含めて、働くおじさんというのは案外逆風にもろくて、業績が悪いところに長く身を置く経験は、心と体に打撃となる。どんなに個人が努力しても、その場所にいては成功できない、と悟ることはつらい経験だ。業界の先輩のなかにはハッピーリタイアした人が多かったが、同輩や後輩には仕事につまずき窮地に陥る人、転職する人、病を得る人、さまざまだった。

 トルストイが執筆した長編小説『アンナ・カレーニナ』の有名な書き出しは

 「幸福な家族はどれも似通っているが、不幸な家族は不幸のあり方がそれぞれ異なっている」(木村浩訳、新潮文庫版)

 というものであるが、“家庭”を“職場”に替えれば、あのころの出版界に働く人に、このアフォリズム(格言)は当てはまるかもしれない。

 テレビ東京の経済番組で、佐俣アンリという若いベンチャーキャピタリストが「頑張ることと成長することは違う」と言っているのを聞いて、なるほどそうだと思った。逆風のなかをどんなに頑張っても意味がない、下積みが長いから花開くというわけではない、と彼はあからさまに言う。頑張ることを否定しているのではなく、逆風のなかにいてはいけない、と言いたいのだろう。

 事業の成長なくして人の成長はない。事業が成長し、事業規模が大きくなって混乱を来たし、ああどうしようと迷って深呼吸をしたときに、起業家の成長がやってくる、という独特な言い回しで、人の成長を定義づける。逆風に耐えているところに成長はやってこない、成長するためには起業家にとって筋のいい場所、筋のいいコミュニティにいることが大事だという。

 佐俣のメッセージは若い起業家向け、という限定がつく。古い業界に首まで浸かってきたおじさんは対象外なのだろうか。かつて出版業界も筋のいい場所だったが、いつの間にか筋が悪くなった。そんなところで働くおじさんは、どうしたらよかったのだろう?

 そんなことを考えながら、佐俣アンリの『僕は君の「熱」に投資しよう ベンチャーキャピタリストが挑発する7日間の特別講義』(ダイヤモンド社、2020年)を買って読んでみた。

 「イノベーション視点で歴史の年表を見てみると、ひとつのテクノロジーの発明が、歴史を爆発的に加速させているポイントがある。ノーベルが発明したダイナマイトのようなイノベーションが歴史ではときおり起こっている。・・・パーソナルコンピュータ、インターネット、スマートフォン、ソーシャルメディアといったイノベーションがあった・・・ベンチャーキャピタリストの仕事は、未来でこうした爆発的な加速を引き起こすイノベーションへ効率よく資本を分配し、産業の新陳代謝を高めることだともいえる。いまで言えば、ビットコインなどのブロックチェーンやバーチャルリアリティ、人工知能、AIあたりがそうだろう」

 投資家としては、そういうホットスポットで挑戦し続ける若者に投資の手を差しのべる、多くは失敗するが、野球だってしょせん打率3割だ、失敗したら“ピボット”すればいい、挑戦し続けろ、よいところにいればそれが可能だ。「劇的な変化だけが起業家を成長させる」という。居場所さえ間違えなければ、失敗は繰り返しても、ピボット(事業の方向転換)でやり直せる、という。

 かつて、ぼくらの時代のイノベーションとしてあげられたパーソナルコンピュータ、インターネット、スマートフォン、ソーシャルメディアを巡って、KADOKAWAもたくさんチャレンジして、ずいぶん失敗をした。

 これらのイノベーションは多くが業界の外で生起しており、強引にこちらに引き込んでチャレンジするのだが、なかなかうまくいかない。ぼくらの主力事業である雑誌の成長を阻んだのがこれらのイノベーションだったから、その危機をチャンスに変えるべく、雑誌ブランドのネット上でのサービスを次々に展開したが、既存モデルの広告売り上げ、販売売り上げに遠く及ばない。再び‟本業意識“が芽生え、改革が遅滞する。その間既存のモデルが痛んでいく。

 それでもKADOKAWAはよく健闘したほうだったかもしれない。1990年代半ば以降から2010年ごろまでの出版界は、雑誌も書籍も国内売り上げが下がり続け、留まることを知らなかった。いわゆる小集講(※小学館・集英社・講談社)の大手3社にあっても毎年毎年売り上げが落ちていく様を止めるすべはなかった。

 そのような状態にあってもKADOKAWAは、1998年に東証2部に上場し(2004年に東証1部に移行)、持株会社体制下で数々のM&Aを成功させることで売り上げを伸ばし、アニメやゲームなど隣接する領域に事業を拡大させた。コア事業である出版ではライトノベルやコミックスという、業界では数少ない成長分野でシェアを高めたことで、異質の成長を遂げることができたのだった。
【毎週火曜/金曜夜に更新予定です】

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