『ポケットモンスター(以下、ポケモン)』30周年。30年前そのブームをけん引して支えたであろう小・中学生は、今の日本を支える世代になっています。
記憶に新しい『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』の販売本数は、それまで抜かれることは無いのではないか? と思われていた歴代トップ『ポケットモンスター 赤・緑』の国内販売本数822万本を抜き去り、シリーズの国内最高記録830万本(2024年11月時点)を更新するという偉業を達成しました。
記憶に新しい『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』の販売本数は、それまで抜かれることは無いのではないか? と思われていた歴代トップ『ポケットモンスター 赤・緑』の国内販売本数822万本を抜き去り、シリーズの国内最高記録830万本(2024年11月時点)を更新するという偉業を達成しました。
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それは、そのブームをけん引した世代や、あとから続くシリーズをプレイした世代が親になり、親子2世代……あるいはその世代の親御さんも併せた3世代に渡って『ポケモン』を好きになり、一過性で終わるブームではなく文化として定着させたことが、大きな要因ではないでしょうか。
私は当時すでに社会人として働いていた20代でしたが、皆さんと同じように『ポケモン』にハマり『ポケモン』を愛し、この30年必ずどこかに『ポケモン』が居て一緒に歩いて来ました。
そんな記憶を振り返りながら、そのときなにが起きていたのかを私見を交えつつこちらで記していきたいと思います。その時代を知っている方は「ああそうだった」「そんなことあったな」と……知らない方は「そんなだったのか」と、読んでいただければ幸いです。
30年前、『赤・緑』が発売された1996年は、前年の11月にWindows 95が発売され、インターネットの黒船が到来しましたが、まだまだ一般的に普及しているような時代ではありませんでした。
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携帯電話は認知されつつあるものの、まだまだポケベルが全盛期。コギャル、アムラーと呼ばれる、当時絶大な人気の歌手でダンサーの安室奈美恵さんをファッションリーダーとした女子がムーブメントをけん引しているような時代でした。
街では、すれ違う女子高生はルーズソックス、男子は長髪・茶髪のキムタク(木村拓哉さん)風ファッションが主流です。
小学生のあいだでは、第2次ミニ四駆ブームが巻き起こっていて、当時“月刊コロコロコミック”で連載していた漫画『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』がそのブームを支えていました。
街にあるゲーセンも活気のある時代で、家庭用ゲーム機では次世代ゲーム機戦争と呼ばれる“セガサターン”、“プレイステーション”がシェア争いをくり広げ、任天堂が“ニンテンドー64”を開発中で次世代戦争に加わると騒がれていた頃です。携帯ゲームは“ゲームボーイ”が主流で、小・中学生がそのユーザー層の中心でした。
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1996年1月。テレビ東京でアニメ『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』が放送開始され、第2次ミニ四駆ブームを確固たる地位に押し上げることになります。またこの月には、今日にも続くアニメ『名探偵コナン』の放送が開始されています。
そんな1月の末頃、株式会社スクウェア(現、スクウェア・エニックス)から“プレイステーション”で『ファイナルファンタジーVII』を発売することが発表され、ゲーム業界に激震が走っていました。
2月『ポケモン』との出会い
当時私はゲーム好きな社会人で、ギター講師や演奏のお仕事で生計を立てていました。稼ぎもそれほど多くなかったので少し生活費を切り詰めて、月に1~2本の新作ゲームソフトを買っている感じです。限りのある選択なので、毎月どのタイトルを買おうか?とじっくり吟味して購入していました。
当時所有していたハードは、“ファミコン”、“スーパーファミコン(スーパーゲームボーイも所有)”、“メガドライブ&メガCD2”、“PCエンジンDuo”、“セガサターン”、“プレイステーション”。携帯ゲーム機では“ゲームギア”、そして“ゲームボーイ”です。
そんななか、“ゲームボーイ”の稼働率は少なく、何か面白そうなゲームは出ないかとアンテナを張っていたものの、自分的には購買欲がそそられるようなタイトルがなかなか出て来ないといった状況でした。
成人して、独り暮らしでテレビも独占できる。また、当時の次世代機ブームもあって“ゲームボーイ”の出番がなかなかありません。ですが、何かないかな?と探してはいたのです。
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当時、インターネットで情報収集するという文化に世間は追いついておらず、もっぱらの情報源はテレビや雑誌です。私にとって、ゲームで一番の情報源は“週刊ファミ通”でした。毎週クロスレビューをチェックして、面白そうだ!と思うゲームに飛びついてプレイしていたのが日常です。
飛びつくタイトルには私なりの持論があって、クロスレビューで9点や10点が付くようなものは、気に入っているシリーズ以外はとりあえず置いておいて、7点、8点ぐらいの聞いたこともないような新規タイトルがじつはなかなか面白い。
プレイすると、いぶし銀のようにじわじわと来るタイトルの確率が高いと、それまでの経験上感じていました。まわりが知らないようなゲームを発掘して、「こんなんあるよ」と話すのが好きなタイプの人間です。
そして、目にした『ポケットモンスター 赤・緑』に対する4人のクロスレビュー。8点/7点/7点/7点。まさに掘り出しモノの匂いがする点数です。すごく高い!という数字ではなく、注目すべきは6点がひとつもないところ。これは、自分的には「うん?ひょっとして面白いんじゃね?」と思うポイントです。
それで、レビュアーがプレイした感想を読むと、「色の違う2つのカセット」、「交換していく」などと当時のゲームでは聞きなれない説明がありました。
そして、「モンスターを集める」、「育てる」、「図鑑が埋まる」と言った自分に刺さりまくる解説。「熱中する」、「ハマる」、「快感」、「楽しい」……などと誉め言葉が並んでいて、結果「なんだ、感想はベタ褒めじゃないか!」と思ったのでした。
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モノを集めるのが好き!という方は多くいると思います。私も多分に漏れずその口で、昔から収集癖があります。また、ちくちくと遊ぶ(例えばRPGでキャラをレベル100まで育てるなど)スタイルは好物です。
この“週刊ファミ通”のクロスレビューは、“ゲームボーイ”で遊ぶタイトルを探していた私にとっては、格好の判断材料でした。
そして迎えた2月27日の発売日。当時、次世代機ではゲームが1本6,000~7,000円ほどする時代で『ポケットモンスター 赤・緑』は3,900円でした。カセット毎の違いや、通信交換プレイのこともよく分からないでいた私は、この値段なら両方買ってしまえ!と大人買いをしたひとりです。
記念すべき『ポケモン』シリーズ最初のタイトル『赤・緑』のタイトル画面~冒頭のゲーム画面を並べて観ることができるショート動画を用意してみましたので、よかったら併せてご参照ください。
3月~6月 幻の“ミュウ”のプレゼント企画がはじまる
大人買いで『赤・緑』と両方買った私。パッケージに描かれている“リザードン”と“フシギバナ”を見て、赤のモンスターは素直にカッコイイ!でも、緑のモンスターはなんか惹かれる……と、見れば見るほどそのデザインに魅了されて『緑』が最初にプレイしたタイトルです。最初に選んだポケモンも“フシギダネ”でした。
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あとから知ることですが、ポケモンにタマゴを産ませるというシステムが無いこの時代。最初の3匹から選ぶことになるポケモン……いわゆる御三家と呼ばれるポケモンは本当に貴重で、図鑑埋めは人から借りてなんとかなっても、手持ちにその3匹を揃えるのは、それこそカセットをもう1本用意して自力通信交換で手に入れるなどといった力業ぐらいしかありませんでした。なので、最初の3匹選びはその後の冒険を左右するほど取返しのつかない大きな選択肢だったのです。
話を戻します。通信のやり方が分かり、“スーパーゲームボーイ”では通信交換できないことや、自力でやるにはもう1台“ゲームボーイ”が必要なのも分かりました。また、プレイ面では自キャラのレベルを上げるのではなく、ポケモンのレベルを上げると言うこと。ポケモンは進化するものがいること。フィールドに出て来るポケモンは倒して経験値を稼げるだけでなく、捕まえることができること。そのどれを取ってもそれまで味わったことがなく、斬新でどっぷりとハマって行きました。
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ただ、私のまわりには『ポケモン』を知っている人、やっている人はこの時点では皆無で、この時期は交換する楽しさ、通信させて進化させる楽しさ、対戦する楽しさをプレイできずにいました。
この時期、いち早く『ポケモン』をクローズアップしていたのが“コロコロコミック”で、3月末発売の“別冊コロコロコミックSpecial 4月号”では漫画『ふしぎポケモン ピッピ』(8月売りの“月刊コロコロコミック9月号”より『ポケットモンスター』に改題して移籍連載)の掲載が始まっています。
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そして、4月発売の“月刊コロコロコミック5月号”では、151匹目のポケモン幻の“ミュウ”読者プレゼント企画が掲載されます。なんとこのときの当選者枠は20名! 〆切は5月14日とされるなか応募が約7万8千あったと言われていますから、そのときすでに読者の中心である小学生のあいだでは『ポケモン』人気が高まって来ていたと思われます。
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それにしても……“ミュウ”の入手確率の低さに震えますね。このとき当たった人は相当な強運を持っていたに違いないです。また、当選後の入手方法は、当たったらカセットを送付するという方法でした。当たった人は、カセットが戻ってくるまでのあいだプレイできないというのも、この時代を感じさせるやり方です。
また、この“ミュウ”の入手の難しさが、子供たちのあいだでさらに『ポケモン』人気を押し上げる要因に繋がったと思います。このプレゼント企画をしたことで、コロコロ編集部やその関係各所は、これから来る驚異的な人気に気付きはじめたのではないかと思います。
5月に入ると、初の『ポケモン』関連商品が店頭に並びました。バンダイから発売された食玩『ポケモンクラブ』(ラムネ菓子/当時100円税別)と、ガシャポンの『ポケットモンスター』(3体入り/1回100円税込)です。どちらも無彩色の塩ビフィギュアです。
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食玩『ポケモンクラブ』はゲームボーイ型のプラケースの中にラムネとフィギュアとシールが入っていました。写真はその第2弾の“リザード”フィギュアです。コンビニで見かけてついつい買ってしまったと記憶しています。いち早くフィギュアを出しているのがバンダイで、さすがだな……と思います。
6月……この月は、“ニンテンドー64”が発売されました。このときは『スーパーマリオ64』が同時発売されて、私もハードと一緒に購入してずいぶんプレイした記憶があります。このころは私のまわりのゲーム好きな人に画面を見せながら、「一緒にやろうよ!」と通信交換することの目新しさなどを熱弁して、自分もその面白さを味わいたくてうずうずしていました。
職場などに持って行って画面を見せることができたのは、携帯ゲーム機である“ゲームボーイ”の利点だなと思います。なるほど……そうやって小学生のコミュニティーで広まって行ったわけです。
そんな『ポケモン』元年の上半期、まだまだ静かに波が揺れ動いているような時期です、ここから怒涛のように人気が炸裂していくのですが、今回のコラムはこの辺で……1996年の後半はまた次回、よろしくお願いいたします。
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市野ルギア プロフィール
“ファミ通”で雑誌やムック、音楽やWeb番組を作っていました。現在はフリーのミュージシャンで編集ライター。ポケモン歴は1996年2月『ポケットモンスター 赤・緑』の発売日から。“週刊ファミ通”、“ファミ通 ゲームキューブ+アドバンス”で『ポケットモンスター ファイヤーレッド・リーフグリーン』と『エメラルド』のライティングを担当。
“ファミ通Wave DVD”や“ファミ通コネクト!オン”など多くの雑誌に企画・編集・ライティングで携わってきました。
電撃オンラインでは、『ポケットモンスター ソード・シールド』より『ポケモン』シリーズのプレイレポートを不定期で連載しています。
また、ゲーム曲やそのアレンジ、ラジオやテレビの主題歌など手掛けています。歌から物語を創る自身の音楽ユニット「終末のバンギア。」をプロデュース中。
これまでの経歴などは“ポートフォリオ”ページをご用意しておりますので、そちらをご参照ください。
・“市野ルギア”ポートフォリオページ