『ポケモン』30周年記念コラム。『ポケモン』と一緒に歩いた30年……『ポケモン』元年となる1996年に何があって、どのようにその歴史が流れていったのかを、記憶を辿りつつ私見を交えて振り返っています。
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今回のコラムは、1996年の下半期を振り返ります。前回のコラムを読んでない方は、ぜひそちらに目を通してから読んでいただけるとより一層楽しんでいただけることと思います。
『ポケモン』元年の7月。突然『ポケモン2』(のちの『金・銀』)が開発中という情報が出てきました。そのときすでに“ホウオウ”のビジュアルが出ているので、いま思えば驚きです。
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『赤・緑』の初日の出荷本数は両方合わせて約13万本、初週の出荷は両方合わせて約23万本と聞きます。ゲーム販売の初速は重要視されますが、この出荷数は決して多くはない数字です。ですが、ここからの追い上げが『ポケモン』はまさに“かたやぶり”。
雑誌の制作スパンを考えても、6月にはこの『ポケモン2』の情報を掴んでいると思われますから、発売から3か月経った頃のこの情報はなかなか早い段階での仕込みだと思います。インターネットも整備されていないこの時代、緩やかに口コミで拡散されて人気が出てきている『ポケモン』にとっては追い風です。
口コミするのにも、「『2』が出るんだって!面白いよこれ」とサジェスチョンしやすくなり、される側も、そんなに人気なら乗り遅れる前にやらなきゃ……と言った心理が働きます。その口コミで拡散させるのは他ならぬ当時の小学生で、この時期は夏のボーナスのこともあり、“ゲームボーイ”とセットでおねだりしやすい時期にもなります。
そんななか、7月21日に“ゲームボーイ ポケット”が6,800円という破格の値段で発売されます。この、安くなった新機種登場は、当時の小学生にとってさらにおねだりしやすい状況を生み出し、これ以降『ポケモン』が大ブレイクしていく地盤が固まっていきます。
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この“ゲームボーイ ポケット”の発売は私にとってもプレイ面で転機を迎えることになりました。スリムになったボディーは魅力的で、買えばゲームボーイを2台所有することになり、「自力通信も可能になるじゃないか……」と大人な考えが浮かんでいたのです。次世代ゲームタイトル1本分ぐらいのお値段なので、予約して発売日に買いました。
2台目となる“ゲームボーイ ポケット”を手に入れてからやったのは、眠らせていた『赤』を起動し、リセマラ(リセットマラソン)して御三家を手持ちに揃えることでした。はじめて3匹が手持ちに揃ったときの嬉しさは忘れることができません。
さて、この月発売の“月刊コロコロコミック8月号”では、ふたたび幻の“ミュウ”プレゼント企画がありました。今回は100名の当選枠に対して、8万の応募があったと言われています。当選確率のことを考えると本当に幻のポケモンであり、幻であればあるほど当時の小学生は欲しかったに違いありません。
8月~9月 カードゲーム登場
この年の8月23日と24日、4月にオープンしたばかりの東京ビッグサイトで“第4回次世代ワールドホビーフェア”が開催されました。このときの“コロコロコーナー”では、抽選で両日350名ずつ合計700名に“ミュウ”の配布がありました。
アナウンスは開催直前の“月刊コロコロコミック9月号(8月売り)”で、“ミュウ”が配布されることを記載せずに、ゲームボーイ本体とポケモンのソフトを持参して、抽選で700人にプレゼントあり……とだけ記載。一緒に掲載されていた画像も“ストライク”の図鑑画面でした。
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これは、それまでの“ミュウ”プレゼント企画の応募数を考えると、コーナーの混雑回避などを考慮してそうしたのではないかと思います。ひょっとしたら、“ストライク”がもらえるのかな?と思って行ったら“ミュウ”がもらえた!なんて人がいたかもしれませんね。
9月。月末の週刊少年ジャンプで漫画『遊☆戯☆王』の連載が開始されます。トレーディングカードは、この頃に限らず昔から根強い人気を博しているのですが、トレーディングカードゲームとしての人気が定着したのは1993年にアメリカで発売された『マジック:ザ・ギャザリング』からで、日本でもこの時期から人気が出始めます。
そんななか、7月にはポケモンバトルをカードで楽しむことができる最初の『ポケットモンスター カードゲーム』を10月に発売することが発表されており、この9月には当時のバンプレスト(現:BANDAI SPIRITS)から『ポケモン カードダス』が発売されました。
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日本におけるカードゲームの人気を産み出したのは、ほかならぬこの『ポケモン カードゲーム』があったからと言っても過言ではなく、今日では説明の必要がないほどの人気ぶりとなっています。そのカードゲームという題材をいち早く取り入れてからの『遊☆戯☆王』は人気もうなぎ登りに上昇し、子供たちから絶大な人気を獲得します。
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このゲームソフトとカードゲームというふたつの主力は、これからの大ブレイクへ向けて万全の体制を敷いていることになります。
10月~12月 『ポケモン 青』が登場
10月になると、ゲームソフトで新たな動きが出ます。そう……『ポケットモンスター 青』の発表と誌上販売の実施です。『青』のストーリーは『赤・緑』と同じですが、ポケモン図鑑のグラフィックを一新。ポケモンの出現率やスロットマシンの景品がリニューアルされた……と言った触れ込みでの販売でした。
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“月刊コロコロコミック”が11月号(10月売り)と12月号(11月売り)の2号連続で募集し、本誌にある申し込み用紙を利用して11月30日(消印有効)までに郵便で送るという方式でした。税込3,000円で、『赤・緑』よりも価格を下げての提供となるので、これまで購入していない層も狙えます。
この募集に対して結果55万通を超える応募があったと言われており、想定以上の応募のため1997年1月下旬発送予定が2月中旬ごろまでずれ込んで発送されたようです。
また、10月20日には前述の『ポケモン カードゲーム』が発売され、さらにバンダイからは今日も続く人気商品『ポケモンキッズ』(食玩/指人形)が発売されており、これらは『ポケモン』の歴史と一緒に歩むことになります。
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11月……ここでひとつ日本を揺るがす人気商品が発売されます。『たまごっち』です。11月23日に発売され、瞬く間に日本中がそのブームに巻き込まれました。携帯育成ゲームというジャンルを築いた『たまごっち』は、デジタルペットという新たな土壌を日本に作り上げ、そのことは、これから来る『ポケモン』の大ブレイクが生まれる環境に、とてもいい風を運んだのではないかと私は思っています。
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12月。ブレイクを生むための最後のピースが発表されます。アニメ『ポケットモンスター』制作の発表です。このテレビアニメ化は、さらに『ポケモン』人気を引き上げるには必要不可欠であり、この情報を見た私も「ついにアニメか……」と好きなゲームがアニメ化される期待に胸が膨らんだものです。
この頃の私ですが、「遊んでみたい」と言った、職場の上司にゲームボーイ本体と『赤』を貸し出し、同じゲームを通信交換やバトルをして楽しむことの面白さを味わっていました。友だちと一緒に図鑑を埋めることや、自分のポケモンを見せ合うことの喜びなど、これまでのゲームにはない楽しさがそこにあり、これが『ポケモン』の本質なんだ……とやっと味わえた時期になります。
『ポケモン』元年……2月末に『赤・緑』が発売されてから10か月。最初は静かに揺らいでいた波は、次第に大きくなり、年末には大きなうねりへと変わって行った1996年の出来事でした……1997年、大きなうねりはアニメと共に大ブレイクへと変わって行きます。この続きは次回にまた……よろしくお願いします。
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市野ルギア プロフィール
“ファミ通”で雑誌やムック、音楽やWeb番組を作っていました。現在はフリーのミュージシャンで編集ライター。ポケモン歴は1996年2月『ポケットモンスター 赤・緑』の発売日から。“週刊ファミ通”、“ファミ通 ゲームキューブ+アドバンス”で『ポケットモンスター ファイヤーレッド・リーフグリーン』と『エメラルド』のライティングを担当。
“ファミ通Wave DVD”や“ファミ通コネクト!オン”など多くの雑誌に企画・編集・ライティングで携わってきました。
電撃オンラインでは、『ポケットモンスター ソード・シールド』より『ポケモン』シリーズのプレイレポートを不定期で連載しています。
また、ゲーム曲やそのアレンジ、ラジオやテレビの主題歌など手掛けています。歌から物語を創る自身の音楽ユニット「終末のバンギア。」をプロデュース中。
これまでの経歴などは“ポートフォリオ”ページをご用意しておりますので、そちらをご参照ください。
・“市野ルギア”ポートフォリオページ