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【ポケモン30周年記念コラム】ポケモンと歩いた30年を振り返る(2005-2006年)。DS世代へ“ポケパーク”、ダーク・ルギア、映画のルカリオ、そして『ダイヤモンド・パール』

文:終末のバンギア。/市野ルギア

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 ポケモン30周年記念コラム連載も11回目となります。ポケモンが歩んできた歴史を、ゲーム記者視点で私見や体験を交えつつ綴るこちらのコラム。これまでに、ゲームボーイ時代とゲームボーイアドバンス時代の1996年~2004年までを振り返ってまいりました。


 今回は、“ニンテンドーDS”時代に突入した2005年と2006年の歴史を振り返ります。よろしければこれまでの歴史もご一読いただき、いっしょに『ポケモン』の歩んだ道筋を追体験してみてください。下記のリンクでこれまでのまとめページへと飛べます。

ポケモン30周年記念コラムまとめ

2005年の時代背景


 2004年9月に電撃発表され、12月には“ゲームボーイアドバンス”発売からわずか3年半で世代交代を遂げる“ニンテンドーDS”が登場。この交代劇から2005年はスタートします。

 この3月にはポケモンセンター限定
“ゲームボーイアドバンスSP ピカチュウエディション”が発売されており、この年の『ポケモン』ゲーム発売の動向を見ても、本来ならこの2005年春以降に“ニンテンドーDS”のリリースを持ってくるつもりだったのではないだろうか……とゲーム記者として勘ぐってしまうところです。

 そんな“ニンテンドーDS”ですが、大ブレイクとなり2005年のゲーム市場を賑わすことになります。

 年間売上では“ニンテンドーDS”タイトルが軒並みチャートイン。『おいでよどうぶつの森』、『脳を鍛える大人のDSトレーニング』、『nintendogs』を筆頭に、『やわらかあたま塾』、『マリオカートDS』など好セールスのソフトリリースが続き、世はまさに携帯ゲーム機時代の到来です。

▲2005年、“ニンテンドーDS”タイトルのヒット作品。『脳トレ』や『nintendogs』など従来のゲームとは一線を画すタイトルが多くラインナップされたのが印象的でした。

 5月に北米ロサンゼルスで開催されたゲームショウ“Electronic Entertainment Expo(E3)”では、“PlayStation3(PS3)”とコードネーム“Revolution(レボリューション、のちのWii)”が2006年に発売予定であることが発表され、据え置き型コンシューマー機の新たな世代の到来を告げられます。12月にはマイクロソフト“Xbox360”がひと足先に世代交代を果たしています。

 この年の日本はと言うと、前年3月にサービスインしたソーシャルネットワークサービス“mixi”の人気と、同年9月にサービスを開始したブログサービス“Ameba Blog(アメブロ)”の人気で個人ブロガーが急増。個人発信の時代が到来しています。

 また、4月にはアニメ『ドラえもん』の声優陣が一新され、コロコロコミック創刊から『ドラえもん』が大ブレイクする渦中にいた世代にとって、まさに世代交代……時代の移り変わりを実感する出来事でした。

 そんななか、3月25日より9月25日まで“2005年日本国際博覧会(愛・地球博/愛知万博)”が愛知県で開催されます。

2005年 “ポケパーク2005”が開催


 3月。その“愛・地球博/愛知万博”開催に合わせるように、世界初のポケモン遊園地“Pokémon The Park 2005(以下、ポケパーク2005)”が愛知県名古屋市で2005年3月18日~9月25日の期間開催されました。

 主要アトラクションに乗ると、そのアトラクションの『ポケモンカードゲーム』のカード(全13種)がもらえました。園内ではポケモンやタマゴのデータ配信があったこともあり、ゴールデンウィークなどのピーク時には多くの来場者が訪れ、最大8時間待ちとなったアトラクションもあったようです。

▲園内アトラクションの写真(取材当時のもの)。①『ルギアのくるくるシップ』、②『ポケモン大観覧車』、③『おどるポケモンミニツアー』、④『ピチューBros.のわんぱくトレイン』、⑤『バトルコースター裂空』、⑥『アルトマーレの観光船』、⑦『ピカチュウの森』、⑧『ポケモンメリーゴーランド』

<カードがもらえたアトラクション(※カッコ内はカードのポケモン表記)>
『ルギアのくるくるシップ』(ルギア)
『おどるポケモンミニツアー』(ポケパークのゴニョニョ)
『バトルコースター裂空』(レックウザ)
『アルトマーレの観光船』(ポケパークのラティオス)
『ポケモンメリーゴーランド』(スイクン)
『ポケモンわくわくサファリ』(ケンタロス)
『ミズゴロウのスプラッシュアドベンチャー』(ポケパークのミズゴロウ)
『アクア団VSマグマ団クラッシュカーバトル』(グラードン)
『ポケモン星空トリップ』(ポケパークのセレビィ)
『ピチューBros.のわんぱくトレイン』(ポケパークのゴンベ)
『ピカチュウの森』(ポケパークのピカチュウ)
『ポケモン大観覧車』(ポケパークのアチャモ)
『ポケモン3Dアドベンチャー ミュウを探せ!』(ポケパークのジラーチ)

▲『ポケパーク2005』配布のカードやパスケースなど。取材とは別に個人的にも遊びに行きました。時間的にも年齢的にも(笑)多くは乗れなかったのですが、『ポケモンサファリ』、『ポケモン大観覧車』、『ポケモン3Dアドベンチャー ミュウを探せ!』でもらったカードはいまでも大切に保管しています。

 アトラクションのほかにも景品が入手できるポケモンゲームコーナーや、オリジナルメニューのカフェ、記念撮影スポットなど楽しめる施設が多くあり、公式ストア「ポケモンショップ“R”」ではオリジナルグッズのほか、限定の
“ニンテンドーDS”ポケパークモデルも販売されていました。

 また、園内のワイヤレス通信でもらえるデータ配布サービスは、“ニンテンドーDS”と対応ソフトを持って行けば、園内どこでも受信できるようになっていました。※“ゲームボーイアドバンス”の場合は園内“トイザらス ポケパークストア”付近でワイヤレスアダプタを使っての配布。

 データ配信されたサービスは、『ポケモンダッシュ』の特別なコース(4種類のデオキシスコース)。『ルビー・サファイア』、『ファイアレッド・リーフグリーン』、『エメラルド』で特別なわざを覚えたポケモンのたまご。そして、併設されている映画館109シネマズ名古屋で上映されている『ポケモン3Dアドベンチャー ミュウを探せ!』の上映中に配布された特別な“ニャース(Lv.5 おや名:ポケパーク)”です。

 期間中延べ400万人以上(公称)が来場し幕を閉じています。この“ポケパーク2005”については、“ファミ通ゲームキューブ+アドバンス”2005年6月号特別付録冊子のガイドブック(上の写真に写っている左上の冊子)制作を担当したので、とても思い出深いイベントとして記憶に残っています。

2005年夏の映画とダーク・ルギア


 7月。毎年恒例となる夏の映画8作目、劇場版『ポケットモンスター アドバンスジェネレーション ミュウと波導の勇者ルカリオ』が7月16日より公開されます。

▲映画『ミュウと波導の勇者ルカリオ』のパンフレット(向かって右)とセルDVDパッケージとその付録&付属リーフレット。

 この“ルカリオ”は新ポケモンとして登場しており、2月にシルエット公開、そして3月にビジュアルが公開されていました。これまでの劇場版とゲームの関連性を考えると、この“ルカリオ”は次回作に出て来る伝説系のポケモンではないかと考えられており、私もそう思っていたひとりです。(映画のストーリー上では伝説です。実際のゲームでは伝説系ではなく、タマゴからリオルが孵りルカリオへと進化して入手でした。)

 この映画に合わせるように次回作のタイトルが『ダイヤモンド・パール』。そして、来年(2006年)の映画と連動する新作ゲーム『ポケモンレンジャー』の情報が出てきます。また“ルカリオ”は“はがね/かくとう”タイプということも判明。2006年に発売予定の“ニンテンドーDS”タイトルとして開発中という情報でした。

 映画の前売り券には、幻のポケモン“ミュウ”の引換券が付いており、このときにもらえた“ミュウ”は“Lv.10、おや名:ハドウ、ID:50716”です。

 また、この時期に開催された“ポケモンフェスタ2005”では『エメラルド』で入手できる“ふるびたかいず”が配布されており、“さいはてのことう”へ行って“ミュウ”を捕まえることができるようになっています。(“ポケモンフェスタ2005”開催後は“ポケパーク2005”でも期間限定配布されていました)

 8月4日。“ゲームキューブ”タイトル『ポケモンXD 闇の旋風(かぜ)ダーク・ルギア』が発売されます。

▲『ポケモンXD 闇の旋風ダーク・ルギア』パッケージとゲームディスク、説明書、付属リーフレット類。

 本作は2003年11月に発売された『ポケモンコロシアム』の正当な続編で、悪の組織により戦闘マシン化された“ダークポケモン”をトレーナー戦で“スナッチ”して捕まえ、普通のポケモンに“リライブ”して使うというシステムは健在。

 登場ポケモンの増加にともない、前作ではできなかった野生のポケモンの入手や、捕まえたポケモンの“リライブ”も複数同時に進められるように改善され、より遊びやすくなっています。

▲『ポケモンXD』ゲーム画面。(写真4枚並べています)前作同様にストーリーは基本ダブルバトルで進みます。“リライブホール”という新システムで複数のポケモンの“リライブ”を同時に進められるようになりました。

 『ファイアレッド・リーフグリーン』、『エメラルド』では“しんぴのチケット”が必要になる“ルギア”の捕獲がストーリー上で可能になっており、前作と同じく“バトル山”で“100人ぬき”を達成すると“ホウオウ”の入手も可能です。

 本作の“ルギア”は、“リライブ”することでほかのタイトルへ移すことができます。“リライブ”した“ルギア”(だけでなく、ほかのリライブしたポケモンも)は“ナショナルリボン”が付いており、このリボンは現在でも受け継ぐことができるので、このリボンを持っている“ルギア”は “ダーク・ルギア”だった個体になります。

 本作は、Switch2で有料サービスの“Nintendo Switch Online+追加パック”を利用していると遊ぶことができますので、気になる方はぜひ一度遊んでみてください。

2005年秋~年末 『ポケモントローゼ』と『不思議なダンジョン』


 9月13日。“ゲームボーイアドバンス”をさらに小型軽量化したモデル“ゲームボーイミクロ”が発売されます。これまでの携帯ゲーム機のなかでも圧倒的に小さいサイズで、通勤電車で移動時のポケモン厳選に当時はよく使っていました。

▲発売日の2005年9月13日は『スーパーマリオブラザーズ』20周年の記念日で、その記念モデルを購入して愛用しました。

 “ゲームボーイミクロ”は11月17日に
“ポケモンバージョン”が発売されています。

 10月20日。“ニンテンドーDS”で2作目となる『ポケモン』のゲーム『ポケモントローゼ』が発売。

▲『ポケモントローゼ』パッケージとロム、説明書、リーフレット。

 この作品は、『ポケモン』のゲームとしては『ポケモンでパネポン』以来のパズルゲームで、“ニンテンドーDS”の特徴であるタッチスクリーンを使ったスライドアクション操作で簡単に遊ぶことができる落ち物タイプのパズルゲームです。

 『ポケモンでパネポン』は、すでにリリースされていたパズルゲーム『パネルでポン』を『ポケモン』のキャラを使ってアレンジしたタイトルでしたが、本作はオリジナルルールのパズルゲームとなっています。

 ポケモンたちがアメ玉やビー玉のような丸っこい“トローゼ”キャラに可愛くデザインされており、ゲームを進めてトローゼリスト(図鑑のようなもの)を埋めるという収集要素が用意されています。

 『エメラルド』までに登場する386種類以上のポケモン“トローゼ”キャラが用意されており、コンプリートを目指してかなりやり込めるゲームとして仕上がっています。

▲『ポケモントローゼ』ゲーム画面(DS二画面3枚並べています)。基本的には落ち物系のゲームです。

 つづく11月17日には、“ゲームボーイアドバンス”タイトル『ポケモン不思議のダンジョン 赤の救助隊』と“ニンテンドーDS”タイトル『ポケモン不思議のダンジョン 青の救助隊』が発売されます。

▲『ポケモン不思議のダンジョン 赤の救助隊』、『青の救助隊』パッケージとソフト、説明書、付属リーフレット類。※『赤の救助隊』のロムは別売りのケースに入れてあります。

 これは、“スーパーファミコン”で人気を獲得し、以降さまざまなプラットホームで展開するローグライク(入るたびに地形が変わるタイプのダンジョンを進む)ゲーム『不思議のダンジョン』シリーズを『ポケモン』ゲームとしてアレンジした作品です。

 本作の特徴は、なんと言っても“ニンテンドーDS”と“ゲームボーイアドバンス”で、それぞれ違う色のソフトが用意されているところ。基本的なストーリーやシステムなどに相違はありませんが、一部のポケモンは片方にしか出現しないものもいます。

▲『ポケモン不思議のダンジョン 青の救助隊』ゲーム画面(左からDS二画面2枚並べています)。と『赤の救助隊』ゲーム画面(向かって右、上下に2枚並べています)。

 “救助隊”とタイトルにあるように“救助”することがキーワードになっており、ダンジョン内を探索中に倒れてしまったら、通信機能やパスワード機能を使って他のプレイヤーに救助を依頼することができます。

 救助されたら、本来失うはずの“どうぐ”やお金が戻って来ます。また救助する側は、救助ランクを上げるためのポイントや“どうぐ”がもらえるのでお互いにメリットがあるシステムになっています。

 救助は、DSワイヤレス通信や通信ケーブルを使った方法のほかに、“ニンテンドーDS”のダブルスロット機能を使って『青の探検隊』と『赤の探検隊』のソフトを同時に挿すことで双方の救助活動が可能になります。両方のソフトを所有して進めている場合、他プレイヤーに救助を依頼することなく自己完結させることもできるのです。

 この救助システムは好評で、当時は公式ファンクラブ“ポケモンだいすきクラブ”の簡易掲示板を使った救助活動が盛んに行われていました。

 『ポケモン不思議のダンジョン 赤の救助隊』は、SwitchとSwitch2で有料サービスの“Nintendo Switch Online+追加パック”を利用していると遊ぶことができます。

 『ポケモン』ゲームとしても人気を獲得した本作は、以降『ポケモン不思議のダンジョン』シリーズとして続くことになります。

 また、この11月には来年の夏映画と連動する“ニンテンドーDS”タイトル『ポケモンレンジャー』の続報が出てきており、DSのタッチスクリーンで“キャプチャ”と命名された操作方法を使った、まったく新しいタイプの『ポケモン』ゲームだということが判明します。

 翌月12月のTVアニメ『ポケットモンスター アドバンスジェネレーション』にも、ゲーム『ポケモンレンジャー』の主人公がゲームや映画に先駆けて登場。2006年に向けて新たなDS時代が動きはじめたのでした。

 こうして、2005年の『ポケモン』の歩みは幕を閉じます。

2006年へ突入 『ポケモンレンジャー』


 2006年……『ポケットモンスター』の発売から10周年を迎える年です。現在の30周年のように日本、そして世界を巻き込んだ大きなプロモーションは行われていませんが、“ポケモンだいすきクラブ”や“クラブニンテンドー”のメンバーを対象とした初のオーケストラ記念コンサートが開催されています。

 また、10周年記念特別アニメ『旋律のミラージュポケモン』が制作され、北米先行でテレビ放映し、後日日本ではストリーミングサービスを使って期間限定配信されました。このとき、初代の『ポケモン』アニメでサトシといっしょに冒険したカスミが久しぶりに登場したので、ファンのあいだでちょっとした話題になりました。

 年明け1月には『ポケモンレンジャー』の発売が3月23日になると発表され、夏映画のタイトル『ポケモンレンジャーと蒼海(うみ)の王子』を発表(このとき“マナフィ”の名前は出ていません)。“ポケモンレンジャー”を大きくフィーチャーし、次期主力ゲームのひとつにしようと考えているのが伺えます。

 2月になると“マナフィ”のビジュアルと名前が公開され、ゲーム『ポケモンレンジャー』の発売直前には、映画の特別前売り券にゲーム内の特別な“W(ダブル)ミッション”を受け取ることができる引換券が付くことが発表されます。

 そして3月23日、『ポケモン』ゲーム初のアクションアドベンチャー作品と大きく銘打ちして『ポケモンレンジャー』が発売されました。

▲『ポケモンレンジャー』パッケージとロム、説明書、付属リーフレット類。

 従来のポケモンをボールで捕まえるというスタイルから、DSタッチ操作で画面のポケモンをぐるっと囲んで“キャプチャ”し、仲間となったポケモンの力を借りてゲームを進めるというアクション要素があるゲームになっています。

 映画の特別前売り券に付いてくる引換券の“W(ダブル)ミッション”では、“マナフィのタマゴ”を入手することができ、『ダイヤモンド・パール』へ送って孵すと“マナフィ”をゲットできるので、このゲームをプレイした……といった方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

▲『ポケモンレンジャー』ゲーム画面(DS二画面3枚並べています)。“ニンテンドーDS”ならではのゲーム性でした。

 この3月には、よりコンパクトで軽量、スタイリッシュになった“ニンテンドーDS Lite”が発売され、“ニンテンドーDS”のシェアがさらに拡大していきます。

2006年後半 夏の映画と『ダイヤモンド・パール』


 5月になると、『ダイヤモンド・パール』の情報が大きく前面に出て来ます。主人公のビジュアルも公開され、冒険の舞台が“シンオウ”地方だということも判明します。また、『ポケモンレンジャー』と連動し、夏映画の特別前売り券で入手できる“マナフィのタマゴ”を送ることができるのが分かりました。

 7月15日。夏の映画9作目、劇場版『ポケットモンスター アドバンスジェネレーション ポケモンレンジャーと蒼海(うみ)の王子マナフィ』が公開。ときを同じくして、『ダイヤモンド・パール』の発売日が9月28日になることが大々的に報じられます。

▲映画『ポケモンレンジャーと蒼海の王子マナフィ』パンフレット(向かって右)とセルDVD、付録&付属リーフレット。

 パッケージの公開とともに、“ディアルガ”と“パルキア”の発表。“ニンテンドーDS”にプラットホームを移すことで“ニンテンドーWi-Fiコネクション”に対応し、インターネットを通じて通信プレイが可能、さらに“ボイスチャット”機能まで搭載されていることも判明。

 いまでは当たり前になっているこの機能が『ポケモン』ゲームに付くのは、当時は画期的で、ついにここまで来たかと感動したものです。

 『ポケモン』が出てからの任天堂携帯ゲーム機の進化は、つねに二人三脚で歩んでおり、『ポケモン』のためにあらゆる機能が用意されていると言っても過言ではないでしょうか。

 その最先端の機能を活かし、まるで真打ちであるかのように出てくる『ポケモン』に毎度楽しませてもらっており、30年経ったいまでも新しい遊びを提供してくれる『ポケモン』ゲームの歩みをこうして振り返ってみると、「あぁ…あのときはこんなだったか…」と懐かしむばかりです。

 そして、9月28日。第1世代…初代ポケモンから10年のときを経て、第4世代のポケモン『ダイヤモンド・パール』が発売され、新たにDS世代へと突入します。

▲『ダイヤモンド・パール』日本語版、『ダイヤモンド』フランス語版、『パール』英語版、パッケージとロム、説明書、付属リーフレット類。『ダイパ』で図鑑が多言語表示可能になり、多言語の図鑑も埋めたくて、フランス語版と英語版も入手してポケモン集めに勤しんでいました。

 「もう、なにもかもが新しい……」率直にそう思いました。記者としてどうかと思うのですが、どんな誉め言葉を頭に浮かべても、このときの嬉しさ、感動、目新しさ、楽しさを表す言葉が見つかりません。

▲『ダイヤモンド・パール』ゲーム画面(DS二画面3枚並べています)。二画面のバトル画面は下画面にコマンドが集まりとても操作しやすいと感じました。

 “ゲームボーイ”時代から“ゲームボーイアドバンス”時代に移り変わったときも衝撃的でしたが、この“ニンテンドーDS”時代はまさに革命でした。

 “ゲームボーイ”から“ゲームボーイアドバンス”へと正当な進化“エボリューション”を遂げた『ポケモン』は、革命“レボリューション”を起こし、本来『ポケモン』ゲームがあるべき姿にやっと到達したのだと、このときは思いました。

 インターネット黒船到来の時代1996年から、時代はやっと『ポケモン』に追いつき、ついにWi-Fiを介して世界中の人とポケモン交換やバトルができる時代……まさに『ポケモン』時代へと到達したのです。

 “ニンテンドーDS”はそれまでゲームをしていない層や、休眠していた層もふたたびゲームを遊ぶようになったハードです。

 この『ダイヤモンド・パール』から、新しくトレーナーになった方、また復活したという方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

 この時期の私は、“ファミ通 Wave DVD”というバラエティー番組のようなゲーム映像が何本も収録されたDVDが付録する月刊誌を作る編集部に所属して、“やり込み”コーナーや携帯ゲーム、オンラインゲームなどの企画映像番組や本作りを担当していました。

 『ダイヤモンド・パール』では、ボイスチャットをフィーチャーして“ファミ通WaveDVD 2006年12月号”に収録した映像企画番組で紹介したのをよく覚えています。

 このころ、“週刊ファミ通”のポケモン担当は外れていたのですが、後任の担当と仲がよかったので交換や通信進化要員でよく呼び出されていました。

 この9月28日には、TVアニメも新しく『ポケットモンスター ダイヤモンド&パール』になり、サトシとピカチュウの新しい冒険がはじまっています。

 また、限定モデル
“ニンテンドーDS Lite ディアルガ・パルキアエディション”も同日、ポケモンセンターで発売されました。

▲2006年9月28日。発売日当日の写真。このときは、ポケモンセンタートウキョーへ“ニンテンドーDS Lite ディアルガ・パルキア エディション”を買いに行きました。まずは『パール』でスタート!

 12月。任天堂の家庭用据え置型ゲーム機“Wii”が発売されます。先に発売されていた“Xbox 360(2005年12月10日)”と“PlayStation3(2006年11月11日)”と新世代据え置き機が三つ巴で出揃うのですが、ゲーム全体の市場としては、“ニンテンドーDS”タイトル一強となっており、そのなかでも『ダイヤモンド・パール』は年内で出荷本数500万本を突破して頭ひとつ抜きん出ています。

 その新型ハード“Wii”専用のタイトルとして、12月14日に『ポケモンバトルレボリューション』が発売されています。

▲『ポケモンバトルレボリューション』パッケージ、説明書、付属リーフレット類。

 『ポケモンスタジアム』から続いている流れのタイトルで、“ゲームキューブ”作品の『ポケモンコロシアム』、『ポケモンXD 闇の旋風ダーク・ルギア』を開発した“ジニアス・ソノリティ”が手掛けています。

 “ゲームキューブ”作品2作にあったRPG要素はなくなり、『ポケモンスタジアム』のようにバトルに特化したゲームです。“ニンテンドーDS”との連動機能があり『ダイヤモンド・パール』で育てたポケモンで遊ぶことはできるのですが、以前のようにゲーム内に預けて整理するといった機能はオミットされています。

 “DSバトルモード”では、“ニンテンドーDS”を画面付きのコントローラー代わりに使えるのが特徴的で、DSを持ち寄れば使うわざなどを相手に知られることなく対戦できるようになっています。

 こうして、“ニンテンドーDS”と“Wii”…任天堂の携帯ゲーム機と据え置き機が世代交代を果たして2006年は幕を閉じます。そして、2007年へと続くのですが、その話しはまた次回で。引き続きよろしくお願いいたします。


※記事中の写真にあるグッズ類、本体、ゲームソフト類は私物撮影です

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“X”アカウントにポストしています。ゲーム以外のお仕事や趣味のことなども雑多に呟いていますが、よろしければお気軽にフォローしてください。

市野ルギア プロフィール


 “ファミ通”で雑誌やムック、音楽やWeb番組を作っていました。現在はフリーのミュージシャンで編集ライター。ポケモン歴は1996年2月『ポケットモンスター 赤・緑』の発売日から。“週刊ファミ通”、“ファミ通 ゲームキューブ+アドバンス”で『ポケットモンスター ファイアレッド・リーフグリーン』と『エメラルド』のライティングを担当。

 “ファミ通WaveDVD”や“ファミ通コネクト!オン”など多くの雑誌に企画・編集・ライティングで携わってきました。

 電撃オンラインでは、『ポケットモンスター ソード・シールド』より『ポケモン』シリーズのプレイレポートを不定期で連載しています。

 また、ゲーム曲やそのアレンジ、ラジオやテレビの主題歌など手掛けています。歌から物語を創る自身の音楽ユニット「終末のバンギア。」をプロデュース中。

 これまでの経歴などは“ポートフォリオ”ページをご用意しておりますので、そちらをご参照ください。

“市野ルギア”ポートフォリオページ

本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります

担当者プロフィール

  • 終末のバンギア。/市野ルギア

    終末のバンギア。/市野ルギア

    「『ポケモン』歴は最初から、ゲーム音楽も作れちゃうギタリストライター」 ゲーム歴45年超えのエルダーゲーマーなミュージシャン編集ライター。2001年全国誌のペット雑誌で連載コラムデビュー。 「ファミ通」「電撃」2大ゲームメディアで数々の記事や企画を担当。ニコ生公式生放送ゲーム番組の企画とMCを2年務め、FMラジオ番組のパーソナリティーなどの経験も持つ。またミュージシャンとしての経歴も長く、ゲーム音楽の制作なども手掛けている。 ゲーセンの『インベーダーゲーム』が初ゲーム。『FFXI』の有名プレイヤーとして名を馳せ、週刊ファミ通でゲームライターデビュー。攻略班に所属し数々のタイトルを担当。『ポケモン ファイアレッド・リーフグリーン』が初仕事。初オンラインゲームは『ウルティマオンライン』で、廃プレイを経験。『バイオハザード』などのホラー系や、ちくちくと根気のいる集めゲーがわりと好物。いまのところ『ポケモン』シリーズはライフワークとなっている。

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