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日本ファルコム・近藤社長が明かす『軌跡』シリーズ秘話。20年作ってきた中で社内で反対意見が相次いだ意外なモノとは?

文:電撃オンライン

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 日本ファルコムの人気ストーリーRPG『軌跡』シリーズの20周年記念を祝して行われた、日本ファルコム代表取締役社長・近藤季洋氏の特別インタビューをお届けします。

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 ゼムリア大陸という架空の世界を舞台に、若き英雄たちの冒険譚を描いてきた『軌跡』シリーズ。その始まりの物語である『空の軌跡FC』がPCで発売されたのは、2004年の6月24日です。それから20年という長きに渡って多くのユーザーからの支持を集め、今年の9月26日にはシリーズ最新作『界の軌跡』も発売される『軌跡』シリーズは、日本が生んだJRPGの名作のひとつと言っても過言ではないでしょう。

 そんな『軌跡』20周年を記念して、日本ファルコムの近藤季洋氏に特別インタビューを敢行。『軌跡』作品の制作秘話について大いに語ってもらいました。インタビュー内容がとても大ボリュームになったため、今回は前半になります。なお、
一部に『軌跡』シリーズのストーリーにまつわるネタバレも含まれているのでご注意ください。

■近藤季洋氏
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 1998年に日本ファルコムに入社。『イース』シリーズや『英雄伝説』シリーズのリメイク作品の制作に関わったあと、『空の軌跡』シリーズの立ち上げにいちから関わる。2007年に代表取締役社長に就任した以降も、プロデューサー、ディレクター、シナリオライターとしてファルコム作品の制作に関わる。 

20年にわたって愛され続ける『軌跡』シリーズの魅力

──まず、『軌跡』シリーズ20周年という節目を迎えた今の率直な感想からお願いします。

近藤季洋社長(以下、敬称略):忙しく、ありがたくもあるなか『軌跡』シリーズの制作をここまで続けさせていただきましたが、「もう20周年なんだ」という気持ちが強いですね。正直、まだ実感がわかないのですが、もうちょっとしたらわくんでしょうか? ともかく、ここまで長かったような、短かったような、どっちなのか本当にわからないという気持ちです。それだけこの20年間、充実していたんだろうなと思います。

 それで、やっぱり20年間で13本というのはなかなかすごいと思うんですよ。RPGという、制作にどんどんどんどん時間がかかるようになっていくものを、この期間でこれだけの数を出せたのは。誰もほめてくれないんですけどね(笑)。

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 ここまで続けてこられた理由としては、やっぱりコンスタントにタイトルを作ってきたというのもあると思います。次のタイトルまで間が空いてしまうと存在を忘れ去られてしまいますし、セールス的にも厳しくなりますから。

 今やほかのゲームやスマートフォンをはじめ、いろいろな娯楽をみなさんが楽しんでいるなか、『軌跡』シリーズを選んで遊んでくださる人がいて、それが20年間続いているというのは非常にうれしく思います。あとはこのまま完結できればキレイだなと思うんですよね。

 20年間、同じ世界観のタイトルを続けてきたというのは、もうギネスに載ってもいいんじゃないかなと思うくらいで。もちろんまだ完結できていないので、これからの話になりますが。とはいえ、完結という頂上が見えてくるところまでは登って来られたということを、この20周年の節目に強く感じています。

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──『軌跡』シリーズがこれほど長きに渡って、ユーザーのみなさんから支持されている理由はどのあたりにあると思いますか?

近藤:単純に“続けてきた”というところがあると思います。やっぱり続けるって、それだけで大変なことだと思うんですよ。作っている側が飽きちゃう可能性もありますし。続編ではなく新作とか、まったく別のものに切り替えて出したくなる気持ちは僕らにもあります。あとは、ユーザーのみなさんにここまで支持されてきたことを当然と思わずに、少しでも楽しんでもらえるように、初心を忘れずに作ってきたのも大きいと思います。

『英雄伝説VI』としての出発。そして広がるゼムリア大陸の設定

──『軌跡』シリーズも、当初は『英雄伝説VI』として世に出ましたよね。

近藤:そうですね。まず『ドラゴンスレイヤー 英雄伝説』の2作品があり、『白き魔女』、『朱紅い雫』、『海の檻歌』の“ガガーブトリロジー”3作があり、そのあとが『英雄伝説VI』としての『空の軌跡』シリーズ、いわゆるリベール王国編です。『零の軌跡』『碧の軌跡』が『英雄伝説VII』でクロスベル編、『閃の軌跡』シリーズが『英雄伝説VIII』でエレボニア帝国編、『創の軌跡』はイレギュラーでナンバリングがなく、『黎の軌跡』シリーズが『英雄伝説IX』でカルバード共和国編となっています。開発中のフォルダ名なんかも未だに『英雄伝説●』なのですが……いつ『軌跡』シリーズになるんでしょうかね(笑)。

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 それはともかく、『空の軌跡』の開発が始まったころは僕らも新米で、意気揚々とシリーズものを引き継いだので、『空の軌跡』もシリーズものになっていくと思い込んで作っていたら、先輩たちに「まだ売れてもいないのに続編のことなんか考えるな」と忠告された覚えがあります。

 でも逆に、そこで続けていくつもりでしっかり考えたからこそ、今も続けていられるというのはありますよね。『空の軌跡』が始まったときにゼムリア大陸の設定を決めていましたし……エレボニア帝国やカルバード共和国という大国があって、続編でいつか描こう、というのも決めていました。

──確かに、一作で収まりきるような世界観設定ではありませんよね。

近藤:そうですね。でも当時の僕らとしては、“ガガーブトリロジー”と同じように3作で終わる予定だったんです。それが現時点で13作に(笑)。そこはやっぱり、言ってしまえば僕らが何も知らなかったゆえの甘さでしたし、逆に言えば、アクセルを踏むことしか考えていなかったからそういうスタートを切れて、今に至ることができたのかな、とも思います。

 それを受け止めてくれたユーザーのみなさんや、僕らの想いを理解して支えてくださった会社の上司や先輩など、本当にたくさんの人たちのおかげでもありますね。

──そうしてつむがれた『軌跡』シリーズは、リベール王国編からはじまり、クロスベル編、帝国編、共和国編へと続いていったわけですね。

近藤:じつはクロスベルについては、最初は影も形もありませんでした。『空の軌跡 the 3rd』を作ったとき、ある新人のシナリオライターがいたんですが、彼は先輩の許可なく勝手な設定を作るんですよ(笑)。それで、気づいたときには誰も知らない地域にクロスベルという地名が書かれていて。「これ、大丈夫なのかな?」とは思ったものの、みんなで話した結果「まあいっか」ということになって、そのまま『零の軌跡』の舞台として描くことになりました。

 理由としては、『空の軌跡』でリベール王国について描いたとき、小国なのに『FC』と『SC』の2作分かかっちゃったんですよね。リベールでさえそうだったのに、それより何倍も広い国土があり、社会構造も複雑で、人種もいろいろ出てくる帝国を、リベール王国編の延長上で描くとしたら大変なことになってしまいそうでした。ですから、一旦帝国に近いところを描く作品を挟んで、そのうえで帝国編に入ればいい、ということになって『零の軌跡』が生まれたわけです。……これも1作で終わらせるはずが『碧の軌跡』との2部作になってしまいましたが(笑)。

 “ガガーブトリロジー”のときはものすごく広大な、国がいくつも登場する世界を1作で描いていました。ですが、『空の軌跡』は舞台がリベール王国だけとはいえ、グラフィック表現がドットから3Dになったことで、それ以前のように気軽に街や村を量産することができなくなったんですよ。その分、シナリオはディティールを上げて書こう、というやり方をして、その手法が確立したのが『空の軌跡FC』と『空の軌跡SC』でした。

 同じやり方でクロスベル編を作ったら『零の軌跡』と『碧の軌跡』の2部作になりましたし、「こう作ったらこうなるんだ」と、描きたい物語のボリュームに対して作品数がかさむことに気づかされましたね。ちなみに帝国編に取りかかるときも、設定を含めかなり気合いを入れて作るつもりではあったんですが、「3作までには収まるだろう」と高をくくっていました。それが、最終的には4作になってしまって(汗)。『創の軌跡』まで含めれば5作ですね。

──『空の軌跡』を作っていた当時、ゼムリア大陸の地図はどのくらい埋まっていたのでしょうか?

近藤:その時期ですと、リベール王国と帝国、共和国周辺までしか出来上がっていませんでした。そのあとで僕が遊びで書いた全体図とかはいくつかあるんですけれど、あんまり人に見せたことがありませんし、実際には帝国編を作っていく課程でいろいろ決まっていきましたね。

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 全体像としては、当初からそんなに変わっていません。名前だけならアルテリア法国とかオレド自治州、レマン自治州、レミフェリア公国とか断片的に出ていて、スタッフ間でも「どこにあるんだろう?」みたいな話をしていて。いいかげんちゃんと決めなければ、ということで帝国編を作るときに具体的な位置関係を決めていきました。

 今は共和国編に入って、共和国の東側や南側もなんとなく見えてきています。そこも今、開発内ではしっかりとまとまりつつある状況になります。

──ゼムリア大陸の地図をあらためて見ると、本当にクロスベルって小さいですね。

近藤:そうですね、米粒のように小さいです(笑)。ですがリベール王国を描いた際、仮に自分たちがゼムリア大陸全土を細部まで設定していたとしても、“とりあえず決める”程度のものにしかならなかったと思うんですよ。やっぱり、制作しながら見えてくるものもありましたから、物語の舞台が広がるに応じて、ちょっとずつ足元を踏み固めながら考えていった結果、“本当に決める”ということができたのだと思います。

 『イース』シリーズの制作のときも同じですね。「決めてすぐ使わないような内容は無理に決めないでほしい」と、スタッフにも常々言っています。あとで「こうしておいたほうがよかった」と思うような経験を何度もしてきましたので。そのあたりは必要になった時期にしっかり決める、というやり方で『軌跡』シリーズも続けていきます。

──そういったもので言うと、共和国の東方人社会などは初期段階ではどこまで考えられていたのでしょうか?

近藤:東方人社会を含めた共和国については、最初スタッフもみんな、中華系の服装をした人たちが住んでいるものだとばかり思っていたんですよ。ですが、じつはそうではなく、さまざまな人種が住む多民族国家であることが、帝国編に入ってから本格的に明かされていきましたよね。

 帝国については皇族であるオリビエや鉄血宰相オズボーンが出てきたこともあり、『空の軌跡』の時点でなんとなくのイメージはできていたと思うのですが、共和国のイメージはスタッフ内でもあんまり固まっていませんでした。

 最初に出てきた情報で言うと、たとえば交通機関の話ですが、リベール王国は飛行船、帝国は鉄道網が発達しているのに対して、共和国はバスが発達しているという話でした。それが今では、バスはほとんど走っておらず、導力車に置き換えられています。あとは何気に、導力技術もすごく発展していますよね。これも最初の想定とは大きく違っていると思います。

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──リベール王国編のときはどうでしたか?

近藤:リベール王国のときは、“ガガーブトリロジー”のいいところを受け継ぎながら「ファルコムでこれまでやってなかったことをやりたい」ということで、スチームパンク寄りの世界観のもとで物語を描いていきました。それが『零の軌跡』で舞台がクロスベルに移ったとき、急に技術の発達具合が加速していくことになりましたね。

──金融や経済の話が出たり、オーブメントがスマートフォンみたいになったりして、いろいろ驚かされました(笑)。

近藤:あれは当時、社内でも反対意見が結構出ていました。「せっかく『空の軌跡』がヒットしたのに、そんなにガラッと変えてしまっていいんですか?」みたいな感じで。

 ですが『零の軌跡』は、それまでPCで展開していたタイトルを、初めてコンシューマ用としてPSPでリリースしたタイトルだったんですよね。ですから、僕らもそこに対して、もうちょっとこう、ユーザーの目線にキャッチアップしていったほうがいいんじゃないかという気負いがあって、今のクロスベルのイメージが生まれたっていうのはあります。

 これがずっとPCで展開していったとしたら、また違ったものができていたかもしれません。『軌跡』シリーズを振り返っていくと、自分たちの置かれた環境の変化というか、時代の変遷を感じますね。

──『軌跡』シリーズをコンシューマ向けにしていった経緯について詳しくお願いします。

近藤:当時、PC向けパッケージ販売が厳しくなっていたことがまずあります。それと、『零の軌跡』以前に『空の軌跡FC』のPSP版は出していたのですが、売上があまり伸びませんでした。ですがPSPも、PSP 2000が出たころから大ヒット商品になっていき、そのころ『空の軌跡SC』のPSP版も発売され、『FC』と『SC』が同時に売れるという現象が起きまして……このあたりでユーザーが一気に増えたことから「軸をコンシューマに移しても大丈夫だろう」となり、『零の軌跡』からはコンシューマのみ、という形になりました。

 ほかには、この時期RPGがどちらかというとSF寄りのものが多くて、いわゆる牧歌的なものがあまりなかったんですよ。それで、僕らもそういった方面にシフトしていこうという思惑があり、イラストレーターをエナミカツミさんにお願いするなど、いろいろと動きました。クロスベルは、わりと近代的な世界観をイメージしていたので、リベール王国よりも規模は小さいのですが、技術的にはいろいろ発達していてもいいんじゃないかということになりまして。

 作品的な切り替えと、僕らの制作環境の変遷のタイミングがあったからこそ、大きく切り替えることができたのではないかと思います。そういう意味では、『零の軌跡』はシリーズのターニングポイントでしたね。

 そうして切り替えて生まれたもの、たとえば導力ネットワークの発達などが、共和国編にも引き継がれていると思います。それと、共和国は共和国で技術の発展が一気に進んでいますが、「何でそんなに進んだの?」というのも謎の1つなんですよね。このあたりはメインストーリーにも関わってくることなので、今後の展開にどうぞご期待ください。

──シリーズを通しての重要な設定ですと、《七の至宝》や《結社》の計画などいろいろ思い浮かびますが、これらは初期段階でどこまで考えられていたのでしょうか?

近藤:《七の至宝》や《結社》など、物語の根幹に関わるような設定は、ほぼ初期に考えたもののまま取り入れています。もちろん、それぞれの細かいディティールは決まっていない場合もあります。《結社》のエージェントである執行者の設定を、最初から全員ぶん決めていたということはないです。

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 《結社》という組織のあの世界における位置づけだったり、《七耀教会》と対立関係にあること、組織としての存在意義のようなものは、初期段階から変わっていません。《七耀教会》も同様に重要な組織ですし、剣術の流派のひとつである《八葉一刀流》なども同じです。開祖ユン・カーファイの孫娘のアネラスが遊撃士として登場したのはイレギュラーですけどね。

──《七耀教会》については、『空の軌跡 the 3rd』で深堀りがされました。

近藤:『空の軌跡SC』は話としてキレイに終わったんですけれど、《七耀教会》関連は多くの謎を残したままでした。そこは《七耀教会》そのものが世界に大きく関わっているというのが初期設定としてありましたし、そこをきちんと物語として補う、という目的がありました。

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 それと、『空の軌跡FC』と『空の軌跡SC』は、僕らが初めて深く関わったタイトルということで、会社にいろいろと迷惑をかけてしまったんですよね。制作期間で言うと、『空の軌跡FC』に3年、『空の軌跡SC』にも2年かけています。

 なので、その罪滅ぼし……というより恩返しという意味を込めて、なるべく短い期間で新作を作りたかったというのもあります。そのあとの帝国編に入ってしまったら、また制作期間が長引いてしまいそうというのもありましたし。そうして生まれたのが『空の軌跡 the 3rd』というわけです。

 ちなみに『空の軌跡』3作を作った流れは、その後の『軌跡』シリーズのフォーマットになっていきました。まず、シリーズの1作目はどうしても制作に時間がかかってしまいます。新しい世界観、新しいキャラクター、新しいエリアを0から構築していくわけですから、当然、そのあたりの制作コストも上がっていきますので。ですが、2作目はなるべく短いスパンでお届けするようにしています。このあたりは僕らと会社とのお約束でもあるし、ユーザーのみなさんとのお約束でもありますね。

 こういった、1作目は時間がかかっても、続編はなるべく早く出すという流れが出来上がったのがリベール王国編です。キャラクターも続投するし、物語も前作を引き継いだものにはなりますが、そのうえで長尺の物語を見せていくというフォーマットとして仕上がっていきました。制作には苦労しましたが、ちゃんとしたフォーマットが出来たのは、転んでもただでは起きなかったというか、なんとかつじつまを合わせられたのではないかと思います。

──『空の軌跡 the 3rd』はゲーム進行自体もダンジョン探索を繰り返す形でした。

近藤:物語の尺としては少し短くなりましたが、そのぶん遊ばせるような部分はなるべく厚くしようという話で、制作を進めていきました。

 それと『空の軌跡FC』と『空の軌跡SC』まではだいたい同じスタッフが継続して作っていったのですが、そのあとは新しいスタッフが結構入ってきたんですよ。それで、彼らが仕事をしやすくしようという動きもあって、『空の軌跡 the 3rd』のような企画が生まれたというのもあります。

──『空の軌跡 the 3rd』と言えば、キャラクターや設定にまつわるエピソードが多数収録されていたのが印象深いです。

近藤:そのエピソードを書いたのが新しく入ってきた若手スタッフたちで、今では『界の軌跡』のシナリオを書いていたりします。一番重かったと言っても過言ではないレンの楽園エピソードなども、新人で入ってきたばかりの若いスタッフが書いたもので、「自分たちには書けないものが出てきた」と思ったものです。

 レクターが出てくるクローゼのエピソードも新人が手がけたもので、のちのちにまで影響を及ぼす話が色々と出てきました。こうして振り返ってみると『空の軌跡 the 3rd』はファルコムの社内事情から生まれたもので、外から見ると変化球的なタイトルではありましたが、のちにつながる設定や伏線が多数開示されていて。このあとシリーズが続いていくための原動力になったタイトルとも言えますね。

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──レンやレクターを含め、ここで新たな設定を明かしたのは、ある程度意図していたことなのでしょうか?

近藤:『空の軌跡FC』と『空の軌跡SC』のストーリーで語られた設定は世界観の根幹に関わるものなので、シリーズが続いていく限りは使っていく予定のものです。

 ちなみに、設定の多くは僕と僕の同期のシナリオライター2人で考えました。それに対して『空の軌跡 the 3rd』では、メインシナリオ以外でも扉のエピソードで多くの設定が明かされましたが、このエピソードは、4人のシナリオライターからさまざまな案を集めて構成したものなんですよ。だからあんなに自由で、レンやレクターの話も作ることができたわけです。

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 とはいえ書いた本人も、レクターが帝国情報局の将校と思って書いていたわけではないと思います(笑)。本当に、ちょっと風変わりなクローゼの先輩を描いていたら、「この人、絶対にタダモノではないよね」という考えになって、のちのちの将校としてのレクターにつながっていったのではないかと。そのへんは制作しながら考えていった部分だと思いますね。

──扉のエピソードと言えば、巨大人型兵器について語る《ゴルディアス級実験計画書》なんてものまでありました。

近藤:レンの《パテル=マテル》についてのエピソードですね。《パテル=マテル》自体は『空の軌跡SC』から登場しましたが、確かこれも新人のスタッフが考えた設定です。

──巨大兵器という概念が追加されたという意味でも印象深いです。帝国編では騎神なんてものまで出てきますし。

近藤:騎神を出す足がかりにはなったと思います。とはいえ《パテル=マテル》を出した時点で、騎神を出すことになるとは誰も想像していなかったと思いますが(笑)。巨大人形兵器と、帝国に伝わる巨人の伝説と結びついた結果だと思われます。

 これもおぼろげなイメージだけは用意しておいて、実際にそこを描こうとしたときにより具体的な設定として落とし込むという、従来のやり方を踏襲した結果だと思います。

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 帝国編で言えば、主人公を最初は軍人にしようと考えていたのですが、軍人なら若者というより、成熟した大人のイメージが強いですよね。ですから、いざ帝国編を始めようとしたとき、軍人だと大人っぽくなっちゃいますし、長編を描くのであればもう少し成長の余地を残した年齢の主人公であってほしい、ということも考えました。それに、ある程度行動の自由がないと、RPGの主人公としてはディティールが描きづらい、ということもあり、最終的には士官学校の学生になりました。

──共和国編の主人公決めについてはどうだったのですか?

近藤:共和国編でもそうですね。以前から、どこかで《結社》の執行者を主人公にしようという話があって、それを共和国編でやろうとしたことが、制作の本当に初期のころにありました。

 ですが共和国は、表と裏の人間が入り乱れた複雑な社会構造をしているんですよね。そんな国を描くとき、完全な裏の人間である執行者を主人公にすると、表側との接点がなさ過ぎてすんなり会ってもらえない人が出てきそうで……。そうしたらそういうなかで、表の人たちとも普通に会えるし、なおかつ裏社会とも接点があるような人間ってどういう人物なんだろう? という部分を軸にしつつ、あらためて共和国編について考えました。

 その結果、表と裏の間のグレーゾーンにいるヴァンのような人間が共和国編を描くうえで最適ということになり、主人公となったわけです。

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──主人公になる予定だった執行者というのは、すでにキャラクター性や執行者ナンバーなども決まっていたのでしょうか?

近藤:そこまでは決めていませんでしたね。主人公予定だった執行者が、これまでの物語に出ているということもなかったかと。

 ただ、僕が考えていなくても、シナリオライターの誰かの頭の中では、すでに詳細な設定が決まっているかもしれません(笑)。

──シナリオの順番的に逆戻りしてしまいますが、クロスベル編の主人公が警察官のロイドに決まった経緯についてもお願いします。

近藤:クロスベルは先ほどお話したとおり、クロスベルという地域自体が存在していなかったので、制作時にあらためて話し合って決めたものです。

 帝国編の序章となるものですから、クロスベルは大国間で苦労している社会情勢にすることは決まっていました。状況としてはリベール王国に近いんですけれど、より帝国寄りの立ち位置にして、帝国の脅威について描けるようにしました。

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 当然、そのような情勢を描くからには、社会構造にも問題があるはずで、どうしても政治や経済といったものが絡んできます。そういったものを描くなら経済特区的な地域にしたらいいんじゃないか、という方向でまとまり始めて、そこが決まったら、あとの設定もパタパタと決まっていきました。

 「この地域の治安って絶対悪いよね」となったら、キーワードとして警察官というものが出てくるんですよね。これがロイドが警察官という設定になった経緯です。

──警察官は、それまでの物語で活躍してきた遊撃士との対比にもなっていました。

近藤:そうですね。警察官はより体制側なので、ある程度自由に行動できる遊撃士とはちょっと立ち位置が違うんですよね。ロイドたちが動こうとしても、警察官としての足かせに邪魔をされたりしてしまいます。そうなる背景に、帝国の意向や経済的な問題などがあります。その部分が、リベール王国を闊歩できたエステルたちとは違う側面を見せていました。

 それを意識して描いていくとなると、メンバーもエリートではなく、組織のなかで浮いているというか、落ちこぼれやわけありな人間がいいだろう……ということになり、ロイドをはじめとする4人が選ばれました。

──ちょっと話はずれますが、一見普通に見えて、ときにものすごい爆弾発言をするロイドのセリフは、どなたが書かれたのでしょうか?

近藤:あれは『空の軌跡』から制作に参加しているシナリオライターが書きました。ただ、本人も「今となってはもうあんなストーリーやセリフは書けない、恥ずかしくて」と言っています(笑)。

 とはいえ、クロスベルの複雑な社会構造自体に立ち向かうような人間って、理性だけで動いているわけじゃないんですよね。だからロイドは、ああいう感情の塊のようなキャラクター性になったのだと思います。

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──クロスベル編では、《結社》が推進している《幻焔計画》の“幻”、すなわち幻の至宝にまつわる物語が描かれましたが、これはどこまで予定通りだったのでしょうか?

近藤:当初の予定としては、《幻焔計画》のすべてを帝国編で描くつもりでした。そこにクロスベル編が挟まったので、幻の至宝の話はそちらに分けたんですよね。帝国編の焔の至宝も、大地の至宝と融合したうえで七の騎神に分かれていたんですが……。

 ただ《七の至宝》については、地域ごとに何があるかは大まかに決まっていて、帝国周辺には幻と焔の至宝があるということになっていました。当然、共和国周辺に何の至宝があるかも、あらかじめ決まっています。

──幻の至宝を含め、クロスベルには本当にいろいろな設定が盛り込まれていますね。

近藤:そうですね。零の至宝になったキーアの設定自体も特殊ですし。あれは幻の至宝の再現ではあるんですけれど、幻の至宝自体はすでに失われていますから。

 ストレートに描くと空の至宝が出てきたリベール王国編の繰り返しになってしまいますので。至宝に関しては、毎回見せ方を変えようと気をつけています。

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──プロローグの展開が夢ではなく、じつは世界がループする前の話だったとか、色々と印象深いものがあります。

近藤:あの展開は結構良かったと言ってもらえることが多いです。これも含めて、クロスベル編は本当に「やってよかった」と思える作品ですね。

 ちなみにクロスベル編は、「ロイドが好き」というより「特務支援課が好き」という声をよく耳にします。『空の軌跡』シリーズだとエステル、『閃の軌跡』シリーズだとリィンというふうに基本的に主人公の人気が高いのですが、そういった面でもクロスベル編は特殊な印象です。

 これは『英雄伝説』シリーズ史上初の、パーティが最初から決まっている作品だったのも大きいかもしれません。制作上、主人公以外のパーティメンバーは「あとから考えよう」ということも多々あるのですが、特務支援課の4人は全員を最初から考えて作りました。これ以降は、主人公回りをカチッと決めていく方式が定着しましたね。

制作環境が変化するなかで進化していく『軌跡』シリーズ

──帝国編はリィンたち《VII組》メンバーを中心にした物語が展開していきましたが、どのあたりが一番苦労されたのでしょうか?

近藤:《VII組》のメンバーについては、これは『閃』シリーズに限らずほかの作品でもそうですが、舞台である帝国社会の縮図的な人物が集められています。貴族がいて、企業のご令嬢がいて、庶民の真面目な学生がいて……そうかと思えば、社会階層とか気にしていない、自由の民みたいなのもいて、さらには元猟兵や魔女もいます。

 こういったキャラクター作りの苦労はほかの作品と同じでしたが、一番はやはり規模ですね。ともかく帝国は広大で、物量がハンパないので。ノルド高原などのかなり広大なフィールドも作らなければなりませんし、帝国全土を最初から描くのは無理だろう、と。『閃の軌跡I』では帝国の東部のほうから描いていきました。

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 それに、『閃の軌跡』からはグラフィック表現がフル3Dになったのも大きいですね。この手法を構築するというのもファルコムとしてのチャレンジであり、苦労した点でもあります。

 キャラクターも頭身が高いほうがいいのか、それよりもうちょっと愛嬌がある感じがいいのか、色々と実験した覚えがあります。そのあたりも手探り状態でしたね。これは『空の軌跡』のときもそうだったのですが。

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 というのも『空の軌跡』の制作当初、キャラクターを3Dで作ってみたことがあるんですよ。ですがクオリティ的に納得できないというか、このキャラと今後もずっと付き合っていくとなると「何かヤダ」という感じがして(笑)。でもこれは制作上、結構大切な感覚なんですよね。

 それでこれをあきらめて、一回3Dで起こしたものをドットで表現する、プリレンダ方式に落ち着きました。それが『閃の軌跡』からはリアルタイムの3Dでやることになりましたが、みんなやったことがないものですから難儀しましたね。そんななか、以前は背景のデザインを中心に担当していたスタッフにキャラクターデザインを頼んでみたのですが、そこからリィンとアリサは生まれました。

──それはすごい大抜擢ですね。

近藤:背景をやってもらっていたときに、オブジェか何かのデザインがよくできていて「普通にキャラクターデザインもできそう」と思って任せたんですよ。今思うと、ずいぶん思い切ったなと思います。本人もキャラクターデザインは未経験なのでびっくりしていましたし。

──手間や物量という話で言うと、騎神のデザインなどもなかなか大変そうですね。

近藤:あんなロボットが堂々と出てくるというのもファルコム初だったので、チャレンジのしがいはありました。

 とはいえデータ的には、僕のキャリアのなかでも一番大変だったと思います。制作が間に合わず、初めて外部の会社の方にお願いするという事態にまでなって……。あらゆるタイプの初めてを体験できたタイトルだと思います。

──『閃の軌跡』は4作品あり、『閃の軌跡III』からはまたグラフィックの質も上がりましたよね。

近藤:そうですね。『閃の軌跡』を『I』『II』と続けてきて、ある程度こなれてきたのですが、ポリゴンの進化というか変遷はかなり早いんですよね。ちょっと前の作品でも、少し経つとと古く見えるようになってしまって。

 それにストーリー上での年月も経過して、リィンたちの学生のころのモデリングをそのまま使えなくなりましたし、そこで思い切って「手法を変えるしかないよね」ということで、『閃の軌跡III』に合わせてほとんど作り直しました。

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──技術的にこなれてきているとはいえ、また物量がすごそうですね。

近藤:実際そうでした。あとは、これは『閃の軌跡I』からのことですが、マルチプラットフォームが大変だった覚えがあります。最初はPS3とPs Vita、のちにPS4も加わって、それぞれのデータを作らなければならないので。

 さらに、このころからアジア市場向けの展開も始まり、ローカライズの作業も加わりました。制作の苦労では、このあたりの時期が間違いなく一番大変でしたよ。

 技術的に足りない部分をSIEさんに手伝ってもらったりもして、周りに助けられながらなんとか着陸させることができました。

──共和国編についても、帝国編ほどではないにしても苦労されましたか?

近藤:そうですね。先ほども少し触れましたが、共和国は帝国ほど明確にモチーフが決まっていたわけではなかったので、まずはそこの構築から進めていきました。実際に、どのくらいの規模の国家なのかも決まっていませんでしたし。

 最終的に、当初の予定よりも導力技術が発達している設定になりましたが、これは帝国編の最後のほうから考えていたもので、実際『閃の軌跡』シリーズでも言及されていると思います。それを受けてぼんやりしていたところをよりはっきりとさせることから始まっていますので、そこが『空の軌跡』や『閃の軌跡』とは違うところでしたね。

 かといって、クロスベル編のように規模が小さいわけではないので、腰を据えて取りかかっていきました。

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 先ほどお話ししたように、まずは主人公の設定を決めて、表にも裏にも通じるヴァンを選び、あとはシリーズのクライマックスということで、そこに向けてどういう組織が動いているのかを選定しました。合わせて《七耀教会》の守護騎士を新しく出すなど、登場人物も決まっていった流れです。

《結社》も『黎の軌跡』ではまだ本格的に活動していませんが、重要な役割を担うことは間違いないですし、その役割に関わる登場人物を選び抜きました。

──規模的には、帝国編と共和国編のどちらが大きいでしょうか?

近藤:一番大きいのは帝国で、共和国は少なくとも帝国以上にはならないつもりでしたが……結構大きくなりましたね。首都のイーディスだけでもかなり大きいですし、まだ公開されていない区画もありますから。

 また、『黎の軌跡』で戦闘システムがだいぶ変わりましたよね。これまでは基本的に『空の軌跡』で培ってきた、敵味方が行動順に沿って攻撃や移動を行うAT(アクションタイム)バトルをバージョンアップさせる形で続けてきました。ですが、そろそろ終盤に向けて、ゲームとしても一新したいという思いがありました。

 ちょうど『黎の軌跡』から入ってきた新人のスタッフも多く、彼らのほうからアイデアを出してもらいました。そこで、今までにない新しいコマンドバトルを出したいということで、フィールドバトルとコマンドバトルをシームレスに切り替える形に生まれ変わったわけです。

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 もともとのATバトルの要素は、新しいスタッフも「大事にしたい」と言ってくれました。そのあたりを残しながらも、今までにありそうでなかったものを目指そうということでしたが、企画書を初めて読んだときは「これゲーム2本作るのかな?」と思ってしまうほどの作業量で、ちょっと心配でした(笑)。

 それでも、実際に上がってきたものを触ったときに「これはいける」という手ごたえを感じましたね。やっぱり、アクションとコマンドバトルの融合って、いろんなメーカーさんがチャレンジしてきたものだと思うんですけれど、そういったものとも違う切り口で楽しめるものになりそうだな、というのが初期段階からある程度見えてきましたから。

 同時に、課題らしきものもいろいろ見えてきました。具体的にはキャラクターの成長システムなどですね。このあたりをクリアして、もっと進化させていければと思います。

──そんなバトルシステムが『黎の軌跡』を経て『黎の軌跡II』になり、より完成度が上がったように感じました。

近藤:確かに『黎の軌跡II』で、バトルシステムとしては突き詰めたものにはなっているのですが、初心者に向けたものとしてはもう少しとっつきやすくする必要はあるかと思いました。

 とはいえ物語は途中から始まってしまいますし、もう一度「Xipha(ザイファ)って何?」というところから説明するわけにもいきませんから。こういったところは『軌跡』シリーズでいつも悩ましいところです。これが『イース』シリーズだったら、ストーリーがそれぞれ独立していますし、システムも1作ごとに違うから説明しやすいんですけどね。

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──『黎の軌跡II』のバトルシステムに慣れてしまうと、過去作のバトルが少し物足りなく感じてしまうこともあります。

近藤:そうなんですよね。敵シンボルを直接攻撃して、ときにはコマンドバトルに移行して倒す、という流れを繰り返すと、フィールドやダンジョンの探索もテンポがよくなります。『英雄伝説』シリーズはずっと「バトルが課題」と言われてきて、『空の軌跡』シリーズがスタートしたときも、加藤(加藤正幸氏。日本ファルコムの創業者にして取締役会長)に「『英雄伝説』は戦闘がな~」と言われてました。

 確かに『白き魔女』は独特の戦闘システムで、あの1作しか採用されていません。僕は当時ユーザーの立場でしたが、あれはものすごい発明だと思ったんですけどね。

 1キャラずつに「HP80%以下のときはこの行動をとる」、「HP40%以下ならこの行動」というふうに細かく設定できて、戦闘が始まったらあとは見守るだけというものでした。相手にそぐわない指示だといつまでも敵を倒すことができないのですが……(笑)。そこが逆に「愛着が生まれていい」という意見の人もいたのですが、なかなか一般的には浸透しませんでした。

 今だと、オンラインゲームで似たようなシステムの戦闘をやっているものもありますが、スタンドアローンでやっていたのは『白き魔女』くらいですね。ちょっと時代を先取りし過ぎていたかもしれません。

 話がずれましたが、『黎の軌跡』のバトルシステムも、改善の余地はまだまだあると思うので、これからもっとよくしてきたいと思います。

■後編はこちら!
日本ファルコム・近藤社長インタビュー。『ガガーブトリロジー』からとある要素を受け継ぎ、20周年を迎えた『軌跡』シリーズの今後について語る

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