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【ポケモン30周年記念コラム】ポケモンと歩いた30年を振り返る(2001-2002年)。アドバンス世代へ…夏映画のセレビィとラティアス・ラティオス、『ポケモンミニ』と『ルビー・サファイア』

文:終末のバンギア。/市野ルギア

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 『ポケモン』30周年記念。ポケモンが歩んだ30年の歴史を、私見を交えて当時の時代背景とともに綴っている連載コラムです。これまでゲームボーイ時代の『赤・緑』、『青』、『ピカチュウ』、『金・銀』、『クリスタルバージョン(以下、クリスタル)』が発売された5年間(1996年~2000年)を振り返ってまいりました。


 今回は、“ゲームボーイアドバンス”時代の前編として『ルビー・サファイア』の発売される2001年~2002年までの出来事を振り返ってみたいと思います。これまでのコラムをまだ読んでない方は、ぜひそちらもご一読いただき、ポケモンの歩んだ歴史を一緒に振り返ってみてください。

ポケモン30周年記念コラムまとめ

2001年の時代背景と1月


 2001年。21世紀のはじまりの年です。この年は通年“新世紀”ムードが漂うなか、4月に圧倒的勝利で小泉内閣が誕生し、公共サービスの民営化などの構造改革により日本を変えようという気運が高まります。

 そんななか、ガングロやヤマンバなど進化したコギャルブームはピークを越えており、女性ファッションリーダーも、ソロシンガーアーティストの浜崎あゆみさんへと移り変わっていました。

 この年の1月にはシャープ株式会社より液晶テレビ『AQUOS』が発売され人気を博し、この頃から家庭用テレビの薄型液晶化が進んでいきます。また、1999年より続くスケルトンカラーブームは健在です。

 ゲーム業界では“プレイステーション2”の市場はまだまだ発展途上にあり、前年発売された『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』や『ファイナルファンタジーIX』の圧倒的なパワーにより“プレイステーション”市場がピークを迎えていました。

▲『ファイナルファンタジーⅨ』は2000年7月7日発売。『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』は2000年8月26日発売。軒並み発売のビッグタイトルに、この時期は“プレイステーション”がフル稼働でした。

 携帯ゲームでは、変わらず子どもたちから絶大な支持を受けている『ポケモン』シリーズにけん引され“ゲームボーイ(カラー含む)”の一強となっておりほかの追従を許さない状況が続いています。

 そんななか、1月31日に株式会社セガが“ドリームキャスト”の製造を3月末で終了しゲーム機から撤退することが報じられます。個人的にとても思い入れがあり応援していたハードと会社だったので、とても残念な思いでそれを受け止めました。

 この1月には、前回のコラムで紹介した“ゲームボーイカラー”対応の携帯電話を利用したネットワークサービス“モバイルアダプタGB”が発売され、“モバイルシステムGB”の運営が開始されています。

2001年3月『ポケモンGBA(仮)』の初情報


 3月。『クリスタル』発売から3カ月、月刊コロコロコミックでも“発売中の欲しいゲーム”の1位をキープし変わらずの人気を維持しているなか、ビッグニュースが飛び出します。

 “ゲームボーイアドバンス”版『ポケモンGBA(のちのルビー・サファイア)』の情報と、新たなるポケモン“ルリリ”、“ホエルコ”、“カクレオン”のビジュアル公開です。このポケモンたちはゲームよりひと足先に夏の映画で登場することも判明します。

 このときはまだポケモンが(ゲームボーイ時代と)世代交代することも知らず、ただただ情報に胸が躍りました。ゲーム画面などは公開されていませんでしたが、“ゲームボーイアドバンス”のスペックは分かっていたので、8ビット機の“ゲームボーイ”から32ビット機へと変わったときのインパクトがどれほどのものかと、本当に楽しみで仕方ありませんでした。

 このインパクトを少し補足しておきますと、この●ビットというのはゲーム機の頭脳となるCPUの一度に処理できるデータ量の多さを示していると思ってください。“ファミコン”が8ビット機、“スーパーファミコン”が16ビット機、“プレイステーション”が32ビット機です。

 一概にCPUの高さが本体の能力の高さを示すとは限らないのですが、当時のゲーム機の能力を比較するのに、このCPUの高さを比較するのが一番分かりやすかったのです。ちなみに現在のPCはほぼ64ビットが主流になっています。

 そして、その情報を受けるかのように3月21日。“ゲームボーイ”発売からじつに約12年ぶりに代替わりする後継機“ゲームボーイアドバンス(以下GBA)”が9,800円(税別)で発売されます。

 “ゲームボーイ”が発売されたときの価格は12,500円(当時の消費税3%込み)でしたから、そのときよりお求めやすい価格です。このとき、ポケモンセンターオリジナル限定カラーモデルの“スイクンブルー”も発売されています。

 同時発売されたゲームタイトルも『スーパーマリオアドバンス』(任天堂)や『F-ZERO FOR GAMEBOY ADVANCE』(任天堂)を筆頭に『バトルネットワーク ロックマンエグゼ』(カプコン)、『パワプロクンポケット3』(コナミ)などの強力なサードパーティーソフトが数多く並び、初週の販売台数は61.2万台を記録。“ゲームボーイ”が発売後約3カ月で出荷台数70万ほどでしたから、その好調さが伺えます。

▲“ゲームボーイアドバンス”はバイオレットを買いました。最初に買ったタイトルは『スーパーマリオアドバンス』です。残念ながら両方ともパッケージはロストしています。

 つづく3月28日。ゲームボーイ時代最後のポケモンゲーム、ゲームボーイカラー専用タイトル『ポケモンカードGB2 GR団参上!』が発売されます。この頃の子どもたちのあいだでは、ポケモンカードゲームの人気もかなり高く、それをゲーム機で体験できるゲームボーイタイトル『ポケモンカードGB』の続編として、人気を獲得しています。

▲『ポケモンカードGB2 GR団参上!』ゲーム画面(4枚並べています)登場するカードは前作より大幅に増強され441種類に。主人公は女の子キャラからも選べるようになりました。

2001年4月~夏休み 映画『セレビィ 時を超えた遭遇』


 『ポケモンGBA(仮)』の情報と『ポケモンカードGB2 GR団参上!』の発売で、さすがに子どもたちを対象にした“発売中で欲しいタイトル”の『クリスタル』人気も失速していきます。

 ですが、夏に向けて劇場版『ポケットモンスター セレビィ 時を超えた遭遇』の情報が飛び交うようになり、4月以降のポケモンの話題は夏休みに向けて“セレビィ”色に染まります。

 サービス中の“モバイルシステムGB”では、『クリスタル』で野生のセレビィを捕まえることができるようになる “ポケモンニュース”が配信されており話題となります。
(コガネシティにあるポケモンコミュニケーションセンターで受け取ることができて2001年3月29日~5月29日まで配信されていました)

 このセレビィは自分で捕まえるので“おや”も自分になります。のちに“ニンテンドー3DS”バーチャルコンソールで配信された『クリスタル』では、殿堂入り後にこのイベントが発生するようになっています。

▲このコラム連載のために『ポケモンスタジアム金・銀』を起動したところ、当時の配信で捕まえることができたセレビィを見つけました。Lv30で“ウバメのもり”出身の野生です。(おや名が本名になっているので伏せさせてもらっています)撮影用にはじめた『銀』でアクセスしているのでまだ取り出せません。(取り出すには図鑑埋め150匹以上の制限があります)

 そして7月7日、ポケモン夏映画の4作目『セレビィ 時を超えた遭遇』が公開。

▲劇場版『ポケットモンスター セレビィ 時を超えた遭遇』のパンフレット(向かって右端)と特別割引券(『結晶塔の帝王ENTEI』のセルDVDに封入されていました)。セルDVDと付属のeカードなど。

 この年の夏はジブリ作品の『千と千尋の神隠し』が公開され、それまで日本歴代興行収入1位であった『タイタニック』(262億円)を抜き去り316.8億円という驚異的な売上を記録します。そのため、邦画の興行収入は2位、洋画と合わせると9位にとどまっています。

 また、映画『セレビィ 時を超えた遭遇』公開記念として“GBA”限定カラー“セレビィグリーン”がポケモンセンターから7月20日に発売されています。

 この映画の公開中となる8月1日~23日の期間には、ふたたび“モバイルシステムGB”で野生のセレビィを捕まえることができる“ポケモンニュース”が配信されていました。

2001年9月~年末 『ポケモンミニ』と“カードeリーダー”


 9月。前年の“NINTENDOスペースワールド2000”に合わせて発表された“ゲームキューブ”がついに発売されます。このとき私は、同時発売された『ルイージマンション』とセットで買って遊んでいました。

▲“ゲームキューブ”本体とソフト。発売日と当時に購入したタイトルは『ルイージマンション』でした。

 ローンチタイトルは『ルイージマンション』(任天堂)、『ウェーブレース ブルーストーム』(任天堂)、『スーパーモンキーボール』(セガ)の3本と、少なめの門出となっています。これからの年末商戦に向けて発売される『大乱闘スマッシュブラザーズDX』や『どうぶつの森+』の発売を待っている状況です。

 この9月には、ポケモンゲームに新たな動きが出て来ます。“ポケモンミニ”というポケモンゲーム専用の小型携帯ゲーム機が発売されるという発表です。モノクロ液晶の手のひらサイズの小型ゲーム機でカートリッジを採用しており、ソフトを入れ替えて遊ぶことができるハードです。

 小型ながらも、赤外線通信や振動機能、ショックセンサー(振動検知)を有しており、価格もソフト『ポケモンパーティミニ』同梱で4,800円と、“ゲームボーイ”で遊ぶにはまだちょっと早いかな?といったお子さんへのゲーム機の間口としてもお手頃なアイテムでした。

 “ポケモンミニ”の販売は、ローソンやイトーヨーカドー、トイザらス、ポケモンセンターといった一部の店舗に限られており、対応ソフトが発売されたのも1年ほどだったので、周りでは「こんなのあったんだ?」と驚く人もいます。その販売数の少なさからか、いまでは希少価値の高いアイテムになっているようです。

▲“ポケモンミニ”は手のひらサイズの小さなハードでしたが、なかなかの高性能でした。『たまごっち』や『ポケットピカチュウ』などの携帯ゲームが正当に進化した最終形と言った感じでした。

 株式会社ポケモンから12月14日に発売され、同梱されたソフト以外に同時発売されたタイトルは『ポケモンピンボールミニ』、『ポケモンアニメカード大作戦』、『ポケモンパズルコレクション』の3本です。

 また、この12月には“GBA”でポケモンカードゲームの世界を広げる『ポケモンカードe』アプリケーションパック付き(10枚入り)の“カードeリーダー”が発売され、ポケモンカードゲームの新たな時代がはじまります。

▲“カードeリーダー”は、カードのデータを読み込み、情報を画面に表示させるという、この時代では画期的なシステムです。『ポケモンカードe』では、読み込ませるカードの組み合わせでミニゲームをプレイすることができました。

 こうしてポケモンの2001年は幕を閉じます。6年目にして本シリーズタイトルの発売されない静かな年となっています。(97年は『青』の誌上&ローソン受付限定再版をカウントしています)

2002年の時代背景と1~2月


 2002年。この頃の日本は“新世紀”ムードも終わり落ち着きを取り戻しています。インターネットでの情報収集も根付きはじめており、ウィキペディアの日本語版も前年5月より運営されるようになっています。また、2ch(2ちゃんねる)に代表する電子掲示板でのやり取りが盛んに行われるようになっていました。

 この年には、ガングロ、ヤマンバといったコギャルは息を潜め、代わりにさらに下の世代、女子小学生や女子中学生のジュニアファッションがもてはやされるようになっています。

 ゲーム業界は、前年に『ファイナルファンタジーX』(スクウェア)、『メタルギアソリッド2 サンズ・オブ・リバティ』(コナミ)、『Devil May Cry』(カプコン)といったサードパーティーの強力な“プレイステーション2”専用タイトルが発売され、順調にその勢力を伸ばしていました。

▲『ファイナルファンタジーX』は2001年7月19日発売。『メタルギアソリッド2 サンズ・オブ・リバティ』は2001年11月29日発売。2002年にはずいぶん“プレイステーション2”で遊ぶようになっていました。

 前年9月に発売した“ゲームキューブ”も、『大乱闘スマッシュブラザーズDX』(任天堂)や『どうぶつの森+』(任天堂)、『ピクミン』(任天堂)が発売され好セールスを記録。また、この2月にはマイクロソフト“Xbox”が新世代ゲーム機市場に参入しています。

 子どもたちのあいだでは、“ゲームボーイ”の『ポケモン』シリーズの話題はトーンダウンしているものの、ポケモンカードゲームは“カードeリーダー”が新しく加わったことで興味がそちらに移っています。また、『ロックマン エグゼ』シリーズや『ベイブレイド』、『ZOIDS(ゾイド)』も人気となっており、興味が注がれるようになっていました。

 そんな1月~2月には、夏映画である劇場版『ポケットモンスター 水の都の護神 ラティアスとラティオス』の公開日とタイトルを発表。見たことのない新ポケモンの2匹は、これまでの経験から今後発売される『ポケモンGBA(仮)』に登場する伝説系のポケモンに違いないと思い、期待に胸が膨らんでいました。

2002年 春~夏 映画と『ルビー・サファイア』正式タイトル発表


 3月。『ポケモンGBA(仮)』の最新情報が公開されます。このときは主人公のイラストと、新しく“ソーナノ”、“ヨマワル”、“バルビート”の公開。そして、ついにゲーム画面のお披露目となりました。

 フィールド画面の公開でしたが、“ゲームボーイカラー”から確実にパワーアップしており、これまでのシリーズとは段違いにレベルが違うそのグラフィックに期待が増すばかりでした。そのときは未発表だった発売日は「やはり年末かな……」と勝手に予想して「早く遊ばせて!」と待ち焦がれていた時期です。

▲(写真4枚並べています)主人公のイラストは最初男の子の公開でした(左上。ファミ通キューブ+アドバンス 2003年1月号付録より撮影)。公開されたフィールド画面は、橋の下への影の映り込み、水面に映る自分、砂浜に付く足跡などが紹介され、ゲームボーイカラーとの圧倒的な差を感じました。(ゲーム画面はコラム用に撮影したものです)

 この年の新学期より、小中学生の完全週5日制がはじまります。俗にいう“ゆとり世代”とは、この時代に小中学生だった世代を指します。初代ポケモンブームを築き上げ、またポケモンを日本の文化にまで成長させた、いまの日本を支えている世代です。

 春も過ぎ、梅雨に入るころ、映画『水の都の護神 ラティアスとラティオス』で『ポケモンGBA(仮)』のCMが初公開され正式タイトルと発売日が分かるという情報が入ります。この時期にバトル画面も公開され、夏映画への期待も一気に高まって行きます。

 そして迎えた映画初日……7月13日。スクリーンに突如としてCMが流れ、正式タイトル『ポケットモンスター ルビー・サファイア』と発売日が11月21日になることが公開されました。とても興奮したのを覚えています。

▲劇場版『ポケットモンスター 水の都と護神 ラティアスとラティオス』のパンフレットとセルDVD。

 続く7月20日より全国5都市で開催された“ポケモンフェスタ2002”では『ルビー・サファイア』の試遊台も設置され、このときより続々と新情報やゲーム画面が雑誌やネットメディアなどのニュースで飛び交うようになります。

 発売直前の10月。これまでの“ゲームボーイ”時代のシリーズとは通信が不可能で、一緒に冒険したポケモンたちを連れて行くことができないことが判明します。

 理由はこれまでのプロトコル(コンピュータがデータをやり取りするための共通ルール)の違いということでした。

 ファンにとってはとても重要なことだったのですが、あまり波風を立てないよう、直前にさらっと出て来るこの情報に、なんとなく大人の事情を察したものです……。

 とても残念ではあったのですが、新しく出て来る『ルビー・サファイア』の圧倒的な情報と、新世代を感じさせる“グラードン”と“カイオーガ”のビジュアル、ロケット団に変わる組織のマグマ団やアクア団の発表を目にして、あと1ヶ月で遊べる喜びのほうが勝っていました。

11月~12月 発売された『ルビー・サファイア』


 記念すべき2002年11月21日。ついに“ゲームボーイアドバンス”専用タイトル『ルビー・サファイア』が発売されました。新しい世代……第3世代ポケモンの門出です。ここからが、現在へと受け継ぐことができるポケモンのはじまりです。

▲『ルビー・サファイア』カセット、説明書や付属リーフレット類。点字リーフレットはプレイ中にけっこう使ったのでほかと比べて使用感あります(笑)。

 すべてのグラフィックは一新され、システムも大幅にパワーアップ。200種類のポケモンが登場しましたが、当然幻のポケモンはいるだろうから201匹かなと思っていました。(このときは、ジラーチとデオキシスの2匹は伏せられており、のちに全国図鑑にパワーアップすることも伏せられていました)

 新しく135匹のポケモン(ジラーチとデオキシスを含めて)が加わり、カントーやジョウト地方にもいたお馴染みのポケモンは67匹が続投ということになります。

 このころは、『ファイアレッド・リーフグリーン』と『エメラルド』との通信によって全国図鑑になるなんて知る由もありませんでしたから、ホウエン地方には出てこないジョウトとカントー地方185匹のポケモン、そのなかでも歴代の御三家はもとよりイーブイやラプラス、カビゴンといったアニメでも人気の高いポケモンが出てこないことに驚きを隠せず、世代交代の現実に困惑していたのを思い出します。

 ポケモンの歴史が進んだいまとなってみれば、その地方に出てこないポケモンがいるのは当然のことなのですが、このあと『ファイアレッド・リーフグリーン』、そして『エメラルド』へと続く未来が見えていない当時のファンにしてみれば、間違いなくとても大きな転換期となったはずで、このときを境に休眠したトレーナーも多くいたのではないでしょうか。

 また、裏を返せばこの『ルビー・サファイア』より新しくトレーナーとなったアドバンス世代が生まれており、これからのポケモンを支えていく世代として育っていったに違いありません。

▲『ルビー・サファイア』ゲーム画面(4枚並べています)。ダブルバトルやコンテストなど、新しいシステムがいろいろ導入され、ここからスタートした新世代のトレーナーも多くいらっしゃると思います。

 そしてこの時期、アニメ『ポケットモンスター』でも、サトシがジョウトリーグシロガネ大会の決勝大会に進出。ベスト8の成績を残し、これまで約5年間という冒険を一緒に過ごしたカスミやタケシと別れを告げ、ピカチュウとふたりでホウエン地方へと旅立ち、新たに『アドバンスジェネレーション』へと世代交代するのでした……。

 こうして、世代交代が進む激動の2002年が幕を閉じます。

 次回、『ファイアレッド・リーフグリーン』と『エメラルド』の登場……さらに、まさかの幻ポケモン2匹目が登場!……揺れ動くアドバンス世代の後編へと続きます。

 今後の更新情報や、こちらのコラムで紹介しきれなかった『ポケモン』商品のことなど、SNS
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※記事中の写真にあるグッズ類、本体、ゲームソフト類は私物撮影です

市野ルギア プロフィール


 “ファミ通”で雑誌やムック、音楽やWeb番組を作っていました。現在はフリーのミュージシャンで編集ライター。ポケモン歴は1996年2月『ポケットモンスター 赤・緑』の発売日から。“週刊ファミ通”、“ファミ通 ゲームキューブ+アドバンス”で『ポケットモンスター ファイアレッド・リーフグリーン』と『エメラルド』のライティングを担当。

 “ファミ通Wave DVD”や“ファミ通コネクト!オン”など多くの雑誌に企画・編集・ライティングで携わってきました。

 電撃オンラインでは、『ポケットモンスター ソード・シールド』より『ポケモン』シリーズのプレイレポートを不定期で連載しています。

 また、ゲーム曲やそのアレンジ、ラジオやテレビの主題歌など手掛けています。歌から物語を創る自身の音楽ユニット「終末のバンギア。」をプロデュース中。

 これまでの経歴などは“ポートフォリオ”ページをご用意しておりますので、そちらをご参照ください。

“市野ルギア”ポートフォリオページ

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担当者プロフィール

  • 終末のバンギア。/市野ルギア

    終末のバンギア。/市野ルギア

    「『ポケモン』歴は最初から、ゲーム音楽も作れちゃうギタリストライター」 ゲーム歴45年超えのエルダーゲーマーなミュージシャン編集ライター。2001年全国誌のペット雑誌で連載コラムデビュー。 「ファミ通」「電撃」2大ゲームメディアで数々の記事や企画を担当。ニコ生公式生放送ゲーム番組の企画とMCを2年務め、FMラジオ番組のパーソナリティーなどの経験も持つ。またミュージシャンとしての経歴も長く、ゲーム音楽の制作なども手掛けている。 ゲーセンの『インベーダーゲーム』が初ゲーム。『FFXI』の有名プレイヤーとして名を馳せ、週刊ファミ通でゲームライターデビュー。攻略班に所属し数々のタイトルを担当。『ポケモン ファイアレッド・リーフグリーン』が初仕事。初オンラインゲームは『ウルティマオンライン』で、廃プレイを経験。『バイオハザード』などのホラー系や、ちくちくと根気のいる集めゲーがわりと好物。いまのところ『ポケモン』シリーズはライフワークとなっている。

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