三つ子の魂百までと言われますが、幼少期に限らず、ゲームで遊んだ思い出は脳に深く刻まれるもの。
何年、何十年たっても、「なんでオレ、こんなこと覚えてるんだろ…」と愕然とするような記憶が残りがちでして。
そんな脳のメモリ(記憶・容量)を無駄づかいしている例を語ります! 今回は2002年3月14日にゲームキューブで発売された『巨人のドシン』についてです。
何年、何十年たっても、「なんでオレ、こんなこと覚えてるんだろ…」と愕然とするような記憶が残りがちでして。
そんな脳のメモリ(記憶・容量)を無駄づかいしている例を語ります! 今回は2002年3月14日にゲームキューブで発売された『巨人のドシン』についてです。
思い出コラムを読む何一つわからない。でもプレイしてて楽しかった記憶だけが強烈に残っている|巨人のドシン
小さい頃にプレイしたゲームって、そもそもシステムや世界観自体がよく理解できなくてクリアできなかった思い出とかありますよね。そのうちの一つが『巨人のドシン』です。
ジャンルは“南国アクション”、あるいは“アゲ・サ・ゲーム南国風”。もうジャンルの時点で“???”となってしまいますし、正直今プレイしてもわかるか?と言われるとちょっと怪しいのですが、それでもこのゲームは楽しかったなあという強烈な記憶があるのです。
プレイヤーは黄色い巨人・ドシンを操作して、地形を変えたり木を植えたり、神の真似事のようなことをして遊びます。
島の住民たちの要望を叶えて海をあげて陸地にしたり、花をあげたりしてラブな関係を築くこともできますが、一方でヘイトを稼ぐことで“ジャシン”として振る舞うこともできます。そして、ラブ(あるいはヘイト)を一定量稼ぐと、巨人がどんどん大きくなっていくのです。大きくなる時、女性の声で「ちょっと、大きくなったね」と優しく囁かれるのがなんか……ドキッとさせられて、良い。
クリアはなく(でもエンドロールの条件はあるらしい)、やるべきミッションなんかもありません。その自由度の高さゆえに、プレイ当時はシステムを理解できていませんでした(そもそもクリアのないゲームという発想が無いため)。ちなみにメモリカードの容量は40近く必要なので、その点に関しても結構渋かった記憶があります。
でも地面をアゲ・サゲするだけで喜んでくれる島の住民たちとの生活の楽しさや、全体的に優しくてゆるいセリフ、仲良くなるとハートを送ってくれるラブでハッピーな感じが“何が何だかわからない”という戸惑いを遥かに凌駕し、ただプレイするだけで幸せなゲームだったなあという思い出に繋がっているのです。
実は本記事を書くにあたり、改めて『巨人のドシン』について調べてみたのですが、やっぱりドシンの正体は謎に包まれているし、島の住民たちのこともよくわからない。しかも『巨人のドシン』はもともとニンテンドー64で発売されており、私がプレイしたゲームキューブ版はシリーズとして3本目にあたる『巨人のドシン』らしいという衝撃的な事実を知りました。
実は最先端ゲーム!? オープンワールドな『巨人のドシン』
『巨人のドシン』はいわゆる箱庭ゲームみたいなもので、マップの中をロードなしで自由に動き回れるシステムだったのですが、今思うとあれは極小の“オープンワールド”だったのではとふと思うときがあります(『ゼルダの伝説 風のタクト』にも同じ感想を抱く時があります)。
スローライフ、神様ゲー、自由度高い、オープンワールド、街づくりシム(?)……これだけ見ると、意外と最先端だったんじゃないか? と思う『巨人のドシン』。生まれるのが30年早かった隠れた名作は、今もなお脳の片隅に幸せな記憶として焼き付いています。