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【ポケモン30周年記念コラム】ポケモンと歩いた30年を振り返る(1997年後編)。爆発的ブームとピカチュウの波

文:終末のバンギア。/市野ルギア

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 『ポケモン』30周年記念コラム、『ポケモン』と一緒に歩いた30年。『ポケモン』元年1996年からの出来事を振り返っており、今回のコラムは前回から続いて1997年の下半期のことを振り返ります。

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 この時期『たまごっち』ブームも健在で、そのバンダイから携帯デジタルペット育成ゲーム『デジタルモンスター』が発売されており、気軽に友達とバトルができるその仕様から人気を獲得。

 また、新たにハイパーヨーヨーやバス釣りと言ったホビーの人気も子どもたちのあいだで高まっていった時期です。

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▲初代『デジタルモンスター(デジモン)』は1997年6月発売でした。バス釣りは当時20代~30代世代を中心にブームがはじまっており、“月刊コロコロコミック”で漫画が1996年11月より連載され、アニメ『ポケットモンスター』と同じく1997年4月より放送が開始されたアニメ『スーパーフィッシング グランダー武蔵』が子供たちのブームをけん引しました。

 そんななか、独走していく『ポケモン』ブームがこの下半期どのように流れていったのか、記憶を辿りつつ私見を交えて綴ります。

 【1997年】前編を読んでない方は、ぜひそちらからお読みください。


 また、合わせて【1996年】の前・後編もどうぞ。

7月~8月 夏休みの攻勢


 1997年の夏休みに入ると、JR東日本で初の“ポケモン スタンプラリー”が開催されました。指定された駅に置いてあるスタンプを集めて景品をもらうというキャンペーンで、この時期になると毎年のように駅で親御さんと一緒にスタンプを押すお子さんを見かけたものです。2019年まで毎年開催されていました。

 この時期にはすでに、ゲーム、漫画、アニメ、玩具、文具、食玩と、どこを見渡してもポケモン一色に染まり、日本中の子供を包み込むようにそのブームが独走態勢になっています。

 そんななか、初の“ポケモンリーグ全国大会”の開催が発表されます。全国15地区に分けてポケモンバトルを競い、その頂点を目指すという、まさにゲームやアニメの世界がそのまま現実に出てきたようなトーナメントです。

 この予選が11月まで全国を横断し、11月23日に開催される“任天堂スペースワールド97”が決勝大会となります。

 この公式大会。30年経ったいまではポケモンゲームの総合世界大会“ポケモンワールドチャンピオンシップ(WCS)”に移り変わり、その決勝を決める会場は世界を巡って開催されています。

2023年にはアジアで初となる大会が横浜で開催されたのは記憶に新しいです。

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▲“ポケモンWCS 2023”のメイン会場の様子。世界大会決勝は横浜みなとみらいにある“パシフィコ横浜”で行われました。

 そんな世界規模の大会になる時代が到来し、ましてや、私自身がこうして『ポケモン』シリーズの記事を担当することになるとは、このときは夢にも思っていなかったのですが…ご縁があり、その
“ポケモンWCS2023”の様子を電撃オンラインのレポーターとして取材させていただきましたので、よろしければ併せてご参照ください。

 この時期に発売された思い出深い商品として、株式会社トミー(現、タカラトミー)の『手のひらピカチュウ』と『おしゃべりぬいぐるみピカチュウ』があります。

 当時、アニメの放送が開始されてからピカチュウをすっかり気に入ってしまった私は、『手のひらピカチュウ』のCMをアニメの放送枠で見かけて、発売日にイトーヨーカドーで買ったのをよく覚えています。

 この『手のひらピカチュウ』は、30周年記念でアップデートされて『てのひらピカチュウ ぽけふわ』として発売されています。

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▲最初の『手のひらピカチュウ』(向かって左、これはこれでとても可愛い。)と30周年記念の『てのひらピカチュウ ぽけふわ』。
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▲こちらは、揺らすと「ぴかちゅう」とお喋りする『おしゃべりぬいぐるみピカチュウ』。

 これらが発売された7月売りの“月刊コロコロコミック8月号”には、前回のコラムで紹介した“ポケモンアイデアコンテスト”の入賞者が発表されています。この企画は、入賞したアイデアが新作に入るといった趣旨ではないので、ゲームの世界とはかけ離れた自由な発想で描かれた作品が選ばれたようです。

 8月に入ると“月刊コロコロコミック9月号”で、“なみのりピカチュウ“と“そらとぶピカチュウ”が紹介され、“じめん”タイプが苦手なピカチュウにとって“なみのり”はヤバいなー……最強かも!と胸が躍ったものです。この時点で入手方法は不明でした。

9月~10月 幻の“ミュウ”と“なみのりピカチュウ”


 9月になると、11月22日~23日に開催される“任天堂スペースワールド97”で、なんと……10万人に幻のポケモン“ミュウ”を抽選プレゼントするということが大々的に発表されました。このころには、すでに最初期からあったとされる裏技(バグを利用した技)で出す“ミュウ”が広まっており、偽物の“ミュウ”という扱いで有名でした。

 これまで正式に配布された“ミュウ”は、親の名前がコロコロで、それ以外は偽物。今回の配布では本物の“ミュウ”がゲットできるという発表です。当時、データが壊れるかもしれないこのバグ技には手を出したくない私にとっては、ものすごくインパクトのある発表です。しかもこれまでとケタ違いの10万人プレゼント……これは応募するしかありません。

 また、この9月発売の“コロコロコミック10月号”には、幻の“なみのりピカチュウ”が20名にもらえるというプレゼント企画が掲載されており、またもや手に入れることが難しいポケモン……それも、特別仕様のピカチュウの登場か!と驚いたものです。

 10月。トミーよりインパクトのある商品が発売されました。等身大のピカチュウと同じサイズ、全高約40cmもある『ぬいぐるみピカチュウ1/1』です。

 この商品は30周年記念として復刻され、当時買えなかったので嬉しい! といった声も多く、話題となりました。

 ネット予約開始直後に即予約枠が埋まってしまう人気ぶりで、現在(2026年3月8日時点)でも入手困難なアイテムとなっています。

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▲『手のひらピカチュウ』(1997年)『おしゃべりぬいぐるみピカチュウ』と30周年記念『おかえり!ピカチュウ1/1』大きさ比較。大きいです……この大きさから当時の私は買うのを躊躇しました。結局30周年記念では買ってしまうのですが(笑)。

 さて、“任天堂スペースワールド97”でもらった“ミュウ”ですが、そのまま『金・銀』へ……さらに『クリスタル』へと送り込んだのですが、悲しいことにそれらカセットのバックアップ電池が切れてしまい、気付いたときには時空の彼方へと消えていました。

 このときの親の名前は『スーパーマリオ』シリーズのキャラクターから“ヨッシー”だったのですが、個体の写真をお見せできないのがとても残念です。

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▲『ピカチュウ』バージョンのセーブデータは奇跡的にまだ残っているので、その図鑑画面だけでも……この時代あるある(なのか?)でキャラ名を本名にしてしまっているので伏せさせてもらっています(笑)。

 このときの“任天堂スペースワールド97”には今後発売される『金・銀』の体験コーナーや、“ニンテンドウ64”専用ソフトとして開発中の『ピカチュウげんきでちゅう』、『ポケモンスナップ』、『ポケモンスタジアム』が展示されて話題を呼びました。

 前述した“ポケモンリーグ全国大会”の決勝戦も行われ、ケンタロスVSケンタロスという戦いに「ケンタロスってそんな強いのか!」と、たまに近しい人と温いバトルしかしない私にとっては勉強になることばかりでした。

 このほかにも、劇場版『ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』の予告編が発表されており、今度は映画にもなるのかと……行くべきところまで行くブームの熱量にほだされて、私自身もぐいぐい飲み込まれていった感があります。そんな『ポケモン』ブームにけん引された“任天堂スペースワールド97”には延べ約11万人が来場する盛況ぶりでした。

12月 ポケモンショック事件


 12月、世界的にも話題となったひとつの事件が起こります。12月16日に放送されたアニメ『ポケットモンスター』第38話“でんのうせんしポリゴン”で起きた、のちに“ポケモンショック(ポリゴンショック)”とも呼ばれる事件です。

 専門的知識のない私が経緯や意見をこちらに記載して、いろいろな誤解・誤報を生むといけないので、詳細をお伝えすることは控えさせていただきますが、当時この放送回を観ていた一部の視聴者が光過敏性発作などを起こして救急搬送されたという事件です。

 この放送を境に、アニメ『ポケットモンスター』は事件の真相がわかるまで4ヵ月休止することになります。この事件のことは、テレビや新聞などのマスコミ報道機関がこぞって報道していたのをよく覚えています。まるで『ポケモン』が悪でもあるかのようなキャッチが並び、執拗に煽るその報道の仕方には正直閉口しました。

 ゲームにまで言及するようなゴシップ誌やワイドショーの報道に、『ポケモン』は悪くないでしょうに……と、気分を害してしまうので、あまりそれらを見ないようにしていました。なぜここまで叩く?と思うぐらいのメディアバッシングを受けている『ポケモン』にとても心を痛めていた時期です。

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▲第37話“メタモンとものまねむすめ”のつぎに放送されましたが、現在は欠番のお話になっています。(写真はセルビデオパッケージの裏面)

 皮肉なことにこの事件によって、ゲームやアニメなどにまったく興味のない世代も『ポケモン』を知ることになり、日本中で『ポケモン』や“ピカチュウ”のことを知らない人はいないような状況を生み出すことになります。

 それが良かったのか悪かったのか……いずれにせよ『ポケモン』を一過性のブームやトレンドで終わらせることなく、文化として定着していく過程で起きたひとつの出来事として刻み込まれている事件です。

 『ポケモン』30年の歴史を追っているこのコラムで、この事件を記載しないことは不自然なので触れさせていただきました。

 そんな影を落とした1997年の締めくくりでしたが、非のない『ポケモン』はマスコミの風刺に“まもる”を使い、それを乗り越えて、映画旋風と新たなゲームの出現で私たちのもとへと帰って来ます……そんな1998年のお話は次回にまた。

 1997年に発売された人気商品の映像をまとめたショート動画も下記に用意してみましたので、よろしければ併せてそちらもご覧ください。


 また、これ以降非常に多くの『ポケモン』グッズが販売されており、発売時期の調査が難しいものや、こちらのコラムで紹介しきれないものなど、私のSNS
“X”アカウントで少し紹介できればと思いますので、『ポケモン』以外の仕事や趣味のことなど雑多に呟きますが、よろしければお気軽にフォローしてください。それでは、引き続きよろしくお願いします。

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▲このコラムを書くのに、家じゅう引っかき回していろいろ発掘しました。

※記事中の写真にあるグッズ類、本体、ゲームソフト類は私物撮影です

市野ルギア プロフィール


 “ファミ通”で雑誌やムック、音楽やWeb番組を作っていました。現在はフリーのミュージシャンで編集ライター。ポケモン歴は1996年2月『ポケットモンスター 赤・緑』の発売日から。“週刊ファミ通”、“ファミ通 ゲームキューブ+アドバンス”で『ポケットモンスター ファイヤーレッド・リーフグリーン』と『エメラルド』のライティングを担当。

 “ファミ通Wave DVD”や“ファミ通コネクト!オン”など多くの雑誌に企画・編集・ライティングで携わってきました。

 電撃オンラインでは、『ポケットモンスター ソード・シールド』より『ポケモン』シリーズのプレイレポートを不定期で連載しています。

 また、ゲーム曲やそのアレンジ、ラジオやテレビの主題歌など手掛けています。歌から物語を創る自身の音楽ユニット「終末のバンギア。」をプロデュース中。

 これまでの経歴などは“ポートフォリオ”ページをご用意しておりますので、そちらをご参照ください。

“市野ルギア”ポートフォリオページ

本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります

担当者プロフィール

  • 終末のバンギア。/市野ルギア

    終末のバンギア。/市野ルギア

    「『ポケモン』歴は最初から、ゲーム音楽も作れちゃうギタリストライター」 ゲーム歴45年超えのエルダーゲーマーなミュージシャン編集ライター。2001年全国誌のペット雑誌で連載コラムデビュー。 「ファミ通」「電撃」2大ゲームメディアで数々の記事や企画を担当。ニコ生公式生放送ゲーム番組の企画とMCを2年務め、FMラジオ番組のパーソナリティーなどの経験も持つ。またミュージシャンとしての経歴も長く、ゲーム音楽の制作なども手掛けている。 ゲーセンの『インベーダーゲーム』が初ゲーム。『FFXI』の有名プレイヤーとして名を馳せ、週刊ファミ通でゲームライターデビュー。攻略班に所属し数々のタイトルを担当。『ポケモン ファイアレッド・リーフグリーン』が初仕事。初オンラインゲームは『ウルティマオンライン』で、廃プレイを経験。『バイオハザード』などのホラー系や、ちくちくと根気のいる集めゲーがわりと好物。いまのところ『ポケモン』シリーズはライフワークとなっている。

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